50 バトルバトルバトル
さて翌日。
なにやら騒がしくなったので思わず逃げ帰ったが、一戦分のファイトマネー程度では稼ぎとしては少ない。なので再び烈火はコロシアム小会場にまでやって来た。金を稼ぐために。金を稼ぐために!
ちょっと気後れしているのは、昨日逃げたという負い目のせいか。いやいや、こんなことで躊躇っているのは玖来 烈火ではない。思い切って行くのだ。
たのもー!
勢い込んで会場に踏み込む。会場内に入って、昨日と同じく参加者側の受付へ直行。コロシアムカードを提示する。
「戦いたいです。できれば沢山」
「はい、少々お待ちください」
受付のお姉さんはやはり機械的にそう言って烈火の差し出すカードを受け取る。そしてなにやら書き込んで、
「では登録しましたので、そちらの参加者用の観戦席でお待ちください」
「はい」
昨日と同じことを言って同じように席を指す。烈火もまた変わりなく席へ移動した。
流石に席は昨日と同じとはいかず、ちょっと隅のに腰掛ける。
ふぅと気を抜いた――瞬間に襲い来る小さなおっさん。
「よー、クライ、昨日はどうした。なんで一戦だけで帰っちまったよ、もっと稼ぎたかったんだぜ?」
「……あんた毎日いるの?」
半眼で振り返れば、ダグ・ラックがニヤニヤと笑っていた。すぐに烈火の隣の席に座り、馴れ馴れしく話しかけてくる。
「いやぁ? 会場を転々としてるけどな。今日はお前さんが来るだろうと思って小会場狙ったわけ」
「なんでおれがいると来るんだよ」
「そりゃまだ稼がせてもらえるからさ。お前さんの腕なら、この会場の連中に負けるこたぁない。絶対負けない賭けなんて、最高じゃねぇか」
「おっさんの小遣い稼ぎに来てるわけじゃねぇんだけどな」
「そう言うなよ。お前さんだって勝てば多くのファイトマネーが入るんだ、互いに有益! 万々歳!」
実に楽しそうにしていたダグだが、そこで少しテンションを下げる。僅かに真面目な顔を出す。
「ま、と言っても昨日よりは倍率下がるだろうけどな。残念ながら」
「昨日おれが勝ったからか?」
「おうよ。それも瞬殺だ、瞬殺。あんな楽々華麗に勝利されちゃ俺以外でもお前さんに賭けたくなるぜ。たく、控えめに勝ち続けて欲しかったぜ」
「お前の小遣い稼ぎなんか知らんわ」
烈火は年上で、昨日会ったばかりの相手なのにだいぶ荒い対応をしてしまっている。これはダグの人柄のせいだろうか。どうもこいつと話していると同年代の馬鹿な友達と話している気分になる。これがコミュ力という奴だろうか。ちょっとだけ恐怖を覚えるレベルで簡単に心を開かされている。
微妙な気分になる烈火にも、ダグはやはり笑顔を顔に貼り付けたままで言う。
「気付かねぇか? そこらの闘士どもがお前さんを見てるぜ。物凄い新人が来たって、もう噂になってんのさ」
「おっさんが噂流したわけじゃないだろうな。口軽そうだし」
「んなわけねぇだろ。俺だったら倍率上げるために黙っとくさ」
「あぁそりゃそうか」
「つまりお前さんはそんだけここにいる喧嘩好きの馬鹿どもに気にいられちまったのさ」
それは……ううん。喜んでいいのだろうか。割かし居心地悪い感触なんだけど。
困惑烈火に、何故かダグのほうが嬉しそう。
「直に「先剣」のこともバレるぜ。そしたら、ひひ、見物だな」
「……はぁ」
注目を集めるのって、苦手なんだけどなぁ。
「Cランク闘士クライ・レッカ対Cランク闘士アヴィヨン・エイブン――試合開始!」
今回は水霊種の男が相手だった。無手で細身である点から、おそらく魔法使い。
では先手必勝。先回と同じく開始の合図の瞬間、走り出す。
「“母なる海に潜みし――ごはっ!?」
詠唱寸断ぶん殴る。
ハイ終了。動かない魔法使い相手ならこんなもん。
「Cランク闘士クライ・レッカ対Cランク闘士アーグ・ドッグア――試合開始!」
次は犬の獣人。無手だが構えから拳士と断定。不用意な突撃はまずいと控える。
開始の合図で小剣を右手に握り、様子見に入る。
アーグは烈火の試合のどちらかを観ていたのか、いきなりバックステップ。開始直後の攻撃を警戒したか。
いやいやあんたみたいな筋肉質な相手に無作為にアタック仕掛けたりしないよ。言わず、左小剣投擲。
電撃的に反応。アーグは回避し、今度はこっちに跳びかかって来る。素手だし接近しないと殴れんわな。
烈火は逆に後退。逃げるように後ろに跳んで――左手は動く。
「っ」
アーグは視界の端に微かになにかを捉えて、だがそれがなにかを見極めることができなかった。首に圧迫。そして意味不明な方向から小剣が飛来してきた。
それはアーグの首を視点に回りこんできた小剣。剣は牙を剥かずにまた回転。首の圧迫が増す。そしてまた小剣が飛んできて――アーグは遂に理解する。
「いっ、糸かっ!」
まるで鎖鎌の如き狡猾な捕縛術。小剣を重しにワイヤーを巧みに首に巻きつけたのだ。
気付いても遅い。首に巻かれた糸をとろうとしても細すぎて掴むことすらできやしない。力尽くに引き裂く――実行に移そうとすれば糸の締め付けが強まる。息苦しくて思考が狂う。ワイヤーの先で担い手が強く引っ張って締め付けていた。
そこに烈火の声がする。
「降参しないと首絞めるぞー」
糸をどうにかする手間と、締め付ける手間――その差は明瞭過ぎて、アーグは両手を挙げざる得なかった。
「……降参だ」
「ん」
烈火は引っ張るのをやめ、ワイヤー緩めて解いてやった。
「Cランク闘士クライ・レッカ対Cランク闘士クリーネ・アーバン――試合開始!」
今度は火霊種の、女性だ。女性に手をあげるのはやや抵抗感があるが、まあ向こうも戦士で闘士。自らここに立ったのだ、平等に扱わないのも失礼だろう。烈火は自身の抵抗感にしばしお引取りをお願いする。
開始直後、先手をとったのはクリーネ。レイピアを振りかぶって烈火に斬りかかる。
危なげなく小剣で受け止める。だが外見相違の筋力に変な笑いが出る。それを余裕と受け取ったのか、クリーネの剣は苛烈化。連打して烈火に叩きつける。反撃の隙など与えないという思惑の斬打、斬打、刺突、刺突。
それを全て受け止めていたら痺れてしまう。回避し捌いて受け流す。意気はよいが鋭さはまだ対処可能範囲――
「っ!」
じゃない!
突如レイピアが光を放つ。火を纏い燃え上がる。紋章刻んだ魔剣だったかっ!
火炎剣に烈火は少し腰が引けてしまう。炎が目の前にあるとか一瞬ビビる。そこを付け込まれ、クリーネは攻め込む。薙ぎ払い。
すぐに烈火も心に活をいれて向き合うが、熱い。普通に熱い。近いだけで熱い。持ってる側はなんで平気なの。あぁ、火霊種だもんね。火に強いか。でも人類は火が怖いもんなんですよ。
烈火は逃避のように舞台の上を跳びはね、火炎剣を避ける。かわす。退避。
どうする――近づけば熱い。動きが鈍る。投擲してもワイヤーが燃える危険がある。
じゃあ我慢して近づく他なし。転調。逃避から攻めに。
「くっ」
突如の変化に対応できない。斬り下ろした刃は戻らない。突っ込んでくる烈火に直撃――しない。紙一重で避けられる。
回避が軽妙であるほどに火が近く、熱い。熱っ熱っ!
烈火は涙目。それでも脚は動く。回避と走行を並行し、かつ腕が跳ねた。横合いから斬りつける。クリーネはそこで剣から片手を離してまで腕を吊り上げた。なんの真似だ、斬りつけるのが二の腕から肘に変わってもダメージは変わらんだろ。
しかして――硬質な音。
「っ!」
肘に刃が阻まれた。肘当てかなんか着けてるのかっ。
判じて即座にしゃがみこむ。片手で速度落ちた斬撃が烈火の真上を焼き通る。髪の毛先がちょっと焦げた。
恐々しながらも烈火はクリーネの脚を刈り取る。一瞬、火霊種の少女は浮き上がるが、それでも諦観はない。死に体でも剣に両手を添えて、反撃の一太刀を見舞う。
これはかわせない。だが予測はしていて、だから烈火は一歩前へ。レイピアの間合いに超接近することで外れ、少女の身を片腕で抱きしめる。
「なっ」
クリーネは瞬間、羞恥に顔を赤くするが、烈火は至極真面目。いつの間に左手は剣柄の底を掴み、その刀身を遠ざける。熱を遠ざける。当惑にクリーネの力が弱っていて、それは容易だった。
そして背に回した右手が素早く上昇し、握った小剣を首に触れさせる。
クリーネは羞恥をも冷やす錬鉄の感触に震え――
「参りました」
全身から力を抜いてそう宣言した。
「ヘンタイ」
(流石にあそこで下心だせるほど下半身で生きてないわ)
それからもう二戦ほど勝利をもぎ取って、ようやく烈火は今日の試合を終えた。
結構疲れたな。五連戦はやっぱ無茶があったかな。体力はあるほうだと思ってたんだが。
一休みと客席に座り込むと、同時に肩を叩く小さめの手。
「うは、うはははは! 儲け儲け、おー儲けー!」
上機嫌のダグである。こいつすぐ寄って来るな。
「いやぁ強い、強いなぁクライ。お前のお陰で俺も大勝利だぞ! ウハウハだぞ!」
「あっそう」
小汚いおっさんに喜ばれてもこれっぽっちも嬉しくない。笑顔を見るなら可愛らしい少女に限る。リーチャカとか。
あぁ、しまったな。こんなことになるならリーチャカ呼んで賭けてもらえばよかった。そしたら彼女の懐が潤って今のダグみたいに大喜びだったかもしれない。烈火はそれなら素直にともに喜べた。
失敗にため息をついていても、ダグは構わず笑顔のまま。ばしばし烈火の背を叩いてくる。痛いわ。
「この分ならすぐにBランクに上がれるんじゃないのか? うなぎ登りうなぎ登り」
「え、嘘。おれまだ六回しか戦ってないぞ?」
「戦いっぷりで判断されるからな。だってお前、負けそうにない奴がずっとCランク会場に居座り続けたら賭けにならんだろ」
「あー、そうか」
実力が拮抗し、どちらに軍配があがるかわからないからこそ賭け事は成立する。片方が確実に勝つと言うなら、皆がそちらに賭けて負ける者がいなくなってしまう。それでは胴元が儲からない。
「だからお前さんみたいに快進撃を続ける奴ぁ、すぐに引き抜かれて上の会場に招待されるぜ? たまにそういう奴はいるもんだ」
「ふぅん。上のほうがファイトマネーは稼げるのか?」
「そりゃそうだ」
「ならちゃっちゃと上に行きたいかも」
「……お前、そんな金ないのか?」
呆れたようなその問いに、烈火は肩を竦めるだけにした。「イエス金ないです」とか言うのは、ちょっと恥ずかしかった。
水霊種の特徴
精霊種。
まるで血が通っていないように青白い肌をしている。耳は大きく尖りヒレのような形で、非常に聴力に優れる。常に汗のような水滴を身体中から垂らしており、それが乾くと体調を崩す。抑えることや水量を調節することも可能なので常に周囲を水浸しにするわけではない。この身体から分泌される水を「水霊滴」と呼び、魔力がこもる。故に、これを呑めば魔力が回復する。水霊種は「水霊滴」を売って金にすることもある。
また水中でも呼吸ができ、水底で暮す者もいる。
長命種で寿命は四百年ほど。
水属性魔法が得意で他は普通。ただし火属性が使えない。
火霊種の特徴
精霊種。
非常に血色がよい肌をしており、彫りが深く美人美形が多い。その上、身長は全体的に高めで外見で言えば風霊種とは別ベクトルに同程度優れている。優れた五感はないが、六感として温度体温で知覚が可能。体温が高く、身体の一部に熱が集まった「情燃点」という部位が存在する。その部位には範囲や箇所に個人差がある。「情燃点」は基本的に隠すもので露見するのは恥。そのため簡単には壊れないような防具などで覆い隠すことが多い。また、そこを見せることが求愛行為になる。火山付近で生まれたため、火には強くそうそう火傷しない。
寿命は二百年ほど。
火属性魔法が得意で他は普通。ただし水属性が使えない。
烈火が戦ったクリーネさんは肘に「情燃点」があり、防具で固めていた。そのため斬撃をそこで受け止めることができた。