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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第一幕 そして不在はいなくなった
8/100

8 生活習慣をさだめよう!








「おう、一晩ぐっすり安らか眠ると昨日の倦怠感がマジで消えるのな」

「というか、異世界に飛ばされたその日にぐっすり安らか眠れる玖来さんの図太さにビックリです」


 昨日は魔力の続く限り『不知(シラヌイ)』を使い続けた結果、烈火は久々に動けないくらいに疲労していた。というか、初日から全力でやり過ぎである。

 だが、その疲労は決して肉体的なそれではない。玖来流の鍛錬を欠かさない烈火の体力がそう容易くは尽きない。そうではなく、魔力の枯渇による倦怠感である。それだけ魔力、『不知』を使い過ぎたということだ。まあ、昨日は自身の限界点を探る意味も含まれていたので仕方がないのだが。

 そして、魔力である。昨日、七に解説された話によるとこうだ。


「魔力というのはですね、この世界に漂うマナを呼吸とともに吸収し、身体に溜め込み自分のものへと変換した生命力の亜種なんです」

「んん? よくわからんな。まずマナってなに」

「マナはマナです。なんかこう、玖来さんの居た世界にはない空気みたいなエネルギーです。この世界の大気中にあって、生きとし生けるものはそれを吸収しています」

「あぁ、地球にない異世界物資ね。ならいいや」


 考えるだけ無駄だし、元の世界に帰れば無関係となる。だがまあ、ともかく元の世界に魔法がなくてこっちにある理由は、そのマナの有無なわけだ。


「で、そのマナは大気中から呼吸して、自分のものにする必要があります。呼吸のイメージでお願いします」

「あぁ、まぁ、おっけー」

「本当ですかね……。そのマナは物質じゃないので、物理法則には従わず魔の法則に従います」

「うわ、意味わかんなくなった」

「感性で理解してください、感性で。あるいはセンスとか感覚とか」

「感性とかセンスって、便利な言霊だよな」


 理屈なく、理解なく、なんとなく、話を進められる。

 おれが理系だったら噴飯物だ。感性とかロジカルじゃないもん。いや文系ってほど文系でもないが。じゃなに系? 火炎系? 名前だけだけど。

 七ちゃんシステム、烈火の内心の阿呆に関わらない。あなたは変人系ですよとは言わない。説明を続ける。


「マナは魂に溜まり、そこで各々固有の魔力に変換されます。ご飯を食べて、紆余曲折の果てに自分の細胞に変換されるみたいな感じですかね」

「はいはい、それはわかる」

「その魔力を使って使うのが魔法であり、神様スキルになります」


 要は呼吸して吸ったマナが魔力になる。ただし変換には時間がかかり、消費した魔力は基本的に時間経過で回復する。特に睡眠時にマナの魔力変換は最も盛んに行われるので、魔力疲れが起きたら寝たほうがいいそうだ。で、一晩寝ればだいたい全快しているとか。

 つまるところRPGによくある宿屋一晩回復を再現した感じである。魔力だけだが。

 というわけで烈火はそのまま爆睡し、現在に至る。そして説明の通り――感覚的にしか言えないが――魔力を最大値まで回復していた。

 寝起きのぼうっとした烈火に、七は容赦なく解説の弁を滔々垂れる。


「昨夜の続きですが、変換効率の良さは魔力の最大許容量で変わります。魔力が大きいほどに変換効率がよくなります。だからどれだけ魔力が大きい人でも、だいたい一晩で回復するのは変わりありません」


 寝ぼけた頭を必死に稼動させ駆動させ、烈火はこっくりこっくり二拍置いて理解。


「……じゃ、魔力は多いに越したことはないな。魔力の最大値ってどうしたら増えるんだ?」

「不可能ではないですけど、難しいです。筋肉と同じでご飯食べて負荷をかけて休めば増えますけど、まあ微々たるものです。毎日毎日十数年単位で頑張れば上級魔法使いクラスにはなりますけど――」

「おれにそんな時間はねぇわな。頑張ってる最中に殺されるわ」


 言いながらベッドから起き上がり、烈火は朝の支度。

 まずは学ランの上着を羽織る。烈火はカッターシャツで寝ていた。シワシワになっているが、気にする者もいまい。学ランのボタンをかけ、枕の傍に置いておいた小剣を装備。手際よく袖と足と裏ポケットに仕込んでいく。

 その後、部屋の隅に置いた水をいれた器へ向かう。昨日の内に水場から頂いてきた水だ。流石に異世界なので、蛇口を捻って水がでるほど便利でない。ギルドの敷地内の井戸に向かって水を汲まねばならない。まあ清潔なだけ文句はない。この世界、水は豊富らしい。

 器から両手で水を掬い、口に含んでうがい。窓の外に水を吐き出す。その後、残った水で顔を洗う。まあ、地球でないのだから、朝の支度はこんなものだろう。残りの水はどうしよう、もう一度くらいなら洗顔に使えるかな。放置しとくか。

 そこで七に振り返り、話を再開。


「けどまあ、極力魔力は使い切って寝てを繰り返したほうがいいな。スキルの使用時間を延ばせるし」

「突然、話を戻されると驚きますが……そうですね」

「で、金もいる。戦闘経験も増やしておきたい――ということで! 魔物狩りは続ける! そしてそのための生活習慣を決めよう。せめてこの宿に滞在予定一ヶ月の! 延期もありで!」

「ちょ、玖来さん? もしかしてここで腰を落ち着けるつもりですか? 他の傀儡ぶっ殺しにいかないんですか?」

「そりゃ落ち着けるさ。あと、ぶっ殺す言うな」


 女の子がそれはちょっと……。

 未だ美少女に幻想を抱く烈火であった。この夢は絶対に砕かせない! 無理っぽいけど!

 さて、不満げな七を諭す。烈火としては当然の選択だが、とっとと神になりたい身には噛み砕いて説明せねば。


「まずは金をできるだけ稼ぐのと、鍛錬あるのみ。スキルをある程度以上習熟してから打って出るかは考える。じゃないと返り討ちでゲームオーバーが目に見える。おれのスキルは他の傀儡どものスキルと真っ向勝負できるもんじゃねえし。できれば相手から来てもらって迎え撃ちたいってのもあるけどな」

「いや、それは正しいですけど」

「あんま焦るな七ちゃんよ。おれは長期戦を見越してるぞ」

「むぅ」


 七は焦っているのだろうか。焦っているのだろう。

 彼女は母を知っている。こんな安穏を許す母ではないはずだ。なにかこう、平和ボケしていればイベントをブッコンで来ると思うのだ。

 だが、しかしやはり、これは一応兄妹の揉め事。母は関与を避けるとも考えられる。であれば長期戦は正しく、烈火の構想も間違いではない。堅実的で、地道にだが前に進んでいる。

 七としては悩みどころである。

 一方、玖来 烈火は悩まない。既に生活習慣を決めていた。


「起床、朝支度と朝食。武術の鍛錬をして、昼食。その後に『不知』を使いつつ魔物のハントをできる限り。魔力尽きたら帰ってメシ食って柔軟運動だけして寝る――これを一ヶ月やれば、あら不思議、あなたもスレンダーボディに!」


 なりたいわけではないけれど。

 まあ、それなりに効率的な金と経験とを得られる鍛錬メニューになるだろう。雑であるほど後の修正も楽というもの。結局やってみないとどうとも言えないのだ。

 というわけで悩む七を放置し、烈火は朝支度の後の行動、朝食へ。下の階に食堂があるのでそこへ向かう。


「あっ、待ってくださいよ、玖来さん!」







 ギルドの建物は大きい。

 この町で最も大きい建物だし、住民からは目印として扱われていて、露骨に言って金がかかっている。

 その理由のひとつは、ギルドひとつに幾つもの施設が併設して成り立っているからだ。ギルドとしての本懐である討伐者たちへの対応のための受付に、宿屋としての部屋があり、そして食事処として開放された食堂があったりする。

 食堂。その名称からイメージされるまま、広いスペースを長机と長椅子が並んで埋めて、食器の音と人々の喧騒で賑わっている。壁際には窓があって調理場と繋がり、料理の受け渡しをするようになっていた。昼食や夕食時には忙しなくウェイトレスが駆け回るが、今の時間帯は朝食だけで、朝食はメニューがひとつだけ。配給窓から受け取ることしかできない仕様となっている。この形式になっているのは、朝から働くウェイトレスがいないかららしい。夜は酒場代わりに繁盛しているので、まあ起きるに困難なので仕方ないのだろう。

 注文を叫ぶ野太い声に承る威勢のよい声は聞こえない代わりに、窓の向こうでは激しく料理に取り組む姿が見える。

 烈火は所定の位置からトレイを持ち、窓口へ。宿の鍵を見せて、その鍵に付属する番号で朝食付きの部屋を借りた者だと伝える。

 すぐに確認した配給係の者がトレイに食事を載せてくれる。今日の朝食メニューはパンとシチュー。昨日の余り物っぽいのは気のせいと思っておく。

 礼を言って、烈火は隅のほうへと歩いていき、人の少ない長椅子に座る。自然と七ちゃんも空いてる向かいの席に座る。

 両手を合わせていただきます。


(さて。時間を無駄にしないように、メシの時間は同時に七ちゃんの講義が聞きたい。ということで今日は魔法について教えてくれー)

「おや、そういえば教えていませんでしたねぇ。というか玖来さんの熱心さが怖いんですけど」

(命かかってるからな)


 ずずとシチューを啜りながら念じて送る。

 というかシチューもマジで普通にシチューなんだけど。まあとろみが薄くて、具はほとんどないし、稀に入ってる具はよくわからん草だけど。それでもシチューである。おい食文化まで日本的かよ。異国情緒溢れる変な味の変な料理とかはないのか? いや別に食べたいわけではなく。


「まず魔力についての説明を別にもうひとつしますね」

(あ? まだあんのか)


 変人と思われない対策のテレパシー。ついでに物を口に含んでいても会話できる点で食事中に便利だった。もぐもぐ。


「はい。魔力を保持する生物は、その内在魔力量に応じて自然と魔力障壁を形成しています」

(魔力障壁? 常時バリアみたいな?)

「まあ、そうです。それとも魔法的な攻撃に対する抵抗力と言ったほうがいいですかね。物理攻撃にはなんら意味を為しませんが、魔法攻撃だけを軽減する斥力みたいな。これに魔力消費とかはないですけど、魔力の消費ごとに出力は小さくなります。なので魔法をドカドカ連発するのも考え物です。一切魔法を使わず、魔力障壁前提の戦術とかもありますし」

(あぁ、そうか。成る程面白いな)


 身ひとつだけでは魔法なんてよくわからんものを一撃喰らえば即死は必至だろう。当たり前だが人間、火炎放射器で焼かれれば死にます。たぶん魔法って、そういうのをぶわーっと出せるものだろう。だが、人類が魔法一撃で死ぬ世界では魔法一強でつまらない。魔法に対する抵抗力がなければならない。このマナ溢れ魔力の概念が存在するファルベリアでは、魔法の火炎放射ならば生身で耐えきることもありえるのだ。


「結局、保持する魔力量によるんですけどね。玖来さん程度の魔力じゃあせいぜい中級魔法で即死しないとか、そのぐらいです。それ以上を防ぎたいなら防護種魔法を覚えないといけません。けれど物凄い魔力を保持する……そうですね、魔王と呼ばれる男なら、並みの魔法使いの攻撃にビクともしません」

(んん、じゃあ魔法はやめといたほうがいいかもなぁ)


 パンを千切り、シチューにつけて食べる。おいしい。


「魔力障壁を期待して、ですか?」

(それもある。魔法使わないメリットってのもちゃんとあるわけだし、下手に使い過ぎて昨日みたいにぶっ倒れかけたらヤバイ)

「あれは意図して無茶しただけでしょう?」

(ああ、そうだな。けど、戦闘中にあの状態になる可能性があるってことだ)


 昨日魔力切れ状態にまで自分を追い込んだのは、その状態がどれだけ辛くて行動に支障をきたすかの確認でもあった。

 実は魔力が切れても特殊な力が使えないだけで、肉体は動くのか? ――肉体もしんどかった。

 身体がダルくても根性や火事場の力で動けるだろうか? ――おそらくは無理。肉体酷使と変わりない。

 このままいくと死んでしまう可能性はあるか? ――これはおそらく否。ただ身体が動かないだけ。二次的に死ぬ可能性は高いが。

 結論として、魔力スッカラカン状態=絶体絶命、敗北眼前、二度目の死の死。


(それに、もうひとつある。なぁ、今から魔法を修得しようとして――一体どれだけのものになる?)

「……まあ初級はぼちぼち頑張れば近いうちに修得できると思います」


 烈火はパンの最後の一欠けらを口に放り投げ、噛み砕く。一際力強く。


(それ以上は?)

「時間がかかる、でしょうね」

(だろ? おれの武術だって一応、ガキの頃からの積み重ねだ。ひとつの技術を実戦で扱えるようになるってのには、どうしても時間がかかると身をもって知ってる)


 真面目な会話に「ここっておかわりできないんだよなぁ」という邪念が混じりかけた。テレパシーは別に物を考えるのには向いていない。


「だから、小手先の技ていどの修得しかできないと割り切り、その修練の時間を他にあてると?」

(そう、既にある手札で戦ったほうがマシだって話。変にファンタジーに期待してたら間に合わなくて討ち死になんて御免だからな)

「ファンタジー世界だというのに、嫌に現実的ですよね、玖来さんは」

(おれが生きてる現実がリアルだからな。ファンタジーに生きようとリアルはリアルだ。現実的に生きずにどうしろってんだ)


 食い終え立ち上がり、食器を片付ける烈火の姿は、確かに酷くファンタジーとはかけ離れていた。










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