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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第二幕 時計仕掛けの運命
52/100

45 『無因善果』










 そうだ。そうだった。

 なにを馬鹿正直に戦っていたのだ。どうして真正面から向き合って、汗水たらして馬鹿みたいに頑張っちゃっていたのだろう。

 南雲 戒のやり方は、そんな真っ当な凡人のやり口ではないだろうが。

 自身を働かせる忌々しい剣を手放す。こんなものいらない。戒は自ら動く必要なんてない。

 ただそこにいるだけで、なにもしないで一番いい結果が導かれる。因も無く善果が訪れる。そうに決まっている。そうに決まっている。そうでなくてはいけないのだ。それが南雲 戒という人間なのだ!

 だからさっさと僕を助けろ――『運命の見えざる手ゴッドハンド』!!











「っ」


 戒が剣を手放し、戦意を放り投げた直後、烈火はその場から跳び退いた。前転するように前へと跳ねた。

 すると烈火のいた場所が崩れて落ちる。崖の端だったが故、先ほどの《天雷》でダメージを受けて、時間経過とともに耐え切れずに崩壊したのだ。

 着地で安心、とはならない。

 不意に強風が烈火を襲う。陸地から吹き荒ぶ風は、烈火を海に落とそうとする。大いなる手が押し出すように。

 力んで耐えていると、突如腹にぶん殴られたような衝撃。強風に煽られ飛んで来た拳大の石ころが、運悪く烈火の鳩尾に当たったのだ。

 一瞬、力が抜けて、ずるりと足が滑る。風はやんでいたので落下はしないが、踏ん張って前傾姿勢だったぶんバランスは崩れる。烈火は顔面から地面に転ぶ。

 転んだ先にはやけに尖った岩があり、このまま行けば眼球が抉られる。なんとか身を捻って額を打つていどで済ますが、それでも痛い。血が流れる。立ち上がろうと両手を地面につければ、そこには気持ち悪い虫が。


「うげ」


 潰してしまう。身の毛がよだつ感触がして、表情が引きつる。気色悪い体液がネバリと左手を包む。ついでに海鳥の糞が降ってきて頭に直撃した。


「くそ、これが本領ってか」


 烈火は四つんばいの低姿勢のまま呟いた。

 ほんの数十秒の内で不運不幸が連続して襲ってきやがる。動く度になんらかの不具合が連鎖し発生しやがる。

 そのくせ術者本人はへたり込んで薄ら笑いを浮かべるだけ。なにもする気がなく、全て運任せスキル任せの放り投げ。

 クソが舐めやがって――いきなり地面が唸るように震えだす。

 大きく激しく、大陸ごと甚大なる振動が包み込む。地中どこかで大ナマズが暴れまわっているかのように――大地がもがき苦しんでいる。

 これは、まさか。


「じっ、地震だと!」

(うっは! 大陸ごと揺らす直下型ですよっ! 五の姉ぇ全力ですね!)


 七ちゃんが変にテンション上げるが烈火にしちゃ堪らない。地震だと、天災まで不幸に含めるとか拡大解釈し過ぎだろ。

 不動を信じた地がたゆたう。それだけで衝撃で、轟く震動にバランスが崩れる。小さき人は立っていることすらままならない。

 見れば戒もやはり立つ気配はない。いや、もとより動く気などないのだろうが。

 だが地震の最中ではそれも正解。変に動いても危険――普通は。運が悪くなければ。

 大地咆哮の隅で、みしみしという音が聞こえる。視界の端には破滅的な亀裂が走る。


「っく、しょっ!」


 それは付近の巨木が倒壊せんとする足音であり、崩れた崖がさらに瓦解しようとしている兆候だ。

 無論、倒壊は烈火を踏み潰す大鎚であり、瓦解は烈火を呑み込む大口である。位置取りが最悪過ぎるほどの不幸の交差点。

 ――圧死に墜落死、もしくは溺死とより取り見取り。わーい。


「どれも嫌だー!」


 それでも動けない。地震は続き、足が地面の揺れに釘付け。振動に絡みとられているよう。立ち上がることもできやしない。

 だったら地震なんかと縁切りだ。烈火にはそれができるのだから。


「一瞬、一瞬――一瞬っ!」


 一瞬おれはここから消える!


「『不在アヴェイン』!」


 地には干渉、揺れとは不干渉。

 そんな無茶苦茶な理屈外れを、神様の力は可能とする。修練を積んだ烈火は成し遂げる。

 ただし錬度はまだ足りない。故の一瞬、ただ一度の跳躍。

 それで『不在アヴェイン』は解かれ、だが空中では地震動は無意味。玖来流の絶技、見さらせ!


「っ」


 手を伸ばす。こちらに向かって倒れ来る大木の、枝を握る。そこを支点にくるりと身を回し、幹へとのぼる。踏み締める。そのままダッシュ。樹が地に触れ揺れに同調する前に、極力進め!

 倒れ行く樹の幹の上で全力疾走。なんて馬鹿げた軽業か。神子の七でさえも絶句し言葉もでない。

 無論、二瞬後には樹は倒れる。地面に沈み、また崖も崩れ去る。大樹は崖の崩落に伴い、当然のように滑り落ちる。海の底へと呑み込まれる。

 その前に、烈火は揺れているが不壊の大地に着地。

 そして。


「っぅう!」


 倒れ、たお……倒れない!

 両の足でしかと大地を掴んでみせる。玖来流身体操作の粋をここに結集する。

 シェイクする足場は容赦なく、まるで荒れ狂う大海原に立っている気分だ。

 それに対応する、適応する。絶対に倒れない。膝もつかない。なんとか耐える。驚嘆すべきバランス感覚の発揮である。

 さらに、さらに。

 立ち止まっても意味がないから進む。進んで見せる。滑るように前へ、転ぶように前へ。戒へ。不幸齎す幸運の中心地へと、接近。接近。退かない。

 少しずつ歩み、少しずつ揺れも収まり――地震の終了の頃には、烈火と戒は五メートルの間合いで向き合う。


「揺れが止まりゃ――」


 こっちのもん、と左手の小剣を投げ――取りこぼす。手に付着した体液で滑って小剣が落下する。

 ざくりと嫌な音。下を向けば烈火の足の甲に突き刺さる。


「くっ、ってぇ! さっきの虫かっ」


 不幸の連鎖は止まらない。

 小剣を拾おうと身を屈めた時、平衡感覚の狂いが生じる。今の今まで激震の中にあったのに、今や不動の地。その落差を埋めるまでの僅かなラグで、歪んだ。身体が前傾になって、そのまま堪えきれずに顔面から地面にスッ転ぶ。

 大地と熱烈な接吻。なんか久しい感覚。

 じゃなくって! 急ぎ立て、またなんか来るぞ!

 だが今度は急いで立とうとしたのが不運である。

 足に刺さった小剣、その尻についたワイヤーが腕輪と繋がりこんがらがる。慌てたせいで足に絡んで、腕に巡る。ワイヤーが恐ろしい偶然でもって烈火を縛る。


「嘘だろ、おい」


 追い討ち――今までなんともなかった腹が悲鳴を上げた。なんか物凄く地味に痛ェ。

 それは烈火が知る由もないわけでもないが思い出せないこと。朝食に食べたサラダに粗悪品が混じっていたのである。そのため腹痛が弾けて意識を乱す。

 強固なワイヤーが身動きを束縛し、恐るべき腹痛が集中力を奪い去る。

 そして、そして。


「あはっ、あはは、あはははははははははははははははははははっ!!」


 南雲 戒がそこで笑う。

 投げ捨てたはずの神剣が、何故だか手元に転がっていたから拾った。

 自身を打ち負かしかけた敵が、何故だか目の前で首を差し出しているから笑った

 それだけのこと。それだけ、それだけ――ああなんて僕は幸運だ!

 なにもしていない戒に訪れた、当然の善果である。

 

「僕はやっぱり主人公だ――」


 狂笑を宿し、戒は――『無因善果』の囚人は、無作為に神剣を振り上げた。

 そしてなんらの躊躇いなく、断頭台にて死を待つ受刑者にその死を振り下ろす。


「――死ねっ!」


 烈火は、玖来 烈火は、


「ふざけろ!」


 死に物狂いでスキルを発動――『不在アヴェイン』。

 斬撃が触れる瞬間に、そのほんの一瞬だけ、極々極々短時間の極限刹那だけ――世界から己を外す。消える。存在不干渉。

 腹痛下で下手に『不在アヴェイン』をすれば地に沈む。ならば重力がこの身を落とす前に、斬撃が通り過ぎるその刹那だけ、腹痛のリズムを感知し苦痛の緩んだその間隙に、死だけを逃れる。生きてみせる。

 不可能だと。ああ、知っている。こんなの無茶だ、無茶苦茶だ。愚昧に過ぎる言い分で、やればできるの範疇ではない。けれど己の積んだ鍛錬を信じていたから。誠心誠意小細工注力、惜しみはしない。自信をもってできる限りを果たすのだ!

 そして斬首の刃はすり抜けて、烈火は沈みもせずに生きている。僅かに服が地と同化したが、両側で首の皮一枚ずつ裂かれたが、この身は確と保っている。

 と、烈火が理解する前に既に右手は稼動済み。小剣は飛んでいた。吸い込まれるようにして戒の手を突き貫く。両手が穴開き、今度こそ接着はできまい。神剣が、ぽろりと手から零れ落ちる。


「ぅ、ぅわぁぁああぁああっ。痛い、痛いよっ」


 神剣の落下着地音は絶叫に掻き消され、


「捕まえた」


 烈火がその不様な面を握り締めた。

 ワイヤーが絡んだまま無理に立ち上がり、同化した服を引き千切り、遂に不幸と幸運の根源を掴んだのだ。

 未だに足に剣が刺さって痛いし、腹もじくじくと苦しい。絡んだワイヤーで身動きは制限されているし、今までの戦闘で身体中に生傷が絶えない。一張羅は破れて酷い有り様だ。身体はダルいし心も重い。もう帰って風呂入って寝てしまいたい。

 だが、ようやくここまで来た――勝利は目前。もはやいかなる不幸もこの勝敗を覆せまい。


「これで終わりだ【運命の愛し子】――運命呪ってバッドエンドに死んでいけ」


 烈火は懐から新たな小剣を取り出す。死の回避の運命があるから、一息にはやらないよう気をつけて、とりあえず足を奪うか。決めて、最小動作で振りかぶり――


「たっ、たすけて……っ!」

「っ」

「しにっ、死にたくないっ! 死にたくないよ! たすっ、たすけてぇぇ」


 まさしく命懸けとも言えるほどの必死な命乞いに、烈火の動きがはたと止まる。

 苦悶と恐怖に歪んだ顔で涙を流し、鼻水垂らし、ただ死にたくないと喚いて叫ぶ。

 それは、なんて、ああ不様。不様不様の不恰好。

 しかしそれ故になんの偽りもない魂からの咆哮だ。全ての仮面を剥ぎ捨てた正真正銘、南雲 戒の真実だった。

 そんな生臭いほどの死の拒絶を目の当たりにし、烈火は強烈な忌避感に襲われる。それは本能的な同族殺しへの嫌悪感。

 烈火は人殺しも未経験。命懸けもまだ慣れない。非情さが特出しているわけでもない。ちょっと特殊に鍛錬をしていただけで、結局は現代を生きる高校生でしかない。やはりやっぱり甘さは消えない。


「く……っ」


 ――果たして、烈火は止まる。固まってしまう。戦いの最中、なんて馬鹿な真似を。

 しかしそこを狙うべき戒の方もまた、泣き言と嗚咽を喚き散らしてそれどころではない。そのザマは、死にたくないと発音し続ける壊れた蓄音機のよう。

 泣きそうな顔で奥歯を噛み締める烈火と、わんわん泣き腫らしてやまない戒。決着すべき両者が、ここに奇妙な膠着を迎える。

 このまましばらく停止が続くのか。そうはならない。役者が一向動かぬならば、舞台が力尽くにも結末へと走ろう。

 そして再び大地が踊りだす。余震だ。

 するとふたりの立つ大地は割れる。綺麗に線引きしたように、烈火と戒の間で地割れする。まるで互いを分かち、突き放すように。


「なっ!?」


 轟音とともに戒は崩落に巻き込まれた。今までの強運はどうしたのだと言いたくなるほど呆気なく、崖から落っこち海へとドボン。その後の行方はわからず、ただ波が笑う。

 しかしわかっている。これは不幸ではなく幸運なのだ。非常に鮮やかな、不幸に見せかけた幸運なる逃亡だった。まさしく、生存が確約された主人公のような。

 であれば、烈火は愚かに慢心した敵役か。慢心など、した覚えはないというのに。


「…………」


 いや、そうでもないのかもしれない。

 ひとり取り残された烈火は、唖然と一連の流れを眺めるしかできなかったのだから。追撃もなにも、できなかったのだから。

 いつの間にか余震は止まっていて、代わりに震える烈火の声が漏れる。


「足りなかった……」

「玖来さん?」

「まだ、覚悟が足りなかった」


 想定できたはずだ。ギリギリの死の淵にまで追い込めば、相手がどうなるかなど。一度死んだ者、もう二度と死にたくないと強く思う人間。ならば命乞いでもなんでもするに決まっている。

 烈火だって死が直前にまで迫れば、もしかしたら不様な真似をするかもしれない。なんでもするから許してくださいと泣き喚くかもしれない。今は格好悪いことはしたくないと、そう誓っていても。

 だからこれは想定不足で、覚悟の不足。

 殺せたはずだ。ここでトドメを刺し、後の禍根を断てたはずなのだ。

 なのに逃した。最悪だ。

 ぎり、と歯を噛み砕かんばかりに噛み締める烈火に、七は少しだけ衝撃を受けた。ここまで悔しがる烈火は、はじめて見た。

 七は胸が痛む中、なんとか言葉を見つけ出す。そんなあなたは見ていたくないから。


「そう落ち込まず。玖来さんの動揺は、なにも悪いことじゃないですよ。現代人として真っ当な感性です」

「…………」


 慰めみたいな実のない言葉。それでも、伝えたい思いだけは声に乗せて。


「それに玖来さんは殺すべきかという迷いが生じたわけではなく、ただ想定外の反応、一番言われたくない言葉を言われて吃驚しちゃっただけじゃないですか」

「だから一度経験した次は殺せるって?」

「はい。うだうだと不殺がどうのと蹲っているわけじゃないです。ちょっと一瞬、驚いただけです――玖来さんは悪くありませんよ」

「そうじゃない、そうじゃないんだよ、七。あそこで覚悟を決め切れなかった時点で、一瞬止まった時点で、おれはやっぱり駄目なんだ」


 なにせ玖来 烈火の異常性は『不悩』なのだ。悩めぬ愚かな決断者こそが玖来 烈火なのだ。

 その烈火が手を止めたということは、つまり。


「あそこで手を止めたのはおれの意志だ。殺すか殺さないか迷ったんじゃねぇ。殺さないと決めて、逃げるのを待ってたんだ」

「…………」


 だからこそ、嘆くのだ――覚悟が足りなかったと。

 理性は殺すべしとわかっていて、感情も殺せと猛っていた。同郷殺しも一番最初に納得していたはずで、誓いとともに少女と約束した。なのに、覚悟という一点で、烈火は停止してしまった。なすべきことを、なせなかった。


 ――慰めてくれるこの少女の、願いを叶えてやれなかった。


 運命に愛され、神に助けられる男だ、崖から落ちた程度で死ぬはずがない。海に放り投げられたくらいで溺死するはずがない。絶対に生きている。烈火を恨んでこの世のどこかで生存し続ける。

 そしてそれは、必ず後の禍根となる。

 己の甘さを後悔する日が、不覚悟の不様を懺悔すべき日が、きっと来る。


「ちくしょ、畜生……っ」


 烈火は己の不甲斐なさに、ただ呪いの如く嘆くしかできなかった。
















 第二幕終了。


 ついでに烈火のステータス? を載せておきます。



 隠蔽の術理を持つ第七傀儡【不在】玖来 烈火


 同行神子:第七神子リラ

 勢力:なし

 技能:玖来流の武術、師範代。舞踏魔法:印相派を修練中。

 装備:小剣、ワイヤー、腕輪、キッシュの地図

 異常性:『不悩』


 神様能力

不形カタナシ』:姿が見えなくなる。それだけ。音は出すし、気配もする。ブラフの能力。ただ、自分以外にも付与できる。他のふたつは触れている間だけだが、これは当人が触れていなくても込めた魔力分だけ姿を消した状態を維持する。

不知シラヌイ』:存在を感知されなくなる。声を出しても聞こえない、触れても気付かれない。だが存在はそこにあるので、相手に気付かれることなくダメージを負うことはある。

不在アヴェイン』:その場から消える。空間座標から外れる。全存在の干渉選択能力。制御によってはこちらの五感や身体の一部を残すことや一方的な干渉も可能。だがそこにいない。だいぶ不思議で、割と危険な状態。






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