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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
幕間 コロシアム編
70/100

59 もっと教えてリヒャルト先生!







 一週間ぶりにコロシアムに参加して戦って――大怪我した。

 そのせいでさらに三日の休養が必要になってしまった烈火である。いや、あの傷が三日休むだけでいいというのは凄まじいファンタジーなんだけども。

 ともあれ怪我をしたためコロシアムに行けない。休んでばっかだ。しかも左腕という大事な部位で、鍛錬にすら支障をきたす。いや、無理すれば動くけど、無理して完治が遅れたら最悪だし。

 なので安静にしつつ――飽きた。二日後には烈火は外出していた。

 半分は冗談で、単純に曜日的に動いたほうがよかったのだ。

 そう、烈火はサヴォワール学園に――リヒャルトの元へと訪れていた。

 その訪問の理由は、


「小説、面白かった。続きも貸してくれ」


 ……ではなく。


「実戦において印相派を組み込む場合の注意点とかあるか?」

「あん?」


 リヒャルトは怪訝そうに烈火に向き直る。

 今日の彼はなにやら書き物の最中。休みの日まで働いているよ、この男。あれ、学園教師ってブラックな感じなんですのん?

 しかし割と簡単にこちらの話に乗ってくれた。そこまで重要な書類でもないのかも。


「なんで俺がそんなこと教えなきゃいけねぇんだよ」

「いやおれ魔法使えるようになったんだよね」

「どうせカスみてぇなショボイ魔法だけなんだろ? 実戦に組み込んでも意味ねぇだろ」

「いや、どんな魔法にも使い道くらいあるだろ。たぶん……ないの?」

「あるけど」

「あるんじゃねぇか」

「教師的にないとか言えるか!」


 逆ギレしやがった。なんて大人だ。

 すぐにリヒャルトは平静を取り戻し、ふむとちょっと考えるような顔をする。こういう時は本当に先生っぽくて不用意に口を挟めない雰囲気になるんだからズルい。


「しかし、そうか、魔法が使えたか。じゃあ、今使える魔法をできるだけ毎日使って使い慣れろ。あとは数だが、前に貸した本にあった魔法の五個くらいしか扱えなかっただろ? もっと多く……そうだな、書にある半分くらいの魔法は覚えろ。それができたら次の魔法書を貸してやる」

「お、おぉ。わかりました先生」

「よしじゃあ今日はもう帰れ」

「帰らねぇよ!」


 先生っぽい感じで話を終わらそうとするな。いや、アドバイスはありがたく受け取りますけどね、先生。

 烈火は仕方なく下手にでてみる。もみ手を作って、事情を説明。


「今おれコロシアムで鍛錬中なんだよ。実戦で魔法を使って慣れたいんだよ、教えてくれよ」

「コロシアムだ? ……ちなみにランクは?」

「Aになったぞ。ほらカード」


 ふはは、どうだ凄いだろうとカードを見せびらかす。

 リヒャルトは真っ当に驚いて目を見開いた。割と珍しい顔だな。


「マジか……マジじゃねぇか。この短期間で、これは……ふむ……」


 なんだよ。なんかほくそ笑んでないか? 気のせいか?


「わかった、教えてやろう。印相派は相手に見せないように身体で隠して結ぶか、それともわざと見せて相手を焦らせるかが基本的なやり方だろうぜ」

「おい、なんで急に饒舌になんだよ、なんか怪しいぞ」

「聞きたくないなら今すぐやめるが」

「聞きたいです教えてくだせぇ」


 あっさりもみ手に戻る烈火。彼は情報的弱者であった。勝利のためには嫌いな相手にも媚びねばならない、そうこれは必要な犠牲なのだ。難事を乗り越えるための苦行、格好悪くても不様でも前進するために烈火は躊躇わずにこの嫌味な男にへつらうのだー。のだー。のだー。


「なんか果てしなくウザくて連協魔法でもぶちこみたくなるような声が聞こえた気がするが……」

「気のせいです」

「とりあえずムシャクシャしたからお前の腹をぶちまけていいか? 大丈夫、すぐに治してやる。痛みが残ってのたうち回るようにな」

「やめろください、苦痛で死ねる。それより先生、授業授業」


 生前ではありえないような言葉がすらすら出てくるのは、それだけ危機感を覚えているからだろうか。リヒャルト、部屋で本読んでる姿くらいしか知らないが……こいつ実は超強いんじゃないの?

 それを言われると結構効く。リヒャルトは話を戻す。よかった。教師でよかった。


「で、印相は見せるか見せないか、まで話したな」

「はい。そこまで聞きました」

「まあ、その使い分けは説明せんでもわかるわな。言ってみろ」

「え、あ、えっと」


 教師はこういうとこ面倒くさいわ。いや、生徒に説明させるのは理解度を見れるし、自分で考えを整理させるのにも有効なんだけどさ。

 烈火は少しだけ言葉を考えて、並べる。


「たぶん、隠すのは不意打ち。まあ、片手隠した時点で向こうも警戒するような気もするけど」

「しない阿呆もいるんだよ。あとは会話中にさりげなくとかな。それにお前、外套着てるし、前閉めてそれの中でやればいいんじゃね?」

「あぁ、確かに。卑怯なこと考えるなぁ」


 それは烈火が言っていいのだろうか。七は突っ込まなかった。


「んで見せるのはあれだ、ブラフ。相手を焦らせるためとか、注意を惹き付けるためとか」


 通り魔の時に烈火がやった感じのあれだ。烈火も卑怯をそしる資格ないんじゃないのか。七は突っ込まなかった。

 リヒャルトは特に感じるところもなく首肯。こいつもこいつで結構えげつない性格なのかもしれない。


「そうだな。その使い方が基本だろう。けど見せている場合、たまに向こうも印相を読み取れる奴がいるから気をつけろ。お前の印相で繰り出す魔法が把握できるわけだ」

「まあ、詠唱とかはそれが顕著だよな」


 詠唱は誰でも内容が理解できて、キーワードを拾いやすい。それによって今使おうとしている魔法がなにかを発動前に看破できたりもする。


「だから詠唱は短いほうがいいのかって言うと、そうでもねぇ。魔法ってのは詠唱やら記載やら動きやらが少なすぎると魔力込められずにほとんどダメージは与えられねぇ。魔力障壁があるしな、あれが割と防いでる。かと言って長々しく魔法準備なんぞしてたらその間にブッ刺されてお陀仏だ」

「じゃあどうするんだ。実戦だと、どうすればいい」

「簡単な方法はふたつ。魔法準備段階での技法――「先行完結」、「後出し完結」だ。んで、それと併用するのが「水増し詠唱」って技法」

「お? 水増し詠唱は聞いたことあるな、確かキッシュがやってた」


 詠唱を適当な単語で水増しして伸ばすことで魔力注入量を増やす技法、だったか。


「あー、そうかキッシュレアの歌を聴いてたか。じゃあわかりやすいな、キッシュレアは後出し完結の技法も併用してたぞ」

「ん? わからんな、なんか特殊なことしてたか?」

「技法つっても単なる順序の話でしかねぇしな。大仰に名づけた過去の術師どもの趣味のせいで凄い技っぽく聞こえるが、割と普通のことだ。誰でも思いつく」

「先行と後出し……えっと、キーワードの位置か?」


 うむ、と満足げにリヒャルトは頷く。自発的に発想できる子供は好きだ。烈火は嫌いだが。


「詠唱ってのは長いほうが魔力を込められ威力が上がる。だが逆に言えば、キーワードさえ世界に宣していれば、幾ら詠唱が短くても魔法は発動するということでもあるわけだ。それを利用して、いつでも発動できるようにキーワードを先に言っておく技法を「先行完結」と言う」


 つまり、《明々》で例えれば。

“〈明〉かり灯せ――《明々》”といった風に頭にキーワードを置くことだ。

 これが技法と言うほどのことなのか、烈火の目線が冷えていく。だが仕方なかろう、昔の人がそう決めて現代まで伝わっているのだから。


「「先行完結」技法の利点は、最初にキーワードを述べておくために、いつでも魔法の執行に移れることだ。隙がなければ即座に放てる。時間が許せば幾らでも「水増し詠唱」を織り交ぜて伸ばして威力を向上できる。不意の事態にも咄嗟にそのまま発動できる。だが、欠点はキーワードを告げてしまうために、その詠唱の間に魔法がなんなのかバレてしまう可能性が大きいってことだな」


 発動待機状態、魔力込めつつ……みたいな感じだろうか。


「んで、逆に魔法発動の直前まで水増し詠唱を続け、キーワードを言わずに置く技法を「後出し完結」と言う。こちらなら魔法発動までなんの魔法を詠唱しているのかはバレない」


 つまり、《明々》で例えれば。

“灯すは輝く〈明〉かり――《明々》”といった風に最後にキーワードを置くことだ。

 その最後のキーワードを詠うまでに余裕があるなら適当に水増しした詠唱を続けて魔力を込めることも可能。


「あれ、後出しのがよくね? バレないし、ちょうどいいタイミングまで魔力を高め続ける点は同じだし」

「そう上手くいかねぇよ。キーワードなしで詠い続けるんだ、ちょっとしたことで途切れたら魔力が拡散しただけで終わっちまう。相手もそれを狙ってくるしな」


 「先行完結」ならば、ちょっとの阻害があっても既にキーワードは唱えられている。後は魔法名を叫べばいい。そこに些細なラグがあっても問題はないのだ。

 だがキーワードなくただ魔力を高めているだけでは、詠唱の連結が少々不安定となり、僅か途切れただけで崩壊する。


「「先行完結」は邪魔立てを前提にした前衛の技法。「後出し完結」は邪魔がないことを前提にして後衛の技法だ。基本はな。キッシュレアみたいに判断力に優れて、前衛後衛もできるのに「後出し詠唱」使いこなす奴もいるし、例外は多いけどな」

「へぇ……流石に奥深いな。前後衛で詠唱が変わる、か」


 人間の試行錯誤と工夫が見て取れるな。凄いわ。

 リヒャルト先生、乗ってきた。手振りも加わり解説続行。


「んで、印相の話に戻るが、印相ってのは学ばないと知らないもんだ。だから先行完結がいい。見せても向こうがわからんからな。識者だったら運が悪かったと諦めろ」

「おー、そうする」


 印相内容を考え直さないとな。あと、水増しできるような、いつでも途切れていいような組み合わせもか。確か同じ文字の連打とか文章的な意味をなさない詠唱は無効なんだよな。謎だが。


「そりゃお前、“あああああ、明かり”なんて馬鹿な詠唱いやだろ。たぶん、詠唱する本人が無意味なそれでは魔力を織り交ぜるのに集中できないとか、そんな理由だろうと言われてるが。あぁ、突飛な学説じゃあ神がそんな間抜けを嫌がってそういう風にしたっていう説もあったな。効率的過ぎてはつまらんとか」


 それが正解なんじゃ……いや、七の方には振り向きません。そんな真実知りたくない。

 ともかく詠唱はなんとなく文章的に意味が通ってないと魔力を込められないのである。作文技能まで要求するとか、魔法はマジ総合知識だぜ。

 と、不意にリヒャルトは耳を押さえだす。なにいきなり、耳鳴りでも酷いの?


「っ。たく。ちょっと待て。《伝達》が来た」

「あ、あぁ」


 電話みたいなノリで、リヒャルトは烈火を手で制す。離れた場所からも〈達〉しを〈伝〉える補助系魔法《伝達》で、遠くから別の誰かに話しかけられた模様。マジで電話だな、もしくはテレパシー。一方通行で、双方向通信をするには互いに《伝達》を使用しないといけないのだが。

 なのでリヒャルトも《伝達》を返そうと口を開こうとして、はたと思いついてやめる。それから烈火に向き直り、印相を結ぶ。

 む、見て学べってことだろうか。烈火はありがたくまじまじと観察する。

 しゅばばばっ、とか効果音がつきそうなくらいの早業。指が霞んでたよ、すげぇな。以前見た荒貝 一人のそれよりも早くて完成していたように思う。やっぱすげぇのな、先生。いやまあ、そりゃ異世界やって来た数か月の人間が、二百歳の風霊種エルフと比較できてる時点でおかしいのだが。

 しかし、ふむ。ひとつの印相の結ぶ時間はここまで短くしてもいいんだな、ほぼ静止してないぞこれ。剣指を突き立てるのではなく、そういう動きの一部に剣指の形が紛れてるみたいな感じ。

 ちょっとやってみる。試してみる。

 ――しばらく指を動かし印相の練習をしていると、リヒャルトのお話が終わったらしい。声をかけてくる。


「おい、変顔」

「誰が変顔だ」

「あー、間抜け面だったな、わりぃ間違えた。紛らわしい面してるからだぞ」

「よーし、そこに直れ。今なら上位の魔法だって使える気がする!」

「錯覚だ、ばーか」


 ひとしきり罵り合いのじゃれ合いをして、本題。

 リヒャルトは気を取り直して口を開き直す。


「でだ、間抜け面」

「……なんだよ、悪口エルフ」


 そこで同じく反論を差し込んでは話が進まない。不服ながらも進行を妨げずに問い返す。悪口だけは投げておくが。

 リヒャルトもイラっときて罵倒を思い浮かべたが、沈めておく。続けよう。時間もあまりない。


「今から俺の受け持ちの生徒がひとり来る」

「おう、そうか。じゃあ帰るわ」

「いや待て。そいつがちょっとお前に話がある」

「……どういうことだよ、それ」


 学園の生徒なんて知り合いにひとりたりともいないはずだが……なんで烈火に用がある?

 すぐに来るとだけ言って、リヒャルトはそれきり黙りこくる。おい、説明しろ意味わからんだろ。新手に嫌がらせか、こら。

 おいこら、やいこら、なんとか言えや。烈火の執拗な突っつきにも、リヒャルトは無言。割とそういう無視は堪えるからやめて。

 そして、ノックが響く。

 びくりと烈火が肩を震わせている内に、リヒャルトは入れと言ってしまう。ドアが開く。


「失礼する」


 入室して来たのは、凛然たる美貌の少女だった。

 薄い赤銅の肌をし、ちょこんとした骨が突起したような角が額に二本生えている鬼の少女だ。鬼族にしてはキュートで、妖鬼だろうけど美麗である。燃えるように赤い前髪が、角でわけられ額の真ん中に垂れているのなんかはさり気にチャームポイントだと烈火は見た。

 纏うのは動きやすく改造されている着物であり、着こなす具合は完璧で和の一言に尽きる。鬼で着物で和で美少女で、おいおい最強かよ。

 烈火が何故か降参したくなっている間、鬼の少女ただじっとこちらを見つめていた。熱っぽさはない、観察の瞳だ。

 そして斬りつけるように、言う。


「ぬしが、先生の言うておった御仁でありんすか?」

「は? そうなのか? 知らん……」


 リヒャルトがなに言ったかなんて知らん。

 少女は通じないと見て、少し言葉を噛み砕く。


「ぬしは討伐者でありんすか?」

「……そうだけど、どちらさまで」

「討伐者であり、闘技場の闘士でありんすか?」

「……そうだけど、どちらさまで」

「Bランク討伐者であり、Aランク闘士でありんすか?」

「……そうだけど、どちらさまで」

「あぁ、そうか。本当に、本当にそんな珍妙な者がおったのじゃな」

「なに、なんなの、なんなんなの。あなたマジでどちら様なの」


 なにやら感極まっているご様子。いやまあ、美少女が嬉しさを噛み締めて喜んでいるのは眼福だけども、勝手にひとりで完結しないで。コミュニケーションとって、お願いだから。

 やはりまったくこれっぽっちも烈火の言葉に反応してくれない。鬼の少女は、ただただ己の主張を述べる。


「では、そんな特異な立場のぬしに、頼みがありんす――後生じゃから、どうか夜鳥・楡を倒してくりゃれ」

「……は?」


 は?













 夜鳥・楡って誰だっけ?

 →烈火を瞬殺した鬼の人だよ!





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