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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第三幕 人間失格、鬼合格
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76 刹那に落ちるその魂


「……ンジャメナ!」


 玖来 烈火は突如目を覚ますとそんな単語を叫びながら飛び起きた。

 なにをどう血走ってイカレ狂いそんな単語が飛び出したのか。きっとどんな学者諸兄、有識者諸君にもわかるまい。神子だってわからない。

 強いて考えるならば、


「夢の中でしりとりでもしていたんですか、玖来さん」

「って、おう? 七? あれ、ここ……どこ? なに、あれ……んん?」


 目覚めたばかりで頭が働かない。脳が正常な稼動をしてくれない。混乱して困惑して、現状と寝る前のことを思い出せない。

 とりあえず現状は周囲を見渡せばわかろう。ということで首を回して視界を広げる。

 自室だった。トトの爺様と相部屋な宿の一室であった。

 ふむ、場所はよし。トトの爺様がいないことには首を傾げるが、まあそういうこともあろう。

 続いて寝る前のことを思い出そうとする。しばし硬直と記憶採掘に勤しんで――思い出す。


「あっ、そうか。鬼灯と喧嘩して、メッチャ頑張って……あれ、どうなったんだ? 記憶が曖昧だぞ」


 たしか上手いこと一撃決めたような気がするけど、夢か幻だっただろうか。

 いやいや、こうして生きてベッドの上に帰還できている以上は鬼灯を納得させることには成功したはず。殺されてないなら、烈火の敗北でない結末で終了したはずなのだ。

 それはなにか? おとなしく沈黙待ちしていた七が、鷹揚に頷き応える。


「ええ、玖来さんは【武闘戦鬼】を負かしましたよ。いや流石です、私などはもう軽く感動してしまいましたよ」

「そう、か……そうか、ちゃんと、一撃あてられたんだな。夢じゃ、なかったんだな……」


 それは、よかった。

 本当に、よかった……。

 烈火は心底から安堵した。気が抜けてゆるゆると脱力。ベッドに沈むように倒れこむ。

 そのまま寝転んだまま、七に言葉だけ向ける。本当ならそんな細かいことを聞くより寝てしまいたいけれど、まあ事情説明はされないと困る。


「んで、どうなったんだ、あの後。というかあれから何日だ」

「どう、ですか。うーん、難しい質問ですね。ま、ひとつずつですね」


 ちょこちょこと近くの椅子を持ち上げ、烈火のベッドの横に置く。そこにすとんと座り、にこり笑う。さて説明である。


「まずあれから二日が経ちました。この村に滞在するのはあと今日一日ですね、予定通りなら明日には出立です」

「うわ、マジか」


 これは傘に迷惑かけたな。困ったもんだ。

 そうでもないと七はすぐに首を振った。


「夜鳥・傘とトト・ライファンは、「戦鬼衆」の協力を得て魔物狩りをしております。今ふたりが不在なのは、それが理由ですね」

「……は?」


 ちょっと待って初手からわけわかんない。意味不明も甚だしいんだけど。


「いやぁ、夜鳥・傘が事情を話したら、じゃあ付き合ってやるよと言ってくれた方が「戦鬼衆」に幾人かいましてね。玖来さんが使えないならってことで、代わりをしてくれたんですよ」

「なんで……そんな」

「なんでも曰く、玖来さんが気に入った、そうですよ」

「……マジか」

「戦闘力に最も重きをおいた人種ですから、玖来さんのそれが好ましいレベルだったということでしょう」

「まあ無理にでも納得しとくか。ありがたいことだしな」


 烈火の勝手で傘の遠征という貴重な経験を潰してしまうのは心苦しい。それを代わりにこなしてくれたのだ、感謝の念で一杯だ。彼らは全員一騎当千の猛者どもだろうから、傘の護衛には最適だしな。

 続いて語ろうとして、七は唸り声をあげる。どうしようと止まってしまう。


「で、他の……うーん、誰が気になりますか?」

「鬼灯と荒貝 一人」


 烈火は即答。傀儡勢の動きが気になるに決まっている。最悪、寝こけている烈火を殺しにかかってもなんらおかしくない関係性のはずだろうに。

 まあ、ふたりとも傀儡というには自己主張の激しく自我満載の野郎ども。のうのうとルールに則る奴らではありえない。だからこそ、烈火はこうして生きている。


「ですか。まず【真人】は別の「戦鬼衆」の方々と喧嘩してます」

「なんで……って疑問もないか」


 あいつらは戦いたいから戦うのだ。烈火は鬼灯としか戦わずに終えたけれど、気にいられたらしいし危ないかも。というか、傘の件で恩を売ることで喧嘩の申し出を断らせないことが狙いなのではないだろうか。それだったら烈火は断れないな。どうするか。

 って、あれ。ひとつ七の話におかしな点が浮かぶ。


「あれ? 鬼灯は? 鬼灯とやりあわないのか?」

「【真人】は玖来さんがこの村から出るまで【武闘戦鬼】と戦わないことにしたそうです。なんでも、戦いに巻き込んで玖来さんを殺したくないそうです」

「そいつは……随分とありがたいことだな」


 なんか意外に気に入られてるな、おれ。嬉しくって涙が出そうだぜ。早く第七大陸に帰りたい……。

 どうか烈火の知らないところで勝手に殴り合って友情でも深めててください。できれば相打ちしてくれると尚よし。


「まあ、こんなところですかね」

「そんなとこか」

「他になにかありますか?」

「んー、じゃ、おれの右腕って、どうしたの。大分やばかったと思うけど、治ってるよな?」


 試しにぐるぐると腕を回してみる。稼動に不自然はなく、不都合はない。完治していた。怪我としては相当重傷だったはずだが。メッチャ痛かったし、音えげつなかったし。

 たぶんだが、トトの爺様でも回復は難しいのでは? まあ、爺様の真価って、実はまだ一度たりとも見たことはないけれど。


「「戦鬼衆」の治癒師が治しました。腕のいい治癒師でしたよ」

「そうか、そりゃ助かったな……」

「ただ」


 目を伏せって続きが濁った。言いづらいらしい。

 烈火は促すように首を傾げる。


「腕輪は、無理でした」


 あの時、鬼灯の指が右腕に直撃した時――烈火の玖来流特注の腕輪に触れていた。壊されてしまっていた。換えのない一点物、この世界では再現すら困難な例の腕輪が、遂に損壊してしまった。

 七は俯いたまま、申し訳なさそうに語る。別に七の不手際は一切ないといいうのに。


「あれは構造が難しくて、「戦鬼衆」の治癒師の《復元》でも元に戻すのは不可能でした」

「……七ちゃんは、」

「駄目です。流石にそれを直すのは益がありすぎます。ルール違反の域で玖来さんの手助けになってしまいます」

「だよな……」


 期待はしていない。してはいけない。

 烈火は努めて明るく、前向きに言う。大丈夫と。


「まあ、こんな時のためにリーチャカ・リューチャカに頼んでんだ。中心都市に戻ったら相談するか」


 最悪の場合は、まあ左だけでもなんとかするさ。元から装備品の持ち込みなんて反則スレスレの行為だったのだ、そこは仕方なしとしよう。

 それに、命のかかった戦場で、装備品が失われるのはある意味で当然のこと。装備を守って烈火が死にましたなんて結末よりも、百倍はマシだろう。武器は担い手が生きるためにあるのだから。


「んじゃ、質問は今度こそこれくらいでいいかな。寝よ」


 細かくは傘とトトはどんな風だったのかとか、鬼灯は再戦を申し出そうな怪しい気配はなかったかとか、荒貝 一人は烈火になにか言ってなかったかとか、あるにはあるがいいだろう。別にここで聞かずとも、否応なく起きて立ち上がれば知らざるを得ないことだから。

 今はちょいと休みたい。

 と、ベッドで目を閉じる烈火に、七の声はするりと届く。


「話くらいはいいですか?」

「……まあ、いいけど」


 ぱちりと閉じた目を二秒で開く。眠気は一度起きたら失せている。休息に、必ずしも睡眠でなくともいい。身体を労わり横たわっているだけでも充分だろう。会話くらいはこなせる。

 七はなにやら、目を輝かせて話したがっているようだしな。

 なんだよ、なにが聞きたいんだよ。眼球だけを動かして、真横の七に話を促す。


「今回は完全にできてましたよね」

「なにが」

「えっと、『刹那識セツナシキ』、でしたっけ。奥義ってやつですよ」


 図抜けた集中力で瞬間を切り刻み、世界をスローで体感する。

 タキサイキア現象の亜種、走馬灯の亜種。そうした脳の超高速処理による寸刻みの体感時間延長現象――『刹那識』。


「あぁ、そういや説明してほしいとか言ってたっけな」


 かなり前に。

 いや、そこまで前でもないか? コロシアムの頃だから、もしかして一ヶ月も経っていないのでは。

 ここ最近――いや、異世界にやって来てからずっと――一日一瞬が濃くて仕方ないから、どうも時間感覚が狂うな。

 で、『刹那識』ね。


「えっと、スポーツとかでたまにある凄い集中する、ゾーンとか言うあれですか。フローとも言うらしいですけど」

「両方近いな。いや、同じなのか? おれも詳しくはわからん。系統は同じだと思うけど」


 同系統の別技能、みたいな気がする。個人によっての差異というか、適性というか、アレンジというか。


「要はつまりが死ぬ寸前の超感覚ですよね。それを自発的にできるっていうのは凄いですけど、実際役にたつんですか?」

「玖来流の基本は身体精密制御にある。つまり、精密に動く身体を体感スローでコントロールするんだ。これは要するに、物凄く丁寧に動くことができる」

「丁寧に、動くですか」

「あー。喩えるとシューティングとかアクションとかのゲームでさ、コマ送りのスローになったら攻撃の合い間を見てゆっくり動いて回避したり反撃したりできるだろ? あれだよ。相手の動きを見てから対応できんだ」


 TASか、TAS内臓人間なのか、この男は。ツールアシストなしでツールアシストするってどういうことだ。怖い。

 そうしたTASのスロー体感に慣れてしまえば思考時間の延長と、行動選択の余地が生まれる。

 ゆっくりした時間の中で、じっくり考えて、まったり行動して切り抜ける。

 実際の行動は出来うる限り最速なのに、その所作はゆっくりと身体を動かすように丁寧で精密――これが玖来流の到達点で、それに至るための技がこの『刹那識』。


「まあ別に動きが速くなるとか、時間をどうこうしてるとか、そんな人外なことはやってねぇ。足も速くならんし、パンチが加速するわけでもねぇ。ただ体感時間が遅くなるだけだ。どんな人間にだって死にかけりゃ可能な芸当だ。ちょっと自発的にやるのが難しいだけ――不可能じゃない。なんとかそれを求めて修練すればな」

「つまり肉体的変化はなく、精神的な問題だと?」

「まあ、そう。結局は理論上で実現可能な動作しかできないし」

「いや、それ机上の空論的な意味で可能であって、現場は不可能と言う類のことでしょう」


 しかも敵の動きを細部までじっくりと観察できるので、実戦中に見取り稽古をしているようなもの。見切りの精度が究極まで高まる。

 鬼才の拳を見切り回避できるようになるくらいには。


「手足なにそれ動かすよりも、眼球ちょいと動かすほうが絶対早い。目で見て避けるってのは、そういうことだ。加速した意識の中でなら、見て、動きを把握して、それから身体を動かすことが間に合う。体感スローだから。

 それが我らが玖来流の奥義だ。刹那の時間に落下する、故に『刹那識』ってな」


 くっそ頭痛くなるけどな。脳がオーバーヒートしてる感じ。頭痛ガンガンで、長時間使えば気絶してしまう。


「「刹那識」の最中は色々考えなきゃいかんし、そもそも脳が加速してるからヒートして頭痛がやべぇ」

「考えるって、戦ってる最中に悠長に考え事ですか?」

「そう。悠長に考え事ができるくらいに、思考が加速してるんだよ。相手の表情見て感情を予測したり、筋一本の動きを見て動作を予測したり、目線の動きを見て狙いを予測したり。『刹那識』の間は予測ばっかすんだよ」


 それをするだけの時間があって、それを可能とするほどスローに世界が見えるから。

 だからこそ、鬼灯をして未来予知と言わしめるほどの見切りの極地に到達しうる。

 七が呆れ果てたように言う。神子のくせに人間みたいなことを言う。


「それ本当に人類の範疇に収まる技なんですかね」

「おれも当時はそう思ってたが、やればやれるもんだ。人間業だよ」


 神業なんて畏れ多い。魔技というには真っ当で、異能というには地味だろう。

 だから、これは所詮はつまらぬ人間業。

 誰もが死に掛ける程度でなしうる凡愚の所業である。

 んなわけねぇだろ、ふざけんな。

 と、七は喚き散らしたくなったが、閉口。それを言ってもどうせ意味などない。どうせなら意味のありそうなことを喋るに限る。うかうかしていると、夜鳥・傘とか帰ってきて、烈火との対話を強制終了されるかもしれないから。だから疑問を晴らすことを最優先とする。


「しかしそれ、一体どうやってできるようになるんですか?」

「何度も何度も死に掛ける経験をして走馬灯に慣れる」

「えっ」


 またぞろなんか壮絶なこと言い出しましたよ、この人。


「要は死に物狂いに慣れるってことだ。あとはその記憶を身体で思い出しながらとりあえず集中してみると、たまにできる」

「えっ、えっ。そんな簡単にできるものなんですか」

「いや、難しいぞ? おれだって十回にニ回しかできん。自在にできるようにならんと玖来流師範とは認められないんだ」


 危機感の代用に集中力を用い知覚力を爆発的に向上させる技。これを自在に扱えるようになって玖来流では師範となる。烈火は扱えはすれども自在とまではいかず、疲労や負担がまだ大きいので師範代に留まる。頭スーパー痛いし。


「ちなみにジジイはこれをほんと平然に使いやがるし、しかもこの感覚すら支配するから体感スローの倍速を弄れるらしいぞ。0.5倍速で相手してやろうとかほざく辺り、バケモンだよ確実に」

「それ本当に人間ですか……」

「神の子にそう言われる辺り、やっぱあのジジイはぶっ飛んでんな」


 思い出すだけでゲンナリする。本当喋っても嘘にしか聞こえない。戦えばぶっ飛ばされる。

 烈火にとって理不尽の象徴は、実は荒貝 一人の前に祖父がいるのだった。まあ、ベクトルが違うのだろうけど。

 あぁ、あの自在ジジイでふと気付く。


「しかしそういえば……はじめてやろうと思ってできたな」

「つまり、修得ですか?」

「わからん。火事場の馬鹿力だったかも知らん。偶然じゃ駄目だ、いつでもどこでも呼吸くらい当たり前に落ちたい時に落ちれなきゃ修得とは言わん」

「むぅ。中々先は長そうですね」

「いや、それでもこれはヤバイくらい早熟だぞ。おれは天才かもしれん」

「うおーい」


 なんだいきなり有頂天か。先日までは【武闘戦鬼】の鬼才に怯えてどうのと喚いていたのは誰でしたっけ。


「冗談だ。おれは他より奇特な経験してる分だけ早くコツを掴めたってことだろう」

「奇特な経験ですか」

「そりゃ頭ぶっ飛んだ玖来流修得者といえど死んだ経験のあるような奇天烈モンがいたとは思えん。その上、死に瀕するようなギリギリの体験を連続で積まされて――あぁそりゃおれもできるようになるわ」


 シミジミと、この異世界道中の危機を思い出す。

 死に掛けたなぁ。命からがらだったなぁ。戦いまくったなぁ。

 なんか最終回みたいにこれまでのことが脳裏を過ぎる。駆け抜けていく。あれ、おれ死ぬんじゃない?

 なんて不吉なことを考え出す烈火に、その思考はやめておけと七が話題を提供。気になっていたこと。


「あ、それと、玖来さん。才能発言で思い出しましたが――どうでした。ケジメ、つきました?」

「ん」


 玖来 烈火が勝ち目のない【武闘戦鬼】に挑んだ理由。ケジメという理由。七には正直理解できないそれ。

 それは、果たせましたか。

 七の問いかけに、烈火は迷いなく頷いた。


「ああ。ついた。

 たぶんあいつは、鬼灯は……おれとは方向性、違ったんだ」


 同じと思っていた。戦い、言葉を交わすまで、同じ線上の最果てにいるのだとばかり考えていた。

 違った。

 あれは武の輩ではない。ただ喧嘩が好きで、殴り合いが好き。その手段として武を求めたが、そこに誇りがあるわけでもなく、道具としか考えていない。ならば、きっと烈火とは方向性が違う。同線上には、いないのだ。


「だから、いい。おれはおれの道を行く。ちょっと苦しいけど、それで納得しようと思う」

「まあ、確かに少々言い訳染みていて苦しいですが、あなたはそんな些細なことで迷わない。ですよね?」

「あぁ。玖来 烈火は迷わない。迷わず燃えて、駆け抜ける」


 それが彼の生き様だから。






*神子様からの再三の注意

 玖来流の方々は特別な(以下略




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