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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
幕間 コロシアム編
68/100

v.【人誑し】








 その退廃した村を見つけ、辿りつくまでには一週間ほども費やした。

 少女の話を聞き、付近の人里から情報を仕入れ、それらをピースに予測を組み立てた。さらに傀儡戦争の月一の情報提供に際し、敵の大まかな位置もわかれば――荒貝 一人がここまで辿りつくのも道理である。

 森の深くにひっそりと隠れた村、名をカンナビス。

 聞いたことのある名称ではあったが、彼は思案することもなくさっさと村へと足を踏み入れた。

 村は一見、おかしなところはないかにも見えた。人々が行き交い、家や商店が幾つも建っている。人が生きて生活しているというのがわかる。だが、漂う香は鼻につき、理性を鈍らせるように甘い。異様に物静かで、交流がほとんど見受けられない。みながそれぞれ個人であり、談笑の風景もなければ喧嘩や連れ添いもない。それによく見れば男はおらず、様々な種族の女どもがどうにもこちらをそれとなく見つめている。

 男がいないのは狩猟を主としていて、そちらに総出で出向いているからだ。そんな可能性もありえるが、様々な種族、これは少しおかしい。この第二大陸ならば、精霊種四種が住み着き生きている。彼女らがいることには不思議はない。だが、多くの場合において一種族同士で固まっているものなのだ。この村のように複数種がまとまって住まっていることは珍しい。そういう村や町もあるとは聞いたが、ここがそうとは思えない。

 それに、余所者であるから仕方ないだろうと荒貝が捨て置いた女どもの向けてくる視線。それは意志はあれども作り物めいて、どこか人形を思わせた。容姿に優れた者がいやに多いから、精巧な人形を連想したのか。否だ。目つきがうつろで焦点が定まっていない、熱に浮かされたような呆然さで、まるで見えているはずの目でなにも見ていないような感想を抱いたからだ。

 有り体に言って、魂を感じない。

 先日、出会い、最寄りの村にて置いてきた勇ある少女とは、まるで違う。


「…………」


 荒貝 一人は、努めて己に冷静さを強いた。絡みつくような嫌な想像は幾らでも思い浮かぶが黙殺した。それを考えてしまったら、彼は……。

 ただ、足取りは早まり、村の奥へと歩みを続ける。

 足を向けた先はほとんどが勘であり、だが少量の理屈でもあった。それは周囲の女性たちの実力である。なんとなく強そうな奴らが多い方へと進んでいるのだ。するとその手練どもの視線がどんどんとキツく敵意に変転していく感触がわかる。正答へと着実に接近していることを確信する。

 やがて辿りついたのは、小さな酒場だった。

 その頃には周囲からの視線はもはや斬りかかって来るのではないかと、荒貝のほうが強く警戒せねばならないほどだった。

 それでも臆さず、迷わず、その酒場へと足を踏み入れる。

 そして、ようやくその男へとたどり着いた。


「貴様が――第二傀儡【人誑し】だな」


 ドアを開けば、そこにいたのは黒髪で長身、なかなかに整った容姿をした青年だった。ズボンをはいているが、上半身はなにも身に着けずに堂々としている。

 青年の周りには四人もの美女が囲い、半裸か全裸でしなだれかかっている。まるで椅子か布団か、そこらの家具のように無感動で当たり前のように青年はその状況で食事をとっていた。

 声に反応したのは青年だけ。不思議そうに顔をあげ、荒貝に気付けば少し驚いたように目を広げた。


「――あ?」

「おれの名は荒貝 一人。荒々しい貝で荒貝。一人と書いて一人だ。貴様はなんという?」

「……ぁぁ、あー、あー。そうかそうか、ようやくお出ましかい。遂にご到着かい、ご同郷」


 なにかを理解したように青年は何度も何度もひとり頷き、何故か薄い笑みを浮かべる。

 荒貝が黒目黒髪で青年を傀儡と把握したように、向こうもまたこちらの言動で理解しているはずだ。なのに、何故笑う。


「しかし男か。萎えるな……まあ、強いっぽいし、仕方ねぇか。これでまた駒がひとつ増えるわけだ」


 それは圧倒的な自信から来る余裕と、力への信奉。お前なんぞでは敵にすら値しない。

 それでも少しは余興を盛り上げてくれるんだろ? だったら精々不様に愉快に喚いてくれよ。道化師を眺める王の如き泰然とした笑みである。


「……貴様の、名は?」


 荒貝 一人は押し殺したような声で、再度問う。彼にとって名の交換は交流のはじめの一歩。たとえそれが言葉も交わしたくないような相手でも、名は聞いておきたかった。

 だが、青年はやはり笑う。嘲笑する。


「ハッ。名乗りに名乗り返す義理なんざねぇーよ」

「ふむ? それは残念だな。まぁよかろう、それは後でもよい」


 ひとつ息を吐き出し、この室内に漂う寒気立つ臭気を振り払う。

 室内を目だけを動かし観察し、目の前の五名以外には誰もいないと確認。上の階へと続く階段だけに少々の意識を割いて、荒貝はともあれ話をはじめる。


「おれの目的は神のいない世を敷くことだ」

「……ハァ? いきなりなに言ってんのお前?」


 切り出しからわけがわからない。およそこの場にそぐうとは思えず、青年は不可解そうに顔をゆがめた。


「いやなに、己を語る際には結論から先に述べたほうがわかりやすいということを最近知ってな。理解の追いつかない者への配慮だよ」

「てめぇ、オレを馬鹿にしてんのか」


 説明聞いても理解できないだろうから馬鹿にもわかるように噛み砕いてやるよ。そう言いたいのか。

 荒貝にとってはただの合理で、違われぬように己の思想を端的に述べただけなのだが。まあ、彼としてはなにかを言って人を怒らせるなんてのは、よくあること。ただひたすら己を貫くだけだ。


「おれは人に神は不要だと思っている。人は人だけで完結し、そして頂点だ。ならば上から目線の神様なんぞに干渉されては堪らない。故に神様からもらった力で享楽に耽る貴様も――おれは大嫌いだ」

「あっそう」


 青年はつまらなさそうにそう言った。


「そりゃご立派な意見ですね。すごいすごい。で? だからなに? オレになんか関係あんの? 自論押し付けてくんなよ厚かましい」

「成る程な、どうやら人の意見を聞くような輩ではないようだ。嘆かわしいな」

「嘆かわしいな……ははっ、笑える。ジョークかそれ? 見りゃわかるぜ、お前も自分の思想ばっかり人に押し付けて他人なんか省みたことねぇんだろ? そういう自分勝手な馬鹿が説教かますとか、笑える笑える」


 人を見る目はあるのか、当てずっぽうか、青年は割と荒貝 一人の痛いところを突いた。

 それで痛がって怯む男でもない。


「神に縋ることを肯定するのか?」

「するよ? なんせそのほうが楽だろう? 正直オレは頂点なんか嫌でね。誰かに上に立っていて欲しいんだよ。そのほうが好き勝手やれるからな。まぁ、オレの邪魔する奴は上下なんざ関係なく死ねばいいんだけどな」

「楽をして生きて、貴様は一体なにを得る。なんの意味がある。貴様は、なにを目的にこの世界に生き返った?」

「楽しければなんでもいい」

「……楽しいだと?」


 まるで子供のような言い分に、さしもの荒貝 一人でも言葉を失う。そんな、丸きりなにも考えない悦楽主義的な行動基準で生きているだと。

 まったくもってその通り。青年は一切の気後れもなく言い放つ。


「人間はただただ楽しむために生きてるんだよ。楽しいことをしたい、楽しく生きて、楽しいままを持続したい。誰だってそう思うだろ? その楽しいのが楽々手に入るなら、それが最高だろ。なんだお前、それともお前、禁欲主義者とかいうクレイジーな人非人か、気持ち悪ィ」

「楽しいだけで人が成り立つものか。楽に生きてなにかを成せるものか。人は苦楽を分け隔てなく呑み込み立つべきだ」

「べきだって、勝手に決め付けてませんかー。自論の展開だけに勤しんでないで、ちょっとは一般論を受け入れろよ」


 決して青年の言い分も一般論とは言いがたいが、それでも確かに楽しいだけでいたいと願う心は普遍的とも言えるだろう。だが、それは幻想で、夢幻でしかない。そのぶん荒貝の言い分は現実的だ。

 しかしここ異世界である。ある意味では幻想の世界――ファンタジーそのもの。


「オレは楽しいだけで生きられる術を神からもらった。じゃあそれを最大限活用して面白おかしく好き勝手に生きてなにが悪い」

「悪いに決まっている。その力はお情けで恵んでもらった借り物だ、我が物顔で振舞っている時点で愚かしい。腐っているぞ蛆虫が」


 そこで自身の思想でしか否定しないのが彼の彼たる所以だろう。女子の心と身体を自らの欲望で好きに弄ぶ悪党に、義憤を抱いて購い死すべしとは、彼は言わないのだ。

 荒貝 一人は別に正義の味方ではない。善人でもなければ、平和をこよなく愛するわけでもないのだから。


「またその理論か、わけわかんねぇよ。きゃんきゃん意味不明喚きやがって、お前のその理屈はお前だけにしか意味がねぇってわかんねえのか」

「自分の力だけでしかと立てと言うのが、難しい話なのか?」


 心底不思議そうに荒貝は言うが、そういうこっちゃねぇと男は苛立たしげに返す。


「お前、車椅子とか松葉杖も認めねぇの? 神からの力なんてそういうもんだろ、なにが悪ィ」

「違うな。あれは補助具などではありえない。もっと大きく、依存を促す薬物だよ」

「オレはドラッグキメキメのジャンキーだってか、お前のほうが妄言垂れる頭のイカレたヤク中にしか思えねぇよ」


 はぁー、と青年は一度そこで大きな大きなため息を吐き出す。

 欺瞞に満ちた会話が、そろそろうざったい。少しずつ苛々が募り、膨れ、もうこの男が目障りだ。この世から消えてくれたら助かる。


「――ていうかさぁ」


 だから、もういい。

 もうやめよう。敵なら敵らしく、


「いい加減そういう理屈に包んだ御託はいいんだわ」


 とっとと人形に成り果てろ。


「オレがムカつくんだろう? なんとかかんとか色々と理由つけて、がんばって駄目だしして――丸ごと全部、オレのことが気に食わないから否定したいだけだろう? カッコつけんなよ、醜い本音で話してみろよ、なぁおい、荒貝さん?」

「……ふ」


 ――荒貝 一人は別に正義の味方ではない。善人でもなければ、平和をこよなく愛するわけでもない。


「ふははははははははははははははははは!

 そうだな、それはある意味では正しいな。確かにおれは、理屈や思想を無視して――単純に貴様という男に腹が立って仕方がない」


 だが、だがそれでも――気に入らない邪悪はある。

 ただ己の信念の下、傀儡と面と向かって対話するために理性で必死に押し隠していただけである。

 本当なら、顔を見た瞬間に殺しにかかりたい衝動がはち切れるほどに魂を荒れ狂っている。そして会話も無為と悟ったならば。


「人間の魂を汚し蹂躙するその力、そしてそれを平然と使って笑う貴様が――おれは殺したいほど憎らしい!」

「だよな最初からそう言えよ。女を囲えば男がキレる、それが摂理ってもんだからなァ! さあ全員オレのために死ね、こいつを殺せ!」


 瞬間、その建物ごと大爆発が呑みこんだ。






 魔力の高まりは知覚できる。外からこの建物を狙った強大な魔術が襲うのは想定できた。

 そのため荒貝は即座に外へと身を投げていた。爆風で飛ばされるも、そこは体技で巧く流して受身をとる。無傷で外へ。

 ――横から怒涛のように魔法が襲う。


「《火砲》」

「《雷撃》」

「《裂斬》」


 荒貝は当然のようにそれに対処。

 指を自在に素早く動かしつつ、別に紋章起動。服に刻んだ対抗系防護種魔法《聖鎧セイガイ》――〈聖〉なる〈鎧〉が魔を遮る。術者を覆い、襲い来る魔法の三を防ぎ切る。〈火〉炎の〈砲〉弾も、〈雷〉電の一〈撃〉も、飛来し〈裂〉く〈斬〉波も、ひとつ残さず無為とさす。


「なにっ」


 三人同時の魔法を個人で防ぎ切るなんて。

 だがそれだけではない。

 舞踏魔法の印相完了――《火天》。それは詠唱魔法:想念派をも含まれた二連直立の魔法発動だ。その威は苛烈の一言。

〈天〉届く〈火〉炎の津波が奔る。攻めて来た魔法使い二名と、潜んでいた伏兵数名諸共呑みこむ。焼き尽くす。露払いだ。

 一瞬だって動きは止めない。

 進行方向にいた女をついでに斬り捨て、減速なく突き進む。目指すは崩壊した酒場跡。狙うは憎き男の首。


「はっ! 洗脳されてるだけの哀れな哀れな被害者を問答無用でブチ殺すってか、悪鬼羅刹の非道者だな!」


 爆滅した酒場跡に、先の青年はなんらの傷もなく椅子に座ったままだった。傅く女が防いだか。

 横合いから殺気。

 咄嗟に刀で防ぐ。金属音。長剣で襲う女がそこに。


「サンザキ様に手出しはさせん!」

「ほう! 奴の名はサンザキか!」


 鍔競って足を止めれば狙い撃ち。彼方から射出される弓矢が九、斬り合う女諸共荒貝 一人を射殺さんと降り注ぐ。


「……ふむ」


《聖鎧》が防ぐ。全ての矢を折り、届かせない。その間に、左手を刀から離して印相をはじめる。一瞬そこに意識がいった剣士には蹴りを見舞う。鋭利に砕けた材木に突っ込ませて殺す。

 荒貝は瓦礫を踏み締め、なお前へ。この場の首魁だけを睨む。

 第二矢が襲うも走り出せば狙いはズレる。当たらない。回避と進軍を同時にこなす。サンザキという男へと向かう。


「はは、やるね」


 サンザキは一歩も動かずまだそこだ。油断している。舐めている。その首いらぬと見た。

 ならば捨て置け。閃光の如き斬撃が疾駆する。だが刀は無色の壁に阻まれる。受け止められる。ぐあん、と奇怪な衝突音が鈍く響く。


「っ、盾が継続していたか」

「かなりいける四人分の結界だ。壊せやしねぇよ」

「ち」

「お前はオレに手も足も出せず、指先一本髪一本触れられずに人形どもに殺される」


 荒貝はその場を転がるように離れる。直後に狙い澄ました〈小〉規模〈爆〉撃。サンザキの結界には影響せず、荒貝が動かなければ頭蓋が爆ぜて即死していたであろう精密な位置制御の魔法である。

 魔力を辿り、見遣ればそこには火霊種サラマンダの妙齢の女性。今の感覚で理解した。


「宿を破壊した術師だな。小技も大技も兼ね備えるとは中々の魔法使いだ。だが」

「えっ」

「少々無用心だ」


 荒貝の印相は完了している。一〈点〉収束、〈絶〉死の刺突が胸を貫いていた。

 崩れ落ちる姿も見守らず、荒貝は翻ってサンザキへと視線を移す。引き攣った笑みをした男に、無感情に告げる。


「ふむ。本来ならば先の魔法でその結界を貫通し、貴様を殺してやろうとも思ったが――やめだ」

「なに?」

「貴様はそこでひとり怯えて待つがいい。おれが、」


 荒貝 一人は、凄絶に哂っていた。それでもなお、燃え盛る感情を押し殺した声で――極力厳粛に、裁断するように、宣言する。


「おれが今から、貴様と同じことをやってやろう」






 そこから先は、もはや戦いではなく蹂躙であった。活劇でさえなく悲劇的だった。

 圧倒的な個に踏み潰される多勢の集団。まるで蟻の群れを踏み散らす人間のような、物悲しさすら覚える光景だった。

 剣を握る火霊種サラマンダの少女がいた。見切って剣ごと斬り殺す。

 魔法を詠う水霊種ウンディーネの女がいた。終える前に貫き手を叩き込んでノドを潰した。

 発動光を輝かせて手を向ける風霊種エルフの幼女がいた。こちらも魔法で応じて押し返し焼いた。

 誰が来ようと同じだった。何人で来ようと同じだった。

 まとめて複数で斬りかかり、押さえ込んでから強烈な魔法で撃ち滅ぼす戦法も多用してきたが、それももはや効かない。囲われる前に動いていた。狙撃してくる輩に同じく狙撃を返して数を減らし続けた。

 数の不利はあっても、女たちは軍隊のように統率がとれたわけではない。個々が身勝手に動き回っているだけ。だからこんなの数が多いだけの烏合の衆で、的確に集団戦闘に慣れている荒貝 一人には隙がよく見える。

 痛みや仲間を気遣わない異常性も被害者の少女から聞いていて把握済み。だから狙うは戦闘不能。魔法使いならノドか肺、武器を持つなら腕を落として脚をもぐ。面倒ならば頭蓋を潰して即死を狙ったし、放つ火炎は魔物でも炭化させるレベルで加減もしない。

 ひとりひとり、確実に戦闘不能に叩き込む。無数多数の斬撃、魔法を避けて受け流して防いで、自らの攻撃は外さない。彼は常にふたつ以上の魔法を同時に揮い、刀をもって動き続けた。一瞬だって立ち止まらず、撹乱し続け、殺し続けた。

 それは悪鬼の如き強さだった。それは悪魔のような無双だった。それは魔人にも等しい暴威だった。

 荒貝 一人はわかっている。彼女らが操られているだけで本質的な罪などないのだと。洗脳された被害者であり、サンザキに弄ばれた可哀相な者たちであり、叶うなら救ってやるべき命である。

 わかっている。全てわかっている。

 それでも荒貝 一人は殺めることをやめなかったし、手抜きも一切しなかった。一片の容赦もなく殺し尽くした。

 何故なら彼女らにかけられた術理を解いてやれるかわからない。現状においては障害であり敵であることはどうしたって否定できない。また厳しく言えば操られただけで悪いとも考えられる。強さを持った人間が、操られてごめんなさいでは済まないだろう。強さを持つ者には相応の責任があり、その力を制御しなければならないのだから。

 そしてなによりも――根本的に荒貝 一人という人間は、やるべきことのために走り出せば止まれない男である。

 

「ち。なにしてる木偶ども、とっとと片付けろ!」

「いくら数を揃えようと、人形では人は殺せぬよ。人を殺すのは人でなければ務まらん。なぁ、神の傀儡よ」


 魂もない、意志もない、熱もない。

 盲目に虚構の愛に殉じるなぞ、愛を侮辱している。人間として破綻している。そんな人形程度で、人を殺せるものか。

 そうだろう。そうだろうが、燃えて見せろ! 貴様らに一片でも人としての魂が残っているというのなら!


「“この世最も恐ろしいものは〈天〉に在る。この世なにより暴虐なるものは雲海に座す。

 空にて笑う支配者よ、地の醜さを嘲り見下し灼き焦がせ。仰ぐばかりの愚者どもよ、滅びの標に立ち尽くし、涙を枯らして隷従せよ。

 ただ一人理抗う反逆者よ、天地を解しなお立ち向かうならば燃えろ、羽ばたけ、〈火〉の如く!”」


 詠唱、紋章、印相――三種の発動形式をひとつの魔法に組み合わせた三連直立起動。魔法技法において、極限とまで言えるレベルの絶技。

 重ねて詠唱文量、印相回数を増量し、ありったけの魔力を投じる。今叶う荒貝 一人という生命の、最大最強全力の一撃をここに!


「――“《火天》”!!」


 そしてその日――ひとつの村が滅び去った。






「やべぇ……」


 サンザキに最初の余裕はもはや欠片も残っていなかった。木っ端微塵で粉微塵、あるのは恐怖と焦燥だけ。

 酒場ごとの爆撃も避けられ、不意打ちも防がれ、傍に置いてあった使えるほうの剣士を一蹴され、手持ちで最も使える魔法使いも瞬殺された。

 その後も数の暴力で攻め入っても、ことごとくが無駄に終わる。殺されていく。

 そして四人の女どもの命を投げ打った防護で、唯一生き残った彼は滅亡の火を見ていた。廃墟と死人と炎しかない世界――まさしく地獄を見ていた。

 先ほどまで存在していたはずの村が跡形もなく消え去った。残るは火の海と、加護にあっても傷ついた己、そして――


「やばい、やばい、やばい……っ!」


 ――音がする。音がする。

 これは、ああそう足音。足音だ。破滅が鳴らす、嫌に耳刺す足音だ。

 ゆっくり近づく破滅の足音。一定速度で加速しない。こちらが恐怖に震えたって緩まない。

 等速で、ゆったりと、ただ確実に近づく。近寄る。這い寄る。来る。来る。来る!


「ヤバイ……か」


 地獄の魔人は静かに口を開く。


「易く跋扈する他者を持ち上げる言葉は便利だが、考え物だな。自分の程度の低さを誤魔化して、他人を持ち上げていれば文句もなかろうからな。

 だが実際にその言葉の真意はこうだ。彼は凄い、彼女は特別。自分は普通なだけで決して不出来なわけではない。彼や彼女だけが特例あり、自身はひとつも劣っていない。

 ――劣っているのだよ、低劣が。それほど自分が雑魚だと信じたくないか。他人様を持ち上げてまで自分は劣悪だとは信じたくないか。その思考回路の時点で低脳だと何故気付かない」

「……っ」

「おれがヤバイのではなく、人が素晴らしいのだ。誰もがおれを凌駕する可能性を秘めているのだ。だが、その可能性を磨かずにくすませていては、あぁおれが想像もつかぬ化け物に見えてしまうかよ。愚か者め」


 馬鹿なのか。こいつは頭がイカレて吹っ飛んでいるんじゃないのか。

 誰が百以上の戦士に襲われ平然と打ち勝つというのだ。百の誰より優れ、素早く、適確な剣技を魅せて斬断できるというのだ。常に複数の魔法を並行制御し、高火力にして外れもなく撃ち続けられるというのだ。

 誰が――村をひとつ消し飛ばす魔法を具現できるというのだ。

 体力はどうして切れない。魔力の枯渇はおきないのか? 継戦していてなぜ心が微かも磨耗しない。

 なんで笑みが剥がれない!

 ――荒貝 一人はひとつ、大きく激しい勘違いをしている。

 彼は自身のその一個人にはありえないような能力を、本来なら誰でも持ちうると考えていた。信じていた。放った言葉に偽りなんぞ一寸もないのだ。

 だがありえない。お前だからだ。お前だからこそ、荒貝 一人という常軌を逸した強靭にして狂人なる魂を保持する男だからこそ、ここまでデタラメに至ったのだ。

 荒貝 一人は、それを自覚していない。自分ができるなら、それが人間の可能性で、誰にも成し得ると本気で本当に確信している。ただ誰もが努力不足であり、その怠慢ゆえに己は強く見えるだけなのだと。

 なんてはた迷惑な勘違いだ。その勘違いこそが人類の賛美に繋がり、人々への失望に陥る一因なのかもしれない。

 彼の信念は強固にして強烈であった。


「――人の心をいいように弄繰り回した不届き者に、おれは心変わりを期待せねばならない。そう自分に課して、それを敗北の購いと決めたのだから」


 だが。だがしかし。


「あぁ、嘆かわしいな。こんなにも己で課した誓いを破りたくなったのは生まれてはじめてだよ。本当に久しく、おれは単純な嫌悪感で人を殺したいと願っている」

「いやだ……」


 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ――いやだ!

 死になくない、死にたくない。生きていたい。だって、だってじゃないと楽しくない! こんなつまらない結末が許されるはずがないのだ。

 こんな……こんなっ!


「少しは貴様の所業の齎す絶望が理解できたか? まあ、理解しようがしまいが変わらんがな」

「わっ、わかった。わかったから。オレが悪かった、だから……たす、たすけ――っ!」

「……貴様は本当に度し難いな。人としての何もかもが足りていない。人を人とも思わぬ人でなし、か」


 もはや呆れかえってため息すら出ない。

 こんなゲスでクズで、生きる価値なき者などはじめて見た。

 あぁ――それでも。


「それでもおれは、おれを変えられん。醜く腐って、死すべきと理解し断定しているというのに……本当に、おれも愚かだな」


 荒貝 一人は、一瞬フェリ・ナーティエのことを思い出した。思い出しただけで、己を止めることはできなかった。

 そのことに少しだけ、ほんの少しだけ悲しげで悔しげな顔になって、だがそれを言った。彼の哀れな魂は、そう言う他に道を知らなかった。


「神に負けたおれが悪い。おれの責だ――貴様は殺さん」

「へ、へは……ははは……っ」


 気色悪い笑み、もはや見たくもない。

 荒貝 一人は踵を返し、猛火の海を歯噛みしながら去っていく。ただ一言だけ、最後に見っとも無いと理解しながら残して。


「ただし次に出会えば確実に抹殺せしめる。精々遠くへ逃げるがいい。人形狂いの傀儡よ」

















 荒貝 一人が去って、どれだけの時が流れたのだろう。

 幸運にも雨が降り出して、そのお陰で周囲の火災は鎮火したが――彼の憤怒は一切冷めやらぬ。


「……るさねェ」


 彼の頬に滴るそれは、雨か涙か。


「ゆるさねェ、ゆるさねぇゆるさねぇゆるさねぇゆるさねぇゆるさねェ――っ!!」


 絶望なんかしない。挫け折れたりなんかしない。

 あるのは怒り。そう怒り、怒り、ただ怒り。己が楽園を踏みにじった男へのマグマのような憎悪である。


「殺してやる、殺してやる殺してやる殺してやるっ!!

 荒貝 一人! てめぇの名は殺すまで忘れねぇ!! 必ず殺して殺して殺してやるッ!!」


 不意に焦ったような足音が聞こえる。悲鳴にも近い叫び声での呼びかけ。これは、ああ遅いぞ出来損ない。


「サンザキ様っ!」


 それは村の外で活動させていた少数の女たち。先の業火を気取って急ぎ帰ってきたようだ。愛しの男の安否が、心砕けるほど心配で。

 サンザキは涙を流して安堵する女たちなぞ慮らず、ただ手近の奴の顔を乱暴に掴む。そのまま無理矢理引き寄せ、血走った目で問いかけた。


「――この世界で一番強い女は誰だ」

「えっ、は?」

「半端じゃ駄目だ、二番じゃ駄目だ。そんな雑魚じゃあ奴には勝てない。必ず殺す、殺すためにも女が要る――誰より強い女が要る! あぁ殺してやるさ、殺してやるとも荒貝 一人! お前だけは、この手で絶対殺してやる!!」


 雨音すらも引き裂いて、サンザキの絶叫はどこまでも果てしなく響き渡った。


















 女たちの代わりにフェリ・ナーティエが現れて【人誑し】死亡――という因果応報ルートも考えましたが、まあ続投で。


 それにしても……敵同士が戦うとバトルロワイヤルっぽいですかね。





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