vi 噂
最近は虫の居所が悪い。端的に言って苛々しており、ムシャクシャしている。
それはいつからだったろうか――思い返せばすぐに気付く。そう、【人誑し】と会って話して見逃した時からだ。
あの時から荒貝はどうにも苛立って腹立って仕方ない。
あれから荒貝はもはや第二大陸でなすことも終わったとすぐに第三大陸へと渡った。その第三大陸にも、当時は誰もいないという発表であったので素通りしようとしたのだが――幸運にも、大陸横断中に次の発表が来た。
それによれば、来ていた。前回には誰もいなかったはずの第三大陸に、他の傀儡がやって来ていたのだ。
これは探さねばと素通り直進を緩め、少々寄り道を開始した。
すぐに噂は耳に入った。
喧嘩を求めてあっちこっちへ彷徨い歩き、戦わないかと尋ねて回る集団がいるらしい。その集団の名は「戦鬼衆」。強い奴と喧嘩したいから、村から村へと渡り鳥のように巡っているという。なんて頭悪そうな集団だ。
その頭悪い集団の頭目が、黒髪黒目だという。同時に、この村に自分と同じく黒髪黒目の者はいないかと聞いているそうだ。
これは、確定していいだろう。探していた傀儡、この大陸にいる者――【武闘戦鬼】だ。
だがさて、今回の相手は動き回る集団だとい言う。これは【人誑し】の時よりも出会うためには時間と手間がかかるやもしれない。
噂を手繰って、しばらくは放浪だろう。荒貝は特に不満もなくそのように決定した。
「「戦鬼衆」についての情報ですかい……」
「ああ、届いている限り伺いたい」
「俺も二回見ただけなんですがねぇ」
とある村の酒場の隅で、荒貝は情報収集に話を聞いていた。
誰からでも聞けるような浅い情報は店主などに聞いた。今は自発的に調べなければ知りえない、情報が金銭と交換となる域の深度のものを尋ねる。相手は無論、情報を集めて渡すことで身銭を稼いでる類の者。耳の大きな、狐の獣人だった。
「一ヶ月くらい前に第三大陸にやって来た集団らしい。
元は第五大陸で活動しており、そこでは数ヶ月くらいメンバー集めでもしてたようだ。まあ、進んで集めたわけではないらしいが。頭目の男は自分の喧嘩をとられるからって団員を増やすことには消極的らしいしな」
「ふむ、メンバーか。八名だったか」
「そう。メンバーの詳細まではわからんが、種族は鬼族が半数を占め、残り二名が竜人、頭目が人間で、鳥の獣人が最近になって加入したらしい」
「鬼族に竜人か。まだ出会ったことのない種族だな……」
荒貝が渡った大陸は第一から第三まで。幻想種の住まう土地にはまだ踏み入っていない。
「そうかい? じゃあ驚くかもな、幻想種ってのは他とは違う。ずっとずっと強い。恐ろしいくらいにな」
「だが頭目は人間、なのだろう?」
「そうなんだよなぁ、腑に落ちねぇ。人間ていどだったら俺ら獣人よりも弱いだろ。おっと、兄さんを悪く言ってるわけじゃなくて、一般的な話でな?」
それこそ見下したような発言だが、荒貝はなにも言わない。別にどうでもいい。
「で、人間だ。ちょうど兄さんと同じ黒髪黒目ってんでだいぶ珍しい。しかも他のメンバー七人よりも強いと来た。どうなってんだかな」
「武器や魔法は?」
「「戦鬼衆」は魔法を好んでないらしいな。補助系強化種くらいは使うけど、他はほとんど使わない。頭目はそれが顕著で、一切の魔法を使わない。そのくせ人間離れした腕力と耐久力で岩も拳で粉々だってよ。ちょっとばかし胡散臭いけどな。
武器は半分くらい、だったかな。残りはステゴロ原始人、まったく文明の利器くらい使えよなって俺でも思うわ」
「頭目も素手か」
「らしいぜ。あ、いや、武器を使ってる姿も目撃した例があったかな? まあ基本は無手だ。無手でAランクの魔物をボコボコにする」
武術の才気を与えられ、あらゆる武術をインストールされ、どんな武器武具をも手足の如く操ることのできるはずなのに、徒手空拳か。
なにかこだわりでもあるのか、それとも単にそれが最も強いと判断しているのか。
「ともかく喧嘩好きの集団で、メンバーが全員戦闘狂。暇さえあれば仲間内でも殴り合ってるらしいぜ。なんつぅか、恐ろしい奴らだな。戦いの余波で周囲も荒れるとか言うし、はた迷惑だ。
喧嘩できないと知ればすぐに村を出てくから、村によって対応や印象が全然違うらしい。今は第三大陸中をどこかに歩き回ってるそうだ」
「現在位置は不明か?」
「所在の把握は難しいぜ。強い奴がいるところには長らく留まるくせに、いなければすぐ動く。しかも規則性がない。思い出したように以前に訪れた村に行って、もう一回戦おうとか呼びかけることもあったらしいし」
荒貝は一瞬だけ視線を上向け思案。すぐに思いつき、決断した。懐からいくらか金をテーブルに放り投げる。
「……では、強い奴がいる。お前たちを探している。それも――黒髪黒目の男が。そうした情報を流してくれないか」
「へぇ。そりゃ構いませんけど、それは兄さんのことで?」
「そうだが、なんだ?」
「いや、確認したかっただけだ。できるだけ広げて「戦鬼衆」の連中にまで聞こえるようにするべきなんだな?」
「あぁ、頼めるか」
「金さえ払ってもらえば、幾らでも」
――その会話は、七番目の男が橋を渡りはじめている頃になされたものである。