iii.【運命の愛し子】
第四傀儡【真人】――荒貝 一人。
彼は特別な力など一切持たない。神から賜った法外なる異能を取得していない。全てこの異世界なら誰でも可能な力しか持ち合わせていない。
たとえば姿を消したり、あらゆる干渉から逃れるような神の御業。そんなものは持たない。
たとえば運命を操り、幸不幸を己のために捻じ曲げるような神威。そんなものは持たない。
荒貝 一人は荒貝 一人であって、他の不粋な付属品は持ち合わせない。その存在を一切合切、歪ませず純粋に己を確立させている。神のお恵みなどという不純物は、自ら放棄し拒絶したのだから。
であればこれは彼の生まれもった幸運、いや、奇縁の結果なのだろうか。
神の子が捻じ曲げた運命すらも踏みにじり、ただ己の意を押し通す。果たして一体、どういうなにが巻き起こったというのか。
荒貝 一人は今――気絶した南雲 戒の目の前にいた。
第五神子ブラウは困惑し、これまでの経緯に何故を投げかけるしかできなかった。
ブラウの選んだ傀儡、情けない南雲 戒。
彼は海へと墜落した。第七傀儡との戦闘に敗北し、だが死だけは免れるように逃避に転じて、崖から真っ逆さまに落っこちた。
落ちて――死んだ?
否だ、死なない。彼は死を許されない。そういう幸運たるスキルと、死避けのスキルを保持していたから。よって彼は気絶しただけで、全身を強く打ってボロボロで、それでもなお生きたまま大海原に呑みこまれた。
そのまま彼は波に攫われ、潮流に押し流される。
幾つもの幸運が重なった。何度もの偶然に遭遇した。生存率の高いほうにブラウが捻じ曲げた。
それはたとえばこの異世界最速の潮の流れに乗って陸へと向かった幸運。
それはたとえば偶然飛んでいた幼竜が戯れに拾って陸へと向かった幸運。
それはたとえば幼竜を打ち落とした人間によって陸へと辿りついた幸運。
そうしてどれだけか日が回って、だがそれは通常では考えられないほど短い日数で、戒は第二大陸へと上陸した。しかも戒の怪我を治せるような男の元にだ。
それは確かに幸運だっただろう。いくら神子でも戒の重傷で第七大陸から他大陸へと移動させるなんて幸運は、相当の無茶があった。それこそブラウの齎した幸運と、要所要所で自動発動した『運命の愛し子』、プラスして戒自身の幸運があってこその生存生還と言える。
だがその結果、彼は他の傀儡と鉢合わせることになる。
それこそが荒貝 一人その人である。
荒貝 一人は一週間前の五番と七番の遭遇の一報を聞くと、しばし瞑目した。
思ったよりも、ゲームの動きが早いのかもしれない。自分が他の傀儡全てと会うことは、果たして可能なのか。出会う前に死亡してしまうことは充分にありえるだろう。
荒貝としては、出来るならば同郷の者全員と顔を合わせ、話してみたかった。
玖来 烈火は面白い男だった。ひとつの武を修め、己をしかと持って離さなかった。現代にはそう見ない強い少年だった。
これは、おそらく神が選んだ七名が皆なにかしら秀でた者だからだろう。
荒貝 一人だって、客観的に見て優れた人物であるということは誰の否もないだろう。武力や知識、そしてその燃えるような精神力。常人を逸した超人と言える。
才気を持った個性的な登場人物でないと、演壇に上がることは許されない。良い役者の選別は、楽しい作劇のはじまりだから。単純に異世界で生き残るには、ある程度以上の傑物でないと話にならないという意味合いもあっただろうが。
そうした才人であり、神という存在を知り、この異世界で過ごすこととなった人間たち。
実に興味深い。彼らは一体、神についてどんな意見を有するのか。人についてどんな見解を持っているのか。聞いてみたかった。まあ、場合によっては叩きのめすが。
ともあれ、少し、移動を急ぐか。
荒貝 一人は現在、第二大陸を海沿いに移動している。彼は第一から順番に大陸を巡るという酷く大雑把な計画を立てていた。そしてその大陸にいる同郷を探すのだ。
この第二大陸にいるのは【人誑し】。その噂は少しだけ聞いた。黒髪黒目で特殊な力をもって派手に動けば、否が応でも目立つものだ。
それと並行し、自身を鍛えることも忘れない。この異世界の理を知り、魔法という超常たる力を御す。また、剣技においても烈火に敗れた悔しさも手伝い熱心に鍛錬している。
その日もまた、特になにをするでもなく魔法の修練をしていた。いつもとの違いと言えばふと天を行く竜を見つけ、あの上空まで自分の魔法は届くのだろうかと試してみたことだろうか。
果たして竜へと魔法は届き、撃ち落す。そして目の前に黒髪の少年が降ってきた。
「……」
流石に、荒貝も驚いた。言葉もない。
何故、なにがどうして、どういうことだ?
空飛ぶ竜がいて、撃ち落して、そしたら人が降ってきた。並べ立てればそんなところか。まあ、竜が人をエサにしようと運送していたのだと考えれば、そこまで不自然もない。
すぐに落ち着きを取り戻し、とりあえず落ちてきた少年を観察する。武器なし、暗器もなし。筋肉は鍛えられておらず、手の平は綺麗。だが黒い髪をしていて興味は湧く。生死確認ついでに硬く閉じた瞼を開いてみる――黒目だった。瞳孔の反応はあり、生きている。あの高所から落下してよくもまあ。驚嘆すべき強運豪運だ。
「ふむ……」
一瞬だけ考え、だが迷っていてはそろそろ衰弱死してもおかしくない重体であることを察する。
すぐに治癒種の魔法をかけ、できる限りの処置を施した。
すると、不意に声。
「……なんで助けるんだい」
ちらと声のほうを見遣れば妙齢の女性。和装と神秘を纏い醸す、実に美しい女だった。
荒貝は眉ひとつ動かさずに問いを投げる。自身の神子に。
「この傀儡の神子だな。何番だ、グリュン殿」
「第五神子ブラウ、我が妹だな」
「第五だと? では、彼は先日玖来 烈火と対面した傀儡か。何故こんなところにいる」
時間的に、おかしいではないか。
まだ遭遇の報せからたったの一週間、地理と移動手段を考えればここに存在するのはおかしな話だ。いかな強行軍でも流石に無理ではないか。
ああ、いや。
「それが神の力とやらか。忌々しいものだ」
「……アタシからはなにも言えないね」
「だろうな。まあ、貴様の問いかけに返答をくれてやろう。助けるとも生かすとも、彼の話が聞きたいのでな」
「それだけかい」
「事実は負債の返却だがな」
「負債、だって?」
ブラウはよくわからない。ついつい兄に目を向けるも、グリュンは無言で首を振った。この男を理解しようとするのは無意味だとばかりに。
寡黙な兄に少しだけ不服げな顔をするが、ブラウは追求しない。どこからともなくキセルをとりだし、気にするのをやめる。面倒だし。
「まあ、うちの傀儡を助けてくれるって言うんなら儲けだね。黙っておくよ」
そして、高かった日が落ちるほどに時間が経過して――不意に戒の目が開く。意識を取り戻したようだ。
「……? ぁ? っっぅ!」
夢遊病のようにゆらりと起き上がって、すぐに己が身を押さえだす。掻き毟るように、抱きしめるように。
荒貝 一人はその傍らで夕焼け空を仰いだままに告げる。
「生存はするだろうが、苦痛を除くほどには配慮しておらん。身体中に痛みがあろうが、我慢しろ。それが生きるということだ」
「っ!?」
そこではじめて彼の存在に気付き、戒は警戒に跳び退いた。距離をおいて荒い息を吐き出す。そして、黒目黒髪を認識すると愕然とした顔になる。
「だれ……誰だっ」
問われ、荒貝はゆるりと首を戒へと向ける。その猛火のような眼光で刺し貫く。唇の端に浮かぶのは、獰猛な笑みか。
「おれの名は荒貝 一人。荒々しい貝で荒貝。一人と書いて一人だ。察しの通り、貴様と同じく神どもに弄ばれる傀儡だ。貴様の名は?」
「…………っ」
(ブラウ! どういうことだ! 幸運なんだろうが! なんで、こんな……!)
沈黙の内に自身の神子へと怒声を撒き散らすが、ブラウは簡素に否定する。
(そいつはアンタの傷を癒し、気絶中にも殺さなかった。それは幸運じゃないのかい?)
(は……なにそれ……)
「名も名乗れぬか?」
荒貝にはそのやり取りは聞こえない。ただ沈黙を守っている少年へと言葉を向ける。貫く視線は余計に険しく鋭角へと変じていく。彼は沈黙が嫌いだった。
戒にはそれが恐ろしくて仕方がない。自然、震えが全身に起こり、歯の根が合わない。背中に氷柱をブッ刺されたような寒気が絶えず襲い来る。
なんだこいつは!
殺意はない。敵意もないし害意もないだろう。だが、その存在の圧倒的なまでの熱量は直視するだけで恐怖が湧き上がる。大自然の暴威に立ち竦むような、大きすぎる動物への本能的な忌避のような、少なくとも同じ人類の枠組みにあるモノとは信じられなかった。
これが幸運だと、ありえない。まだしも死んでいたほうが楽だった。死にたいくらいに恐ろしい。事実、戒は全身の訴える苦痛を、今やほとんど無視できていた。そんなものより、目の前の存在からどう生き残るかのほうがずっと重要で難題だと思えるのだ。
怯えきった風情で、だが必死で身体へと命じる。戒は返答せねば殺されると思った。眉間に添えられた銃口を幻視しながら、震えた声で名乗る。
「戒、南雲……戒」
「南雲は、南の雲だな? カイはどんな字を使っている?」
「なんでそんなこと……」
「答えろ」
強いた口調でもない。けれど戒には神の厳命と同義で、素直に答える。他に選択肢などない。
「……戒める」
「そうか、いい名だ。名の如く、己を戒め道を踏み外さぬようにな」
教師のような物言いに苛立ちを覚えないでもないが、戒はなにも返さなかった。恐怖は口を噤ませる。
荒貝 一人はその言葉少なさに怪訝、というより落胆のようだった。喋りを抑えてコミュニケーションなどできまい。率直に思ったことを語って欲しいものだ。
「ふむ? 怯えているようだが、なに心配するな、殺しはせんよ」
「…………」
「なにか、おれに言いたいことがあるなら話せよ。無口じゃ案山子と変わらんぞ」
「……なんで、僕を殺さない。いや、殺さなかった」
戒としては、この疑問を口にするだけでも勇気が要った。今の今まで殺さず、むしろ助けてもらっていても、次の瞬間に心変わりしないとも限らない。ちょっとの不評で首が落ちてたなんて、笑えもしない。
荒貝は迷いもなにもなく、ただ先ほどと同じように返答する。
「貴様と、おれと同じ立場の傀儡と――話がしたいと思ってな」
「傀儡? 同じ立場? 僕が人形だって言うのか、この僕がお前らなんかと同じだって?」
侮辱に反応してしまうのは、戒の悪癖だった。
そういう反応こそが悪口悪態を吐く馬鹿どもには楽しいのだと理解していても、否定せずにはいられない。何故なら自分は、侮辱されていいような人間ではないのだから。
荒貝は、そこで嬉しそうに笑った。嘲笑ではない、純粋な歓喜である。感情を表に出してくれるならば、それでいい。
「なに、言い方の問題だ。さほど気にするものでもなかろう。それでも侮辱に感じたなら謝罪しよう。
だが、傀儡でないとすれば貴様はなんだ? 死んだ身でありながら、神のお遊戯に参加を強制されて、馬鹿みたいにそのゲーム内で踊っている、貴様は」
「僕は……主人公だ。お前らとは違う。違うんだ」
「主人公? あぁ、作者の道化のことか? ハッ、貴様はよほど神様が好きらしい。そんなに奴らを楽しませたいか、殊勝なことだ。家畜のようだな」
「なんだと、お前!」
なんとか言い返す戒だが、彼は咄嗟にいい言葉が思いつくでもない。しかも荒貝が目の前にいて、その眼光が些かも衰えないものだから、恐怖心から萎縮してさらに口は機能を低下させている。言葉とは、自身の中の思いを他者へと伝えるための媒介で、それは慣れていないと上手くは紡げないものだ。そして無論、南雲 戒は喋るという行為に慣れていない。だから、戒の言葉は要領を得ないものとなってしまう。荒貝 一人には、なんら響かない。
「なんだ違うのか。違うというなら、もう少しわかりやすく言って欲しいものだな」
「しゅっ、主人公っていうのは比喩、だ。なにも、神様が世界を物語ってるなんて、言ってない」
「成る程な、劇中の益荒男たちのように、自分は優れた存在であるという程度にしか意味はないと? 読み手を楽しませる意図は特にないか」
「ない。僕の人生は僕のものだ」
「それは重畳。よい言葉だな。だが……では何故、神の力なぞに頼っている?」
「は?」
ぎろりと、今までで最も眼光が鋭くなる。荒貝の感情が膨れ上がる。
戒には、わけがわからない。わからなくたって荒貝 一人は止まらない。止まるはずもなく爆走する。
「貴様の人生に、神の力なぞなかっただろう。ではそれは勝手に付随した余計な異物でしかなかろう。貴様は、それをどうして使っているのだ?」
戒の能力は知らない。今までどれだけそれに頼り使ってきたのかも、また知る由もない。
だが、第七大陸からこの地まで、ありえないほどの短時間でやって来たのにはそれなりの理由があるはずで、常軌を逸した力を行使したと予測するのは容易い。
つまり、使用に躊躇はしていない。南雲 戒は人智を超えた、神の恵み物を使うことに躊躇いはない。そう判断する。
それは魔物の寄らない大橋に住まう蛆虫どもと、本質的に変わらない。人ならぬ木偶だ。家畜だ。傀儡だ。
「神に力を恵んでもらってご満悦か? くだらん、この世は人の世だ。神の介入など要らん。不要極まる邪魔立てするな」
あぁ……そうだ、そうだった。戒はようやく思い出した。荒貝 一人――四番目の選抜者は、神様能力を拒否した大馬鹿野郎だった。
戒には意味不明な話だったが、最初から四番目はイカレた決断をしていたのだ。話が通じる相手ではあるまい。そう思ったが、流石に言い様が気に障る。愚かに過ぎて半笑いしてしまう。
「ばっ、馬鹿じゃないのか。チートだぞ? もらえてなんでもできるようになるんだぞ? あらゆる願いを叶えてくれるようなものだぞ?」
そんなの、最高じゃないか。
漫画の中でしかなかったような快楽を味わえるんだぞ、つまらない今までの人生を放り投げて新しい自分になれるんだぞ。
そもそも異世界って時点でわくわくするし、きっと色んな活躍ができて、様々な美少女に惚れられて、言うことなしの物語が待っている。その上で他の人間にはできないことをできるようになる。まさに漫画の主人公のような超常の力を自在に操れる。
他の人間とは違う、選ばれた人間である。それも神に直々に指名された特別な者――なんて優越感を覚える展開だろうか。
恍惚の妄想に耽る戒を、荒貝はバッサリ斬る。そんなものはくだらないと。
「馬鹿か貴様。人間は人間というだけで超常的で素晴らしい。それこそ主人公だろうが。己に選ばれた特別だろうが。それなのに施しやがる後付けの神の恵みなど、ただの侮辱でしかあるまい。不足もなく追加されては迷惑というものだろう」
戒は恐怖を振り切り、必死で言い返す。ここで引くわけにはいかない。だってそれは、戒という人間をぶち壊すような理屈で、思想だったから。
「オンリーワンだとかアホ臭いこと言いたいの? そんなの詭弁だ、なにもできずに引きこもって死んでいく人間だっているじゃないか。モブは確実にこの世界にいるってことだ。みんながみんな今の自分に満足できるわけじゃない」
「それはそいつの努力が足りん故だ。人間に成り切れていないからだ。貴様、たとえば今この場で死んで再び神とやらに出くわした時、自分は人生に全力を尽くして生き切ったと断言できるか?」
「それは……」
できない。いや、できる人間なんているのか? 今のこの瞬間まで手を抜いたこともなく、力の限り全力で生きるということに向き合う人間なんて。
戒の疑問に、荒貝 一人は恐ろしいほど鋭い笑みでもって答える。手の平を胸に当て、自身を指す。断言する。
「おれはできる。そして、できると断ぜられる者こそが人間だ。まあ、謙虚も悪くはないし、まだまだ途上という弁解も聞き入れはするがな」
本当に人間の定義が狭い奴だよ、グリュンはふたりの傀儡の会話の隅で肩を竦めていた。
まあ途上を認める辺りはまだマシなのかもしれないが。人間に成ろうとする者もまた人間である。強くあろうとする者は人間である。志を人間の区別に使うだけあって、精神論も甚だしいが。傲慢極まっているが。
戒は少しだけ驚いたような顔をする。そんな風に考えたこともなかったと。
「なろうとする、努力……」
「その通り。そしてその努力は、他者の介入で折れ曲がる。特に、上位者からの無神経なお恵みでな」
「自分ひとりでできるのに、勝手に助けるなって、こと?」
「まさに」
だから神様能力なんて代物は邪魔で、不要で、頼る阿呆は人間ですらない。そう言っている。
最初よりは、戒もだいぶこの男について理解を深めたように思う。言いたいことも、なんとなくにだが察せられる。要は人間は凄い、凄い人間になろうとしろ、できなきゃ人間じゃない。凄い人間には助力は不要である、勝手に上から目線でお恵みするな。
――ああ、戒とは絶対相容れない。
そんな厳しい世界観で、戒が生きていけるはずがない。彼はなにを言われても、どんな場所でも自ら動くことのない人間だから。誰かの助けを、口を開けて待っているだけのひな鳥のような少年だから。
今すぐにでもこの男から逃げないといけない。そう確信する。このまま会話を続けていれば、いずれこちらの思想との絶対的な溝に気付かれる。その時、殺されるのではないか。こういう狂人は、ふとしたことで簡単に手をあげるものだから。
神剣「天叢蜘蛛剣」は……ない。荒貝に奪われたか。いや、見当たらない。普通に海で失ったか。あんな重いものを持っていては、海中で生きていられまい。幸運は、生存のためだけに傾けただろうし。
また、戒は知る由もなければ知るわけもない事だが、神剣を失ったのは、実はこの場に限り幸運だった。
荒貝 一人に自動で剣術を繰り出す神の創った剣なんてものを見せれば、その時点で憤慨していただろうから。烈火でさえ、あの神剣には怒りを抱いていた。剣術の心得ある者には忌避される上、神の下賜物を毛嫌いしている荒貝 一人には二重の意味で最悪だったのだ。
だったら、これしかない。
(助けろ、ブラウ!)
酷く情けない選択だが、合理的でもある。戒は戦闘ができないし、頼れるのは神様スキルだけなのだから。
声には出していない。だが、その情けない面と縋るような視線で、荒貝はぴくりと眉を反応させる。怒りが燃え上がった。
「ふむ……その不様は、どうにも苛立つな。なにを他者に依存している、貴様に足はついていないのか?」
「ひっ、人に頼ってなにが悪い。人間はひとりで生きられないんだぞ」
売り言葉に買い言葉。特に自論でもない、ただどこかで聞いたような言葉を発する。自分で考えたわけではない、ただのどこかからの受け売り。
無論、荒貝 一人はその程度で足を止めたりはしない。己の魂宿らぬ言葉に、一体どんな力があるというのか。
「人はひとりでなにもできない――ハ、その言葉は嫌いだな。努力の不足ではないのかと言いたくなる。貴様は限りない努力を果たした上でそんな世迷言をほざいているのか?」
「っ! 僕、は……っ! 僕は助けられるべき人間だ、だからブラウさっさと救え!」
「それに、勘違いするな。なにも誰もが個人であり続け、一人であれと言うわけではない。協力するのはいいことだ、友愛や親愛も理解できる。素晴らしい。だが、誰かに頼り切るのは許しがたい。依存なぞもってのほか。助けを求めるな、助けは貴様の人徳があれば勝手に入るものだ」
助けは求めるものではなく、勝手に誰かが行うものだから。だから助けを求めるお前は浅ましいと。
それも上位者に助けを求めるなんて、虫唾が走る。助けられるべきは、助けることのできる相手だけだ。対等でない者からの助力なぞ、ただのお恵みで見下した行為でしかない。
「貴様は南雲 戒だろう、であれば南雲 戒だけで完結し、存在すべきだ。己の足で立て。足がないなら石にしがみ付いてでも前を向け。己が己であるために他者を介入させるな、愚か者」
助けは求めるものではなく、そして己というものは己だけで確立し、独立せねばならない。その上でこそ、他者と繋がることは真の意味を持つ。
影響は受けても、任せ切ってはいけない。
「っ。わからない……」
そこで、遂に戒は決壊した。
恐怖と意味不明と傷の痛みと、それから様々な感情がいい加減に限度を迎え弾けて爆発した。
「わかんないんだよ、お前! なにがいいたいんだ、なにがしたいんだ! わけわかんないことばっかり語って悦に浸ってんじゃねーよ! お前と僕は違うんだ、お前なんかと一緒にするな! 僕はっ、僕は――!」
「なんだ」
だが、そんな子供の癇癪に、荒貝はたじろいだりしない。一切微塵もブレずに聞き返す。
「おれの言葉がわかりづらかったのなら謝罪しよう。これでも最大限わかりやすく語り聞かせているつもりだったが、それすら呑みこむことができぬとは想定外でな。
だが貴様の言いたいことも、少々見えんぞ? 言葉を続けろよ、おれにわかるように語れ――僕は、なんだ?」
「っ」
問いに、戒は答えられない。彼には、荒貝 一人のような崇高な理念も、確固たる信念も、なにもないのだから。
「ダンマリか。理屈もなく勢いで口を開いてしまったか? それとも、おれへの反発でただ文句を言いたかっただけか? まあいい」
代わりに荒貝は弁舌を緩めない。続ける。
「わからないというなら、さらに簡潔に言おう――おれは神なき世界を造る」
「……は?」
「このくだらぬゲームを利用して、神の座を空白にするのだ。なぁ、わかりやすいだろう?」