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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
幕間 コロシアム編
59/100

51 慢心と卑下の合い間にて










 ダグの言葉は正しかった。

 翌日、三連勝すると、受付の人にランクアップの話をされた。要はお前もうここで戦うな、儲けにならんというお達しだ。

 素直に従い闘士のランクがBに上昇。討伐者と並んだ。どうでもいいけど。

 しかし三日で、それも十戦もせずに昇格って、話が上手すぎる。なんか事が上手く進み過ぎて逆に気持ち悪い。

 このままでは調子に乗ってしまう。おれ実は割と強いじゃん、このまま金をメッチャ稼いだるぜとか愚かにも考えてしまう。

 だが駄目だ。いい目が連続しても次に破綻が待ち受けるなんてよくある話。落とし穴はこの世に無数にあるのだ。

 そうだ、こういう時は今までの失敗を思い出すのだ。今まで落ちた落とし穴を回想して世の厳しさを再確認するのだ。

 ――荒貝 一人に敗北した苦い記憶。

 ――「はじめての魔法」の恐ろしく小難しい記憶。

 ――リーチャカの名を呼んで怒らせてしまった記憶。

 ――【運命の愛し子】を取り逃がした不覚悟と悔恨の記憶。

 あぁ、やっぱおれ未熟だわ。駄目野郎じゃん……。


「玖来さん、ちょっとそのネガティブはやめてくださいよ。慢心は確かにいけませんが、だからと言って自信がないのも頂けないでしょう」

(けどさぁ)

「甘ったれた声ださない! というか私がネガティブな玖来さんは嫌いなんですよ!」

(そりゃ、悪かったな)


 慢心せず卑下せず、ありのままに。

 烈火は気を入れなおしてコロシアム中会場のドアを潜った。







 中会場は小会場の約二倍の面積をとっていたが、それでも風情は同じ。体育館みたいで、正方形のリングが等間隔で設置してある。広い分、数は多いが違いはそれくらい。

 入館してすぐにある受付も、少々規模が大きく窓口が十もあった。適当に参加者側の窓口に。


「あのー、ついさっきBランク闘士になった者ですけど、今日は戦えますかね」

「はい、できますよ。カードを頂けますか?」


 用意していたコロシアムカードを渡す。さっき表記が更新され、Bランクとなっている。

 受付のお姉さんはそれを受け取り一瞥し、別に書類を書き記す。それから烈火に向けて営業スマイル。


「では対戦が決まり次第掲示板に記載しますので、そちらでお待ちの上ご確認ください」

「わかりました」


 取り立てて前の会場と変わらぬ対応。どんな違いある対応を望んだというわけでもないが、あれここ小会場? と一瞬わからなくなったのだ。

 だってほら、参加者用の客席を見ろ。


「よぉ、今日も稼がせてくれよぉ?」


 なんらの歪みもなくダグ・ラックが笑ってやがる。しかもなんか煙草吸ってるよ、おっさん臭さが倍増だな。

 これじゃ昨日までと変わらない。デジャヴ的な感覚に陥りそうになる。今日は昨日で明日は今日か? いや、今日は今日のはずなのだ。


「前から思ってたけど、ここ参加者用の席だろ、ギャンブラーが来んなよ」

「固いこと言うなよ、俺は随分とコロシアムに貢いでるんだぜ? これくらいは許してほしいぜ」

「あーあー駄目男だな。ギャンブル漬けでどっぷりはまっちまいやがって」

「女に貢ぐよりも建設的だろう? なにせとって消えたりしないで、時にゃ増やしてくれるんだぜ?」


 金をとって消える女は確かに怖いけれども、お前がここにいていい理由はないぞ。

 言っても無駄か。ゆるゆる息を吐いて、烈火は割り切ることにする。むしろコロシアムに詳しそうなダグに、色々質問してみるのもいいかもしれない。

 きょろきょろと周囲を見回しながら、烈火は言う。


「ここってAランクの闘士もいるのか?」

「勿論」


 ああ、やはりか。なんか前、大会場で戦っていた闘士をさっき見かけたよ。なんだっけ……「粉砕する者スレッジハンマー」? 目立つ大柄の鬼さんが奥のリングへ向かっていた。

 しかし、Aランクもここで戦うなら、あれ?


「じゃああの派手な大会場って、なにランクが使うんだ?」

「Aだよ。コロシアムにSランクはねぇからな。あっちの会場は運営側からの依頼があって、事前に対戦が組まれるんだ。一番目立つし、戦う闘士も厳選されてんだよ」

「ふぅん? こっちで実力を見きわめるのか」


 あっちは大々的な見世物であり、宣伝用の煌びやかな舞踏会みたいなものか。それを言うなら武闘会だろうか。

 まぁ、こっちの中会場と同規模のくせに、一度に戦えるのは一戦だけだもんな。広く場を使えるけど、無駄に広すぎだろ。あぁ、逆に集団戦ならあっちじゃないと難しいか。


「そーなるなー。なんだクライ、あっちの大会場で戦いたいのか?」

「んん、ちょっと気になるくらい、かな」


 リーチャカと約束した程度の意欲だ。どうでもいいようでいて、結構大事。とはいえそれをこのおっさんに言うつもりはない。茶化されるのは目に見えてるし。

 ダグは紫煙を吐き出しながら続ける。


「でも大会場の戦いは参加するだけでこっちの倍以上のマネーと、勝てばさらに増し増しだぜ?」

「それはいいな。やっぱ狙おうかな」

「お前ほんとに貧乏なんだな……」


 ギャンブラーに金銭面で同情された。酷い憐憫の顔で肩を叩かれる。わかるぜ、とでも言いたげだ。うぜぇ。


「ま、大会場で戦いたいならここで目立たないとな。運営の目を惹いて観衆を引き寄せるパンダの素養があればお呼びがかかるぜ」

「がんばってパンダの物まねでも覚えるかな」

「おう、がんばって俺を稼がせてくれい」


 というか異世界、パンダいるんだな……。






 で、しばらくして烈火は舞台の上に立つ。これで都合十度目なので、緊張感はだいぶ減った。ゼロではないが。

 はじめてのBランク相手、ちょっと警戒して右手は既に小剣を握る。さて、向かいに現れた獣人さんを油断なく見遣る。猫の獣人らしいが、男じゃテンション上がらんな。武器は双剣、左右対称の剣を両手でそれぞれ握っている。

 そして中央の審判さんが声を張る。


「Bランク闘士クライ・レッカ対Aランク闘士シャリファン・エウロン――!」

「ちょっと待て」


 なんか今、不吉かつここで聞くことのないはずの単語が耳に飛び込んで来た気がする。気のせいだよね。気のせいだよね。それとも、言い間違いかな。審判さんったらおっちょこちょいだな、もう。


「なんだ、クライ・レッカ」

「え、なんでAランク? おれBだよね? Aと戦うのおかしくない? 組み合わせのミスだと思うんだけど」

「Aランク闘士は希望すれば、対戦相手を選べます。それがBランクでも、試合は許可されている。ただしAランク側は報酬はなしだ」

「マジで? なに、あんたおれとの試合を希望したの? 報酬放り投げてまで? なんで?」


 厳然と言われて、烈火は頬を引き攣らせる。まさかと思い今度は対戦者さんに水を向ける。

 するとしっかり頷かれてしまった。


「噂は聞いているよ。あの「先剣」を下したんだろう? 戦ってみたいと思うのは当然じゃないか」

「えぇ……」


 どこからそんな噂が……ダグか、あの調子のいい小さいおっさんが発信源なのか畜生。ちらと客席に怒気を宿して目を向ければ、ダグは千切れそうな勢いで首を横に振っていた。あれ、違うの。じゃあ、


「なんでそれを知ってるんだ?」

「人づてに聞いただけだからなぁ、噂の出所は知らないよ」

「そうか……」


 まあダグが見かけたのなら他の誰かも見ていた可能性もまたありえるか。あの時、ぽつぽつと人残ってたしな。


「しかし噂は本当だったんだな。まさかあの「先剣」を真っ向から倒す輩が在野に普通にいるなんてなぁ。ま、強者が全員コロシアムに参加してるとは限らないか」


 そりゃそうだ。この広い世界で中心都市だからってそうそう全員集合とはならない。なるわけがない。

 コロシアム最強になっても世界最強とはまた別だろう。


「とと、お話しに来てるわけじゃない。そろそろやろうか、「先剣」を倒したその腕前、見せてくれよ」

「あの勝利は偶然なんだけどな」


 ていうかBランクすっ飛ばしてAランク闘士とか、ヤバイ戦いたくない。

 なんて泣き言、審判が聞くはずもなく。


「では、今度こそ――試合開始!」


 即座にシャリファンは飛びかかる。双剣の右、刺突。全力疾走の勢いを乗せた恐るべき突きだ。

 烈火は体を逸らして上手く避ける。同時に反撃に移る。小剣で斬りかかる。が、シャリファンは回避されるのを見越して制動をかけていなかった。刺突の推力のまま、シャリファンは駆け抜ける。身を避けて道を譲った烈火を通り過ぎる。素早く烈火の間合いから外れ、反撃斬打は空振り。

 そこで停止、反転。くるりと振り返りながら横薙ぎに双斬を振るう。微妙に剣を上下広げて烈火の小剣一本では受けきれないようにしてある。

 ならば二本。袖から刃を引っ張りだし、烈火は双撃を同じく二刀で受け止める。

 ガキリと四本の刃が噛み合い、耳障りな金属音を響かせた。


「暗器か、やるね」

「ぐ……っ」


 余裕そうだな、くそ。

 烈火は鍔競り合いの力比べになる前に、足を振りあげ蹴りを見舞う。シャリファンはそれを片足あげて防ぐ。だが互いに両手を使い、片足同士では力も入らない。膠着――しない。


「“豊穣望むは生の謳歌を望むに等しき切実の祈りなり――”」

「っ!」


 シャリファンの口ずさむ音律はまさしく詠唱。言声魔法だ。

 烈火は慌ててヘッドバッド。口元狙って額で打つ。それは予想外だったか、シャリファンは驚いて首を逸らす。バランスを崩す。烈火は三点の力を調節、弾かれるように離れて退く。ついでに左の小剣投擲。

 シャリファンは右の剣でそれを難なく弾く。阻害にはならなかった。詠唱は続く。止まらない。


「“〈掘〉りて沈め、〈抜〉けて落ちよ――《抜掘バックツ》”」

「くっ」


 その魔法は知っている。最近リヒャルトに借りた本にあった下位魔法、地を〈掘〉り〈抜〉く落とし穴作製の魔法!

 反射的に跳躍していた。直後、烈火のいたそこに穴が開く。深くはないが、そこに立っていればバランスを崩して隙を晒していたのは確実。

 とはいえ空中もまた無防備だ。シャリファンの双牙が連続して襲う。華麗に鋭く斬り、斬り込む。


「終わりだ!」

「っ」


 跳躍中に回避不能。烈火は苦肉で右の小剣で一撃を受け止める。もう一撃は――左腕を薙ぐ。すると不自然に斬撃が逸れていく。直撃のはずが掠っただけで過ぎ去った。まるで見えない力に操られたように。


「なっ」


 なにが起こった。驚倒してシャリファンは自身の剣を見た。いつの間に、彼の右剣にはワイヤーが絡む。先ほど投擲した小剣に付属したワイヤーが、弾かれた拍子に巻きついていたのだ。そしてワイヤー伝い凧の操作の如く左腕を動かし、シャリファンの斬撃を逸らしてのけたのである。

 烈火は着地し、不敵に笑みを刻んでみせる。


「まだまだ」

「はは、やるね」


 シャリファンは感慨なく右の剣を放り捨てる。烈火もそれに応じて腕輪の接続を外す。互いに、これで刃は一本だけとなる。

 だが充分。真っ向斬り伏せてやる。烈火は決意し、刹那へ落下。世界がスローに落ちていく。

 跳ねる。前へ。小剣を引き絞る。シャリファンは接近を嫌う。剣を振るい牽制。なお疾走速度を維持。しながら剣閃を見つめる。臆さずはじまりから観察。見切る。

 横薙ぎ。来る前に身を沈める。袈裟懸け。構えの段で横っ飛び。脚は止めない。倒れるように前へ。


「っ!」


 間合いに踏み込む。刺突射出。弾丸の如く。シャリファンはギリギリで避ける。直後手首を回す。刺突は曲がる。


「なっ」


 狡猾な蛇のように。獲物を追う獣のように。回避した先へ小剣は行く。そして横腹を裂く。否。紋章魔法が反応。シャリファンの装備品が発光。小規模の盾を形成する。小剣は受け止められる。

 ――構わない。

 そのまま押し込む。盾ごと圧迫。押し飛ばす。


「ぐ」


 刃は刺さらない。だが衝撃は通る。シャリファンは苦鳴を上げる。轍を残して後退。

 烈火は追わない。二歩下がる。左手を懐へ。右手で投擲。シャリファンは警戒。同じ徹は踏まない。弾かず避ける。だが投擲剣すら曲がる。やはりワイヤーでの操作。避ける身を小剣が追う。斬りかかる。自動防御。盾の形成。刃を阻む

 クソ。低火力では無駄か。全て後出しに防がれる。いや、手はある。懐から小剣を二本取り出す。片方を右手に放る。視線は地面をちらと。

 余所見に襲撃。シャリファンの踏み込み。斬り込む。唐竹割り。既に見切っている。それは当たらない。回りこむように回避。そして殴打刺突。殴るように刺す。再三防護壁が守る。構わず押し込む。一歩後退させる。


「へ?」


 がくんと傾く。自ら作った穴に片足突っ込む。バランス崩壊。そこで烈火は追撃。もう片方の刃を腹に。

 盾は――現れない。なにせ既に一撃防いだまま。重ねた斬は阻まれない。


「っっぅぅ!」


 ようやくシャリファンは膝を突く。血を流し、痛みに堪え、もはや戦闘続行なるまい。


「そこまで! この戦い、クライ・レッカの勝利とする!」


 審判の人の叫びで、烈火は残心を解いて息を吐いた。

 あぁ、物凄く頭が痛ぇ。






「クライ殿!」

「ん? ああ、さっきの……えっと」

「シャリファンです」


 烈火が疲労に客席でうな垂れていると、にこにこしながら猫獣人の兄ちゃんが寄ってきた。先ほど戦ったシャリファン・エウロンだ。

 なんだよ、負けた腹いせに喧嘩でも売りに来たのか。やめてよ、今ちょっと頭痛が酷いんだからさ。とか一瞬思ったが、純粋そうな笑みでそれはなさそうだと判断する。これはいい人だわ。


「いやぁ、クライ殿は強い。先ほどは完敗だったよ。「先剣」に勝利したというのも頷けます」

「そんなことはないですよ、偶然たまたま運が良かっただけです。次はどうなるかわかりません」

「とんでもない。途中からこっちの斬撃が掠りもしなくなったし、僕の剣は完全に見切られちゃったよ」

「まぁ、その……」

「はは! 謙遜しなくていいよ、今回は本当に完敗だし」


 自らの腹を撫で、シャリファンは笑う。そこは烈火が刺した傷、包帯が巻かれていた。コロシアムには専属の治癒師がいるので、癒してはもらったはず。烈火もよく軽い怪我を治してもらったり、服の破れとかも修復してもらっていた。

 負い目ではないが、傷をアピールされるとちょっと口ごもる。だがシャリファンとしては褒めているつもりらしい。素晴らしい傷跡だと。


「でもまさか真っ直ぐ突いた剣を曲げ、投げた剣の軌道すら変えるとは。しかも速度を落とさず自然にだなんて、凄まじい技量だね、奇術師かなにかか君は」

「身体制御ですよ」


 当たり前のように軌道が変幻していく。当然のように刃が舞い踊り、それでも殺傷力は最上を維持して変わりない。渾身の唐竹と同じ威力のコンビネーションという馬鹿げた斬術。

 思わず七が頭を抱える。


「うわー、玖来流万能過ぎません?」

(どこが万能だ、普通に鍛錬すればできることだろ)


 心外そうに返す烈火だった。自覚症状皆無だよ、この人。

 七の苦悩を横に、男たちふたりの会話は終わりを迎える。そろそろ次の試合だ。


「僕は今日、もう一戦あるから退散するね。クライ殿、またいずれ手合わせお願いするよ」

「おれはあんたみたいな強い奴とは、あんまり戦いたくないけどな」

「ははっ」


 烈火の渾身の本音だったが、シャリファンは冗句と思って笑い飛ばした。

 いや、マジだって。次は負けちゃうって。











*神子様からの再度の注意

 玖来流の方々は特別な、それはもうとくべぇーつな訓練を受けております。




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