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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第三幕 人間失格、鬼合格
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75 『戦狂』








 黒衣をはためかせ、恐ろしい笑みを浮かべる男であった。

 圧倒的な熱量を秘めた眼光はギラギラと輝き、魔人の如き威圧を常時振りまく姿は歩く憤怒の化身か。

 それはなんらの特殊もないただの人間。神から与えられるはずだったものを拒絶し、己が力でのみ立つ只人。

 彼こそは第四傀儡――


「――あ? つまり、誰だ?」

「同胞だよ同郷。おれの名は荒貝 一人。荒々しい貝で荒貝。一人と書いて一人だ。貴様はなんという?」


 荒貝 一人は「戦鬼衆」全員の殺意を向けられようとも動じずに、ただ当たり前に名乗りをあげる。確固たる己を自ら示す。

 すると、困惑する「戦鬼衆」に比して鬼灯は大爆笑。腹を抱えて笑い続ける。


「ひっ、ひひひ。ひはははは! そぉか、同胞か同郷か! まさか一挙にふたりも出くわすとはなァ!」


 幾らか笑い、それを押さえてから、問いには答えをとばかりに名乗り返す。己が名を、己が誇り持つ名前を。


「俺は鬼灯だ。「戦鬼衆」が頭目、鬼灯 正宗だ!」

「鬼灯 正宗か。ははっ、いい名だ。貴様の威圧はまさしく鬼が灯すようだ。強壮たるな、清清しい」

「なんだよ照れるだろ褒めんなよ。で、荒貝だったか? なんだ、おめェも俺とやりに来たのか?」


 喧嘩であれば大歓迎。いつでもどこでも二十四時間三百六十五日受け入れ体制万全だ。

 鬼灯の期待通り、荒貝 一人は首肯。その後に肩を竦める。


「その通りだ。探していたぞ【武闘戦鬼】。だが、あぁ、まさか喧嘩の最中とはな。すまなかった、邪魔をした。心配するな、手出しはせんよ。ただ、見物を許可してもらいたいと思ってな」

「じゃあなんで魔法なんてぶっ放して来たんだよ、殺す気か!」


 烈火が真っ当に突っ込むが、それを聞き入れるには真っ当な感性が必須であった。つまりそれを聞く者などこの場にいない。


「いや? これくらい派手に伝えないと、おれのことなどそっちのけで戦うだろう? クラクションみたいなものだ」

「物騒なクラクションがあったもんだな、殺意漲って轢き殺す気配しか感じ取れなかったぞ」

「容易く回避できただろう? そう目くじら立てるな」

「かわせるけどかわせない時もあるんだよ!」


 トラックにぶつかって事故死した烈火的には一家言あった。クラクションぶーぶーうるさかったけど、それで誰かが助かったわけじゃなし。というか余計動きが止まるわ、あんなん。

 ではなく、思考が逸れた。


「で、なんだ、荒貝 一人。おれと鬼灯は喧嘩中だぞ、割り込みか?」

「否だよ。言っただろう? おれはこれから手をださん。見物するだけだ」

「ち」


 気のきかない奴だ。どうせなら三つ巴にでもなってこっちが隠れてる間に相討ちでもしてくれればよかったのに。こいつはこいつで変に律儀だ。烈火を殺せたのに、殺さなかった時からその性情はわかっているつもりだが。


「この戦いが終わり、鬼灯 正宗、貴様の体力が回復ししだい、おれとも戦ってはくれないか」

「へへ、いいぜ楽しみだ。おめェもなんか面白能力もってんだろ?」

「…………」


 なにか言いたげな間、呼吸の揺れ。神様スキル、ひいては神に頼る者への憤怒を秘める荒貝としては、言いたいことが爆発しそうになったのだろう。しかし今は烈火と鬼灯の喧嘩である。ここで声高く己が思想について説いたとしても、場違い甚だしい。その程度は弁えている。

 勇壮たる男がふたり、向かい合ってぶつかりあっているのだ、不粋はすまい。


「それは、相対した時だ……」

「そうかい。楽しみにしておくぜ」

「では、下がらせてもらう。両者、武運を祈る」


 それだけ言って隅へと移動――その直前に、なにやら思い出したように立ち止まる。そして、ちらと烈火に目線をくれた。

 この時、荒貝 一人はなにも言っていない。表情すらも不変であった。この場の誰もがそれを把握していたし、この場にある神子たる三名すらも聞いていない。つまりは荒貝 一人は真実なにも言っていない。無言であって、表情すら動かしていない。

 しかし烈火には、烈火にだけは確と明瞭はっきり聞こえた。感じた。理解した。


 ――貴様はその程度なのか、玖来 烈火。


 そう言って――そして――


「……笑いやがった」

「玖来さん?」


 七は、常に烈火を眺めていた七は、いち早くそのことに気がついた。

 なんだ、なんか一気に玖来 烈火の空気が変わったぞ。一瞬前まであったアレコレがぶっ飛んで、別物に激変した。

 そのためぼそりとなんぞ独りごちる声を唯一聞き取れた。なに、なんだって……笑った?


「あいつ、おれを笑いやがった……!」

「え? は? 玖来さん、どうしました? 誰が笑いました? 【武闘戦鬼】ならずっと笑っていたじゃないですか」

「ちげぇ……荒貝 一人だ。あいつ、おれを笑いやがった、この程度かとこのおれを見くびりやがった――舐めやがった」

「玖来さん――えへへ」


 何故だろう。何故か七は笑ってしまう。

 彼女の視点では荒貝 一人は笑っていないし、なんぞ発言したわけでもない。確かに烈火に視線を向けたが、それはそれだけ。一瞬の出来事、なにかを感じ取るには短すぎる。

 しかしそんなことはどうでもいい。七にとって、どうでもよくないのは烈火のことくらいだ。そして今、玖来 烈火は実に玖来 烈火らしく猛っている。それが嬉しい。ここ最近にはなかった烈火たる紅蓮の燃え滾りが、久しくこうしてやってきたのだ。

 ――同時に、少しだけ悔しい。

 寂しくて、妬ましいとさえ思う。

 やはり烈火にとって荒貝 一人の存在は大きいのだ。七には燻ぶる烈火をどうしようもできなかったのに、彼は在るだけで起爆剤足りえるのだ。

 それが、少しだけ、悔しかった。






「舐めやがって、あの野郎――!」


 考え過ぎていた。方向性とか神様能力とか限界とか、考え過ぎていた。

 違うだろう。頭ン中で喧嘩なんてできるわけがねぇ。我武者羅やってぶつかりあって、そんでその後に考えればいい。結果がでるその瞬間までは意味不明で当たり前だ。

 神の如き鬼才? あぁすげぇな。けど扱ってるのは人間だ。才気の内容は武だけだ。戦いは才能だけでは決しない。武力だけでも決しない。それはコロシアムの前に学んだことだろうが。

 戦いとはそんな底の浅いものではないのだ。

 体格、体力、運動神経、反射神経、才気、性格、体調、知略、戦術、閃き――まだまだあらゆるものが混ざり合い、溶け合い、そしてようやく勝利と敗北に分断される。

 才気だけは上回られた、その他もろもろもまあ負けてるだろうな仕方ない。けれど全敗ではないはずで、それは今まで烈火が培ってきたからこその一勝がどこかにあるはずで――勝負はそこで挑むべきなのだ。真っ向からやりあうだけが喧嘩じゃあるまい。

 さあ、ルールを確認、手札を把握、頭を回転。勝ちに行く。

 なんだかブチギレ気味の烈火に、七はおずおずと問いかける。


「玖来さん、その……大丈夫ですか。なんか開き直ってる気がしますが」

「大丈夫だ問題ないぞ、ズィーベン。まだ全力しかだしてない」

「ズィーベンはドイツ語で七でしたっけ、久しぶりの数字の七ネタですね。それで、全部だしてたらあとそれ以上なにだすつもりですか」

「限界突破の底力的な」


 おいおい、と七は心配が増していく。

 開き直ってここ最近の武才の脅威に萎びれていた頃よりはマシだが、なんか逆にハイになって冷静さを失っているようにも見える。それはそれで危険。烈火は名前に反した冷静慎重さが売りのはずだろうに。

 七はちょっと突っ込みどころのある提案をしてみる。冷静さが残っているならちゃんと突いてくるはずだが、果たして。


「……では、この場を逆転できる玖来流の必殺技とか都合いいのないんですか」

「玖来流に技なんかあるか」

「使えない武術ですね」

「うるせ――あ」


 技はないけど奥伝はあったわ。

 手札の隅に隠れて考慮していなかった切り札があったわ。

 七は言外にそれを伝えたかったのか?

 だが、それは自在に操れぬ未修得の奥義である。ゆえにこそ、手札に配しておきながらも自ら忘れていたのだ。これを頼って一か八かするなんて無謀はいけないと、それをするくらいならトンズラしろと。そういう意味で伏せておいた札のはずだ。

 だが今は特別だ。一か八かで、なおかつしかも逃げられない。

 ここで一撃烈火から加えねば、おそらく死ぬ。なにせ鬼灯は馬鹿丸出しの大馬鹿だ。絶対、手加減忘れて殺しにかかる。だが逃げても追いかけてくるだろうし、荒貝 一人に舐められたままで終わる。

 だから逃げも隠れもできやしない。

 それは烈火に残るしみったれたプライドのために陥った逆境で、ケジメと称して自罰したがための窮地。

 覆さねば死ぬだけの、実にありふれた地獄の崖っぷち。

 この異世界にやって来てから、もう何度も踏み入れた修羅の巷である。

 上等だよ、やってやるよ。一か八かで求めた数字を引き当ててやるよ。


「ふぅー……」


 そして烈火は泰然とした面持ちのまま、極めて静かに落下のイメージを構築する。

 集中、集中とか頭んなかで喚いている内は集中できないと弁えているが故に。

 集中とはするものではなくしているもの。そしてしていると自覚すると霧散してしまう難儀な代物。

 無我なんてものは無理だが、ひとつだけを思考し一点特化するくらいならばできる。それを続けていくことで余裕が生じて思考が回転する状態を集中していると言う。

 だから一念、思い続ける。他事排して想像する、落下するイメージを。墜落する己を。意識の深みに降下する魂を。

 さあ――刹那に落ちろ、玖来 烈火!







「……あん?」


 鬼灯は、突如現れた荒貝の迸るような強さに舌なめずりしてしまっていた。ほんの僅かだけ、目の前で今戦っている相手を忘れてしまった。

 なんて不実か。

 即座にそれを反省し、そして先までとは雰囲気の異なる対戦者に鳥肌が立つほど感動していた。

 なんて集中力だろうか。武の才を得た鬼灯ですら、その領域には達せない。なにせ集中力の向上は、スキルに含まれていないから。つまり地力で成しえねばならないことで、鬼灯はまだまだである。

 まるで刃のような、向かい合うだけで斬られたのだと錯覚するような、【武闘戦鬼】鬼灯 正宗をして――恐怖を覚える。それほど凄まじく極まった集中だ。


「は――ははっ」


 だからこそ、鬼は笑う。

 修羅の真相は誰より臆病だという。臆病が故に戦い、臆病が故に笑うのだ。豪笑して殺し合うのだ。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――ァ!!」


 もはや自制は効かない。荒貝のことすら忘却して本能のままに襲い掛かる。

 鬼灯は跳ね飛ぶ。餓えた獣のように素早く俊敏。発情したケダモノのように迅速で荒々しい。

 もはや武術というよりただの暴力。獣性満ちた暴威の拳打。

 それを、目の前の男は――


「ひひっ!」


 かわした。

 まるで千年前からそう来ると知っていたように。未来を知っていたように。

 淀みなく、迷いなく、さりげなく。

 どういうことか。鬼灯の一撃は今までで最速最強最大だったというに。

 ここで今更ながら鬼灯の持つ神様スキルというものを開示しよう。

 ひとつを『金剛勇鬼ヴァジュラ』。筋力、耐久力が人間のそれを凌駕して超人になるという常時発動しているスキルである。これのお陰で人外の動作が可能であり、人外の耐久度合いを発揮する。

 ひとつを『戦才武鬼グラディウス』。戦闘の才を与えるという、鬼灯の基本たるスキルである。こちらも常時発動しており、オンオフは効かない。

 そして最後に――『武闘戦鬼ウルーヴヘジン』。これは他ふたつとは趣が違う。切り札、とも言える。だがやはりこれも常時発動のスキルであり、いつでも鬼灯に反映されている。その効果は強さに感情を同調させる、というもの。具体的に言えば、鬼灯 正宗がテンションを上げれば上げるほど強くなる、逆につまらなさに興ざめすればするほど強さを失くす。本来ならばデメリットをも兼ねるスキルとなるところが、戦いに興奮する彼にはおよそメリットしかない。

 そして現状を翻れば――鬼灯 正宗は最高に楽しんでいる。テンションなんて暴騰高騰、際限なし。つまりが『武闘戦鬼ウルーヴヘジン』、それが最高に鬼灯を強くしている。

 故に今の拳は最速最強最大。先まで回避に恐々と間一髪を繰り返していた烈火が、こんなに華麗に巧みにかわせるはずがないのだ。

 なのに、どうしたことか、完全に見切っている。

 まあ――なんでもいい。ともかくなんでも面白ェ!


「ハハハハハハハハハハハハハ! もっとだ、もっと俺を楽しませろ! 笑わせろ! 大爆笑させてくれ! なァ、玖来!」

「勝手に笑ってろ。その開けた大口に鋼をたんと喰わせてやらァ」

「ひひ、美味く料理してくれねェと吐き出しちまうぜ!」


 弾丸のように拳が飛ぶ。射出される。空気を破り、烈火を狙う。


「…………」


 一にして全を打ち砕く壊滅的な打撃。だが、あたらなければ意味をなさぬ。

 やはり烈火は未来を見たような正確さで拳をかわす。二度目で看破。それが戦鬼の鬼才の所以。


「そうか! 見てやがるな! 予備動作でそこまで未来を見通すかっ!」


 要は先と変わらない。拳が打ち出される前に、先に視線や筋肉の動きを見て予測。その予測から逃げるようにして回避したのだ。

 しかし――集中力の違いか、今までのそれとは段違いの精度を誇る。

 さっきまでが着弾マイナス百でこちらの拳を回避していたと言うのなら、今のはマイナス千には届く。十倍早く、十倍正しく、十倍先を、予測し予見し予知に近づいている。

 

「バケモンか、おめェ! ほんとに神に未来予知はもらってねェのか!?」

「鬼がそれを言うかよ! これはお前と違って単なる人間の可能性って奴だよ! 神に縋るくらい才能に自信のねぇお前にゃわからんだろうがな!」


 それは荒貝 一人のような言葉。しかし、今回だけは嫌いな男の持論を受け入れよう。

 武を志し、武に生きるというなら、才能なんてもんを神から恵んでもらって喜んでんじゃねぇ!

 ずぱん、と烈火の反撃の斬打が鬼灯の首を狙う。


「ち」


 容易く鬼灯は首を逸らしてかわす。だが、だが。


「ようやく……隙間が見えてきたぞ鬼野郎」


 ようやくの反撃だ。はじめての攻撃だ。遂に烈火から斬撃を放つことができたのだ。攻められ続け、攻撃に意識を割けば即座に死すという状況下だったのを、覆したのだ。

 だが、鬼の笑みは一切揺るがず。むしろ憐れむような色が染み出てくる。


「ハッ! その程度のナマクラ斬撃じゃあ千回やっても俺にゃ届かねぇぞ玖来!」


 攻めれば隙。そこを狙って鬼灯は反撃に反撃を返す。拳を振るって殴りかかる。連打の乱打、滅多打ち。

 そんな腑抜けた刃じゃただ隙を晒すだけだと。凡庸な斬では鬼にはあたらず、無駄に死ぬだけだと。そういうように殴り続ける。

 けれど烈火は笑みを消さない。これでいいのだ、充分だと。全ての攻撃避けながら――笑う。鬼の如く。


「喚くな、まだ一撃だろうが」

「なに?」

「どんだけヘボい斬撃だろうが千回、いや、千じゃ駄目なんだっけな。だったら千と一回刺せば、どうだよ、なァ――流石に鬼でも届くだろう?」


 それがたった百分の一の可能性しかないのだとしても、他が千分の一ならまだマシだ。賭けるに足る理由になる。

 どうだよ負ける可能性が見えてきたんじゃないのか? それが恐怖だ覚えとけ。


「ふ――は」


 そこで鬼は拳を止める。動きを止める。停止する。

 転瞬、爆発。大爆笑。


「はははははははははははははははははははははははははははははははは!」


 笑って笑って、しかし隙は晒さぬは鬼の哄笑ゆえか。

 腹を抱えて笑って、ばしばし自分の膝を叩く。目の端には薄っすら涙すら見える。


「おめ、おめェ、俺を笑い殺す気かよ……玖来。最高に面白ェなお前って奴ァよ! 女だったら奪ってたぜ!」

「笑い死んでくれるってんなら手間が省けるってもんだな。脇をくすぐってやろうか?」

「御免だね。戦死以外で死ぬのは絶対御免被ると決めてんだよ!」


 不意に眼球直前に鋼色。投擲された刃。


「うわっとと」


 危なげなく回避。そして小剣の柄を当たり前のように掴み、ワイヤー操作も続かない。


「ち」

「おめェ、油断も隙もねェのな」


 烈火はすぐに腕輪からワイヤーを外す。鬼灯は小剣を放り捨てる。

 意識の空白を狙い穿つ技だったが、難なく避けるか。受け止めるか。鬼に届かせるには、まだまだ工夫が足りない。趣向が凝らし切れていない。

 もっともっと手を尽くさねば。手を変え品を変え手を出し尽くす。集めた手札も出さず仕舞いじゃ意味がない。


「おいおい、どしたァ! 苦い顔してんぞ、腹でも痛ェかよ!」

「いい歳こいて腹だして寝こける野郎に言われたくねぇな」

「ハッ! 減らず口がきけるんならまだまだ余裕だな!

 さあさあ次はどうする。今度はどうやって俺を斬る。新しいことしてみせろよ、俺を驚かせてみせろよ。なぁおい、玖来!」

「観客風情が演者に文句ばっか飛ばすな。いいから黙って見てろよ、今今見せてやるからよ。おれの手際に驚き惑ってずっこけろ!」

「ヒヒ! 本当に面白ェ小僧だ。いいぞ、来いよ。そのショボい手札とコンボで俺を千度斬ってみな!」


 戦え、矢尽き刀折れるまで。

 諦めるな、万策尽きるまで。

 走れ、胸の火が尽きるまで。

 まだ戦える。まだまだ戦える。手札を見渡せ、可能性はあるはずだ――鬼の命に童の刃を届かせろ!







 落ちる。落ちる。刹那に落ちる。

 意識を落とす。深みに落とす。魂の奥底を目指す。

 しかし墜落死だけは気をつけねばならない。下手に深みに嵌りすぎれば、今度は浮上できずにぶっ倒れる。

 自身の立ち位置を理解せねばならない。落下して、立つべき場所を見定めなければならない。この地点ならまだ己であれる。そういうギリギリを見極めろ。そこに踏みとどまって限界に達しろ。

 それが玖来流の奥義である。

 烈火になにが起こっているのか。玖来 烈火はなにをやっているのか。

 なにも難しい話ではない。鍛錬の果てにある技量の結実というわけでもない。

 ただただ集中。馬鹿みたいに。怖いほどに。死に物狂いで集中しているだけだ。

 その魂の限界にも届く集中力は体感時間にすら影響する。

 音は絶えて思考だけが喧しい。色が失せてモノクロに落ち込んだ。瞬間を切り刻んで時が拡張する。世界をコマ送りにしてスロー再生する。


 それこそが玖来流唯一にして最大の奥義――『刹那識セツナシキ』。


 不要な情報を削ぎ落とすことで必須のもののみを強調する。瞬間を刻み分け、瞬間を引き伸ばして知覚する。スローモーション映像と言えるレベルに風景を見抜く。脳の超高速処理による現象だった。

 死の直前のような寸刻みの体感時間延長現象――タキサイキア現象と言う――それの如く集中力を限界まで研ぎ澄まし、張り詰めた緊張感の中でのみできる烈火にも驚き、驚異の瞬間戦闘感覚である。死の危機の代用に集中力で無理矢理覗いた走馬灯である。


 鬼灯の馬鹿げた速度、図抜けた威力の拳が襲う。

 その前に。筋肉の微動を見る。目線の指す先を知る。それらをスローで見る。じっくりと。精密に見眺める。故に確実に把握できる。先の予測が成立する。

 ――烈火は確かに己がぶん殴られる幻想を見た。 

 その来たるべき未来。逃れるように、幻想の拳から遠のく。そう動く。かわす。立ち回る。

 そして、実際の速度では一瞬――実物の拳が烈火を横切る。

 烈火のから見れば、観察と予測と対処の後。ようやく遅まきながらやってきた本物。既に避けている。もはや烈火は次を見据えている。


「ヒヒッ! ほんとお前、なんだそれ。最高じゃねーの!」


 だが足りない。届かない。

 回避はほぼ完璧になった。技を見切る。攻撃を避ける。『刹那識』ゆえに。それをもって体力と精神力が尽きるまでは生存し得る。いや、少々希望的観測が混じっているか。それでも構わない。そのように断言する。烈火は死なない。その分、反撃に打って出る。

 完璧の回避を捨てる。攻撃をもらうことになりかねなくとも、攻撃に意識を割く。そうでこそ勝ちの目は見える。届く可能性を得る。

 届きうるなら小細工、猪口才なんでも使って手を伸ばす。鬼のノドもとへ喰らいつけ。

 不意に小剣を空に放り上げる。ワイヤーもつけていないただの剣。そのため抵抗なく空高くに投げ出される。


「あ?」


 鬼灯は反射でそれを目で追う。なんも考えてない。

 阿呆が。それは隙。もう片方の手が動く。先と同じ空隙を突く投擲。

 やはり受け止められる。割と高等技法なのだが。落胆はない。構わず烈火の左手は印相を作る。

 ――“無掌・〈火霊指・龍爪指・弓指・剣指の天〉・槍指の裏・角鬼指の裏・弓指の裏・剣指の地”

 鬼灯はキャッチした小剣を烈火に投げつける。雑な動作で恐ろしく速い。鋭い。正確。さらにそれを追うように拳を振りかぶる。


「くっ」


 飛来し襲う小剣なんて日常茶飯事で飛んで来たもの。投げる動作を見ずともおよそ狙いはわかる。速度も知ってる。だからそれをほとんど無視する。陰に隠れた拳にこそ恐れを抱く。

 印相に意識を割り振った。そのせいで『刹那識』中とはいえ、完璧には見切れなかった。目線は見た。しかしそれがフェイントの可能性がある。だから複数を観察して統合した予測を立てるのが常。今回それができなかった。かつ印相は続けねばならない。


「ぅ、ぉぉぉおおお!」


 ほとんど直感。勘頼り。左に跳んで転がり逃げおおせる。そのドサクサでさえ、左手の動きは正確精密。綺麗な印相をかたどる。なんと驚異的な身体制御能力か。

 ――“鎚指の表・弓指の地・槍指・槍指の裏・〈魔杖指の天〉・龍爪指・槍指・小鎌指の表・弓指の天・獣牙指・鎚指の地”

 拳はギリギリ。右腕に掠めて、なんとかかわし――


「――ひひ」

「っっ!?」

 

 そこで鬼灯の拳が広がった。

 拳を開いて指を伸ばした。通常であれば細く脆い人の指。折れて砕けて威力はない。

 しかしその指は獣を超えた鬼のそれ。爪であり牙であり――烈火の右の二の腕に、あたる。

 それだけで烈火の右腕は粉砕された。骨が折れる。血肉を噴き出す。激痛が襲う。


「――――!!」


 言葉もでない。地面に転がりのたうち、もがき苦しむ。

 苦痛が、苦痛が、痛い痛い痛い! 熱くて痛くて苦しい。もはや右腕がとれる。もげる。嫌だ嫌だ!!

 その痛苦に『刹那識』が解ける。まだ完全に扱い切れていない故に、簡単に通常状態に意識は浮上してしまう。


「痛がってるなんて余裕だな」


 鬼には血も涙もなく慈悲もなし。

 苦痛にのたうちまわるなんて不様はただの隙で、攻めない道理はどこにもない。

 死ねとばかりに鬼灯は拳を振り上げ――眼光が睨みつけた。

 ――“《鎚指の天・風霊指の地・風霊指の天・剣指》・祈掌”!


「っ!」


 痛がってたのブラフか! 気付いた時には印相完了。魔法が始動。

〈瞬〉き強要する〈火〉が灯る。

 さしもの【武闘戦鬼】も目の前真ん前に《瞬火》をされれば目を覆う。驚いて反射的に目を閉ざす。

 その間は、一瞬だった。人にとっては隙丸出し。しかし鬼にとっては対処可能。そして閉眼状態であっても、鬼灯は烈火の起き上がり斬撃を捌いてみせただろう。鬼才は視力を喪失しても九割以上の実力を発揮させる。

 だから烈火が最後の力を振り絞って左の小剣を刺突した時、鬼灯は容易く受け止めた。もはや逃がさぬと片手で刀身を握り締め、停止させる。

 そこで烈火は小剣を手放すのを躊躇った。故に鬼灯のもう片方の拳が襲う時、右腕を壊され左手を掴まれた烈火にはなにもできず。遂に鬼の拳打を受け入れ――


「ハ」


 笑ったのは、果たして烈火。

 拳が襲い、死の直前だというに、勝ち誇ったように烈火が笑ったのを、鬼灯 正宗は確かに感じた。

 そうだおかしなことがあった。

 玖来 烈火が躊躇うなんて、そんなわけがないじゃないか。

 ならば小剣を握り続けたのは烈火の意思で、それは勝利を確信したからではないのか? だって、そうだろう。烈火はお手玉があんなに達者だったじゃないか。


 ――小剣の落下のタイミングくらいわかる。


「なん……っ!」


 要は命をかけた賭け事。命を囮とした小さなおっさんの真似事である。

 鬼灯の拳が届くのが早いか――先ほど天に放った刃が落ちてくるのが早いか。

 そして賭けに勝ったのは烈火。

 鬼の拳が烈火の顔面を粉砕する僅か刹那の直前に、鬼灯の頚椎に落下の剣が触れたのだ。

 当然のように刃をたてた、並の者なら確かに裂く斬打。しかし鬼灯の肉体には傷ひとつつかなくて――それでも、拳は停止した。

 この喧嘩は、一撃あてれば終わりのルールだったから。














 武術の才気を持つ第三傀儡【武闘戦鬼】鬼灯 正宗


 同行神子:第三神子ケルフ

 勢力:「戦鬼衆」

 技能:喧嘩殺法。魔法は使えない。

 装備:不思議な破れない下履き

 異常性:『戦狂イクサグルイ


 神様能力

金剛勇鬼ヴァジュラ』:常時。筋力、耐久力が人間のそれを凌駕して超人になる。また魔力なく強固な魔力障壁を備える。

戦才武鬼グラディウス』:常時。戦闘の才を持つ。戦いのセンス、本能的な戦闘勘。そういうものを備える。

武闘戦鬼ウルーヴヘジン』:常時。楽しいという感情が強くなる度に強くなる。戦ってる最中に強くなる。感情が落ちると強さも戻る。






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