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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第三幕 人間失格、鬼合格
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74 【武闘戦鬼】









 傘をつれ、村の端の少し開いた空間へと移動する。場所がわかったのは、宿屋を出たところでデーヴァが待っていてくれたから。


「うちの連中はだいたい頭悪いから案内とかそういうの考えないんだよね。村の外れってだけ言われて、場所わかる?」

「いや……」

「だよねぇ。まあ、馬鹿ばっかりだけど、僕らの仲間内での喧嘩で使ってるところだからさ、わかりきってて説明するまでもないっていう考えの奴も……えっと、ひとりくらいはいるはずだから」

「そうか。なんか、その、苦労してそうだな、お前」


 笑って、デーヴァはそこには明確には答えなかった。

 彼の案内に従い少し歩けば、村の境界みたいな場所にたどり着く。結界の狭間で、村というべきか外というべきか判断に困るような、そんな曖昧な場所。もしかしたら魔物がやってくるかもしれない。そういう懸念が打ち消しえず、人はあまり寄ってこない。

 故にそこにいたのは鬼の集団のみ。いつかのように騒がしいギャラリーはなく、静かに静かにそこにいた。

 その面子が囲うようにして、ひとりの男が仁王立ちで待ち構えていた。


「ひひ」


 口元には笑み、顔中には喜色。

 思い描く未来への期待ではち切れそうな、そんな子供みたいな男だった。

【武闘戦鬼】鬼灯 正宗。「戦鬼衆」の頭目にして鬼どもの上に立つ鬼大将、拳に狂ったバトルジャンキー。


「待ってたぜ、待ちくたびれたぜ三分で」

「早ぇよ。カップ麺くらい我慢しろ」

「俺はカップ麺食う時ゃ一分で食う派だ! カタ麺のが美味い!」

「はぁあ!? 三分指定なんだから三分待てよ!」


 途中で食うという発想がまずない烈火である。彼はタイマーを用意しできるだけ正確な三分を目指す男だった。

 相容れねぇ。変なところで確信する烈火であった。

 まあカップ麺の話はどうでもいい。前口上たら鬱陶しい。予習だ準備だ面倒きわまる。早く早く、とっととしよう。

 なぁ――鬼灯は、【武闘戦鬼】は笑う。


「さあやり合おうぜ、今すぐやろうぜ、殴り合おう。がっかりさせんなよ――殺しちまうぞ」

「……っ」


 一挙に戦意が膨れ上がる。烈火が一歩下がりたくなるほどの膨大な闘気、戦気、鬼気。

 恐るべき鬼が、ここで遂に戦闘に帯域を切り替えた。

 その圧倒的な威圧に、烈火の背から短い悲鳴が聞こえる。やはり、連れてくるべきじゃなかったな。申し訳なさそうに振り返る。


「悪いな、怖がらせた。やっぱ連れてくるべきじゃなかった」


 傘はすぐに取り繕ったように口を開き、だが閉じた。強がりをやめて、弱々しく、けれど真っ直ぐに言う。


「烈火……いや、わっちの言い出したこと、おぬしに謝る理由はありんせん」

「そうかね。ま、傘は下がってな、巻き込まれたらまずい」

「うむ。その、なんじゃ……がんばれぃ」

「ああ、がんばるさ」


 その一言だけでも、烈火は目の前の暴威の塊みたいな男に対峙できる。がんばれる。ありがとう。

 向き直り、袖から小剣を出す。握る。構える。


「さあ、御待遠。やろうぜ【武闘戦鬼】」

「ひひ、待ちに待ったぜ楽しみだぁ。同郷、俺を楽しませてくれよ?」

「首が落ちても笑ってろ――玖来流師範代、玖来 烈火――行くぞ!」

「「戦鬼衆」が頭目、鬼灯 正宗! その喧嘩買ったァ!」


 そして――他五名の傀儡に、第三傀儡と第七傀儡の開戦が伝わった。






 拳という名の矢をつがえ、弓引く如くに引き絞る。

 転瞬、鋼を砕く大砲に等しき拳打が放たれた。真っ直ぐ愚直。衒いなく右ストレート。ただ烈火の身と命を狙って迸る。

 ずぱん、と爆音のように拳は過たず狙い目に直撃――


「「!」」


 そして互いに驚愕。


「殺した、だろ?」

「避けた、はずっ」

「なんで手応えがねぇ!」

「どうして掠って……!」


 そのカラクリは『不在アヴェイン』の発動。

 そのかすり傷は発動直前の拳圧。

 互いに理屈は熟知しない。なんとなくで把握し、そしてそのなんとなくだけで対処も即断。思い至る。


「「つまりもっと速くだな!」」


 烈火は『不在アヴェイン』のままにバックステップ。ギリギリまだ制御時間内。

 そして小剣投擲とともに解除する。鬼灯は飛来の剣など片手で弾――小剣が逃げる。


「あ?」


 ワイヤーを伝った操作。ただし意味はない。一瞬意識を逸らす程度。その隙間に、左の剣が飛ぶ。走る。投擲。鬼灯の首に刺さる。刺さらない、弾かれる。いつかのオークより硬いでやんの。


「ん? もう一本? お前ナイフ使いか」

「ナイフじゃねぇよ小剣だ。ナイフじゃフォーク欲しくなんだろが!」

「違いねぇ!」


 烈火が両の小剣を回収しようと引っ張る。そこに鬼灯は駆け寄る。実に楽しげな笑みを浮かべて直進してくる。フェイントもなにもない。直線的で読みやすい。ただし速度が尋常ならざる。

 優れた動体視力を保持する烈火をして、それはもはや瞬間移動。漫画の領域の速度。コマ飛ばしの移動。

 だが、


「くっ……っぁあ!」

「へぇ」


 必死で身を捩る。初動の形でどうなるかを予測し、予測から外れるように逃げる。避ける。命懸け。

 それに、鬼灯は嬉しそう。この拳を避けるか。ただの人間が。

 では続けてやればどうだ? 子供のような好奇心で鬼灯は攻め続ける。

 ひゅん、と拳は連続する。続き繋がりコンビネーション。

 右、左、右、左。連打連打。肘を曲げて、腕を引いて、腕を伸ばす。ただ単純に殴るという簡易な動作の連続。それの極致で、それの極大。

 もはや勘だけでは回避できない怒涛のラッシュ。なにぞ理由があるなら晒してみせろ。


「っぁ!」


 理由ならある。十八年の積み重ねだ。

 拳が振りあがるのを見る。筋肉が震えるのを見る。敵の視線の動きを見る。

 どれだけ速い拳が打ち出されるとも、その直前の挙動で把握は可能。ある程度の予測をたて六割以上の精度で軌道を予測できる。拳銃の射出口とトリガーにかかる指を見ればなんとか人体にも回避できるの原理である。まあ後の四割は勘と経験と反射で避けているが。


「玖来さん理不尽ですねぇ、最高です」

(頼むから話しかけないで、集中してんの!)


 壊滅的な威力を秘める小さな拳。サイズは烈火のそれと大差ないが、握る運動量は桁外れ。見たわけではないが、噂ではAランクの魔物も拳でノックアウトさせたとか。回避しても余波だけでもはや痛い。

 しかもその拳、雑ではない。綺麗で流麗。教本のお手本に等しい。なおかついつかの自動剣撃とは違い当人の色が見える。癖があって、好みがある。絶妙に巧いのに、機械的ではない。よって無軌道さを持つ。

 正道の回避に徹すれば、時に意表を突いた攻めが混ざる。不意に拳が開き、指先を掠めてこようとしてきた。ツバを飛ばして目潰し狙ってきた。間合いを惑わされていきなり接近された。

 それを、烈火は全て不発にさす。コロシアムでの経験が活きた瞬間である。人の工夫、小細工、悪あがきは散々見てきた、体感してきた。やってきた。ここで驚きゃしないし、硬直もない。まだまだ想定範囲内。


「やるなぁ、やるねぇ。楽しくなってきた!」

「余裕かクソが!」


 ただし烈火は反撃の糸目も見出せない。というか、その意思すらも一刹那も思えない。回避以外の他事に思考を割けば、その瞬間にぶっ飛ばされる。死が見える。常に耳元に死が囁いてやがる。

 ただただ乱舞のような拳を避けて避けて、ただそれだけ。ジリ貧甚だしい。勝利の光は一筋僅かも見当たらない。


「だぁああああああああ!」

「っ」


 先に痺れを切らしたのは鬼灯。戦機を見たか、いやたぶん短気な性格。

 拳の行方が烈火から外れる。ではどこへ。大地へ。

 惑星ぶっ壊しパンチ。


「な」


 突如の変転に烈火は対処遅れる。先手を打たれた形で巻き込まれる。

 叩きつけられた拳は地を割り、大地を裂いては爆砕する。土煙が吹き荒れ、クレーターが抉れ、足場が失せる。

 地に支えられていた烈火は、無論崩落とともにバランスを崩す。ともにクレーターの底に落ちる。といっても一メートル程度。いや深いわ。

 そこに不様に体を崩して着地し――拳が迫る。


「もらったァ!」

「やらねぇよ!」


『不在』の発動。鬼灯の拳をすり抜ける。無駄とする。


「ぁあ!? またか、ちくしょめ、それがお前のスキルだなっ!」


 流石に二度目は看破される。返事はしないで背中を向けて走る。クレーターの足場は悪い。とっとと出る。

 鬼灯は追わずに、ひとりごちる。独り言にしては烈火にも聞こえたが。


「逃げが達者でスキルも回避特化。ひひ、面白ェ、面白ェじゃねぇか玖来 烈火! ぜってぇてめェに拳をぶつけてやんよ!」

「うるせぇよバケモンが。なんだよ、その動きと腕力は! 人間やめ過ぎだろ! ファンタジー世界だからおおよそは許容してたけど、それはないわ! マジないわ!」

「きっとただの人間じゃなくて特別な訓練を積んだ人間なんですよ」


 七ちゃんが相変わらずバトル中にも声を入れてくるが、今回はやめろと言うもなく文句が先走る。


「本当に人間にカウントしていいんですかね! しかもあれは訓練してねぇだろ、ドーピングだろ! 神様ドーピング!」


 強くて、硬くて、速い。

 それは最強ということだ。シンプルな要素が極まったのなら、もはやどうしようもない。特殊な能力なんていらない、多彩な魔法なんていらない。ただ純然たる身体能力による圧倒。それは、


「もはやなんていうか軽くホラー……」


 まさか以前に七ちゃんとしたホラー談義が伏線として機能しようとは思いもよらなかった。

 それでいけば第三のホラー。

 要は物凄く恐ろしい個人がなんの衒いもなく真っ向から襲い掛かってくる。こちらからなにをしても無駄でズンズン突き進んでくる。どれだけなにしても平気な顔して殺しに来る……ホラーというか、ホラーだろ。


「怖すぎ、帰りてぇ!」

「帰んなよ、楽しくやろうぜ?」


 烈火がクレーターから這い上がった頃合いに、鬼灯もまた軽く飛び出してくる。対峙する。おい、予備動作なしの一挙動で楽々一メートル跳躍すんな。


「まだまだはじまったばっかりだろ? なあ、もっともっと俺を楽しませくれよ。お前にできるのがその回避だってんなら、どこまでも逃げきってみろよ。捕まえちまうぞ、鬼ごっこだ」

「童は精々必死こいて逃げ回れってか、上等だ。華麗な逃げ足に見惚れるなよ、誰より素晴らしく逃げてやる」


 なんて後ろ向きかつ男らしくない断言だろうか。

 しかし鬼灯は嬉しそうである。男はきっとみんな変なのだ、傍の七は確信した。

 そしてダンスは再開。死を賭した、命を取り合う、死臭酷く見栄えもしない踊りである。

 人を超えた鬼の速度で拳は襲う。岩を粉にし人を肉片に変える恐るべき拳。死と殺の代名詞。

 それを、人の眼はしかと見る。視力の限りを尽くし、動体視力を凝らして、打ち出される前に見切り切る。

 そしてかわす。つれない淑女のように。悪戯な妖精のように。

 ――烈火は気付いていた。この男、手を抜いている。

 確かに鬼灯は巧い、速い、強い。恐ろしいほどに、泣き出したくなるほどに、嫉妬に狂いたくなるほどに。

 だが、だが。

 それはまだまだ人の範疇。いつかの神剣の範囲内で、コロシアムで戦った者たちの圏内。神の域には達していない。

 それとも神の与えた才気というのはこの程度だったのか? 烈火が過剰に恐れ、誇張していただけか。

 その側面もあっただろう。たぶん、鬼灯だって割と本気で戦っているに違いない。神に才気を付与されても、それを使うのは人の身と頭なのだから。

 だがおそらくそれ以上にこいつ、この男、たぶんおそらく間違いなく――


(なんも考えてねぇ!)


 戦闘思考が皆無だ。巧いし速いし強いが、無思慮で雑技で無思考だ。

 戦いとは選択と予測の連続。徒手だとしても殴るか蹴るか、踏み込むか後退するか。もっと突き詰めれば殴り方にも種類はあって、足捌きにもテクニックがある。そうしたものを、現状において適しているのを瞬時に選択せねばならない。どれが最適か、どうすれば最善か、どう習熟しているか。選択の根拠を予測し考えねばならない。

 だが、この男はそれがない。一切ない。なにも考えず、ノリと反射と気分で殴り方を変えている。それは本能とも言えるが、しかし人間の長所は知恵なのだ。烈火ならば、そんな獣のような戦い方をそれこそ予測できている。

 だからこその現状。負けていない今。

 要するに――彼を評して、この言葉を使うのは何度目か――馬鹿。馬鹿なのだろう。それも自覚的に。自ら考えないで戦うことを選んでいる節がある。

 ――そのほうが楽しいから。その一点のみの理由で。なんたる戦闘狂い。きっと異常性はそこに違いない。

 現代の日本人にしてここまで戦いを求め、戦いに執心し、戦いに狂うなんてのは異常者としか言い様がない。彼は異世界人ではなく地球人だから、だからおかしくて奇妙で異常なのだ。

 それその通り。鬼灯 正宗の異常性は『戦狂イクサグルイ』。

 全く隠せていない、誰よりわかりやすい、彼の異常性だ。

 そして、だからこそ烈火は戦えている。敵の異常性がそれだからこそ、抗し得ている。生きている。

 馬鹿の手口は読みやすい。ただ、それでなお劣勢極まるのは地力の圧倒的な差。


「ははっ」


 ――笑う笑う。鬼が笑う。鬼は笑う。鬼哭啾啾きこくしゅうしゅう笑い続ける。

 拳を飛ばして笑い、蹴りをかまして笑い、回避されてもやはり笑う。

 鬼は笑うべきだと言うように。傲慢不遜に笑うのが鬼だとでも言うように――【武闘戦鬼】は呵呵大笑の坩堝である。


「あははっ、あはっ、あはは、はーははははははははははははははははははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――ッ!!」


 拳は止まらない。連打は緩まない。どころか加速し、加速し、加速する。

 烈火はその都度、自身のギアを上げていく。無茶をかまして、勘に頼りはじめて、傷が増す。

 もはや初手から限界精一杯だった烈火としては、死に物狂いの回避である。命懸けの逃避行動である。

 無論、長くは続かない。集中途切れば二秒でミンチ、一呼吸で寸断される。

 畜生、なにが人死に嫌だ。嘘ばっかりだ。純度百パーの殺す気で満ち満ちてんじゃねぇか。

 流石に、付き合っていられなくなる。一髪千鈞のタイミングで、烈火はバックステップ。

 そして『不知シラヌイ』。


「あんっ?」


 消えた――鬼灯の視界から烈火の姿が完全に掻き消え、鬼灯の感覚器の全てから烈火は不在となる。

 見えない聞こえない感じない。知らない。

 だが、鬼灯は笑う。それが直感的にスキルによるものだと理解したから。


「クソ雑魚クソ雑魚出ておいでー、出ないと心臓ブチ抜くぞー」

「鬼さーんこーちら! 手ーの鳴ーる方ーへ!」


 聞こえないだろうが、烈火は挑発に挑発で返す。律儀に手拍子なんかしちゃう。余裕っぽい。余裕はない。強がりだ。誰も見えず聞こえないところで強がってる場合ではなかろうに。


「はァ……はァ……もう、どうしよう。マジどうしよう鬼強いんだけど、童勝ち目ないんだけど」

(私の目から見ても勝ち目はなさげですね。一パーセントもコンマ以下にも、どこにもないで困りものです)

「このまま逃げよっかな。マジで」

(私は推奨したいですが……)

(わたくしは反対ですねぇ。ここで逃げたら、鬼灯さん怒ってしまって手がつけられませんよ?)


 ケルフがなんかごく自然と会話に混じってきた。マイペースかよ三番神子。一応、敵のつもりなんだけど?


(まあまあ、そう言わず。わたくしも敵として話しています。逃げないでください。鬼灯さんは不粋が嫌いですから)

「……そりゃ鬼灯の感情優先して逃げないでほしいってこと? ゲームの意味じゃなく」

(はい。鬼灯さんがあそこまで楽しそうなのは久しぶりで、見ていて微笑ましくて)


 うふふとか笑ったりしちゃって。あの鬼の笑顔が微笑ましいのか、感性ズレてない? 神の感性なんて人にはわからんか……。

 だがケルフの言い分にも一理ある。逃げたら余計に死ぬ気がする。あの手合いは、戦いに水をさされるのを嫌うだろう。中途半端で逃げたら怒り狂うだろう。

 けれど逃げずにいたところであの馬鹿理不尽パンチにあたれば即死だ。どうしよう。

 どうしようもない。鬼灯が痺れを切らして周囲に八つ当たりをはじめた。

 見えず感知しえない烈火のいる場所とは全く的外れだが、虚空を穿ち大地を揺らして大暴れ。暴風雨かなんかかお前は。

 暴風雨に巻き込まれればただの人間はあえなく引き裂かれて死するだろう。今は明後日の位置で暴れているが、逃げない選択ならばいずれは被災しかねない。

 では、やはり逃げるのか?


(どうします、玖来さん)


 自問と七の問いかけに、烈火は仕方ない。腹を括る。

 ――逃げねぇ。なんとかしてやる。

 八方塞なら、無理にでも一方をこじ開けねばならない。それもできるだけ可能性の高いほうを。

 物理では勝てない。スキルがあってもまだ届かない。鬼灯は強すぎる。だが、一点、弱みはある。それはあからさまなほどに見え透いて、明快な弱点――鬼灯は馬鹿だ。そこを突く。抉る。こじ開ける。

 烈火は『不知』を解く。声をかける。


「おい、見当外れ野郎!」

「んあ? そっちかっ!」


 ばっと振り返り、その勢いのまま飛びかかろうとする鬼灯。烈火は『不知』を使った。鬼灯は見失った。無論、先の烈火がいた地点は粉砕されたが、もう移動している。手応えはない。


「ち、また消えやがったか」

「ちょっと待て、話聞け」

「おおう!」


 また解いて話しかけるも、やっぱり飛んでくるのは拳である。消えつつ回避。逃げつつ見えず。


「おちょくってんのか、てめェ!」

「まあ半分は。もう半分は、ちょい話聞けって言ってんだろうが脳筋野郎!」

「話ぃ? 喧嘩中になに喋れってんだ、命乞いなら却下だぞ」

「まず! そもそも! 大前提として! 殺しはなしのはずだろうがっ!」

「はァ!? ……は、あぁ、そうか……そうだった。うっかり」

「うっかりじゃねぇ!」


 だから馬鹿は嫌なんだよ。付き合いたくねぇ。

 だが、ようやく話し合いにもっていけそうだ。ちょっと落ち着け、おれも落ち着くから。


「いいか、鬼灯。鬼灯 正宗。これは喧嘩のはずだ、喧嘩だ、いいな? まずはそれを思いだそう。殺し合いじゃないんだと」

「あぁ、忘れてねぇよ」

「嘘こけ、さっきまで忘れてただろうが!」

「しかしすり抜けと隠れる力か、割と腰抜けか?」

「脳なし脳筋野郎と一緒にすんな、こっちは脳ある鷹なもんでな。隠したがりなんだよ」

「隠しすぎてもはや見失ってんじゃねぇの」

「てーか話逸らさないで頼むから!」


 後生だから。こっちは命かかってるの。必死さを感じ取ってください。お願いします。


「喧嘩、命はかけない殺さない。オーケー?」

「オーケーオーケー」

「心底信用できねぇ奴だな……」


 一瞬後には忘れてんじゃねぇの鳥頭。それでもこっちはこの言葉に賭けるしかない。言葉という繋がりに賭けるしかない。それ以外に勝ち目は見えないのだから。


「なのでここで提案。おれは神様能力をもう使わない。代わりに、おれは一発いれたら終了にしてくれ!」

「へぇ?」


 神様候補すら言いくるめた我が舌鋒の冴えを見ろ! 七ちゃんがちょろかったとかは言うな!


「今までのバトルをしてたら気付いたと思うが、おれは一切反撃にでてない。でれてない。それ、お前からしてもつまらんだろ。やってやられてが喧嘩の骨子だもんな」

「まぁな。回避だけでも楽しいが、確かにちょっとで飽きそうだ」

「だが、おれが攻めに転じたら死ぬ。お前が殺す気だからだ」

「もうころさないよー」

「棒読みやめて。切実に。

 で、おれが一撃あてたら終了のルールを追加すると、おれはジリ貧の現状を捨てて決死で攻めに回るだろう。タイミングを見計らって一瞬に乗じて攻める。どうだよ、面白そうじゃねぇの?」


 いつ攻められるかわからんスリル。一撃で終わりという緊張感。ようやく喧嘩の体裁が整うってもんだろう。一方的な虐殺ではなく、互いが刺しあう喧嘩が好きなのだと言うなら、乗ってくるはず。おれに一パーセントを寄越せ。

 乗って来い、乗って来い。頼むから乗って来い。なんなら土下座くらいならあっさりするから、どうか頼む乗ってくれ。

 目論見は、


「確かに面白そうだ……へへ、お前わかってんなぁ。「戦鬼衆」入んない?」


 成功。

 笑みを堪えつつも誘いは即時に切り捨てる。


「入らん」


 だいぶ烈火に有利なルールに思えるが、反撃を視野にいれると烈火の回避の万全は崩れる。こっちのリスクも多いにある。そして神様能力を抜くことでフェアだろう。ありだと隠れたとこから一撃あてて終了である。つまらなすぎて殺される恐れがある。

 それでもやっぱり烈火に有利だ。勝率ゼロが一になるくらいには、望外の優位と言える。それでも、己の不利を踏まえて喜んで頷くのが鬼、馬鹿、鬼灯。


「いいぜ、いいだろう、上等だ。一撃いいのくれたら、お前に勝ちごと譲ってやるよ」

「勝ちはいらん。終了だけしろ」

「なんでぇ、いいのかよ。まあ、お前も勝った気にはなれんか。いいぜ、一撃いれたら終わりでよ。約束してやる」

「違えはなしだぜ?」

「忘れることはあっても約束は守る――なァ、おめェら聞いてたな」


 鬼灯は振り返り、「戦鬼衆」の仲間たちに語りかける。イカれたほどに素敵な笑みで。


「おれが一撃うけても止まらないなら、てめェら全員で俺を殺しにかかれ。俺が忘れててもてめェらが覚えてろ――いいな?」


 頼むほうも鬼なら、受け入れるほうもまた鬼。種族など無関係に、その魂が修羅なのだ。


「まあ、いいけどさ」

「やったるやったるぶっ殺したるぞお頭」

「…………」

「じゃ、ここで頭領殺した奴が次の頭領な」

「まあ、大将が言うなら」

「こりゃ用意しとかなきゃな、カシラはすぐ忘れちまうからな」


 実に楽しげ、鬼は笑顔で揺るがない。

 血まみれの絆が彼らにはあって、拳を交えた信頼がある。だから仲間であっても、笑って殺し合える。それが戦鬼の衆である。


「ほれ、安心か。玖来 烈火」

「……あぁ、泥船に乗った心地だよ」

「そいつはよかった――じゃ、再開だ!」







 そして再開する乱舞は死闘である。

 ただし先のように加速はもうしない。互いに互いを警戒し合い、出し尽くすことで隙を生じさせるのを恐れている。

 鬼灯は馬鹿だ。無思慮、無遠慮、無思考で戦う獣のような男だ。だが、それでも本能的に手を緩め、隙を晒すのはまずいと知っている。

 大振りになればそこを突かれる。無理な姿勢で挑みかかればそこを狙われる。変に張り合えばそこを転ばされる。

 ゆえの堅実さ、地道さ。加速を抑えてまで細部まで身を操る。

 それは、玖来流にも等しい身体操作術である。神の与えた才気は、目の前で戦う烈火の戦闘法すらも見ただけで盗んでしまうのか。

 勿論そんな手堅く動かれて、困るのは烈火である。

 一瞬の隙を突こうと虎視眈々と窺って、下手を打つかと見計らって、俯瞰観察し続ける。だが、先よりよっぽど隙が失せている。油断が去っている。

 欲をかいて攻めに回ろうと踏み込めば、たぶん死ぬ。殺される。あっさりと。

 全ての攻撃を回避できているから、ダメージが薄くて余裕がありそうにも見える。端から見てもこの踊り、不様に攻める鬼灯と綺麗に避ける烈火と映るかもしれない。

 しかしどれだけ烈火の傷がなくとも、巧く回避をこなしていても、一撃だけでひっくり返る。烈火の耐久力では一撃もたない、ぶっ殺される。回避はつまりギリギリで、綺麗に見えるのはそうでないと血みどろに死に果てるということ。一かゼロかでしかなく、そして一とゼロは非常に近い。隣り合ってる。ほんの僅か些細なことで傾く。

 だから、烈火が攻めに転じよう――そういう、いわば回避への邪念を抱けば、それだけで奇跡のような現状が崩壊する。掴んでいた一は、すり抜けゼロへと容易く転ずる。

 なんて皮肉か。勝利のために勝とうと願ったら敗北するだなんて。負けないでいることしか専心できないなんて。


「……ち」


 唐突だが――玖来 烈火はこと戦いという分野において、才能があった。

 玖来流という身体操作術にも適性があり、努力を続ける忍耐力も持っていて、強くなれるだけの可能性を秘めていた。

 師たる祖父の腕もあって教育も正しい。幼い頃より毎日、鍛錬を欠かしていない。奥伝にすら届きかけていることを鑑みれば、まあ真っ直ぐに言って天才と称してもいいのかもしれない。

 その上で、さらに異世界にやって来るなんていうハプニングが発生。そこでほとんど強制的に腕を磨くことになる。

 当然、強くなる。強くなった。

 ――だが所詮それは人の物差しでしかなかった。

 天才だろうが秀才だろうが何だろうが、神の如き鬼才には勝ち目がない。

 一パーセントを得て、勝利を見て――余計に絶望してしまった。

 現実をまざまざと理解させられ、諦観が冷たい風のようにビュービューと胸に吹き荒れている。烈火の中にある大事ななにかを削り取っている。

 死が呼ぶ。死が呼ぶ。呼んでいる。こちらへどうぞと、手ぐすね引いて呼んでいる。そろそろそちらも疲れたでしょう、さあさあの世へどうぞおいでなさいな。優しく優しく、微笑みのように優しく誘う呼び声だ。

 うるせぇと、烈火は力の限り叫び飛ばす。でないと誘われるがままにあの世へ歩きだしそうだったから。

 それでも、声は、どんどん、途切れて――小さく、なって……。

 掴んでいたはずのものが、握り締めて放さないと決めていたものが――ぽろぽろと零れ落ちていく。

 落ちて、落ちて、落ちて。

 自分自身が欠けていく。己であった塊が、少しずつ綻んで、削れて、果てには、あぁおれは――叫ぶ声すらもうでない。

 不意に。



「――ははッ」



 太陽が哄笑した。



 咄嗟に烈火と鬼灯は全力でその場を離れた。いや、逃げたというほうが正しい。事実、ふたりは脅威を感じて、死を予感して、電撃的に反応して――逃げたのだ。

 瞬間、紅蓮の火柱が〈天〉を〈破〉って地を焼いた。

 巨大な竜巻が炎を纏ったかのようなありえない光景。その暴威災害は凄まじく、あらゆる滅ぼし〈斬〉り裂き〈焦〉土と化す。

 烈火の魔法ではない。鬼灯の仕業ではない。「戦鬼衆」でもまして傘の横槍なんかでもない。

 では――誰?


「なんだっ!?」

「喧嘩の割り込みかっ!」

「許せねぇな、そりゃ!」

「だが強い……今の、《火天》? いや、それだけじゃない……なにか、混ぜた?」


「戦鬼衆」の面子が喧嘩の横槍に怒りを露に立ち上がる。彼らは喧嘩の邪魔立てをなにより嫌う。無論、その頭目もまた怒り狂う。


「誰だ、おらァ! でてきやがれ、ブチのめすぞ!! 俺の戦いを汚す奴は誰であろうと許さねェ!!」

「喧嘩か。そうか喧嘩か、はは。すまない、すまなかったなご両人。邪魔をするつもりはなかった。そこは深く詫びよう」


 その声は天に轟く鐘の音のように、その場の全員に明確に伝わった。誤解なく、誤謬なく、正しく言葉通りに耳朶へと渡る。染み渡る。

 そして、声が聞こえると、それに聞き覚えある者が反応する。


「な――ァ!?」


 それは烈火。彼にはこの場で唯一、この声に聞き覚えがあり、この無茶苦茶をしでかす人物に心当たりがあった。


「てっ、てめぇは……!」

「あぁ、久しいな、玖来 烈火。どうやら、あぁあぁ、強く成長したものだ。これだから、己持つ魂とは素晴らしい」

「荒貝 一人!!」


 ここに第三者たる第四傀儡【真人】荒貝 一人が、ふたりの戦いに割り込んできたのだった。









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