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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
幕間 コロシアム編
66/100

57 対策推測想像思案








 それから烈火は一週間ほど中会場に通いはするも、戦わずにただ観戦を続けていた。

 ダグを連れて解説を頼みながら、ひたすらAランク同士の戦いを観察し続けた。烈火はか弱い人間だから、情報という武器を精一杯磨いて担いで運用せねばならない。

 解説役のダグは賭けに勝った時には饒舌だが、負けた時には舌が鈍い。時に金を渡したりしてなんかと口をこじ開けた。

 だが、ダグはそうやって闘士について語ると、最後に決まってこう言った。


「でもな、あいつらだって馬鹿じゃない。自分の弱点や、突き得る隙は知ってるぜ? お前さんだって自分の手薄な点はわかってるだろ? で、そこをそのままにしとくと思うか? ありえねぇって。目立つ弱点、隙間、パターン、全部ちゃんと克服するか対策を考えてあるもんだ。常識だろ。ま、馬鹿なら別だがな」


 まっこと正論である。ぐぅの音もでない。烈火だって遠くから魔法連打という最もされたくない戦法に対して、誰相手でも極力接近戦ではじめる、と対策している。単純明快で、対策というには頭の悪い方策だが、まあ無策ではないと言いたいのだ。

 誰でも観戦できて、手の内が互いにバレバレのこの戦場では、弱点なんてものがあれば即座に突かれる。だから弱点が露呈すれば克服せんと努力を積む。そこを狙われないように手を変え品を変えて模索する。

 では烈火が数日観察し、ダグから齎された情報で隙のように見える点はなにか?

 ひとつに誘いの可能性。ここが弱点ですよ、とわかりやすく見せびらかして、実はカウンターを待ち構えているパターン。

 ふたつに誘いに見せかけた真実の可能性。上記したここを狙えば手酷く返し技がくる、と信じ込ませて実はまだ克服し終えていない本当に弱点というパターン。まあ、弱点が一朝一夕で修正できるなら誰も苦労はしないし、こういう手合いは実は多いのかもしれない。

 みっつはなにも考えてない馬鹿。想定する意味なし。そんな馬鹿に負けるのは同じ馬鹿だけだ。

 まあ、別に弱点や隙だけが有用な情報というわけでもない。

 武器や使う魔法なんかを知れるだけでも大分違うものだ。特に魔法は大きい。どの形式で発動してくるか、どんな魔法を中心に撃ってくるか。端から知っているのと知らないのとでは天と地ほどの差異がある。

 詠いだすのに気をとられて発動光を見逃せば即座に負けだ。初撃で派手な魔法に驚けば隙ができる。

 魔法使い専業はそうそういないので、片手間の低位魔法ばかりだが。そもそも狭いリングの上では魔法使いにはどうしたって厳しい。なにを頑張っても詠唱が完了するより前衛職の一撃のほうが速くて、負けてしまうのだから。だから魔法専業の魔法使いは上位に少なく、接近戦主体で魔法を補助に覚えているという者が大半なのだ。

 それに下位魔法ばかりなのは、まず高位魔法を使う意味がないから。小銃を持っているのに大砲で人一人を狙って殺す意味などない。というか無駄だ、無駄極まる。人は鉛玉一発で死ねる。殺せる。あっさりと。であれば何故わざわざ大砲で殺害するのだ。どう考えても大砲を用意し、維持し、扱うのには小銃の何倍もの労力と費用が要る。魔法も同じで、高位魔法なんぞ使えても下位魔法で殺すのと結果に変わりはない。むしろ高位魔法を行使するのにかかる魔力や集中力、詠唱文量と時間もろもろ鑑みれば効率が悪過ぎる。用途の違いだ。大砲には大砲が撃つべきものが、高位魔法には高位魔法が討つべきものが、別に存在するのである。ここコロシアムでは、対人戦で、ほぼ個人戦。下位の魔法を上手く素早く扱うほうが技能として必要ということだ。

 そのため闘士らの使う魔法の傾向を見ると、多くの者が紋章道具を幾つか装備している。これがもっとも手早いからだ。ちょくちょくぶっ放してくる。だが攻撃系が売っていないから、割と防護とか補助に使うのが多い。火力はだいたい言声魔法で降ってくる。多くの闘士はまあその二種類を使ってくる。そこにきて舞踏魔法は以前に聞いた通り本当に少ない。たまにしか見やしない。

 あとどうでもいいけど、歌唱派も割と少ない。キッシュ、お前はなぜ恥ずかしがってるくせにそれを選んで体得したのだ……。あぁ、キッシュのあの美麗な歌声が聞きたくなってきた。


「思考逸れてますよ、玖来さん」

(あぁ、つい)


 烈火は現在、宿で今まで得た闘士の情報をメモからノートに書き写してまとめていた。時々マメである。

 ちなみに部屋に机なんて上等なもんはないので、宿は宿でも食堂である。メシ時でもないので人はまばらで、烈火はジュースで頼んで席を使わせてもらっている。なのでタイムリミットは夕食の混雑である。

 よく冷えた謎の果実を絞ったジュースを注がれたコップは土器っぽい。これは地属性の魔法で造った代物で、大量生産の安物らしい。烈火は最初ちょっと口をつけるのに躊躇ったが、今ではごくごくいける。人間慣れれば慣れるもの。

 ちょいと一呑みだけして、さて書き物だ。

 今まで戦いを見たAランク闘士の名前は書き出した。ダグからもらえた情報と、自分で見て感じたことをそれぞれ付け加えて、あとはなにを書くか。

 色々と考えながらも、烈火は文書を連ねていく。


『第八位「静寂美姫サイレンス」セラリィ・アーウィンク。風霊種エルフ。女。

 数少ない魔法専業の、本物の魔法使いタイプ。想念派を極めており、無言ノーモーションで魔法が飛んで来る。物量が半端なく、種類も豊富でまず勝てない。手数が違い過ぎるし、距離を置かれてはもはや高嶺の花。美人だし。関係ないか。もしも上手いこと近づけても、紋章道具で防護しつつ無詠唱でブッパ。あれ、隙なくない? ていうか紋章道具で常にバリア張ってる系の人時たま見るけど卑怯だよ。最低限の火力ないと負け確定じゃん。ほんとあれ禁止にしろよ。クソが。

 話が逸れた……ともかく彼女と試合がかち合ったら降参したほうがいい。相性も最悪だし、怪我するだけだ。』


『カロン・ド・ディーボ。魔族。男。

 魔族らしく圧倒的なパワーで押し潰すタイプ。腕力だの魔力だのがだいたい脅威的。真っ向勝負ではちょっと相手にしたくない。けどその分、小細工に弱い印象がある。見たところ彼が負けるのは本領発揮の前にやられるか、油断をつかれるかだ。なんとも上位種族の負けパターンだな。おれはまだ魔族と戦ったことはないが、やはりそのように戦うのがベストだろうと思う。紋章常時ガードないしな。』

 

『夜鳥・楡。鬼族妖鬼。男。

 刀遣い。魔法も使えて、遠近どちらでも戦いうる。それに斬りあってる最中に魔法を詠唱できて、よほど剣技に優れてないと鍔競っている内に魔法が飛んでくる。距離を置かれるとまずいが、舞台はそんなに広くないのでまあ問題ない。しかしそう考えるとやっぱ魔法使いに不利な戦場だよな。まあ万能型の鬼族だからそれでも充分過ぎるほど戦えるけど。あと、そういえば刀の雷撃紋章はどうやらあれ以来使っていない。やはり隠し札だったらしい。』


「うーん、だりぃ」


 文字を書くのも意外に疲れる。文才もなければ書き慣れてもいないから、変な文章になっちゃうし。

 本を読むのに近い辛さがあるな。誰か代わりに考えて書いてまとめておくれと切に思う。

 というか闘士の解説攻略本とか出版してないんですかね? ちょっとニッチ過ぎるかな。買うのは闘士だけだろうしな。


「玖来さん、手を止めるならお話しますか?」

(ん、なんだ話したいことでもあんのか、七)


 仮にも食堂、人の目があるのでテレパシー。


「ええ、玖来さんの寸評まとめを見ていて思いましたが、他の傀儡についても考えてみませんか?」

(へぇ。傀儡か。確かにコロシアムでノートまで作ってんのに本命にはなしってのは本末転倒甚だしいわな)

「あーいえ、そう畏まって考えなくても、ただ玖来さんが他の傀儡についてはどんな感じに考えてるのかなぁって思っただけですよ」


 それなら私が紙に記しましょう。七はなかなか甘い話を持ってきた。いいね、それは。


(じゃ、整理ついでに傀儡の寸評でもするか)


 まあ実際見たコロシアム闘士とは違い、少ない情報から読み取れる勝手な推量でしかないが。

 ただし既に出会った二名は除く。

 まずは、一番――魔道の英知を持つ【魔道王】。


(一切動かないんだよな、こいつ。まあ他にも動いてない輩は多いけど、【魔道王】の静止が一番気になる。

 勉強してるんじゃないかって、思うんだよな。おれも魔法について図書館で勉強したし、それと同じく誰かに教えを請うている可能性がある。それが猛烈に怖い。【魔道王】の留まってる大陸が第四ってのがさらに悪い想像を加速させる。あそこは魔族の住まう大陸だろう。魔法の魔の字を種族の名に冠する幻想種の閉じ込められた場所だ。そこで得る知識は、一体どんなものなんだろうな)

「ふむふむ、勉強ですか。誰かに教えを請うている、それはありえるでしょうね。確かに才と知だけを得ても、それで全ての魔法が扱えるわけではありませんしね。発動の感覚、制御のやり方、経験。それらは外から後から手にするしかないでしょう」


 感想を口ずさみながら、七は一枚の紙を創成する。そして、今烈火が述べたことと七の発した言葉をそのまま文字として書き込んだ。

 うおい、烈火がこつこつ一文字ずつがんばって書いているのに、神様は念じて瞬時に文字にするか。地味だがズルい。

 ため息を吐き出してから、烈火は続ける。


(次、洗脳の異能を持つ第二傀儡【人誑し】。

 こいつはなぁ、こーいつーはなー。

 うん、諸々と言いたいことはあるけど、省いてともかく二つの可能性があると思う。ゲスかクズかだ。

 ゲスなだけで、下的な意味で洗脳の力を選んだってんなら割と楽だ。目先の欲望しか考えてねぇ奴なんかあっさり死ぬ。胸糞悪いし、死んで当然で、故に勝手に誰ぞが殺す。というか死ね。

 だが、そうじゃなく、そっちを主として考えず、本気で勝利のために洗脳を選んだんなら厄介だ。クズを自覚して、クズを突き進んでるなら厄介千万だ。人の恋心を利用して操るとか、もう敵にしたら最悪過ぎる。というか死ね)

「……女性としての立場で言わせてもらえば、どちらであっても死ねばいいと思いますよ」

(同意しかねぇよ。あ、そういえば、この【人誑し】、傀儡どもでも操れちまうのか)

「そりゃそうですよ。傀儡は神の力を借りて使ってるだけで、心も身体も魂も、そこらの木っ端人類と一緒ですから」


 まあ、洗脳が通じないなら同じ理屈で『不知』も効かないだろうし、【無情にして無垢】の価値が暴落するだろう。


(にしても木っ端人類という単語……。

 ともあれ真剣にヤバイな。下手な阿呆の傀儡が操られた日にゃ二対一じゃん。救いは二番目ってとこか。一番の【魔道王】以外はその力を知ってて、警戒するはず。通常の感性をもっていたら【人誑し】を忌避するのは当然だしな。たぶん)


 あーあ、下半身でしか頭を回せないような猿だったらいいのになぁ。少々の女性に大変な被害が及ぼされることになるが、そこはとても遺憾で悲しいことだけど、それでもまだマシと言えるような悲惨を巻き起こせるのだから。

 考えるだけで、恐ろしくおぞましい。嫌になる。切り替えるようにジュースに口をつける。


(まぁ、次だな。武術の才気を持つ【武闘戦鬼】。

 意外におれが一番怖いのはこいつなんだよな。おれが武術に明け暮れた人生だっただけに、才能を神様から与えられるってのは、ある意味では死ぬほど羨ましい。同時に、果てしなく軽蔑する。戦えば負けるんだろうなって、どうしようもなくわかるし。小細工皆無の真っ直ぐ直進。こっちがどうにか奇手をとらないと、圧殺される。でも、奇手もとれない。なにせおれは武の人間で、そちら側からしか戦えない)

「おや、随分と弱気ですね」


 膨れっ面で七は言った。そんな烈火は見たくない。

 烈火は苦笑するしかない。


(方向性がな、ほとんど一致してんだよ。それで前を行かれたら、そりゃ勝ち目がないだろ? 他の奴らはまだ方向が違うんだ、だから距離的に離されたって別口から手は考えられる。算数で一等賞の奴でもぶん殴ったら泣くんだよ。分野が違って競い方が違って、だから勝ち目ってのはどこかにある)

「【武闘戦鬼】には、その勝ち目がないと。理屈ですね……でも、理屈だけじゃないですか。玖来さんにも私が与えた力があります」

(ま、勝機をかろうじて探すなら、それだろうけどな。どうなるかはわからんさ)


 どこか諦めたように聞こえるのは気のせいだろうか。悲哀の篭った嘆息に思えたのは見間違いだろうか。

 烈火はそこで笑って、話を推し進める。あんまり追求しないでくれと。


(最後、四五飛ばして無効の体質を持つ【無情にして無垢】)

「……はぁ。聞きますけどね」


 仕方ありませんねと七も笑顔で受け止める。烈火の武闘家、いや男としての沽券とか、誇りとか、なんか色々と混じり混じっているのだ。

 それを笑って流すのが女の器量。たぶん。


(こいつはたぶん武術の心得あるんだろうな。そういう自信がないと能力殺しは選ばんだろ。おれも今がんばってる魔法も無意味で神様能力も無駄、素で対応するしかないわけだが、どうだろうな。それこそ会ってみないとわからん。

 けど、ちょいと懸念の質問がある。なあ――こいつ自身は魔法使えんのか?)

「あ、たぶん使えちゃいますね」

(やっぱりか……あぁクソ、だったら強敵だわ。はぁ)


 ため息も漏れる。なにせ一方的に魔法使い放題とか、マジで一種のズルだわ。チートだわ。

 いやまあ、魔法なんてものは元々が地球になかった付け焼刃ではあるのだけど。


(じゃあこいつもたぶん魔法修得中だろうな。第六大陸に留まってるし。第六は竜族とかだっけ、やっぱ幻想種に魔法教わってんのかね)


 少なくとも烈火ならそうする。

 はじめての拠点で、魔法に長けた奴がいさえすれば、そいつが友好的であるならば、動かずに魔法を修練し続ける。そうやって魔法を活用できるようになれば、武術の心得もある――はず――のでもはや負けはしないだろう。特に神様スキルに依存した阿呆どもなら容易に倒せる。


(ま、結局誰も彼もが怖くて相手にしたくねぇってことだな。あーあ、おれの知らんところで勝手に殺し合ってくれないかな)


 身も蓋もない結論が、烈火にとっての切実なる願いであった。








 ――と、不意に七が目を見開いて明後日の方角に振り返る。そちらでなにかを感じ取ったかのように。


「……あ」

(ん、どうしたよ七。なんかお前のそういう反応は非常に嫌な予感がしてならないんだが)

「いっ、今! 今、【人誑し】と【真人】が接敵、そして――交戦開始しました!」

「なんだとっ!」


 突如、机を叩いて立ち上がった烈火に、周囲からの視線が飛んでくる。騒音を嫌う者の敬遠の視線、驚きに惑う目線、全て無視。烈火はそんなものを気にしてられず、急ぎノートを片付け足早に自室に戻る。

 ここで他の傀儡の戦いが発生するなんて、ああ畜生どうなるんだ。やはり【真人】が勝って生かして逃がすのか。それともさしもの荒貝 一人でも【人誑し】のゲスだかクズだかに呆れて殺すのか。まさか、荒貝 一人が敗北して死んでしまうのか。

 それとも最悪――あの馬鹿が洗脳されるなんて悪夢が訪れるとでもいうのか。

 遠く戦闘がはじまったと知っただけの烈火では、想像もできやしない。せめて決着の報が七から齎されるまで待機だ。他事なんかできそうもない。

 鎮座しまだ飲みきれていないジュースだけが、食堂にぽつんと残された。











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