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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
幕間 コロシアム編
56/100

48 この世の娯楽はここにある








「おおー、でかいなー」


 と、烈火はなんの独創性もなく毎度と似たようなあってもなくても変わらないような感想を口にした。

 中心都市の南区、ギルド区画。今日、烈火はリーチャカを伴いそこにやって来ていた。今回の目的は南区最大の建築物、コロシアムだ。

 既に彼らはコロシアムにまで到着し、そうして烈火の凡庸な感想が漏れたのだった。

 ぶちまけて言って、その外見は地球人烈火からすればもはやテンプレートなコロシアム像のまま。古代ローマの円形闘技場そのものであった。

 写真で見た遺跡とは違い、現在只今使用中。そのため古めかしい建物なのに活気に溢れて真新しく感じる。映画などで見るセットが目の前にあるような、しかし重圧や熱気は本物であって血がざわめく。この中で、今も剣闘士が雄叫び挙げて死闘を繰り広げているのかと思うと、謎のわくわくが生じるのだ。

 烈火もやはり男、こういう場にはどうしたって気持ちが昂ぶってしまうのだ。

 一方、女子。リーチャカは平時の淡々とした具合に変化なし。烈火の興奮を横目で見て、そろそろいいかと声をかける。


「行くゾ」

「ああ、うん、わり」

「いい。男とガキは大きな建物と戦いが好きで、ここはその両方だからナ。仕方ない」

「あっははー」


 なんとも見透かされてます。それとも理解があるな、と思うべきなのか。

 リーチャカは人が賑わうコロシアムの入り口へとさっさと歩いていく。

 またまた一方で、もうひとりの女子。七は普通に楽しそうで、元気一杯。


「コロシアムですよ玖来さん! お祭り騒ぎで楽しいですね! 玖来さんの刃でみんな血祭りにあげちゃってください!」

(あげねぇよ、怖いわ)


 て、ん?


(七ちゃんまた模様替えか)


 今の今まで以前と変わらない服装だったのに、突如として服装が変わっていた。

 此度の七ちゃんのファッションは紫。紫銀の髪色に合わせてパーカーも薄紫で、シャツは白に紫を一滴垂らしたくらいの白だ。ソックスはシャツと同じ白とパーカーの薄紫とのストライプで幼い可愛らしさを魅せている。可愛い。いやもはや愛しい。ちょっと抱っこさせてもらっていいですかね? ぎゅっと抱きしめてからの「高いたかーい」とかやりたいんだけど。

 置いといて。


「ええ、まあ。これからコロシアム編ですからね、心機一転です!」

(別にコロシアム編なんかじゃねーよ)


 なんでそういうイベントを発生させたがるかね。ゲームマスターはサブイベント挟まないと退屈か、この野郎。そういうサブイベントで死んだらスーパー笑えないだろ。


「レッカ?」

「あ、すまん、今行く!」





 入り口は参加者関係者用と観客用にわかれる。

 今はとりあえず観客側を潜ることにした。中の様相も見ず知らずに、参加しますとは言えない。慎重さ重視。というかいきなり参加は無理だろう。

 だが観客として入るのには当然お金がいるわけで、それが結構な出費になってしまった。烈火は最近、金を稼いでいないので貯蓄でやりくりしてたわけだが、そろそろ底が見えそうでヤバイ。財布が軽くて悲しい。通り魔の賞金がなかったら文無しだったかもしれない。今も文無し秒読みで、できるだけ早く稼ぎ口を見つけねばならない。

 このコロシアムには、そういう期待もかけている。

 金を払えばさくさく進む。通路を行き、途中で物凄く盛り上がっている賭博の窓口を横目で見て――リーチャカにやめておけと怒られて、また通路を行って階段昇って、そして不意に日の光が照らす。外に出た。客席だ。

 構造はやはり外見の通り。真ん中に戦うためのスペースが広がり、それを囲うようにして客席が円形に広がる。でかいな。広いな。

 リーチャカの先導で適当な席を選んで――席は特別席以外は自由に選んでいいらしい――腰を下ろす。椅子は硬いが、まあ贅沢は言わない。

 席から見下ろせる戦舞台は、障害物もなにもないまっ平ら。まだ誰もいない。戦いははじまっていない。朝早めに来たしな。

 それにしては、ちらを周囲を見て思う。人が多い気がする。リーチャカの選んだこの席も、割と数分探したもんだ。それともこれが普通だろうか。この異世界には娯楽少ないだろうし、こういう場にはよく人が集まるということなのか。聞いてみる。


「リーチャカ・リューチャカ、なんか人多い気がするのは気のせいか?」

「いや、多いナ」

「なんで多いのかね。ビンゴ大会でもはじめるのか」

「わけない。たぶん、対戦カードの注目度の問題ダ。さっき賭けの窓口で、知った名前が多かっタ」


 リーチャカは烈火を叱ったついでに対戦者の名前と順序を確認していたのだ。それによれば今日の対戦は午前に最低三回、午後に最低七回。最低、というのは決着が思うより早ければ別の対戦を新たに組むということらしい。見世物だから、観客のことを考えねばならない。空き時間は極力なくさねばならない。

 話が逸れた。

 ともあれ、今日の対戦はどうやら有名どころが重なったらしい。それで人が多いのだ。


「「獅子皇ししこう」、「斬魔の利剣」、「静寂美姫サイレンス」、「破砕する者スレッジハンマー」、「竜にして青なりドラゴニック・ブルー」……リーチャカでも知ってる上位有名の闘士ダ。特に狙っタわけでもないが、運がいい」

「……なんか凄い名前が並んでるな。強そう」


 あとちょっと恥ずかしい。聞いてるだけ赤面しそう。コロシアム闘士には異名がつくものなのか。

 烈火の薄い反応に、語ったリーチャカはちょっと不満。もう少し色よいリアクションしてもらわないと、がんばって異名を覚えた甲斐がないじゃないか。


「レッカの倒した「先剣」もこの列挙に並べてだいたい遜色ないからナ……」

「あ、そうなんだ。あれレベルがまだまだいるわけね」


 しかもたぶん異名持ちでも奴は最弱に違いない。烈火は謎の確信をしていた。

 レベルはあれが最低ライン。戦闘法は様々、剣士や武器使いは当然として魔法使いもいれば別の種族の戦士もいたりして、色とりどり。通り魔には相性的に悪くなくて、隙を突いての辛勝。ならば他はどうなるか。しかもここにいるのはそういう多種多様な面子と戦い続けている者で、経験の面で烈火に勝ち目はなさそうだ。

 うへぇ。そう考えるとコロシアム、恐ろしい場所だなぁ。烈火ボコボコにされるんじゃないのか。

 まぁ、その分烈火も経験積ませてもらうけどさ。

 リーチャカの説明は続く。烈火が案内を頼んだその日から、少しだけ調べておいたのだ。見えないところで頑張り屋な少女である。


「異名持ちは強い。このコロシアムの花形ダ。上位三十二名に与えられるらしい。皆それを目標に研鑽を積んでいる」

「三十二って数字の意味は? 適当な区切りか? 企画担当の好きな数字とか?」

「四年に一度、このコロシアムで行われる武闘大会に出場できる人数ダ」

「なるほど」


 陰ながらの努力を知らない烈火は、本から抜き出したようなリーチャカの説明にうんうん頷いていた。リーチャカ、コロシアム詳しくないなんて謙遜だったのかぁ、とか思いながら。

 しかし武闘大会ね。天下一武○会的な感じだろうか。おれが最強だぜと決め付けるための戦い。まーロマンだわな。烈火がこの世界に生まれて武を修めたのだとしたら、挑戦していたかもしれない。

 とはいえまあ、今は関係ない。出場の気はないし、それ以前にコロシアムについても知らないのに大会の話題はついていけない。


「む、そろそろはじまるゾ」

「ま、今日はなんも考えず観客として楽しむかね」





 そして、烈火とリーチャカはその日の十戦全てを観戦した。

 闘士たちの戦い方は多様、種族も多種で、それにモチベーションもまた様々のようだった。ショーであると割り切って戦う者、自らの鍛錬のために戦う者、ここで最強を目指して戦う者。この場にかける思いが違うのだ。

 だが、それでも戦う者たちの強い意志と真剣さは伝わってくる。この大舞台に立てるまで武を練り、強くなった者たちだ、相応の信念のようなものがあるのだろう。そのぶつかりあいは、見ていて楽しい。興奮する。いつも無表情のリーチャカも、心なし胸を高鳴らせているようだった。はらはらと戦いを見守っていた。

 この世界にも奴隷制度はあるらしい。だが金持ちとか王族とか貴族、そういう上役特権階級だけが使っている。あまり流通はしていない。なので剣奴なんてものはいない。このコロシアムに参加するのは自ら志願した討伐者や腕自慢の者だけだ。そのため人死にはご法度で、そういう意味での必死さはないかもしれない。だが血は流れるし事故で死者がでることはありえる。また、ここで戦う戦士は剣奴のような無軌道、無知ではありえない。技術を高めることができる、学も得ようと思えば図書館が近い。およそ強制的に戦わされる者より、自発的に強くなれる。戦いが華やき、高度化し、激化する。

 特に凄かったのは、やはり名持ちの戦士の戦い。

獅子皇ししこう」は体技に優れ、鋭利な爪をもった獅子獣人の男だった。軽妙な動作で敵を翻弄し、重い一撃で試合をあっさり決めた。

「斬魔の利剣」は優れた剣技を体得した人間だった。ただの一刀で敵を斬り裂き、魔法すらも断ち斬った。踊るような素早い身のこなしと自在に剣を扱う様は熟達した剣豪といったところか。

静寂美姫サイレンス」は言声魔法:想念派を操る風霊種エルフの女性だった。風の魔法に炎の魔法を駆使して一方的な滅多撃ち。なにをさせることもなく圧勝していた。

 今日最後の試合、「破砕する者スレッジハンマー」と「竜にして青なりドラゴニック・ブルー」の名持ち同士の戦いは熾烈を極めた。

 鬼族の中でも屈強な種の剛鬼ごうきである「破砕する者」は、まさにその拳が大鎚の如し。一撃一撃が大地を揺らし、烈火に直撃していれば即死であっただろう。

竜にして青なりドラゴニック・ブルー」は冷気の魔法を操る竜人だ、真っ向から殴り合いに付き合いながらも魔法を決め手に勝利した。

 全員、恐ろしく強い。そして、本当に格好良かった。この舞台に負けぬ、強い輝きをもって観客たちを沸かせていた。


「なんつーか、凄かったな」

「うん、凄かっタ」


 ふたりは全ての戦いを観終えて、帰路の途中で感想を漏らしていた。祭り終わりの心地か、放心気味にぽつぽつと続ける。


「やっぱ楽しいな、ああいうのは。魔法のドンパチ、武器の激突、映える戦いっぷり。熱狂するのもわかるわ」

「リーチャカも、あまり来なかったが、凄いと思っタ。また来たいナ」

「いずれおれがあの舞台に立つ時ゃ来いよ」

「ふふ、そうだナ。必ず行く」


 烈火もリーチャカも、いつにもまして浮かれ気味に思えた。

 コロシアムの血気、観客の熱気、あてられて昂ぶっているのかもしれない。興奮冷めやらぬといった風情で、語る言葉は楽しげだ。


「でもあのでかいコロシアムで戦えるのって、やっぱ上位の戦士だけなんだろ?」

「そうダ。大会場、中会場、小会場とにわかれて、戦績によって戦う場が変わる」

「最初は小会場からスタートって感じか」

「そうなる」


 明日行ってみるかな、思いつつも烈火は問いを重ねる。ここで聞き出しておかないとなにも知らずに行くことになってしまう。


「中とか小の会場も観戦はできるのか?」

「無論ダ。だが、あの大会場より手狭だからナ、観戦席は少ない。行くのカ?」

「ああ、明日にでも行って、参加もするかも」

「……リーチャカは明日、行けない。すまない」

「いやいやいや、いいって。今日だけでもすげぇ助かったから。ありがとう」


 なんでそこで残念そうで申し訳なさそうな顔をするんだ。こっちが申し訳ないわ。

 烈火は極めて明るく、おどけた調子で話を丸め込む。


「一人でも行けるって。心配すんな、謝るな。お前はお前のことをして、おれはおれのことをする。当たり前だろ? なにも悪いことしてないし迷惑もかけちゃいない」

「煩わしかっタか」

「そうは言ってない。心遣いはありがたい。リーチャカ・リューチャカとデートできる機会があるならおれも嬉しい」

「デートじゃない」

「あ、はい、ごめんなさい冗談です」


 真っ当に返されてはこちらも素直に謝罪で返す。調子に乗ったかな。

 苦笑していると、リーチャカは少し意地の悪い笑みを浮かべていた。


「まァ、次にリーチャカが来る時はレッカが大舞台に立つ時だからナ。明日は一人で行ってくれ」

「そりゃ……おう、約束するよ」


 ここでノーだなんて断じて言えない。これでも烈火は男だから。

 しかしああ、これで烈火はコロシアムの上位に食い込み、大会場に至らねばならなくなった。約束を果たすために、リーチャカとコロシアムにまた訪れるために。

 まったく、女は怖いもんだ。






「で」


 宿に帰って今度は七。

 リーチャカとは違う切り口で今日の感想を話し合う。


「玖来さんどうでしたか、コロシアムの闘士たち、勝てそうですか?」

「……ぼちぼち」

「名持ちはどうです」

「そっちはたぶん……無理だな」


「獅子皇」さんの素早さは捕らえるのが困難で、対処してる間に畳み掛けられる。あの膂力じゃ防御も吹っ飛ばされるだろうし。

「斬魔の利剣」先生は恐ろしいね。剣技の冴えがありゃ烈火を超えてる。しかもなんかわからんがまだ他にあると感じた。剣に全てを注いでいるようでいて、本命は別にあると見た。

静寂美姫サイレンス」女史のノータイム無詠唱魔法に太刀打ちできる手は思いつかない。近づけずにズタボロにされる未来しか見えない。なんだあのガトリング砲みたいな魔法の津波は。

破砕する者スレッジハンマー」、「竜にして青なりドラゴニック・ブルー」両名はそれ以前にたぶん刃が通らんと思われる。物理攻撃力も度外れて、なにあの人型のAランク魔物ども、怖い。


「あー、そうですかぁ。しかし「先剣」には勝利したはずですけど?」

「ありゃ時の運と一瞬の隙だ、こっちの手の内がバレてたら負けてた」

「? 手の内がバレてるのが前提だんて、なんでそんな?」

「コロシアムってのは、そういうとこだろ」


 手の内が当たり前に晒されて、戦いがあっぴろげにされている。闘士同士で互いの弱点を探り合っては対策をとり戦っていることだろう。

 かくいう烈火だって、名持ちの戦いを見ながら自分ならどうするかと考えていた。先に挙げた負けるだろう結論に至ったのは、それがためだ。


「なのでおれは神様能力を使うわけにはいかない。ただの剣士として挑む。それだと、まあ、名持ちには勝てないだろうな」

「うぅん、まあ戦争でもないのにスキルを使うっていうのも無用心ですもんねぇ」


 特に烈火のそれは知られていないことで真価を発揮するから。本命でもないのに腹を明かすのは命取りだ。


「まあ別に? コロシアムで最強になってやるぜとか思ってないし? 単なる金稼ぎだし?」

「……割と本音では一番になりたいのが透けて見える発言ですね」

「うるせー」

「男性は難儀な生き物ですねぇ」


 理性で割り切っていても、本当は自分が誰より強くありたいのだ。最強は自分であると叫びたいのだ。

 要は馬鹿だ、馬鹿。男というのは強さを求める呪いにかかった大馬鹿なのだ。女から見ればそれは愚かしくも可愛らしく、意地らしいけど間抜けに見える。見ていて面白い。七は知らず綻んでいく表情を、自覚とともにさらに深めて笑みとする。


「がんばってください、玖来さん。私はいつでもあなたを見ています。あなたの道を、片時も離れず応援していますよ」













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