7 ともかくなによりまずは金!
「はい、今度こそ外! 魔物ハント!」
と、烈火は神様スキル『不知』を使用しつつ叫んだ。
不可知のスキル『不知』、これの発動中なら幾ら叫んでも付近の誰も、獣も魔物も気付けない。視認可能距離であっても、息の触れる位置であっても。そういうチートだ。
町を出てそこらを散策。数十分かそこらで魔物と思われる真っ黒黒な犬っぽい生物を一匹発見した烈火である。一応確認。
「あれが魔物か?」
「はい。なんか見た目が黒かったり毒々しかったりするのはだいたい魔物です」
「雑だな」
まあいい。『不知』を維持したまま、烈火は何食わぬ顔で歩み寄る。無造作極まるが、『不知』が継続している限りどのような姿勢で向かおうと感知はされない。
近づいて見てみれば、割と大きかった。大型犬というか、狼か? 牙とか爪とか凄い鋭いし。うわ、息くさっ。
ていうかこれ、魔物とか強そうに呼んでるけど普通に動物と違うのか。特に差異は感じないが。猛獣の類を別名で呼んでるだけとかじゃないよな。
「一応、生命じゃないですよ? 中身はなんもないですから。命ではなく魔ですから」
「……よくわからんな。ともあれ、首を刎ねれば死ぬんだろ?」
「まあ、そうです。基本的な急所はだいたい構造を見て想像通りだと思います」
「んじゃ、やってみよう」
軽く言ってベルトに仕込んだ小剣を引き抜く。こちらに気付かず歩み続ける狼魔物の横に回り、並んで歩く。
烈火は目を細め、呼吸を観察し、一歩毎に揺れる背中を注視し――不意に刃を振り下ろす。頚椎部に一撃。
即座に小剣を手放し跳び退く。腰を落とし、右手は脚に仕込んだ小剣へ。警戒の姿勢で魔物の様子を窺う。
普通の生物ならこれで死ぬが――果たして、魔物は途端に灰化し消滅した。小剣だけが地に落ちて、音を鳴らして残存する。
「む、消えたぞ」
「魔物は死ぬと死体も残さず消え去ります。血とかもでないので殺すのに抵抗が減るでしょう」
「……変な気遣い、ありがとよ」
「いえいえ」
「褒めてないけどな。ま、死んだんだな?」
「はい、確実に」
烈火は『不知』を解いて魔物が死んだ場所に近寄る。そこには小剣以外なにもなし。数秒前まであんな魔物が存在したなんて、全く出来の悪い冗談のよう。
ゲーム的だな。思いつつ、小剣を拾って――刀身に汚れすらない――鞘に収める。ふうと一息。気がつけばたったこれだけの運動で汗をかいていた。体力に割と自信のある烈火がだ。まあ『不知』の使用のせいだろう。魔力とやらはまだよくわからないが、使えば疲労するのはわかる。
さておき、烈火は跡形もなく消え去った魔物の死んだ場所を少し観察する。注視する。
七の疑問の声。
「なにしてるんですか?」
「魔物倒したら金落とすみたいなのはないの?」
「あるわけないじゃないですか」
「ですよねー」
「あ、でも、殺せば殺しただけギルドから報酬はもらえるんですから、最終的には同じです、同じ」
「ああ、そうか」
一応ポケットからカードを取り出し、表示の確認。確かに先はゼロだった記載が、今は1と表記されていた。魔法のカードである。
「ちなみに七、今殺したのってCランクの魔物だよな」
「はい、ここらはだいたいCばかりで、たまにBがいるかもってところですね」
「そりゃ最初の町に相応しいな」
雑魚狩ってレベルアップだぜ。と行きたいところではあるが、そう簡単に戦闘力というのは上昇しない。ゲームじゃないんだ、雑魚ばかり倒しても変な癖がつくだけだ。だが経験は積める。命を賭ける経験や、命を殺める経験。あらゆる経験が、雑魚であっても戦闘という行為で得られるはずだ。ここらでまずはそこを鍛えよう。自身の手札を確認しつつ。
あとなにより金になるし! 金になるし!
「しかし『不知』が便利過ぎるなぁ。これじゃおれの腕が鈍るかも」
「じゃあなしでやればいいじゃないですか」
「それもそうだが、危ないだろ。死んだらどうする」
「うわ、臆病チキンな発言を」
「慎重と言え。まあ、『不知』ができる間だけ、魔物を狩って金稼ぎつつ、慣れてきたらなしでの討伐も頑張ってみるって方針でいくかな」
おそらくそう延々と『不知』を続けることもできまい。魔力とやらに限度があり、疲労として把握できている。その消費を実感している烈火としては、現在どれくらい連戦できるのか確かめる必要もあった。
ふむふむと冷静に現状と以後を考え出す烈火に、七は素朴に問いを投げる。
「しかし玖来さん、動じませんね」
「は? なにが」
「いえ、仮にも現代人ですし、動物――っぽい外見を殺めるのって精神的に抵抗とかないんですか?」
「人殺ししろとか命令飛ばした奴が言うな」
「やってもらいはしますけど、それに対する感想とかはあってもいいじゃないですか。玖来さん、魔物を殺すの物凄い淡々と処理してて、こう、なんというか無反応すぎません?」
「まあ、動物を殺すのは慣れてるからな」
「……うわぁ、中二」
茶化しにかかる、というか馬鹿にしにかかる七に、烈火は真面目を絶やさない。そこら辺はあまりジョークにできないところ。
「いやいや、これはマジな。暖かい肉が冷めていく感触ってのは、覚えておかないと咄嗟に鈍るからな。屠殺とかやらされたんだわ」
「あぁ、家畜の」
「そう。豚とか鳥とかスパンとな。血抜きとかも覚えたし、割とサバイバルするには有用な知識なんだぞ」
「あれ、玖来さん、サバイバルに自信なさげじゃなかったですか?」
「自信はないな、ファンタジーでのサバイバルなんて想定もしたことなかったし、動物殺せても狩りができるに直結しないし」
動物だって必死で逃げる。まさに命がけの死に物狂いで。それが彼らの本能であり、生存のためなのだから。
大きい動物は返り討ちにあう可能性が高い、小さい動物は小回りがきいて捕らえるのは困難。ハントがそう易しいものであるわけがない。重火器があっても、人は野生動物に殺されることがある。
こんなファンタジー世界では、ちょっとの怪我でも致命に繋がりかねない。軽傷でも動きが鈍ったら、今度はこっちが動物に狩られてしまうかもしれない。怪我や虫が原因で病気になったりするかもしれない。
あれ、そういえばファンタジー世界って、魔物とか幻想生物以外の通常動物はいないのだろうか。烈火としては駆逐されているイメージで、だから動物を殺せてもサバイバルに有用とはあまり思えないのであった。魔物が消えちまって食えないんじゃあなぁ。
「じゃあ動かない植物を狙っても食える草とかわかんねぇし、下手に食って毒で死にましたとか笑えん。日用品はどうする、服が汚れたら着替えを用意したい。火を熾すに道具がないし、作れない。なにより水の確保の仕方とかも知らん。
つまり、まず死ぬ。
すぐに人里に辿り着けたから、今はなんとかかんとか生きてるけどよ」
「あー、はは」
笑うしかない七である。ここまで真っ向から真っ直ぐ死ぬ宣言されるとか。まあ、ちゃんと考えていると前向きに捉えておくことにしよう。
あぁ、とついでのように話流れで烈火は続ける。
「それに、流石に人は殺したことない。やったらおれでも寝込むかもなぁ」
「玖来さんも意外に情とかあったんですね」
「七ちゃん今酷いこと言った!」
「冗談ですよ、冗談」
あっはは、とか笑うけど、誤魔化してるくさい。
いや、烈火だってそりゃ感情あるし、情もあるのだ。本当に。
逸らすように七は話題の路線変更。緊急発進。
「まっ、まあ、こういうトリップにはつきものな問題ですよね。現代に浸かっていた人間が、人殺しの業にどう向かい合うかというのは」
「んんー」
それに関しては、正直この世界では割と簡単にできそうな気がする烈火である。
この世界はゲーム的過ぎる。テンプレート過ぎる。実感や現実感はあるが、設定や世界観がどうにもこうにもフィクション臭い。魔物を殺して血がでない、斬りつけても感触実感薄いとか、おいおいとしか言い様がない。
それもこれも、全部が傀儡七名のためのお膳立て。殺し慣れてない者に慣れさせて、最終的に血のでる生きた人間さえも延長線で殺せるように――なんとも言えない心地になる。殺しを誘導されている感覚、外道への道行きを舗装されている実感。その下手人が神様というのだから、笑える。笑えない。
烈火のゲンナリ思考を感じ取りつつ、七はじゃあと訊いてみる。
「玖来さんはどのように人殺しの業と向き合うんですか?」
「別に。やってから考えるだけだ。今から予測とかできなくはないけど、してもやっぱり意味ねぇよ。だってまだ殺してねぇんだから」
「でも、殺す覚悟は決めているんですよね」
「そりゃ決めてるつもりではあるさ。お前を神にすると誓った時にはな。だって他人の命より自分の命のが大事に決まってるだろ? 覚悟決めるか、そのフリするしか他にねえじゃん」
見知らぬ赤の他人を法的な処罰のない状況で殺せば自分が生き返ります。
死者が死後にそんなこと言われて、やらないはずはない。他の六人だってそれを同意してこちらの世界にやって来たはずだ。死にたくないから。
物語の主人公のようにご大層な御託は並べられない。殺した命を背負うとか割と身勝手も言うつもりはない。格好良く覚悟を決めて、冷静に振舞うなんてできるかどうか。できたらいいけど。
だが、理屈とかすっ飛ばして死にたくはないし、生きる道があるなら全力でしがみ付く。それが蜘蛛の垂らしたか細い糸でも構わない。
生き足掻く努力をしない奴に、生きる資格はないのだから。
「というわけで、生きるための金を稼がにゃ。えっちらおっちら魔物を狩るぞぉ!」
そしてその日、烈火は『不知』が継続する間、地道に淡々と魔物を暗殺し続けた。
「――え、真正面から戦えって? やだよ怖い」
「本当に卑怯ですよね、玖来さんって……」