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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第三幕 人間失格、鬼合格
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65 橋上生活ダイジェスト







 それからしばらく馬車に揺られてがたごと進行、橋を行く。

 徒歩で渡ったいつかよりも楽で、そのぶんだけ暇だった。毎夜に宿に止まった際にも橋上なので鍛錬もいつもよりコンパクトにならざるをえず、あまり身体を動かせない。戦いもできず派手に動けない。いや、それならそれでなせる鍛錬も玖来流にはあるけれど、魔法を練習したりもいいけれど。

 ただちょっとフラストレーションが溜まる。図書館通いをしていた頃と似た心地だ。まあ、移動なんてそんなもので、仕方ないのだろうが。地球のように行きたいところにひとっ飛びですぐ到着とはいかない。飛行機も電車も車もないのだ、安全で体力消費のないだけでも随分と贅沢である。

 それに馬車の間は、トトの爺様が傘に向けて色々なことを語り聞かせていた。横で聞いている烈火もためになるような話を。



「魔物は恐ろしい。戦闘能力をもたない者が村や町などの結界の外へ出れば、まず生きて結界には戻れますまい。よって他の村に訪れる場合には討伐者などの護衛を雇うのが必須じゃ。護衛殿のような短期の場合や、商人など渡り歩く者は長期契約で何年も討伐者を雇う者あるのぉ。

 守られる側も任せきりではいかんぞ。自分になにができるか、それを知るのが重要じゃ。

 武技に優れるか、魔法を学んだか、知識を持っておるか――自身の手札をしかと把握し、理解せよ。そして常に変化する状況に応じて役立ちそうなものを考えるのじゃ。

 なにもせんでおるのが一番駄目じゃからの」



「誰か助けてくれ、なんてのは贅沢な台詞じゃ。それはひとりでは決して言うことのできない言葉だからの。

 友がいること、仲間がいること、その幸福を忘れてはならん。助けて欲しいといつでも言うことのできる幸せを、蔑ろにしてはいかん。

 一人になるというのは、とてもとても辛いことじゃよ。

 嬢も知っておくのじゃぞ。今はわしと護衛殿がおる。しっかり頼り、しかしそれを当たり前と思わず、いなかったらとも想定せよ」



 時には烈火のほうから質問を投げかけてみたこともある。


「あの、できれば爺様、魔法について知りたいです」

「ふむ? 嬢は、どうじゃね」

「構わぬよ、じゃができれば実戦的な話にしてほしいの。基礎は座学で学びんした」

「では、そうさな。

 魔法の種類によっておおよその魔力消費量が決まっておるのは知っておるかの」

「知っておる」

「すっ、すみません、知りません……」


 その際は烈火の無知を晒すことになったわけだが。

 そりゃ長年討伐者やってる老練な爺さんや現役の学園生と比すれば、最近異世界に来た烈火はなんも知らない案山子みたいなものだろう。


「謝ることではないぞ。ただしこれから学び、忘れてはいかん。

 おおよそじゃが、魔法というのは攻撃系で消費魔力量が多く、補助系が少ない。対抗系はその間と言ったところかの。さらに細密に言えば補助系の治癒種だけが攻撃系以上に消費が激しく、対抗系の干渉種も攻撃系と同等に多い」


 ええと、つまりまとめると

 攻撃系全種:多い

 補助系治癒種以外:少ない

 補助系治癒種:特に多い

 対抗系干渉種以外:普通

 対抗系干渉種:多い

 って感じか。メモメモ。


「無論、おおよそで術ごとに多寡は違うがの。ともあれ基本は基本じゃ。これを知っとると魔法使い同士の戦いが複雑になる」

「複雑に。ということは知らないでいると不利になるってことですか」

「そうなるの。たとえば同格の使い手同士が戦う際に、片方が攻撃系魔法を使い、もう片方が対抗系防護種魔法を使うとするじゃろ」


 無知の者が聞けばなんとも感じ取れないだろう。だが魔力消費量の具合を把握しているのなら、その衝突は消費量大と中でのぶつかりあいとわかるわけだ。


「これは同格ならば相殺するじゃろ。すると結果、攻撃を仕掛けた側は魔力を多く減らし、防いだ側のほうには余裕ができるわけじゃ。しかも魔力が減れば魔力障壁も弱まる。攻めて損をしたわけじゃ」

「んん?」


 理屈の上では、確かにそうかもしれない。だが、それはある種仕方ないのではないだろうか。

 それはわかっておる。トトは続ける。


「じゃが、攻めねば勝負にならんの。どうするか。たとえば下位の消費の小さい攻撃系魔法でフェイントをしかけ、防護種魔法を誘う。逆に一気に大きな魔法を仕掛けて並の防護なぞ撃ち貫くようにする。溜めの時間でバレたりもするがの。前者の戦法も下位とバレておれば無視して魔力障壁に防御を任せて反撃してくる可能性もあるわけじゃ」

「駆け引きか。魔法使い同士の戦いも大変だな……」

「正直最もよい方策は詠唱中にド突いて倒すじゃろうな」

「おい! 知的っぽかったのに一気に野蛮になったぞ」


 有効だろうけど! 有効だろうけど!


「そういう単純な手も確実にあるということじゃ。それを忘れて警戒せなんだら負けるのじゃ」

「……頭でっかちでは、実戦にはついていけないと」

「うむ。嬢も努々思考を固くしてはいかんぞ。柔軟に、視野広く、できることを把握しておくのじゃ」

「肝に銘じておこう」


 平和である。

 そんな風にこんな感じで、安穏平和に一行は橋を行く。

 それだけだったらよかった。それだけで終わらないのは、異世界トリップに戦争要素が付加されているが故か。


 ――彷徨う戦闘集団「戦鬼衆センキシュウ」。


 第三大陸に近づくにつれ、そんな噂を耳にするようになる。たった八人の寄り集まりの話が、嫌でも烈火に届いてくる。

 それは誰彼構わず戦わないかと喧嘩を売って回る鬼族中心の集団、らしい。強い奴と戦いたいから、ここにいねぇかと村々を回っては喧嘩しているという。なんて頭悪そうな集団だ。

 そんな頭悪い集団が第五大陸より第三大陸に上陸し、暴れまわっているそうだ。

 別に大きな被害はだしていない。陽気な奴らで殺しも極力しないらしい。だが嵐のようにやって来ては大暴れして、またあっという間に去っていく。なんのための集団なのかと問えば喧嘩のためだとか言う始末。

 身勝手な連中だと、人は言う。楽しい奴らだと、人は言う。魔物を狩ってくれるんだからなんでもいいと、人は言う。

 評価は立場や性格によって様々わかれる。情報を語る人間の性質によって違いが多い。

 だがひとつだけ、ひとつの評価はいつどこで、誰に聞いても一致した。

 すなわち――強い。

「戦鬼衆」は恐ろしいくらいに、まさしく鬼のように強いと、それだけは異口同音。決裂することもなく満場一致の賛成意見だ。

 特に頭目を張る黒髪黒目の男は、一線を画して度外れていると。


「まあ、確実に【武闘戦鬼】ですよね、これ」

「……だろうな」


 烈火は橋の宿の一室にて、七と噂に関して話し合っていた。そして、開口一番がこれ。噂の集団は、まず間違いなく傀儡が一たる三番目【武闘戦鬼】であろう。

 同意して、首肯までして、烈火の顔色は優れない。苦虫を噛み潰した、というより飲み下してもう一度差し出されたような、そんな顔だ。


「どんな顔だよ……」

「なにか言いましたか」

「いや、独り言」


 七はその言葉を信じなかった。不安や不満を語ってくれないことに、七のほうが不満そうだった。唇を尖らせてぶーと鳴く。

 なんでも話してとまでは言えないが、利害の一致している傀儡戦争についてくらいは、なんでも話してほしかった。それくらいはいいじゃないか。

 以前も傀儡を語った時、【武闘戦鬼】だけはなんだか複雑そうだったのもある。なにか隠してはいまいな、七はちょいと聞いてみる。


「どう思います、玖来さん。当初の狙いは【真人】でしたが……【武闘戦鬼】のほうが早く掴めそうじゃないですか?」


 これだけ噂になって派手に行動しているのだ、捕捉は容易いだろう。幾つかの村から噂を聞いて、足跡を洗い出し、探し出せるのでは。

 烈火の渋い顔は変わらない。否定も肯定もせずに腕を組んだままだ。

 なんか言って。七は沈黙を嫌って言葉を続ける。


「【武闘戦鬼】、倒せる自信はありますか?」

「っ」


 反応があった。

 これか。烈火の懸念事項は。

 だが……玖来 烈火が勝てないかもしれないと感じている?

 確かに以前の寸評の際に方向性の一致ゆえの不利を語ってはいたが、それほどまでのことだったのか。神様能力というチートを考慮すればまだまだ戦えるものだとばかり、七は考えていたのだが。


「……単純に言ってさ、怖いんだよ」

「えっ」


 頭を悩ませる七の耳に、信じられない言葉が届く。

 意味がわからない。この人は――玖来 烈火はなにを言っている。

 固まる七に、烈火は止まらない。その内情を吐露してぶち撒ける。

 自分が人生かけて鍛え上げてきた分野で、絶対に勝てない相手と出会うことの恐怖。

 そして、出会ってしまったら自分はどうするのか、というアイデンティティへの疑問。

 今までの人生を全て否定されてしまったような、玖来 烈火という魂を丸ごと不要と告げられたような――絶望である。


「玖来さん……」


 衝撃的な告白だった。空耳かと思った。聞き間違いじゃないかと疑った。

 玖来 烈火が他人に恐怖するなど。

 玖来 烈火が己に疑問を持つなど。

 玖来 烈火が――絶望するなど。

 七は、信じられない。否、信じたくないだけなのかもしれない。


「七、お前がおれを過大評価してるのはいいが、冷静に考えろよ――おれは単なる高校生だぞ」


 たった十八年しか生きていない小僧であり、恐怖も疑問も絶望も、当たり前にその心を覆う。


「今まで曲りなりにも余裕っぽくできてたのは、つまりがおれの技能による」


 烈火の自信の源。異世界という突拍子もない世界で、殺し合いなんていう理不尽を超然と受け入れて見せた根拠。

 それは今まで生きて、努力し、積み重ねてきた年月がためだ。武という領域に己の人生を費やしてきた経験ゆえだ。

 研鑽を積み続け、自信を得た。技量を研ぎ続け、余裕を持った。人生を強さに変えて、自分であれた。

 それを、全て一瞬で粉微塵にできる存在がいる。

 烈火の研鑽も技量も強さも――全て台無しにできるほどの遠き存在がある。

 これまでのように平然とは、振舞えないに決まっているじゃないか。己の根幹を揺るがされ、平気でいられる奴は人間じゃない。


「だから、【武闘戦鬼】には会いたくもない、ってのが本音なんだよな。意気地なしの臆病者で悪いけど」


 バツが悪そうに、顔を合わせていられないと言うように、烈火は目線を逸らす。

 珍しい姿に七は瞠目し、すぐに目を閉ざした。烈火もやはり人間で、弱いところや駄目なところが多数あって、それが当たり前なのだ。

 神子とは違う。自分たちとは、違うのだ。

 ここは失望するような場面ではない。ありえない。ただ自分の勘違いを訂正し、それをあるがまま受け入れるべき。

 勝手に烈火の存在を思い込み、自分の思う枠に閉じ込めていただけ。それと現実ズレが生じたからと言って我儘に失望するのはお門違い。それは烈火を烈火と認めぬことに他ならない愚挙だ。

 七は二度ほど深呼吸を繰り返し、どうにか納得を呑み込んだ。自己の身勝手な思い込みを吹っ切った。


「でっ、でもじゃあ、【武闘戦鬼】はどうするんですか。誰かに任せて、それで勝てるのでしょうか」


 玖来さんがそこまで言うような強者を、他の傀儡が倒せるのか?

 そこはあっけらかん。


「あぁ、それは問題ない。おれ以外の傀儡なら、たぶん誰でも勝てる」

「え、それはどういう……」

「おれは相性最悪だから勝ち目が限りなく薄いと思う。だけど、他の奴らなら勝つ方法もあると思う。別に【武闘戦鬼】が最強ってわけじゃねぇ」


 まあ、実際に遭遇して観察したわけでもないので確証はないが。

 それでも相性悪いのと無理に戦うよりも、他の者に任せたほうが効率はいい。これはバトルロワイヤル。ひとりで全てを倒さねばならないというわけではない。ならば勝てない勝負に順当に敗れて敗退なんてのは馬鹿のすること。勝てないなら戦わない。勝てるところで勝てばいい。最後の最後に勝てばいい。それまでは、隠れて静観という作戦は悪くはないのだ。

 七は今回ばかりは非難もない。そこまで烈火が言うならそうなのだろうと同意を示す。


「では、【武闘戦鬼】とは戦わない方針で行くと、そういうことですか」

「あぁ。当初の予定通り、狙いは【真人】だ。勿論、この遠征中に発見できなきゃそれでいい」















 七人の傀儡を並べて見て、脳筋パワーキャラの位置にありそうで、一番カマセになりそうな気がする【武闘戦鬼】に本気でビビる主人公の図。




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