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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第三幕 人間失格、鬼合格
80/100

68 神出鬼没は鬼の嗜み









 力を合わせて助け合って三日をかけて、次の村。

 三日もかけたせいで、もはや大陸散策の日数は半分を切った。まあ、帰るための一週間分も教えること学ぶことはやめないが。

 なんというか、時間の流れが早く感じた。それはこの旅が楽しく感じてきたからかもしれない。

 キッシュとのふたり旅もよかったけど、三人旅もこれはこれでいい。

 頼れる爺さん、助けないといけない少女。かと言って魔法関連では少女に手助けされることも多いし、爺さんの尻拭いもたまにおこる。助け合いだ。

 人が多い分、分担もできて旅の苦労が希釈される。なくなることはないし、大幅に減るわけではないが、それでも分かち合えるのは随分と気が楽だ。人数が多いと得意分野を持ち寄ることに従事してもらうことで効率もよくなる。そうしたやり方はトトの爺様の発案だった。流石に長生きしてるだけあって、経験上よい方法を知っているのだ。さりげない指示や、気遣いもやっぱり要所要所で差し込んでくれて旅が円滑に進む。どうすればよいのかやらも、細かく教えてくれる。説明が多いけれど、それはそれで学ぶ機会を多く与えてくれるのだと前向きに受け取れる。

 この調子なら、きっとこれから残りの十日程度も上手くいく。問題なんて、その場で解決して乗り越えられる。烈火は久々に人に頼って、しかし頼り切る愚かは傘の存在があって自制できる。

 背中を見られているという意識は、なんだか烈火の支えになるのだ。頼られていると安心、というか安定する。しっくりくる。いつかを思い出す。

 ちょうどいいのだと、バランスがいいのだと、そんな風に思っていた。



 ――しかしそんななごやかな気の緩みは、あっさりぶち壊される。



「な……んだと……。それは、本当か」


 それは村について宿を決めて、その後に烈火が念のためにと情報収集をはじめてすぐのこと。

 酒場で飲んでる獣人の兄さんに一杯おごってなんか噂話でもしてくれと頼んで、一発目だ。


「おお、聞いたぜ? この先のオパビニア村に例の「戦鬼衆」って奴らが訪れたらしいぜ?」


 オパビニアの村は、傘の決めた次に進む村である。この村から一日足らずで到着する隣村である。

 そこに「戦鬼衆」――【武闘戦鬼】がいるという。

 なんてこった。なんてこった!

 まさかこんな、こんなに早くかち合うなんて。でかい大陸で待ち合わせたわけでもなくあっさり遭遇するなんて。偶然にしても出来すぎている。必然を疑いたくなるほど見事な衝突となっている。傀儡同士は惹かれあうのか? 超能力者じゃねぇんだぞ。

 しかしだからと言って、今更進路変更はできまい。前もって決めていたことだし、今回の旅の主役は傘で、烈火に決定権はないのだから。

 畜生。鬼ごっこなのに、童の側から鬼に近づかなければならないなんて。


「くそ、どうにかしねぇと。【武闘戦鬼】と戦うなんざ真っ平御免だぞ……」






 翌日。


「特になにもできずに村に辿り着いてしまったわけだが」

「おい」


 うるせぇ。すぐになんでも解決策が思い浮かぶわけねぇだろ。現実ってのは大体予測できる悲劇があって、それを必死に回避しようとして、でも結局それは無理だと気付いて、だからできるだけ被害を抑えようとするんだけどあんまり意味ないもんなんだよ。高校生ですら把握した真理だぞ。


「つまり?」


 もっと頭良くなりたいです、はい。

 まあともかく到着してしまったのだから仕方がない。おそらく向こうさんもまだ動いてはおるまい。【運命の愛し子】の時と同じだ。同じ都市、同じ村の中に傀儡がいる。敵がいる。それは酷く恐ろしい。しかも今回はおそらく出会えばこっちがやられる。勝てる見込みが非常に薄い。

 よって遭遇してはいけない。前回とは正反対だな。

 バレないように外套は常に羽織って、軍帽も深く被って髪の毛を全て押し込んでおく。例の連中には絶対に近づかないようにして、見かけたら隠れる。もはやスキルの使用も辞さない構えで。


「うーわー。なんて逃げ腰でしょうか。清清しいくらいに逃げ一辺倒な考えですね」

(かくれんぼでどうやって童が鬼に勝つんだよ)


 しかし運悪く、というか運命めいた悲劇は他にもある。

 傘の遠征予定を改めて細かい点まで聞いてみると、この村にて滞在する日数が、あと四日だという。

 おい、あれ? 一週間で散策、一週間で帰還だったはず。で、この村につくまでに五日使っている。移動時間は結構食うもんだ。で、散策は残り二日ではなかったのか?


「この村から別の村ならに移動するとなるとの、四日はかかるんじゃよ」


 あとの二日では足りず、スケジュールが合わなくなる。まさか道のど真ん中で時間も来たし折り返そうとか言うわけにもいかない。不完全燃焼すぎる。

 だったらはじめから移動せずに滞在し、二日を使って滞在している間にするようなことを教えるほうがいい。移動の際の教育は、もう結構したし。

 では二日滞在では? 烈火としてはそれすらも辛いが、あとさらに追加の二日は一体なんだ? 罰ゲームか?


「算数じゃろ」


 まあ、当然である。

 この村から橋まで五日。帰りのために予定した日数は七日。二日余る。どうする、早めに帰るか?

 そんな不真面目だったら、ハナから無理して遠征など来やしない。村にて学ぶ、少しでも多く。そういうことだ。

 要は玖来 烈火はこれから四日間、この狭く小さな村にて「戦鬼衆」という敵と遭遇しないように過ごさねばならないということ。

 マジでかくれんぼじゃねぇか、勘弁してくれ。今すぐ一抜けたしたい。村から飛び出て第七大陸に帰りたいわ、マジで。

 まあそんな無責任なことをしたらしたでリヒャルトと楡にぶっ殺される未来しか見えないわけだが。

 ……あれ、詰んでね?

 待て待て、まあ待て。おれは誰だ。玖来 烈火だぞ。【不在】の第七傀儡だぞ。逃げ隠れするなら十八番だろう。


「なんて自慢したくない長所でしょうか」


 うるせぇ。お前が授けた力だろうが。望んだのはおれだけどさ。

 本来は暗殺を考慮して選んだ力だったが、どっこい逃避にだって非常に役立つスキルだろう。同じ村にいつつ鉢合わせにならないようにするのに有用だろう。かくれんぼ最強スキルだ。

 四日間程度、きっと見つからずに過ごしてみせるさ。






「とりあえずはギルドに行くかの」


 オパビニアの村に到着して早々、傘は窺うようにしてそう言った。

 宿屋でもあり、魔物の討伐金を頂けるところ。ギルドはおおよその旅人が人里に辿り着けば最初に向かう建物であろう。

 トトは正解ですと目を細める。自信を持っていいと。


「その通りじゃよ。では行こうかのぉ」

「……」

「どうしんした、烈火」

「……いや」


 ギルドとか人が集まりそうなところはちょっと遠慮願いたかったが、言えるはずもなし。どうしたって金はそこでしか手に入らないし、宿もおそらくこの小さな村ではギルドだけだろう。

 あれ、となると彷徨っているという「戦鬼衆」の面々も全員そこにいるんじゃ……。

 どっと汗が増量した。烈火は乱暴に汗を拭って、軍帽を目深に被りなおす。先ほど被りなおしたばかりで意味はあまりなかったけれど、気休めにはなる。


「?」


 傘は首を傾げるも、まあなんでもないならいいと足を進める。烈火も、ふたりに続いて恐る恐るもギルドへと向かう。きょろきょろと周囲を窺いつつ歩む姿は正直目立っていたが、それを指摘する者はなかった。

 小さな村だ、ちょっと進んでいけば村内最大の建物はすぐに発見できた。討伐者ギルドの支部である。


「…………」


 なんだろう、なんなんだろう。

 予感か、悪寒か、はたまた勘違いか――建物から凄いプレッシャーを感じるんだが。

 しかし入らないわけにはいかないし、どうも傘には重圧はないらしい。あっさりとドアを開いて入っていく。トトの爺様もまた。


「…………」


 これで烈火も入らなくてはいけなくなった。この不吉極まる、もはやまず間違いなく奴がいるのであろう建物に。

 ええいウジウジしてもいられない。玖来 烈火は迷わない。ままよ、頼もー!

 怖気づいたぶんを回収するように勢いよくドアを開いて建物内へと入る。

 ――後悔した。


「っ!」


 言葉もでない。頭が真っ白になった。絶望的ななにかが肩を触れた。

 そこにはいた。予測通りの想定通り、なんら驚くこともない事実として――しかし烈火は心臓が爆裂したように驚愕していた。

 建物の内装は目の前に進んだところにカウンター。受付さんがいて、ギルドとしての仕事はそこでこなすのだろう。そのまま視線を右側に向ければ階段があって、宿としての部屋が上階にあるのだろう。そしてさらに視線を進めていけば幾つもテーブルが並ぶ食堂がある。一階のほとんどを占めているので広く、奥には厨房がちらと見える。


 全部まるっと気にならない。


 食堂のテーブルを囲む一団を除けば、全部が全部どうでもいい。がつがつと下品に物音たてて食事をする集団の、たったひとりを除けば、他の全てが空気よりも存在感を持たない。

 黒い髪を生えるに任せて整えもしない、動きやすくするためか軽装であとは包帯で身を覆っているだけ。見た目はただの浮浪者か、貧乏討伐者と言ったところ。後ろ姿なぶん、年齢や容貌はわからない。

 だがわかる、一目でわかる。後ろ姿で判別できる。

 あれだ。あれが敵だ。あれが傀儡だ。あれは――鬼だ。

 紛うことなく、違うわけなく、それは悪鬼の類だった。この世に存在する種族としての鬼とは一線を画す、戦うことだけをアイデンティティとする修羅。顔は見えない、後姿だけ。だがそれでも確信する、あれは間違いなく修羅の者。修羅道に落ちて殺し合いを続ける阿修羅の鬼だ。

 そう――鬼。

 第三傀儡【武闘戦鬼】である。

 反射で、烈火は叫んでいた。心の中で。


(七、どっか行け!)

「はい、玖来さん」


 七はこういう時は非常に冷静だ。無駄口ひとつなく、短く了承。

 もしも向こうの神子に七を見られたら即バレする。だから七には離れてもらわなければならない。相手方の神子も、帽子で髪を隠し服装も外套で隠した烈火を見ただけでは傀儡とは気付けまい。

 そもそも神子は人間をだいぶ雑に扱ってる。人が蟻を見て個人を特定できないように、おそらく人間を個人で判定するのは苦手だ。七がなんかそんな感じだし。烈火や、その知り合い以外の者の顔を覚えるのが苦手なのだ。無論、ちゃんと見ればわかるのだろうが――別に通行人をしっかりと見る理由などない。こちらが七を連れていない限り。烈火がガン見しない限り。

 極力平静を装い、心臓の激動を押さえ込まんと胸を握る。ただ凄い強そうな奴がいてビビってるだけの一般的討伐者の演技をする。いや、演ずる必要はない。本当に烈火は恐れていたし、怯えていた。

 やべえよ、やべぇ。あのオーラ。完全に人じゃねぇよ、凄まじいまでの強者っぽさと獣みたいな覇気纏ってるぞ、怖すぎ。助けて。

 油断したら涙が零れ落ちそうだ。気を抜いたら叫びだしそうだ。汗がゆったりと頬を伝っていくのがよくわかる。冷たい、冷たい。震えそうだ。


「……烈火?」

「っ。おっ、おぉ、どうしたよ」


 声に動揺は表れていないはず。そのはずだ。そうでないといけない。

 傘はこてんと首を傾げる。


「どうしたって、そりゃわっちの台詞でありんす。顔真っ青じゃが、大丈夫かの」

「だ、大丈夫……ちょっと腹痛いだけ」

「む、そうか。換金はして、部屋もとったでの。これ、ぬしとライファン殿の部屋の鍵じゃ」

「おう、ありがと」


 鍵を受け取り、そそくさと階段へ。この階にずっといては、発狂しそうだ。

 最後の最後にちらと黒髪のほうを見遣れば、向こうはこっちに気付いた風もなく仲間内でわいわいと会話をしていた。楽しそうにしやがって……。僻みの感情がわきあがりそうになって、的外れだと自嘲した。

 ついでにテーブルから少し離れた場所へと軽く視線を回す。あぁ、やはりいた。

 人外の美を誇り、しかし不自然にも誰にも注目されていない者。それは黄金のロングヘアをした、長身の女性だった。【武闘戦鬼】が第三傀儡なので――第三神子の、ケルフか。やばいな、恐怖にどっぷり浸かっていた烈火の心を洗うほどに、その姿は美しい。可憐で美麗で、もはや文字通り女神の域だ。そして胸がでかい。漫画的に表現すればボイーンという効果音が発生しかねないくらい胸がでかい。

 見蕩れそうになって、必死の自制心で堪えた。見えていますと言わんばかりの熱い視線を送るのは危険過ぎる。傀儡に伝えられて殺される。烈火は他の誰もと同様にケルフ様の姿なんて見えない。見えない。見蕩れない。


(ケルフ様ァ?)


 おい、七ちゃん、姿も見せずに心を読むな、突っ込むな。

 とはいえケルフの美とおっぱいと、ついでに七の突っ込みのお陰で、だいぶ頭も冷えた。つつがなく、階段をのぼってその場を去った。






 そして自室。トトの爺様は先にいて、なにやら道具の整備をはじめていた。

 邪魔にならないよう、部屋の隅で七ちゃんと念話を開始する。作戦会議だ。


(七ちゃん、いるか?)

「います。けれど屋根の上ですね」

(そうか、そこならまあ、第三神子にはバレない……か?)

「おそらく。三姉ぇさんはおっとりとした方ですから、そう忙しなく周囲の確認なんかしません。屋根の上なんて、そんな上のほうを見遣るとも思えませんね。あ、いえ、天気がいいなぁとか仰ぐことはあるかもしれませんが」

(天気がいいなって、おいおいどこのお嬢様だよ、淑女だよ。七ちゃんとは大違いだな)

「なんか言いました?」

(そんなことよりもだ)


 ことは一刻を争う。馬鹿話なんかしている暇はなし。


「どっちがはじめたことですか」

(いいから。あれ、【武闘戦鬼】だったよな)

「三姉ぇさんもいましたしね。確定でしょう。あのテーブルを囲んでいた者に、黒髪は他にいませんでしたしね」

(だよなぁ、だよなぁ……)


 あのまさしく鬼、修羅、阿修羅の男――あれが【武闘戦鬼】。なんかネーミング通りの威圧感だったが、やばいよ怖いよ、どうしよう。


「恥ずかしげもなく逃げて隠れてやり過ごすのでは?」

(いやもう無理だろ……。だってお前、同じ宿だぞ? 食堂も同じとこ使うんだぞ? 下手すりゃ便所も同じなんだぞ? どこでかち合うかわかったもんじゃないし、近寄っただけでおれは威圧感にブルっちまうんだぞ? 鬼面嚇人ってマジだったんだな)

「あれ、なんで玖来さんだけガタガタ震えてたんですか? 夜鳥・傘とか平然としてたじゃないですか」

(経験の差だろうな。おれはギルドに入った段階で化け物を感じたが、傘は気付けなかったんだろ)


 他の受付やウエイトレス、食堂の客とかも別に普通だった。それはあれの暴威を感じ取れるほどのレベルでないから。化け物が人の皮を被ってやがったのだ。

 烈火が敏感すぎた、とも言えるが。


「トト・ライファンはどうですか? 経験値で言えば玖来さん以上でしょう?」

(あぁ。だから爺様を見てみろ、平静っぽいがだいぶ堪えてる。道具の整備なんて、ここ五日でしてるとこ見たことあったか? おれはねぇよ。ヤバイの感じていてもたってもいられずってことだろ)


 振り返ることはしない。爺様も爺様で、烈火を不安がらせないようにいつも通りの顔をしているのだろうから。

 だがそれでも、彼の衝撃は烈火ほどではない。烈火ほどに属性が似ていないし、烈火ほど近しい存在を間近で直視したことも、トトの長い人生でありえなかったから。


(おれは武道の輩だからな、同じ系統の化け物だってのが即座に理解できた。いや、無理矢理にでも理解させられた。あれは違う。ステージが違う。もはや違うってな)

「前に言っていた、同じ方向性ゆえの理解ってことですか?」

(そうだ。同線上に存在しているからこそ、その遠さが分かる。別の道を行ってる奴がどこまで進んでるのかなんてのは、わかりづらいもんだろ?)

「まあ……そう、なんですかね」


 ちょっとたとえがわかりづらいのだけれど。


(おれは甘く見てた。というか油断してたのかな。傀儡ってのは異常者で、おかしい奴で、凄まじい人間だってのは聞いてたはずなのに、ちょっと忘れかけてた)


 荒貝 一人という圧倒的個人を目の当たりにしておいて、忘れかけていた。


(それもこれも間に挟んだボケがボケ極まるボケだったのがいかん。あれのせいでちょっと麻痺った)

「ああ、あの大ボケかましたうつけ太郎さんですか」

(だいたいの傀儡は【運命の愛し子】レベルか、それより上くらいだと判断してた。だけど蓋を開けてみればまさかの荒貝 一人級の最悪だ。予想を覆されて必要以上に恐怖感が増した。ほんとなにもかも【運命の愛し子】のせいだ。あのボケの最後っ屁か、これ)


 しかしどうなのだろう。どちらがスタンダードなのだろう。未だ烈火の遭遇していない傀儡、残る三名はどうなのだろう。まだ荒貝 一人級が平均だったりするのだろうか。いや流石に【運命の愛し子】レベルの異常者が平均値であって欲しいのだが。

 未だ見ぬ三名のことはどうでもいい。今まで見た二名のこともどうでもいい。現状同じ屋根の下にいる傀儡【武闘戦鬼】が問題だ。

 同じ宿。四日間。凄まじい威圧。震える未熟な己。これでは鬼ごっこもかくれんぼも成立しない。というか不利すぎる。明日にでも「見ーつけた」とか言われるかもしれない。想像しただけで脳内に氷柱がブッ刺さったような気分になる。生きた心地がしない。

 震える烈火に比して、七は他人事に近い。人間に恐れなど感じない。そのためここでは冷静に、順を追って問いを仕掛ける。烈火に生存してもらうために。


「同じ宿っていうのは最悪の可能性としては想定していたんですよね?」

(まあ、小さい村だって聞いてたし。だから『不知』使う覚悟を決めてたんだぞ)

「じゃあ玖来さん、その及び腰というかチキンハートのほうはなんとかならないんですか? 演技でも仮面でもいいですから、おれは全く不動だぜという顔できないんですか。それさえなんとかなれば……」

(さっきしてるつもりだったけど、どうだった?)

「…………別の方法考えましょう」


 クソ駄目か。がんばったんだけどな。

 まあ、傘に顔真っ青だぞと心配された時点でアウトか。

 畜生、さっきまで大丈夫大丈夫スキル使えば余裕とか思ってたおれをぶっ殺したい。一時間前のまあなんとかなるかで思考停止したおれの首絞めてよく考えろと追い詰めたい。なんだって予想外はこんなにも辛いんだ。これだからおれは王道物が好きなんだよ、漫画にわけのわからんバッドエンド持ち込んでくるんじゃねぇよ。ハッピーエンドのなにが悪いってんだ、印象残ればいいのか? ちげぇよ、登場人物が幸せになってこそだろうがよ。

 

「玖来さん玖来さん、思考がぶっ飛び始めてますよ。なんで漫画の終わり方についての言及してるんですか」

(なに、お前、バッドエンドもいいよね派?)

「……まあ、面白ければ、ですね。クソつまらないハッピーエンドでオチつけた気分になってるのはイラっとします。もっと面白さを求め、これが最高の形だってハッピーエンドするならいいですけど。その最適がバットエンドなんだと強く主張するならバッドエンドも有りでしょう」

(おれはバッドエンド物はなんでも好きになれん!)

「子供ですか、子供でしたね。夜にトイレもいけませんか」

(ぐ……)


 今はそういう状況である。

 宿屋のトイレは共同で、ともすれば別の客とかち合う可能性もある。【武闘戦鬼】と、トイレでばったり遭遇なんて笑える展開もありえなくはないのだ。


(もう引きこもろっかな……)

「夜鳥・傘とトト・ライファンはどうしますか?」

(だよなぁ。明日からは討伐者の討伐業を体験してみるって話したしなぁ。ここで腹痛で出られませんなんて、絶対言えないよなぁ)


 そういうところで律儀かつ真面目な烈火である。自分の命の危機だというのに、約束したから外出しなきゃと本気で考えている。放り投げて逃げ出したって、究極的なところでは悪くない選択だろうに。まあ、烈火の人柄ゆえにできない選べない――思いつくことすらない選択肢なのだが。

 傘との遠征を満了する。生き延びる。これが現状のなすべきことである。それは烈火の中で確定していた。

 その障害が【武闘戦鬼】。

 戦うわけにはいかない。真っ向から挑むなんて自殺行為に等しい。だが逃げも隠れもできない。意味がない。

 であればどうするか?

 烈火は瞑目して――一分間ほど沈黙。

 であればどうするか? どうするか? それを考え、考え――結論する。目を開く。


「決めた。【武闘戦鬼】、あいつを――暗殺する」


 玖来 烈火は、そんな決断すらも迷わない。

 その決意の眼差しは炎のように、ただひたすらに燃えていた。











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