62 見舞いは寝て待て
そして烈火は三日寝込んだ。
まあ、鬼族の攻撃系中位魔法《爆炸》をもろに直撃したのだから、実は結構ダメージいってた。一方で負けたはずの夜鳥・楡は一日の治療でそのまま完治だったらしい。なんだろう、理不尽感じる。これが種族の差なのだろうか。
ひとり悲しく宿のベッドで寝込んでいると、その三日間で客がちらほら。
「見舞いダ」
「おー。ちゃんと見てた?」
リーチャカはいつかの烈火のお返しのように果物の盛り合わせを手にやって来た。以前、見舞いがどうのと話した時に場所は伝えていたが、来てくれるとは。
すぐに起き上がろうとして、制される。怪我人は寝ていろと。心配そうな眼差しでそんなことを言われては、烈火としても頷く他ない。
しかしリーチャカと部屋に二人きりか――部屋汚くないかな、とか宿の部屋なのに考えてしまう。女子か。
気にするリーチャカではない。果物を部屋の小さなベッドテーブルに置き、膝をついて寝込む烈火に目線を合わせる。
「約束しタ。しっかり、見てタ」
「そうか……へ、勝ったぜ? カッコよかったか?」
「うん。カッコ、よかっタ」
「…………」
割とおどけて言ったのに、真正面からそう返されると言葉を失くしてしまう。
くすくすと、リーチャカは童女のように楽しげに笑った。
「レッカ、傷は大丈夫カ。痛まないカ」
「大丈夫だ。この程度へっちゃらだよ」
「レッカ、本当カ? リーチャカに心配かけまいと、ウソ、言ってないカ?」
「大丈夫だ。言わない言わない。リーチャカ・リューチャカこそ心配しすぎだって」
「レッカ……ごめん」
「……」
同じように返答しようとして、止める。なんでそこで謝罪が向けられるのか、わからなかった。
不思議そうな顔をしていると、リーチャカはため息を吐いた。勝手に罪悪感を抱いて馬鹿みたいだと。
「リーチャカが冗談で軽はずみなこと、言っタ。だから、怪我しタ」
「あー、そういうことか。馬っ鹿、お前、これがリーチャカ・リューチャカのせいなわけねぇだろ。的外れも甚だしいわ」
「レッカはそう言うと思っタ。だがリーチャカは悪いと思っタ。だから謝る。ともかく受け取っておけ」
「なんか最初に会った時を思い出すな。立場が逆だけど――んで、それをなぞれば言いたいことわかるよな」
――怒ってないから謝るな。もういいから許されておけ。
「レッカは、ズルい……」
自分で言った言葉を思い出して、リーチャカは膨れっ面で不満をアピールした。可愛いなぁ、としか烈火は思わないのであった。
次にやって来たのはダグ・ラック。
「おい待て、なんでお前がおれのねぐらを知ってんだ」
「まあ、気にするな。世の中不思議で満載だ。そうした不思議がクソくだらん世の中を彩ってるんだぞ」
「種明かしできる不思議は明かせよ、夜も眠れんわ」
まさかおっさんに宿とはいえ寝床を把握されてるとか、なんか嫌だぞ。場所変えようかな。
微妙に恐れている烈火にも、ダグはいつもの人を食ったような笑みを絶やさない。というか上機嫌でニヤニヤしてる。
「いやぁ、今日は礼を言いに来たんだよ。お前さんのお陰で儲けたぜ?」
「あぁ、あれに賭けてやがったか」
「夜鳥の旦那も元数字付きで、いい具合にお前さんに賭ける奴も少なくてな、マジ儲けたわ。酒が美味ぇのなんのって。今度一緒に行くかい?」
「行かねぇよ、未成年誘うな」
しかしこの異世界で飲酒の制限とかあるのだろうか。実は子供も飲酒オーケーだったりしたら、割と恥ずかしい物言いになってしまったかもしれない。
幸いなのかなんなのか、ダグはそこに突っ込みを入れなかった。それよりも、別に楽しい話題を放る。
「あの試合でお前さんの注目度は上がったぜ。次も大会場での戦いを狙えるかもしれねぇ」
「あ、おれもうコロシアム行かないから」
しかしそれをあっさりブッた斬る烈火。明るい調子を寸断し、呆気なくも終了宣言であった。
ダグは目が点。やや放心気味。
「……は? マジで?」
「マジだマジ。ちょっと遠出の予定があるからな」
本来ならもうしばらくコロシアムで戦う予定だったが、まあ自分で破ってよしと決めた予定だ。問題ない。
それに約束果たして大舞台にも立った。リベンジも果たした。金も溜まった。留まる理由もない。本命を優先しないと。
すると非常に残念そうにダグが嘆息する。冗談もなく、本心からの落胆だ。
「マジかぁ。そりゃあ、まったくつまらなくなるぜ……ま、数字を得る前に動かないと縛られちまうとも言うしなぁ」
ランキング順位は一定期間試合がないと剥奪される。だが闘士のランクは長く離れても変わらないので、ランクだけ上げてしばらく来ない旅の者とかもいる。たまに訪れて戦ってまた去るなんてこともよくある話だ。
ストレートな寂寥の表現に、烈火もやや感化される。苦笑で謝罪。
「わりぃな。おれも根無し草の旅人だから」
少なくとも、この異世界においては安住の地も故郷もない。元の世界に戻るまで、傀儡であると同時に旅人を続けねばなるまい。
「ま、だからこそまた来るさ。少なくとも今回の一件を終えた後も中心都市には戻る予定だしな」
「そうか。ま、外に出たら強ぇ奴でもあっさり死ぬもんだから、精々がんばんな。また俺に美味い酒を呑ませてくれや」
それだけ言って、ダグはもうあっさりと帰って行った。湿っぽいのは苦手だから、どうか簡素にさよなら済ませてしまいたかったのだろう。
ま、馴れ馴れしい間柄でもなし。これくらい適当で丁度いい。
最後に現れたのはふたり――リヒャルトと夜鳥・傘であった。
リヒャルトはキッシュの知人で、宿の主たるファウスとも顔見知り。ここを突き止めるのは容易だっただろう。なのでダグほど驚かず、ふたりを出迎える。
開口一番、リヒャルトはハッと笑った。
「よう、見たぞボコボコにされやがって。あんだけ情報もらって、対策の魔法まで教えてやったってのにこのザマとは、笑えるな」
「てめぇ、怪我人に鞭打ちに来たってのか悪趣味野郎」
まずは悪口からはじめないと会話もできないらしい。七面倒臭い。
改めて。
「んで、まあ、それでもよくやったほうではあるな。人間の身で、鬼族を打倒したのは本当だからな」
「ぬしの技の冴えは素晴らしかったぞ」
「…………」
真っ当に褒められてもまた言葉を返せぬ辺り、烈火も非常に難儀である。
リヒャルトがその無言の理由を察して肩を竦め、傘が気付かずに溢れ出る思いのままに喋り続ける。本当に、彼女は嬉しかったのだ。
「玖来・烈火よ、ほんに感謝する――ありがとう。父も了承してくれた。ぬしのお陰でわっちは行ける」
「いや……まぁ、勝つって言ったしな。これで負けたらカッコつかないだろ」
ストレートな相手には弱い。烈火はそっぽ向いて頬を掻く。
この話題はまずい。感謝感激なんぞ受け取ってもむず痒いだけだ。いや、感謝もなしの踏ん反り返りだったらそれはそれでムカつくけど。
ともかく話を変える。烈火の常套手段である。
「あー、で、おれは勝ったわけだが、どうなるんだ」
「それに関しては俺が処理する」
話題変更は功を奏す。リヒャルトが事務的に説明しだす。
「そうだな、一週間くらい待て。それくらいで俺が事務処理等々を片付ける。夜鳥の遠征はそれからだな」
「ふぅん。ま、乗りかかった船だし、護衛役だっけ? やるけどさ」
なんだろう、ほんの数ヶ月前に護衛を雇っていた烈火が護衛をするとか、奇妙な感覚だ。
キッシュには色々教えてもらったし、この世界にも慣れてはきた。コロシアムで戦いの経験も多く得た。だが、それでも一抹の不安はある。自分だけならまだしも、守るべき対象と旅か。
不安の結実のようにして、烈火はぽつりと声を漏らす。
「行くのはおれと夜鳥・傘だけなのか」
「いや、本来なら生徒二人から三人ごとに雇う討伐者は四、五人だ。今回は特例で夜鳥ひとりに、お前と、もう一人くらいはBランクの討伐者雇うぞ」
「そうか、そりゃなによりだ」
「自信過剰の馬鹿じゃねぇのは救いだな。人一人じゃどれだけ強くても高が知れる」
全くだ、と同意はすれども口には出さない。
「ま、諸々の些事はこっちでやる。お前に頼みたいのは九割が夜鳥を守って安全な旅をエスコートすることだ。他は欠片も期待してねぇ」
「あーはいはい。そこらの木っ端討伐者として粉骨砕身がんばりますよ」
「……うちの生徒を、よろしく頼む」
いつになく真面目な声音で言って、リヒャルトは躊躇いなく頭を下げた。
烈火は面食らって、けれど彼は教師なのだと納得した。嫌いな者が相手でも生徒のためなら頭くらい幾らでも下げる。この命の軽いファンタジー世界だからこそ、教師はよほどに重要な職であり、預かる生徒への思いが強いのだろう。
烈火も極力真剣を繕って、確約するようにして返事をする。
「請け負ったよ、先生。それに、夜鳥――」
って言うと父親のほうが浮かぶな。先に会ったのがあっちだったし。
「傘。お前はちゃんと守る」
「うむ。どうか護衛とご指導鞭撻のほどを頼みんす」
「……ん。なに、なんか教えるべきなの?」
「あ? 旅の知識とかやるべきこととか、適当に教えてやってくれ」
当たり前だろう、みたいにリヒャルト先生は言う。
烈火は遠い目をした。
「そっ、そういうのはちょっと期待に添えないかなぁ」
「なに? くそ、そうかよ。そういやキッシュレアが教えたんだったな……じゃあいい、わかった。もうひとりのBランクに知識面で頼れる奴を用意する」
キッシュの教えは別に雑でも悪くもなかったが、どういうことだろう。
「キッシュレアはいい子だ。だがあの子にものを教えたのは適当を絵に描いて破ったような馬鹿女だ、抜けてるところがあってもおかしくねぇ」
あぁ、キッシュの言ってた師匠さんか。彼女は尊敬していたようだけど、リヒャルトの評価は低いらしい。というかどういう関係なのだろうか。まあいいけど。
ふいと思い出したように傘が声を出す。
「あぁ、そうじゃ、玖来・烈火」
「烈火でいいぞ。フルネームじゃ長いだろ」
「む、そうかの。では烈火、父から伝言があったのを忘れておった」
「え」
なに、なにかありますか。
いやいや、あの時の発言に関しては勝つためのものであってそれ以外に意味なんて欠片もないと説明したはず。傘にも手伝ってもらって説得しきったはず。
なのにこれ以上なんかあるのか、やめてください。
こほん、と咳払いして、傘は父の口調を真似るようにして言う。
「――娘は任せた。全身全霊で守れ。傷ひとつでもつけたらその千倍だけお前の骨を砕く」
「……確かに聞いた。肝に銘じておくと返しといてくれ」
そうしてリヒャルトと傘は帰っていった。ふたりには遠征のための準備が色々あるのだ、ここで長々油を売ってはいられない。
で、ひとり――
「ではなくふたりですよ!」
「お前一柱じゃね?」
「時に一柱、時に一人。神様は単位なんて些細なものに囚われたりしません」
それは確かにそうかもしれないが。
七はベッドに座り、烈火の正面に。近いよ、脚踏んでるよ脚。
丸きり無視。
「それで玖来さん、愚問かもしれませんが、以前決めていた予定は放棄するんですか?」
予定――次の発表までコロシアムで鍛えよう。
「次の発表まで一週間ほどありますけど」
「いや。そのつもりだったが、遠征まで一週間あるって言ってただろ? ちょうど予定通りだ」
「そういえば、そんなことも言っていましたね」
まぁ、と言ってもあと戦って一戦くらいだろう。もしかしたらそれすら控えるかもしれない。怪我したりして遠征に行けませんとか笑い話にもならん。というかリヒャルトに殺される。
七はにこにこしながらちょっと神視点なことを言う。
「ところで玖来さん、コロシアムはどうでしたか?」
「どうって、また曖昧なこと聞くな、お前」
「ゲームマスターとしてはアトラクションの感想とかが気になるんですよぉ」
「別にお前無関係だろうが、ありゃ人の造ったもんだろ?」
「一応、そういう感じの興行よくないですかーって凄い雑にアドバイスはしました」
「雑かよ……。で、コロシアムの感想か……」
ちょっと天井見上げて、数瞬だけ思案。そして今までの戦いばかりの一ヶ月を思い返す。
出てきた感想はひとつ。なによりこれが、一番だった。
「まあ、いい経験ができたよ」
引き絞るような緊張感での戦闘の経験。
様々な種族との戦いの経験に、色々な戦法の経験。
そして死ぬことなく敗北するという大きくかけがえのない経験だ。
烈火の実力は、コロシアムに挑戦する前と後では確実に変化していた。強く強く成長していた。
「それはよかったです。では成長したあなたの力で、きっと本命勝ち抜きましょう」
「おう、任せとけ」
幕間コロシアム編終了。
六十話で終わりたかったのに二話オーバーしてしまった。最後も駆け足になってしまったし、構成力が足りないな。
しかし幕間長っ!