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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第二幕 時計仕掛けの運命
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side.【運命の愛し子】その五










 南雲 戒は、いわゆる引きこもりという人種だった。

 中学生の頃には既にひとりを好むようになり、友達なんてひとりもいない。ペアを作れと言われれば腹痛を催して早退するくらいに、ひとりぼっちだった。

 自宅でパソコンの前に座っている時以外はなにもしない。無為に惰性に生存だけをして、言葉すらもほとんど忘れ笑顔もなかった。

 彼は高校に進学して少しで、遂に家に引きこもることになる。なにが理由だったのだろう、どうしてそんな選択をしたのだろう。覚えていない。嫌なことがあって、そこから逃げるためだった気もする。ただなにもかもが嫌になって閉じこもりたくなったのだった気もする。

 ともかく、自分から動きたいとは、戒は欠片も思わなかったのだ。その結果として引きこもった。

 家に引きこもっても、ネットがあれば時間なんて幾らでも潰せた。最近お気に入りの時間潰しはネット小説漁りである。

 そこには荒唐無稽な世界が広がり、拙い文章で精一杯自分の世界が展開されていた。

 その中でも彼がよく読んだのは異世界トリップ小説であった。現代の少年が異世界へ渡る物語を幾つも読み漁り、自分ならばどうするか、あぁ間抜けだな、そこはこうだろうと上から目線で勝手に妄想していた。

 つまり、よくある異世界へのトリップを望んでいた少年だ。

 そんな異世界へ渡ったらどうするかといつも妄想していた人間。そういう奴が漫画とかでは上手くいくけど、実際はどうなのだろう。第五神子ブラウはそんなことを考えた。

 考えて、賭けてみた。ブラウは大胆にも大穴狙いで賭けをしてみて――負けた。

 一ヶ月もともに過ごせば否応なく理解できる。ああ、これは負けだ、負け。大失敗の大敗だ。

 どれだけ運よく優しい人に出会っても、彼はロクに会話もできずに口ごもる。一緒に行動なんてできやしない。

 どれだけ運よく強力なアイテムを手に入れても、彼はへっぴり腰で度胸もない。そもそも活用すらできやしない。

 たとえば戒がこの中心都市に留まるという方針に決定した段階で、ブラウは都市中の人々を眺めて、役立ちそうな人材をピックアップし、戒に関わるように細工をした。

 戒はそのことを知らない。どの幸運が自らのスキルによるものか、把握していなかったのだ。

 だから彼の視点で見れば、突然に才気溢れる愛らしい魔法使いの少女に話しかけられたのであり、不意に討伐者達に親しまれた服屋の若店主にお願いされたのであり、思わぬところで巡礼の旅を思い立った神官の女性に心配そうに手を差し伸べられたのだ。

 物語にてあらゆる良縁に恵まれる主人公のように。機械仕掛けの神に愛された、舞台の上の主役のように。

 であるが、果たして南雲 戒は主人公ではなかった。

 何故そこでドモる。なんでそこでテンパって逃げる。どうしてそこで目も合わせないでとりあえず首を振る。

 せっかく結んだ縁は、戒の愚かさによって寸断された。二度と彼女らと、戒は顔を合わせなかった。

 なのでブラウは方向転換。良縁を与えるのは諦めて、別のものを与えることにした。

 縁ではなく、物。かの神剣――天叢蜘蛛剣アマノムラグモノツルギである。

 であるが、やはり駄目。そもそも戒は自ら動くことをしない男だったのだ。剣を持っても自信は持てず、自主性もありえない。本当にただ所持しているだけ。宝の持ち腐れもいいところだ。

 良縁も無意味。高位武具も無意味。

 あぁ――なんて使えないクズだろう。ブラウが絶望し、失望するのも当然だろう。


 そもそも――彼は今までなにをやっていただろう。


 見返して、思い返して、南雲 戒は果たして今までなにをやっていただろう。

 学園に通うわけでもない。コロシアムで名を売るわけでもない。塔に昇って新たな力を望むでもない。洞窟ダンジョンに踏み込んで最奥を目指すわけでもない。仲間は集めない、金は稼がない、討伐者にすらなっていない。このイベント豊富、異世界冒険の醍醐味を詰め込んだような都市で、戒は真実なにもしていない。

 ただ都市で幸運だけを食して死を回避して、それだけ。生存以上の行動に出たことなど一度たりともありはしない。

 最近になって玖来 烈火の発見があり、その背を追いかけて何かをした気になっていたが、結局は無意味なストーキングでしかなかった。尾行して、それでなにをすると考えてもいない。罠を仕掛けようとか、周囲の者を害そうとか、奇襲を仕掛けようとか、そういう生産的なことを何一つしていない。本当にただの観察だ。小学生の自由研究でもまだなんらかのアプローチがあろう。

 なにもしていない。南雲 戒はなにもしていない。

 なにもせず、ただ生きて、運命に翻弄されて、それだけだ。自発的にはなんらの行動もしていない。

 普通、異世界に放り込まれたなら――いや、未知の場所に投げ出され、それで生き延びねばならないならば、動くものだ。

 烈火のように。荒貝 一人のように。

 暴力沙汰が平然当然まかり通る場所だから己を鍛える。知らないことが多く、学ぶべきが多いから書を読み耽る。土地や価値観が別だから人に話を聞く。

 当たり前の行動だ。おそらく他の傀儡の者もなんらかの行動に出て、そして今を生きているに違いない。

 そうでないと生き残れない。なにもしないで生存を獲得するなんて、そんなおこがましく甘えた考えは、なんらかの庇護下でない限り不可能だ。誰もがいずれは自立せねばならない。

 だが南雲 戒は動かない。なにをすればいいのか、どうしようかとまで考えておいて実行には移さない。

 このままなにもしなければ死ぬかもしれないけれど、放置する。緩慢な自殺か。違う。勝手な期待と傲慢な決め付けだ。

 誰かが自分を生かしてくれたらいい。どうせ死にはしない、いずれなんらかの助けが来る。

 無気力なくせに思考ばかりは一人前で、英雄にでもなれると信じ込んでいる。どうすればいいのか曖昧に考えて、しかしそれを具体的に実行する勇気はない。考えて、悩んで、思いついて、それで満足して終わる。想定の段階で全てをわかりきって経験したつもりになっている。

 そうして無駄に考え重ねたあらゆるが活かされる場面がいずれやって来る。必ず向こうから劇的ななにかが訪れて、今までを一変させる。しかし自分は備えているから、なにもかも上手くいく。そうに決まっている。

 誰もが大小は別として抱えていそうな感情だ。外からの干渉で、自分はなにもしないまま状況が好転するのではないかという願い。それが戒の中では肥大しすぎて人格の軸すらそれ一辺倒となっている。

 引きこもりの妄想屋。なにもする気がないのにやればできると信じている。現実逃避ばかりの英雄願望。

 動かず働かずに幸福を望む。それでいて望まぬ事態に陥れば悪いのは全て自分以外のあらゆるもの。要はタチの悪い自己中心的思想者。


 ――彼の異常性は、故に名づけるならば『無因善果むいんぜんか』。身勝手な妄執の極地である。

 七人の異常者がひとり、南雲 戒の因も無く善果を求める愚かな思考回路。因果応報の理を無視した暴論の果ての、そんな異常な思想である。


 善因善果でなく、悪因悪果ですらない。ひたすらご都合主義の思想である。

 なにもしないで最高最善を得るなどとという、酷く図々しいズルを当たり前に欲する。

 そんな甘くとろけた考え方でこの異世界にやってきて、普通なら彼は死んでいる。まったく当たり前にゴミクズのように死に果てる。

 なお生きているのは神様スキルという大いなる加護のお陰である。

 そう、【運命の愛し子】たる力だ。幸運を呼び、不幸を撒き散らすそのスキルだ。彼が最初に選んだこのスキルだけは正しかったのだ。

 彼の異常性と、そのスキルは、実は上手く噛み合っていた。異常と言えるほどに同調し、見事な相乗効果を発揮していた。

 殺す気はあっても殺意はなく、動こうとすらしない。代わりに運命が勝手に敵を不運に突き落とす。

 だから実際、戒は自ら敵と対面しようと思わなければ、ほぼ遭遇することはありえなかった。そして自ら対面しようなどと、『無因善果』の囚人たる南雲 戒が思うわけがない。よほどの事情がない限り。

 そしてぶちまけて言って烈火の挑発は、そのよほどに入る事件ではない。

 本来なら無視して遠目で眺め、いつまでも呪詛だけ呻いてなにもしない不能無能を晒せばよかった。いつものように引きこもっていればよかった。

 だが、彼は『無因善果』であると同時に愚かだった。安直な挑発におののき、短絡な障害排除を決定。一番やってはならない対面を選んでしまった。

 彼の異常性とは、つまり行動指針であり生き方在り方。そしてそれを捨ててしまったからこそ、彼は窮地に立たされることになる。

 烈火の挑発に耐え切ることができず、恐怖に怯える心に打ち克つことができず、最悪の手を選んだ。自ら自滅に走ったのだ。

 自分を保ち、己を貫くほど強くもないから折れて曲がって失敗する。これは当然の末路とも言える。


 ――そして彼は、今もまた思想背信の代価に絶壁で絶体絶命に晒されている。













 運命の加護を持つ第五傀儡【運命の愛し子】南雲 戒


 同行神子:第五神子ブラウ

 勢力:なし

 技能:基本の下位魔法は幾つか覚えた。一部中位の魔法も剣の補助で発動可能。

 装備:神剣「天叢蜘蛛剣アマノムラグモノツルギ

 異常性:『無因善果』


 神様能力

幸運招来グッドラック』:常時発動型。常に運がいい。

運命の見えざる手ゴッドハンド』:自分の幸運によって他者を不運にする。あらゆる不幸が対象者に襲い掛かる。こちらの行動の成功に繋がる対象者の失敗、不運が起こる。

運命の愛し子デウス・エクス・マキナ』:どうしようもないほどの死の運命を回避する。一日七回制限有り。




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