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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
幕間 コロシアム編
54/100

47 行ってみようかコロシアム







 さて、リーチャカ宅でお茶を頂いた後は学園を目指す。久々の外出だ、できるだけ色々回りたい。

 ついでにちょうどよく今日が人間の曜日――要は日曜日、休みの日だったので、リヒャルトに面会できる。リーチャカとは違い、いつでも会えるというわけでもない人物、可能な時に会っておきたい。

 以前に借りた本も読み終えたし、返さねばならないだろうし。

 というわけで、手続き済ませてさあリヒャルトの研究室だ。ノックを三度、声をかける。


「おーい、リヒャルト生きてるかー」

「ぁあ!?」


 なんか物凄く不機嫌そうな声が返ってきた。一声だけでその怒りに近しいご機嫌斜め具合を察せられる。

 訪問のタイミングをしくじったか。思ったが、もはや声をかけた時点で回れ右の帰宅もできない。

 烈火は心なし優しくノブに触れ、一思いに扉を開く。すると、


「なんの用だよ、間抜け面。こっちは忙しいんだがな」


 部屋、汚っ。

 本がしっちゃかめっちゃかの散乱散乱荒れ放題。幾つもの本棚は倒れ、その他の家具も巻き込まれては沈む。机は傾き整然と並んでいた本やノートや筆記具は床で散らかっている。部屋で台風でも飼っているのかと思われるほどに部屋は乱れて、その真ん中でリヒャルトが顔を引きつらせて片付けをしていた。

 烈火は天を仰いで額を叩く。


「じっ、地震のせいか……」

「そうだよ! 悪いかっ! ぶち殺すぞ、糞餓鬼!」


 もはやその単語は禁句扱いだったか、失言してしまった。


「え、でも地震は一週間前のはずじゃ……なんで未だにこの有り様なんだよ」

「お前、舐めてんのか? 普通に講義してたら片付ける時間なんてねぇーよ! その上、地震で破損した箇所の補修だの相談だので普段以上に駆り出されてこき使われて、ああ思い出したら苛々してきた! おい、お前の腹に穴空けてちょっとストレス解消していいかっ!?」

「嫌だよ、死ぬよ!」

「大丈夫だ、すぐに治してやる。だからちょっと、ちょっとだけ、向こうの景色が見える程度のほんのちょっとだから」

「断固拒否の上に反撃も辞さない対応をとる!」


 ていうかそんなことが……そりゃ機嫌も悪くなるわ。社会人の悲哀だな、烈火のように自由に使える時間が多くとれないのだ。

 それに元々、物の多い部屋だし、整理も大変だろう。

 烈火としては、やはりこう言う他になかった。


「まあ、なんだ、代わりじゃないけど手伝うよ、うん」







 本日二度目のお掃除作業。

 倒れた本棚をリヒャルトと一緒に立て直し、そこに本を詰め込んでいく。この部屋には本棚と書物が多すぎる。これさえなんとかすれば散らかり具合もだいぶマシになるはずだ。横ではリヒャルトが傾いた机に魔法をかけて壊れた箇所を修理している。魔法便利だな。

 あぁ、図書館はさらにこれ以上に面倒なことになっているんだろうなぁ。思いながら、烈火は本を仕舞っていく。順序は五十音順でいいらしい。他の並びにしてあるところは自分がやると言っていた。本棚ごとに並び順変えてるのかよ。


「で、お前なにしに来たんだよ」


 リヒャルトが机の修繕を終え、別の本棚に本を仕舞いはじめながら言う。まあ黙って片付けするよりは、喋って烈火の用件を済ますことも並行したほうが効率的か。

 烈火も書棚整理を続けながら返答。


「前に借りた本を読み終えたから、できれば他に本を借りたいと思って。あとは、世間話だな」

「後者は放置するとして、前者はまあ請け負ってやる。片付けの報酬だ。後で見繕ってやる」

「助かる。ありがと」

「ふん、礼は言えるんだな」

「当たり前だ」


 ええと、「魔道七大奇跡についての考察」。ま……ま……ま……ここらへんかな。

 続いて「種と魔法の適性について」。し……し……っと、ここだな。

 んでー、「竜はどうして空を飛べるのか」。り……り……り、はこっち。

 烈火は四冊目に手を伸ばしながら、話題を振ってみる。断られた世間話をさりげなく試みる。


「しっかしまぁ、ほんとに多いな」

「愚痴らず手を動かせ」

「いや、愚痴というより感心なんだが。お前、これ全部読んだんだろ?」

「まあ、一部読みかけもあるが、だいたい二度は目を通してあるな」

「すげぇなぁ」


 素直にそう思う。烈火は読書が苦手で、活字に弱い。薄い本であるはずの「はじめての魔法」を読むのにも多大な集中力と時間が要った。

 それに比べてこの書の量、そして書物自体の厚さ。烈火には一生かかってもここにある本の十分の一も読み切れないと思う。


「魔法使いってそんなに読書が必要なのか」

「そりゃな。知識あっての魔法使いだろ。我流でやろうなんて馬鹿は早死にするに決まってる。自滅でな」

「おおう……」


 本を読もう。そう強く思いました。


「それにしたってもこんなには読めないだろうな、時間的に無理なんじゃ……」

「ま、俺は風霊種エルフだからな。悠久の時間がある。お前ら人間よりは読書家にもなる」

「お前何歳だっけ」

「……二百と十六だ」


 ええと、たしか風霊種の寿命は四百年前後だから……人に換算すると三十代後半くらいか? おっさんだな。


「お前今、意外に歳食ってるとか思っただろ」

「思ったな」


 率直である。烈火にはおべっかを使うという発想はない。

 この野郎、リヒャルトはもう少し柔らかい表現で言おうとした言葉に棘をばら撒く。


「若ぇ奴はいつまでも自分が若いと勘違いしてやがるから言っておいてやるが、お前がおっさんになるのもすぐだからな、すぐ」

「そーかもしらんが、今言われてもおっさんの僻みにしか聞こえないわ」


 ひくり、とリヒャルトの頬が引き攣った。本を棚へ戻すペースは変化なく、だが声音になにか宿っている。言い返す。


「人間と同じ尺度で考えるなよ。風霊種エルフは三百前半まで若者と扱われる、それまで老けることがないからな。それから少しずつ老化していく」

「うっわ、ズル。戦闘民族かよ。でもそれってジジイ目線からの若さへの妬み混じりだから信用できないよな」


 七十のジジイから見れば四十代もまだ若造って感じな。俯瞰で見れば四十は既に若造とは言えない。

 ひくりひくり、と反応著しい。リヒャルトはそれでも怒ってないけどね、全然全く怒ってないけどね、とできるだけ平然を装って言う。


「あーあー、ガキってのは若さしか取り柄もないのにそれを消費しかしないよな、喚いてばっかいねぇで手を動かせってんだ」

「動かしてるだろ、目が腐ってんのか。あ、おっさんだもんな、目も悪くなるか、ごめん」


 烈火はこれ見よがしに本を見せつけ、書棚へ。

 リヒャルトは嘲笑。無論、自らも本を戻しながら。


「こんな小さい視点の仕事の話はしてねぇって、わからねぇのかね。論点ズラして我が意を得たりって、悲しいくらいにコミュニケーションのなってない奴だな、友達いないんじゃないのか」


 ぴくり、と烈火の眉が反応する。

 だがすぐに手にある書物の題名に目を通すことで平静を保とうとする。感情露に声を荒らげてはいけない。それは醜態で不様で、敗北。大人の余裕で対応せねばならない。

 文章を読めば理性が働き落ち着くはず。背表紙を見る。「エビルカエナの三分マジック」、「だからそれはイエスタデイ」、「真・スーパー魔法使い列伝Z」。え、なにこの本……。

 思わずこれまでの経緯悪態を完全に無視した素の声が漏れる。


「ここって学術書以外もあんのか。小説だよな、これって」

「まあ、ある。俺も個人的趣向で本を楽しむことくらい、ある」

「…………どれか、貸してくれ」

「あぁ」


 それ以後、ふたりは静かに作業にだけ勤しんだ。

 よくわからないが、なんとなくタイトルセンスで共感したらしい。時に言語に尽くせぬシンパシーが争いを止めるなんてことも、あるのであった。







「そういえば、死ぬほどどうでもいい話なんだが……」


 本棚を全て立て直し、散らばった本も半数は棚に設置できた。床もおよそ見えて、ふたりで座るだけのスペースも確保できた。

 そんな掃除も一段落といった頃に、リヒャルトは不意に雑な枕詞で切り出した。言葉通り、リヒャルト的にはどうでもいいことなのか、細かい物の整理をしながら。

 手伝いを終え帰るタイミングを見計らっていた烈火は、話くらいはしてもいいと目線で先を促す。いきなりなによ。


「キッシュレアがお前をコロシアムに案内できなかったことを心残りにしてて、俺に案内頼んでたの思い出した」

「……おい」


 どうでもよくねーだろ、おい。


「勿論、俺は案内する気なんざ毛頭一片ありえねぇから勝手にしろ」

「じゃあなんでそんなこと言い出したんだよ」


 言わずにおけば別に烈火も怒るまい。無知仏。


「無縁仏みたいな言霊ですけど、知らぬが仏のことですか? 玖来さん、たまにコトワザを省略しますけど、それなんですか?」

(言葉遊びだ、気にするな)


 烈火が七とテレパってると、リヒャルトは心底呆れた馬鹿だな、という顔と口調で滔々と説明を加える。


「そういう気遣いをあのキッシュレアが抜け目なくしていたんだと伝えただけだ。あの子はいい子だってことだな。そんなこともわからねぇのか」

「…………」


 キッシュはいい奴。それは烈火だって重々承知の事実である。だが、人を信じすぎだ。このボケリヒャルトを信じてはいけない。このようにキッシュの目のないところでは烈火に親切したりしないのである。

 しかしキッシュの気遣いは受け取っておくべきだ。コロシアム、そうだなまだ行ったことがない。

 烈火は魔物と戦うよりも人と戦ったほうが得意だろう。というか対人特化である。そういう鍛錬積んでいるわけだから、当然と言えば当然だ。というわけで金稼ぎにはコロシアムのほうがいいんじゃないか、キッシュからのそういうアドバイスだろう。時間が合わずに案内できなかったのを気に病み、リヒャルトにその役目を託したといったところか。

 本当、キッシュには世話になりっぱなしだ。まさか離別してからも気遣いを残してくれているとは。

 ついでに、タイミングもいい。ちょうどリーチャカとの会話でコロシアムの話題がでた。烈火はコロシアムの上位者と既に戦い、勝利しているらしいと。油断はできないにしても、悲観せずに挑める。


「ん、行ってみようかコロシアム」

「おーおー、勝手に行け行け」

「……」


 なんで出がけに出鼻を挫くかこいつは。睨んでもニヤついた顔には堪えた様子もなし。

 ともあれ新たに「初級魔法のススメ」――下位魔法の名称とキーワードが記載された本らしい――をありがたく借り受ける。あと「真・スーパー魔法使い列伝Z」だけ受け取って、今日はさっさと帰ることにした。ばーかと捨て台詞だけ残して。







「――で、コロシアム行こうと思うが、最初っからひとりで行くより誰かと行きたいと思って」

「リーチャカか」


 その日の内にリターンした。再びリーチャカの家である。掃除やら移動やらで時間もくって日も暮れそうだが、約束だけでも取り付けておきたかった。

 なにせ玖来 烈火、


「この都市では友達がリーチャカ・リューチャカくらいしかいないのだ! すまん!」

「いや、謝る必要はないガ。だがリーチャカも別にコロシアム、詳しくない。一度行ったことがあるだけダ。それでいいカ」

「おう、ちょっとひとりだと心細かっただけだし」


 と発言して直後、ちらと背後を見遣る。こういう場面ではここ最近、七が出張ってくるはず――だが。


「――ぁ」

「?」

(どうかしたか、七)


 絶好の突っ込みシチュエーションで呆けた顔を晒すだなんて。どうした七ちゃん、腹でも痛いのか。

 だが、烈火のおふざけムードに反して、七ちゃんの口調は硬い。


「玖来さん、今、四番と五番が遭遇しました」

(……なに?)


 四番【真人】と、五番【運命の愛し子】が、遭遇だと?

 一気に烈火の顔色が真面目に染まる。


(嘘だろ、ありえん。【運命の愛し子】はつい一週間前までこの大陸にいたんだぞ。前回の発表で荒貝 一人は第二大陸にいることが確定してるんだぞ。それがどうして邂逅する。第七大陸から第二大陸にたったか一週間で辿り着いたってのか? 距離的に無茶苦茶だろ。あ、それとも荒貝 一人が船旅でもしてて拾ったとか)

「後者もありえそうですが、やはりないでしょう。この世界では造船技術が低く船なんてほとんどありませんから。なんらかの幸運要素の連続で、【真人】のいる第二大陸にまで流れ着いたと考えるのが妥当でしょう」

(ち、これだからチートは……)


 第七大陸にまで戻っていれば、今度こそ仕留めてやったものを。よほど烈火が脅威であると見積もられたらしい。完璧に逃げられたか。

 だがまあ、前向きに捉えよう。これで理不尽な不幸は失せ、そしてしばらく傀儡戦争と無縁でいられる。第七大陸にある傀儡は、烈火だけなのだから。そして、烈火の居場所表記は不在となっていて、狙って来る者もありえない。

 魔法修得と、そして今話しているコロシアム。このふたつに集中できるってもんだ。

 だが、今は荒貝 一人と【運命の愛し子】の遭遇の結果が気になって仕方がない。おそらく荒貝 一人は殺さずに済まそうとするだろうが、ちょっと試しに殴り合ってみようぜで死ぬ可能性があるのが【運命の愛し子】だからな……。いや、殺すなら殺しといてくれたほうが助かるんだけども。

 リーチャカが首を傾げる。


「? レッカどうした、いきなり顔つきが変わっタぞ」

「あー、ちょっと……腹痛だな。来て早々悪いけど大事とって帰るわ。コロシアムの件、頼むな。日にちは……三日後とかじゃ早いか?」

「いや、それは三日後で構わないが……大丈夫カ?」

「大丈夫大丈夫。じゃ、三日後また来るな」


 そそくさと出て行く烈火の背を、リーチャカの不安げな瞳が眺めていた。






「ちょっと今更感のある説明ですが」


 リーチャカの家からの帰り道。七は久しぶりにシステム画面っぽい仕事をする。

 烈火が当事者であり続けたせいで説明しそびれていた案件である。


「他の傀儡についての情報を提示できる場面が三種類あります。

 ひとつは傀儡同士の接敵。

 ふたつは傀儡同士の交戦開始。

 みっつは傀儡の死亡になります」


 烈火は道すがらで都市歩行のため、言葉にはせず念を送る。


(じゃあ四番と五番の遭遇は説明されたのに、交戦開始は宣言されていないということは)

「戦っていない、ということですね」

(ち、どうせあの馬鹿が自分語りでもしてるんだろうぜ。この後にいきなりじゃあお前の覚悟試すわ、とか言って戦闘開始するかもな)

「あー、玖来さんの時はまさにそんな感じでしたね」


 しみじみ思い出して、だがすぐに七はちょっと嫌な気分になった。烈火の敗北の記憶など、あまり思い出したくもない七である。


(ま、どっちか――十中八九【運命の愛し子】だろうが、脱落してくれると助かるんだがな)


 だがその後、結局どちらの死も七からは宣告されず、おそらく別れたのだろうと予測した。

 やはり荒貝 一人には初対面では殺意は薄く、【運命の愛し子】はしぶといと言ったところか。

 しかし果たして、一体やつらはどんな会話を交えたのだろうか。










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