side.【武闘戦鬼】その一
鬼灯 正宗――彼は幼い頃から乱暴者で、周囲に遠ざけられては避けられていた子供だった。
どうして避けられていたか、それにはれっきとした理由があり、故に大人たちも困り果てる。
何故かは知らない。理由なんて考えたこともない。けれど拳を握るのが大好きで、固めた拳で人を殴ることに幸福を覚えた。鬼灯は、小さな頃からそういう異常性を保持して生きてきた。故に孤独となる。誰にも近寄られずに、ただただひたすら恐れられた。
当然、そんな恐ろしい輩と友人になろうとする者はひとりもいない。子供というのは、残酷なほどに異常性に聡い。草食動物が肉食獣に敏感なように、鬼灯は排泄された。小学校、中学校と、皆に避けられ――それでも殴打を望む願望は一切薄れずに鬱屈として蓄積していく。
彼の母は必死に、しかし優しく説いた。人を殴るのはよくないことだと。我慢しないといけないのだと。鬼灯は素直に頷くも、心の深いところで少しずつ少しずつ溜まり積まれて大半を支配する。
高校にあがってすぐだった。
ふいと。
ぷつりと。
切れた。キレた。
よくないこと、我慢しないといけないこと。それでも溜まらずぶん殴ってしまった。それも、教師を。理由はなかった。強いて言えば顔が気に入らなかったから。
これまで我慢に我慢を重ねて噴出した一撃の拳は、重かった。一発で中年の教師の意識を奪い、鬼灯は興奮した。最高に楽しかった。
勿論、一発で満足するはずもなく。
何度も何度も。
何度も何度も。
殴った。殴った。殴った。
笑いながら殴った。誰かに止められても、止める誰かを殴って笑った。
笑った。笑った。笑った。
ずっとずっと。
ずっとずっと。
笑い続けて――気付けば冷たい部屋にいた。
どこかは知らない。どうでもいい。よくわからないが、身体中が痛いことに気付いた。殴ることに夢中だったが、どうやら抑えようとして鬼灯も幾らか殴打されていたらしい。それが、なんとなく嬉しかった。
危険な奴だと、恐ろしい奴だと、そう言われ続けた鬼灯だ。母以外とはまともに会話もしたことがない。殴られるというコミュニケーションでさえ嬉しかったのだ。
そしてそんな暴力暴走男の扱いに困った周囲は、彼に鬱憤を晴らす場を与えることにした。
そこで出会ったのが、ボクシングである。
合法的に殴ってもよく、殴られることも多い場所だった。
それは彼にとって天職だった。天国だった。
人を殴り、殴られ、それを見世物とすることで金までもらえる。言うことなしの文句なし。鬼灯はそれからボクシングにのみ傾倒していった。
だが、残念ながら彼にその才はなく、死に物狂いで鍛錬を積んでも勝てないで殴られ続けるサンドバックのような戦歴だった。
頑張っても頑張っても報われず、殴っても殴っても届かずに、だが鬼灯 正宗は笑い続けた。殴られるのも好きで、死に掛けるのもまた快楽だったから。
彼は異常者だった。
それでも別に、勝利への飢餓ははち切れんばかりに存在し、己の無才を嘆き悔やんだ。殴られるのは好きだ。だが、殴るのだって大好きで、何故この拳は誰にも届かない。
嘆きと欲望が弾け、遂に彼は一般人を殴り倒す。再び、過去の過ちを繰り返したのだ。なんとかギリギリで殺害だけは留まったのは、今は亡き母親の言葉があったから。
そして捕まり、刑務所にぶちこまれる。挙句に拳を振るえぬことに狂い、最後に殴れる己を殴り続け――殺した。
なんて馬鹿みたいな人生か。なんて狂った生き様か。なんて――悲しい生命か。
その生涯はまさしく人間失格と言える。彼は、人間として生まれたはずなのに、失格してしまったのだ。
そう、同情したのが第三神子のケルフであった。
彼女は今回の傀儡戦争で、故に鬼灯を選び、力を授けて異世界にへと迎え入れた。彼にとって、ボクシングの世界以上の天国になりえると信じて。
事実、鬼灯にとって異世界ファルベリアは天国だった。
暴力が許され、才気を得て人外の力も得て、そして殴る相手がわんさか犇く。
鬼灯は最初、第五大陸にてスタートした。そこは鬼族の住まう土地であり、魔物の脅威度も非常に高い危険極まる大地であった。
だがそれは彼にとって朗報以外のなにものでもなく、嬉しそうに魔物どもと戦った。時に強そうな鬼族の奴に出会えば、ところ構わず誰彼構わず喧嘩しようと持ちかけた。
そして彼は魂の赴くままに、戦って戦って、喧嘩して喧嘩して――ひとりで戦争してるくらいに争い続けた。
していると、おかしな奴が声をかけてきた。おかしな奴らが集まってきた。
「私は強くないから。強い者に憧れる。
私は強くないから。強い誰かを見ていたい」
「あ?」
最初の男はわけがわからないことをほざく奴だった。
「あなたは私が見てきた中で、最も強い男だよ。ゆえにだから、伏して頼もう。どうか傍にいることを許して欲しいと。なに、邪魔はしないさ。ただあなたの強さを間近で見ていただけだから」
夜叉の男は本当に土下座までして頼んできた。別に好きにしろよと答えてやった。
ひとりは二人になって、旅がはじまった。喧嘩ばかりの、騒がしい旅が。
「強いんだって? ちょっくら試してみていいかよ、人間」
強面の剛鬼に大上段に喧嘩を売られた。心躍る提案に、乗っかり真っ向叩き潰した。
二人にストーカーが増えた。事あるごとにぶちのめしてやったら、いつの間にか隣にいた。
「なんだてめぇら、やるってのか?」
「鬼族の大陸だからってこちとら容赦も遠慮ねぇぞ、ああ?」
竜人の二人組みが突っかかってきた。鬼とか竜とか、鬼灯には関係なかったけどぶん殴ってやった。
勝つまでついてくと、三人が五人になった。
「あたし、強い男は好きだよ。けど、あたしってもっと強いからねぇ」
剛鬼とはいえ女性だったが、構わず拳を交わした。鼻っ柱を叩き折り、真っ向からねじ伏せた。
別になにも言っていないし言われてないのに、五人は六人になっていた。
この頃には、「戦鬼衆」とか誰かが名乗りはじめていた。誰かに呼ばれていた。
「噂には聞いている。恐ろしく強い人間だとか。なかなか大所帯だが、なんだ全員そこの男に敗れたか。
それは重畳。僕も最近は暇していてね、強い男と決闘なんて、年甲斐もなくわくわくするよ」
五人の誰かが言っていた、強いという男に会いに行った。吸血鬼のその男は確かに強くて、笑ってしまった。笑いながら殴りあった。
勝った後に半世紀ぶりに大いに笑ったと酒を飲み交わしたら、また戦おうとついて来た。七人になった。
「わたしを圧倒できますか? できたらきっと、恋しますよ」
大陸を渡れば別の強い奴らに出会えた。鳥獣人の女が執拗に構ってきたから戦った。圧倒してやった。
湧き上がる歓喜とともに、横たわった女は問うた。
「あなたは誰ですか、名を教えてはくれませんか」
「――「戦鬼衆」が頭目、鬼灯 正宗だ」
もう名乗りに違和感はなくなっていた。
いつの間にか友と呼べる者が七人もいた。生前にはひとりもいなかったのに、今や笑いあって拳を交わせる間柄の友が七人もいた。
だから鬼灯 正宗は笑う。
この天国に笑って笑って笑い続ける。
暴力が彼をひとりにした。しかし、暴力が彼に同士を作った。
つまりがまあ、要するに彼は生まれる世界を間違えたのだろう。鬼灯 正宗の魂が生まれ出でるべき世界はこちらだったのだろう。あるべき場所は、この異世界だったのだろう。
だって彼は今、幸せだったから。
彼は地球で人間を失格した。
だからこそ――この異世界で鬼に合格したのである。
「戦鬼衆」
鬼灯 正宗……………………………人間。傀儡。【武闘戦鬼】。
黒塚・薬叉……………………………鬼族夜叉。唯一の非戦闘員。
回復役。無口。最初の友。
ソーマ・ガンダルヴァ………………鬼族剛鬼。一番年上。頭領になりたい。
ナーガ・レン・グ・ラジャ…………竜人。マコラとコンビだった。
一番子供っぽい。
マコラ・ガ・ジェ・トバルカル……竜人。ナーガとコンビだった。
割と突っ込み役。
キンナ・ラーディガ…………………鬼族剛鬼。女性。強い男が好き。
デーヴァ・フォン・ディエッセ……鬼族吸血鬼。実力ナンバー2。紳士?
衆の中では一番、丁寧。
カルラ・レライロ……………………鳥獣人。新人。女性。
圧倒されるのが好き。