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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第二幕 時計仕掛けの運命
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44 【運命の愛し子】








 戒はあっさりと挑発に燃え、火のついた導火線のように走り出す。犬歯を剥き出し、眦を決して、憎き男に刃を向ける。

 そして、戒はただ自分にできる限りの力でもって剣を振り下ろした。乾坤一擲、爆撃一刀、死に晒せ!

 烈火は、


「……は?」


 と、ついつい間の抜けた表情を晒してしまう。

 だっておい――なんて不様な体捌き。

 素人丸出し。雑魚見え見え。下手くそ以前に、それを剣術と称していいはずがない。これじゃただのガキの棒遊びだ。

 荒貝 一人や自分のように武術を修得した、というわけではない。完全に素人だ。剣を手にしたことすらなかろう。武に触れたことすら皆無だろう。

 その一撃は素人にありがちな二の太刀を考えない思い切り過ぎた斬撃。外した後は考えない。その上愚直でかわしやすく、直後に隙を晒しまくる悪手だった。

 即座に看破し、烈火は容易く回避。反撃を――


「っ!」


 くい、と剣が蠢いた。

 全力で唐竹割りに振り下ろした剣が――跳ね上がった。まるで別の生き物のように。

 ――下に全力を注いだ直後にラグなく振り上げる? 無茶な。

 烈火は驚きながらそれも回避。切っ先が鼻先を通り過ぎる。危ない。

 いきなり鋭度が上がった剣に警戒し、烈火は突っ込まず待ちの姿勢。腰を落として袈裟懸けに襲う刃に対する。やはり思い切り力の限りを注いだ斬打である。連携の気配は一切ない一太刀勝負。不発は自滅の全身全霊。

 烈火には当たらない。捌くこともなくゆるく身を捻って回避。ここで踏み込めそうだが、待つ。間合いを詰めず、剣に視線を定める。観察に回る。

 すると、また。

 剣が不自然に舞う。はじめから意図された連続技のように流麗。ゲームのコンボコマンドのように鮮やか。振り抜いた剣が、再び襲い来る。


「ぉおおぉぉぉぉおおおおおお!」


 斬撃。斬撃。連撃。

 振り上げ。薙ぎ払い。逆から薙ぎ払い。刺突。振り払い。斬る斬る斬る。

 烈火の回避を追いかけるように刃が踊る。機械的に追尾し死へと追い立てる。その命を狙い、鋭く斬り込む。抉り込む。

 最初の下手糞はどこへやら。剣技の冴えが収束していく。一太刀ごとに刃は磨かれ研がれ、もはや今では達人の剣が自在に踊っているだけ。一刀一刀が恐ろしく鋭く秀逸、適確で背筋が凍る。まさに玄人の斬撃であり、教本通りの正統斬術だ。

 フェイントはあっても遊びはない。剣技剣先に揺るぎもなければブレもない。剣術の腕前は以前の通り魔と同格と言ったところか。

 対応する烈火としても厳しい。反撃ができない。通り魔よりも剣身が長く、間合い制御も正確で近寄れないのだ。こちらに届かぬ場所から斬るのは正攻法だが、うざったい。これだからリーチで圧倒する輩は嫌いだ。

 だが回避のほうは容易い。剣が教本通りに近いぶん奇抜さがなくて平易なのだ。お手本通りの攻め方で、だからお手本通りに対処すればいい。剣を学ぶ際の初歩と言える。さらに言えば烈火は小剣を執った時から長剣や長槍への対処は叩き込まれている。リーチで劣るが敗北直行とはならない。

 とはいえ、反撃の隙があるかと言えば断じてノー。お手本通りの剣術、正当正攻法の斬術、機械的なまでの精緻な技術。だから見慣れて、次も予測できて、詰みが未来にあるとも知っている。基本をして奥義へと至る、そういう域の剣。

 わかっていてもどうしようもなく殺される。そういうルートを辿らせる剣の繋ぎ方。斬撃順序の選び方なのだ。

 まあ、それはこちらが真っ当に相手をすればの話。イレギュラーが一切ありえない剣舞の場合に限った確殺だ。

 烈火は予定調和の剣舞に付き合いつつも、稀に弾いて乱してズレを挟む。剣筋道筋を崩して修正を要求する。無論、敵もそれに対処し斬首のルートへ引き戻さんと剣腕を揮う。

 それは剣を交えて互いの有利を取り合う争奪戦。両者、隙をうかがい合っては己の勝利に近づかんと斬撃を疾走させる。


「?」


 していると、些細な違和感が生じる。少しずつ膨れ上がっていく。なんか、なにか、おかしくないか?

 避け倒している内、時折斬り結んでいる内、違和感はさらに増す。触れる剣身から伝わる奇妙が、徐々に浮き彫りになっていく。

 奇妙――剣に篭る感情がない。

 剣は正直だ。今感じる心が剣には宿り、その太刀筋に反映される。雑念あらば剣は乱れ、覚悟した太刀は恐ろしく冴えている。卑しい者の剣は邪道に落ちる。正しき心の剣は正道を走る。

 荒貝 一人の剣は愚直で正道、ひたすらに真っ直ぐ殺意漲るものだった。

 通り魔の剣は幻惑と純粋な殺意、適確な先読みで出鼻を挫き、それを誇って鋭く剣は映えていた。

 それで言えば【運命の愛し子】、こいつの剣には特徴がない。匂いがない。魂がない。

 さきほど散々挑発して乱した心が、この剣には一切宿っていない。顔色は怒りに真っ赤だが、剣には色がない。いわば無色の剣技。故に鋭角だが、熱意がなくて脆い。

 まるで担い手と剣が、別々の存在のような――


「!」


 烈火は不意に大きく後方へ跳躍。逃げるように間合いを開く。すぐに長剣は追い縋るが、左から小剣投擲。一手稼ぐ。剣は見事に小剣を弾くが、戒は追い討ちを仕掛けず足を止める。追おうとした足取りが重くてついていけていない。


「?」


 烈火は投げた剣を回収しつつ、割と本気で逃げる。戦線放棄の全力撤退。恥知らずの逃げっぷり。

 咄嗟だったので海側へと走ってしまったのは不運である。走るがいずれ行き止まり。追いつかれる。であれば手短に。


「七っ、説明! あの剣なに!」


 神子は傀儡同士の戦闘に手を出すことは許されない。だが口出しはオーケー。説明くらいは許されている。おそらく奇妙の原因は剣にあると見て、そこの説明要求。

 適切な問いのため返答は許される。すぐに七の声が飛んでくる。テレパシーで。


(あれは魔剣、いえ神剣ですかね)


 戒に聞こえないし、口から音をだすより素早い伝達だった。最初からこれにしとけよ。いや、以前からの反省ゆえか。

 戦闘中なので突っ込みは抑える。話を促す。こちらもテレパ。


(神剣だ? 紋章魔法が刻まれた剣か!)

(いえ、そちらは魔剣と言いまして、神剣っていうのは文字通り神が創った剣です。魔法とは違った能力を備えた剣で、この世界に私たちがバラ撒きました)

(お前らほんと碌なことしねぇーな!)

(しかしあんな上位神剣を数ヶ月そこらで手に入れるなんて、流石は【運命の愛し子】ですね)

(感心してる場合か、こら!)


 感心はいらん。神剣一般の説明もいい。それよりあれだ。あの剣はなんだ。あれの能力を教えろ。謎の動きしやがって、わけがわからん。


(嘘。ご自身で理解なさったでしょう? あの剣には剣術がインストールされています)


 やはりか。

 七の言う通り、烈火もそれはおよそ推定していた。なにせ剣が担い手の意志より先に動いている。自動で、操作せず、勝手に。まるで剣自体に脳があって意志まであるかの如く、自在に流麗剣技を魅せ付けている。


(有名なので銘もぶっちゃけましょうか。刻まれた銘を、神剣「天叢蜘蛛剣アマノムラグモノツルギ」と言います)

(は? 天叢雲剣アマノムラクモノツルギ?)

(違います、天叢蜘蛛剣です。クの字に濁点でグです。漢字も虫のほうの蜘蛛ですよ)

(またパクリ案件かよ!)


 しかしパクリ名を持つ剣。おそらくエクスカリヴァーの時と同じく、


(はい、こちらの世界でも有名で強力な剣ですね。だからこそその能力内容もまあ、拡大解釈で常識でしょう。教えても大丈夫のはずです)


 マイナーな剣なら常識範囲外だから教えられなかったってことか。

 とはいえメジャーということは強力でもあるということ。いいんだか悪いんだか。


(その能力は完全自律の自動剣術)


 担い手が剣を操るのではなく、剣が担い手を操る。自動追尾であり自動操縦、担い手の実力なくとも敵を斬る刃である。


(ひとたび握れば素人だって天才剣士に早変わり! みたいな?)

(クソうぜぇキャッチコピーだな、おい)


 努力とかそこらへんのもんを丸きり踏みにじってやがる。正当に着実に努力を積み重ね、技を身体と心に刻み込んだ烈火からすれば非常に面白くない剣だ。逆に素人未経験の者にとっては夢のような剣であろう。一種の理想とさえ言える。練習もなにもなく、ただ握ればそれで一流剣士となれるのだから。

 それはつまり、どこまでも戒とは無関係な剣。担い手の実力はどうでもいい、担い手の感情も影響しない。故に無色の強さを誇る。誰が使っても同じ結果を齎す機械のように。状況に応じた最適を選び続けるシステムのように。ともかく戒の手に握られているというのに独立した存在なのである。

 たとえばなんらかで戒の気を引いても、剣は不感。担い手の目を潰したところで剣の反応、動作は些かも鈍らないだろう。真っ直ぐ正確にこちらの首を狙う。

 戒がどれだけ素人で、いちいち驚いて隙を晒す不覚悟者であっても、神剣は最強に仕立て上げる。達人しんけん得物にないてを選ばない。

 通り魔の時のような騙まし討ちは効かないし、挑発も――あぁ、前段階で挑発したのも全部無駄になったじゃねぇか。あいつが怒り狂って動揺して隙だらけでも、剣は無感情に淡々と斬りつけてくるのだから。

 どうしたものか。いや、考えるまでもない。


「剣の剣技如きに負けてちゃ世話がねぇ。正攻法で勝つ」

「玖来流は神剣なんかに負けませんか。結構、誇りに思ってはいるんですね」

「誇りのない剣が一流になるかよ」


 まあ、神剣使えば別らしいが。

 なんて皮肉の頃に、行き止まり。

 波の音が聞こえる断崖絶壁に立ち止まる。まるでミステリで最後に犯人が落ちるための場所みたいだ。ここから海にダイブしたら死ねるな。まあ【運命の愛し子】は生き残るんだろうけど――


「ん? そういや不運が少ないな」

「剣に意識を割り振っていて手が回らないんじゃないですか?」

「あー、そうか。おれも斬り合いながら『不知』はまだできんな」


 って、あぁ忘れてた。

『不知』発動。

 どうにも神様スキルの使用は思考から外れる。自分に特殊な人外能力があるなんて事実、恥ずかしく忘れたがっているのかもしれない。中二卒業の弊害がここにもか。

 ともあれ、これでおそらく神剣にすら知覚されまい。残るは素人だけ。簡単に暗殺できるぜ。


「ぐへへ。これぞ【不在】の真骨頂ってな」

「ああ、なんて卑怯なんでしょう。やっちまってください」


 悪辣な会話をしていると、戒が息を切らせて追ってきた。片手を木について荒れた息を整える。遅いと思ったが、体力ないなあいつ。

 剣の自動剣戟に、本人がついていけてないのだろう。既に疲労困憊で握る剣さえ重そうだ。まあ長いし重いだろうな。

 戒は行き止まりを見て取ると、不思議そうに周囲に視線を飛ばす。きょろきょろと探りを入れる。烈火は目の前にいるのだが、見えていないのだ。

 崖に近づかない辺り、後に回りこまれるのを警戒している。だが烈火は正面で、大胆に接近。小剣を振りかぶる。


「これで終わり――」


 斬撃が飛んで来た。


「って、うわー!」


 物凄く慌てて退避。転がるように逃げ延びる。

 え、え、なに? なんなの? なんで剣が動いたの?


「まさかあの剣、おれを知覚してんのか?」

(それはありえません。私の与えた力がその程度のはずがないでしょう)

「だったら……ああ、クソ、幸運か」


 戒は他意なく右を見遣ろうと身体ごと動かして……そのついでに剣が動いた。丁度、烈火がいる場所目掛けて。

 驚きを抑え込み、烈火は受けずに回避。触れたらバレる可能性がある。構わずさらに幸運の刃が襲い掛かる。

 ひらと舞い落ちる葉。それを斬り刻まんと自動で天叢蜘蛛剣が作動した。瞬時に真っ二つに斬り裂される。烈火は二つにされては堪らない。距離を置く。間合いを広げる。

 それを追うように――風が一陣、吹きぬけた。


「げ」


 次々に葉が木々より舞い降り、鳥が羽ばたいて、虫が這う。あくまでそれらに反応し、神剣はその斬威を示す。斬撃斬象、斬りまくる。

 そんな無意識斬撃を一人危機感抱いて烈火は必死こいて避ける。避ける。反撃できない。

 なんてこった、さっき真っ向からやりあった時よりやりづいらい。剣の動きの予測ができない。なにせ正道のわかりやすい脅威だった剣ではなく、別の物を斬るついでに襲っているのだ。奇怪な動きで対処が難しい。そのくせしっかり烈火を執拗に狙うのだからタチが悪い。

 一方で戒は勝手に斬りつける刃に無関心。烈火を探し続けている。慣れているのだ、一たび抜いた剣が自動で無意味な斬撃を繰り出すことに。

 そしてその無意味な剣斬が、徐々に烈火の命へ迫る。知らず知らずに戒の勝利へ近づいている。


「くそ……っ」


 もはや攻めを諦め、悪態吐きつつ一旦間合いを離す。烈火は長剣の殺傷圏内から逃れる。

 という絶妙なタイミングで戒はあぁ、と気付く。


「そうか。消えてるのか!」


 気付いて戒は自動斬撃に与する。闇雲に振るう剣に身を任せて思い通りにしてやる。前にゆっくり進みながら。

 自分のスキルを鑑みて、今まで神剣が勝手に動いていたのはそういうことだと理解したのだ。よってそれを後押しするように周辺を斬りまくる。見えない敵を裁断せんと振り回す。

 とはいえ烈火は間合いを離している。そんな闇雲な剣は当たらない。今は。

 少しずつ前に出ているので、迫ってはいる。いずれは崖に追い詰められる。

 さてどうしたものか……。


(というか玖来さん、『不在アヴェイン』は使わないので?)


 どんな剣の嵐の中でも、あれで素通りできるだろう。『不知』解いて切り替えて突貫すれば、そのまま勝てるのでは?

 烈火は少し不服そうに口をへの字に曲げる。


「それは剣に剣技で負けました宣言みたいで嫌だ」

(誇りって、こういう時面倒ですよねぇ。って、『不知』はいいんです?)

「こりゃまぁノーカンで……」


 果てしなく無駄だったし。逆に自分追い詰めてるし。

 それにもうひとつ懸念要素がある。

【運命の愛し子】の持つ神様スキル。その中で幸運を呼ぶスキル、不幸を与えるスキルは既に判明している。だがスキルは三つあると七が言っていたことを忘れてはいない。あともうひとつスキルが存在するはずなのだ。

 それを知らずにこちらの手の内を晒すのもまずかろう。


(あ、三つのスキルの内、三番目のそれは基本的に奥の手です。分析するより、発動される前に叩いたほうがいいかと)

「マジか……」


 確かに烈火のもつ三つでも、『不在アヴェイン』だけは他と比して特別に強力。奥の手だ。

不在アヴェイン』と同レベルの奥の手だとすれば、使われる前に仕留めるのも手ではある。殺せばどんなスキルも無為なのだから。だが、やはり慎重に手札を見ておきたいという考えもある。まあ、相応しいタイミングを見極めていく。成り行き次第でいこう。

 とか駄弁って思案していると、剣圧は接近してくる。風を斬る刃が近い。ゆっくり制圧して、崖から落とすつもりらしい。


「あー、まぁ、がんばるか」


 神が操る人よりも、剣の操る人のほうがマシと割り切る。

 不意に烈火は『不知』を解除した。


「!」


 すると戒は一瞬驚き、その間に攻め込む。斬剣が煌いて突き進む。

 だが戒とは無関係に神剣は起動する。敵を認めてその剣技の全てを費やし殺しにかかる。

 それはまさしく蜘蛛の如き動き。どう攻めても八つ手がそれぞれ八方を塞ぐ。自動で動いて、あらゆる攻撃も後出しで受けて流して捌く。

 厄介厄介、厄介千万。

 だが、負けるわけにいかない。剣ごときに敗れる剣士なんて笑い話にもなりゃしない。

 蜘蛛の刃が執拗に致命を求めて走る。奔る。それを烈火は真っ向から立ち向かう。斬り合う。

 ああそうだ。剣術をインストールされた剣? だったらインストールされた剣技を超える技前で打ち破ればいいだけの話だろうが。


「剣の剣技如きに負けてちゃ世話がねぇんだよ――これでも玖来流師範代だ!」


 剣と剣が絡み合う。弾き合う。丁々発止と嘶く。火花を散らして命の駆け引きを彩る。

 背には断崖。間合いはとられ、剣技は容易く崩せない。だがそれで負けるなんて認めない。

 断崖だろうと一歩も退かずに立ち向かえば問題ない。間合いで劣っても、ならば狙いは剣自体。


「っ」


 間合いを詰めず戒を狙わない。あれはただのデク人形。

 今回の敵は剣であり、神子である。それを正しく理解せねばならない。

 振り下ろされる神剣。烈火は小剣を横合いからぶつける。切っ先を逸らす。逸れた端から剣は自動で返る。横薙ぎの斬打となって烈火を襲う。身を屈めて回避――剣は急停止。軌道を変えて再び刃が降ってくる。予測して横っ跳び。

 そこで反撃の左投擲。神剣は電撃的な反応で戒を押し、二歩退かせる。腕を畳ませる。すると神剣は丁度、投擲小剣を防ぐ位置で横向いている。吸い込まれるように剣は神剣にぶつかり、弾かれる。

 構わず前へ。戒が退いたぶんだけ烈火が進む。右から刺突。横にした剣に叩き込む。押さえ込むように。

 金属音を鳴らして鍔競る二刀。がっちり噛み合い、烈火は離れぬように接着する。神剣は押し返そうと戒の筋力に働きかけるが、思うようにはいかない。

 なにせもとより、基本性能において戒は烈火に及ばない。両手で長剣を振るう戒よりも、烈火の右手一本のほうが膂力で勝る。日頃の鍛錬は、こういう土壇場で裏切ることはないのだ。

 余った左手は別の生き物のように独自で動く。先ほど弾かれた小剣をワイヤー伝って回収し、既に手の内に握る。それを、突き刺す――戒の手の甲に。


「がっ、ぁぁあああ!?」


 抉るように、甚振るようにぐりぐり押し込む。手を離せ!

 だが、神剣は担い手の苦痛を解さない。手の平が損傷したって構わない。まるで一体化したように剣は離れない。離れない。


「ぁああっ、あぁぁぁあああぁああぁあああ!!!」


 担い手カイは痛みに絶叫し、涙すら流している。獣の断末魔をノドが千切れんばかりに叫び狂っている。なのに剣の威圧は変わらない。委細一切変化なし。どころか強まり、烈火の右手一本を押し返してくる。


「ち」


 押し飛ばされる――そう感じた刹那で自分から後退。剣のプッシュを受けて跳び退いた。着地は成功。しかし足裏カカトが地を踏めない。崖っぷちギリギリで停止。間一髪だ。


「あっ、ぁああぁぁぁぁ……っ!」


 手に刺した剣も回収。その際にまた戒は苦鳴を上げる。血がだらだらと流れていく。

 普通なら握力は落ち、痛みに集中力は低下するだろう。しかし神剣には無関係である。先ほどと変化なく、一切衰えぬ剣術を魅せるだろう。

 やはりあの剣自体をどうにかせねば。 

 あぁ、それとも逆さま、このまま担い手側を叩いて死ぬまで持久戦でもいいかもしれない。よく見れば、神剣の自動操作についていけず、戒は汗だく顔面蒼白である。

 有効、合理的、勝ち筋――現状を踏まえて怜悧に思考はそう決する。だが。


「…………」


 いや、できない。

 烈火はそこまで非情に、冷酷にはなりきれない。苦痛に喘ぎ、涙を流してボロボロになっている人間を、それ以上追い詰め甚振るなんて。

 玖来 烈火も現代人。相応の社会性を身につけ、当たり前の倫理観を保持している。少々ズレた価値観であっても、特殊な家庭環境でも、やっぱり甘さを捨てきれないのだ。

 長期戦は可哀相過ぎる。慈悲の心で即殺してやるべきだろう。

 にしてもあの神剣、本気でクソだな。呪いの装備かよ。負かした暁にゃへし折ったろか。

 それと【運命の愛し子】、お前も相当イラつくぞ。


「スキルは神任せ、技は剣任せってか。てめぇにゃ自分ってもんがねぇのか!」

「なんだと!」

「人形やるなら自覚しろ、うぜぇな。なんでおれがお前なんぞに気を遣わなきゃいけねぇんだよ!」


 割と本気で不満をブッ叩いた烈火だが、戒には意味がわからない。

 敵で、痛みを与えた人間の言葉など、まともに受け取るわけがない。ただいつものように自身を否定するクズどもの罵倒と理解し憤慨する。瞬間だけ痛みを忘れて言い返す。


「だったらこれでどうだ!」

「あ?」

「“空より落ちるは神鳴らす〈天〉上の音色なり”」

「っ、魔法か」


 剣をおろし、戒は芝居がかった詠唱をはじめる。まさに天の神に祈るように、陶酔し切って朗々詠う。

 ここで斬りかかったところで神剣が防ぐだろう。言声魔法に集中しても隙にはならないのだ。自律無関係の剣、ひとりと一振りで魔法と守り手となりうるか。

 だが。


「はっ、数ヶ月足らずの付け焼刃で――」

(あ、玖来さん、あの剣は魔力増幅と魔法制御の特性もありますので)

「はぁ!? なにそのセコ!」

「“さあ歌え踊れ、稲光とともに! 刹那に輝け〈雷〉光の歌――!”」

(汎用性においては最優の神剣、それが天叢蜘蛛剣です)

「ちくしょー!」

「――《天雷テンライ》ッ!!」


 閃光が奔り、轟音が啼いた。

 もはやその程度の情報しか把握できない。それほどまでに凄まじい〈雷〉撃が、烈火に向けて〈天〉より放たれたのだ。

 その破壊力は凄絶に尽きる。

 人一人焼き滅ぼすどころか、先ほどまで烈火がいた崖の先すら砕けて跡形もない。大陸の先端を削り、縮めてしまったのだ。残るは焦土と微かに瞬く電光の残滓だけ。

 ゼェハァと息を乱しながらも、戒は勝ち誇った表情で笑う。


「どうだ、僕の魔法は。付け焼刃? 違うね、僕は天才だ!」

「――剣のお陰だろーが」

「え」


 振り返れば、そこには玖来 烈火が冷や汗かいて立っている。生きている。


「なんで……」

「教えるわけねぇだろ」


 実際のところ戒に向かって跳びかかって『不在アヴェイン』で神剣の自動斬撃をすり抜けただけである。

 魔法は実際凄まじかったが、発動前ならどうとでもかわせるのだ。しかも烈火の見たところ荒貝 一人のそれよりは劣っていたと思う。たぶんだけど。

 スと小剣を前へ。戒の末路を指し示すように真っ直ぐ剣先を向けてやる。


「で、文字通り崖っぷちだな」

「ぅ、ぐぅ」


 戒はちらと背中を覗いてしまう。そこには断崖絶壁。高所で恐怖で落下は死。海が転落を望むように波を渦巻かせていた。打ち付ける荒波の声は、亡者が引きずり落とそうと呻いているようにも聞こえて、足が竦む。全身が震えた。恐ろしい。

 目を逸らす馬鹿があるか――烈火は一足で飛びかかる。容赦なく刺突。ぶん殴るように押し込む。

 無論、神剣は戒の恐怖なぞ不感で対応する。だが威力全てを殺せるわけではない。勢いを相殺できるわけではない。


「落ちろや」

「ひ――っ」


 突き落とされる。

 全身が地から離れ、一切の支えを喪失する。寄る辺なき者は釈明の余地もなく重力の鎖に繋がれただ墜落。一瞬だけ天国のような浮遊感を覚え、後は絶望落下に直行する。



 ――だが。



 だが、だが、だが!

 だがしかしここで、この場面、この決定的場面で、この瞬間だからこそ、死の裁定が下されたこの今にこそ――神の力が介入する。


「なっ」


 死ぬのは駄目だ。死ぬのは駄目だ。

 死は許されない。絶対それは許さない。理屈もなにも放り投げ、因果もなにもへし折って、ただ死だけは壊す。ブチ壊す。

 如何なる理不尽も死にはならぬ。どんな病も死には至らぬ。あらゆる破滅も死とは無縁。

 生存せよ生存せよ。

 まるで天座す神の如き傲慢さ、いかにも不出来な創作の如き稚拙さ。作者カミは既にそれは決定している。

 そうだ、死だけは絶対許されない――さあ、全く都合よく生きろ。



 因果崩壊。運命回避。無因善果の理をここに――『運命の愛し子デウス・エクス・マキナ』発動!



 刹那、世界が停止する。

 誰も彼も何もかも、ぴたり止まって動かない。空気の流れ、水の動き、生物の呼吸、時計の針――無機物有機物関係なく、時間ごとまるきり止まってしまう。そこに傀儡とて例外でなく、発動者すらもが落下の寸前で静止している。固定している。


「……これが、第五傀儡の最後の力、ですか」

「そうだよ」


 ただ二人――否、二柱は全く阻害なく平然の体。なにせ彼女らは神の子、あらゆるの超越者だ。止まった時間の中でさえも生きて、動いて、なに不自由ない。

 世界のどこかの彼女らの兄妹もまた、特に無問題で動いているだろう。何事かあったかと勘繰りながらも、停止の世界の再開を待っているだろう。

 時を止めたのはブラウ、彼女が神様能力の一端としてその神威を揮ったのだ。

 今度はぱちりと指を鳴らし、空間転移。今にも落下せんばかりの戒を安全な場所にまで移す。


「傀儡の死の寸前に、その回避のためのあらゆる力の行使可能――そういう能力さ」

「そんなの、ズルですよ。じゃあどうしたって彼を殺せないじゃないですかっ」

「流石に死の絶対回避なんてインチキだからね、回数制限付きさ。場合によってはすぐに回数が尽きてあっさり死ぬさ」

「……これ、玖来さんに説明しちゃいけませんよね」

「そりゃそうさ。アンタの姿隠しの力も言ってないんだよ? 告げ口されちゃ敵わないよ。母も止めるだろうね」

「ちぇー」


 その可愛らしい舌打ちの直後、時の歯車は動き出す。

 全てが何事もなかったように再開――ただひとつ、死ぬ運命にあった少年だけが移動している状態で。


「……は?」


 烈火は一瞬、意味がわからない。目の前に落下寸前だった少年がいたはずなのに消えており、代わりに背に気配がある。

 咄嗟に振り返れば、離れた位置に戒が尻餅をついている。生存している。

 なんだ。なにが起こったどういうことだ――瞬間移動? 

 落下寸前に瞬間移動して、墜落死を避けた?

 いや、では何故いままで使わなかった。瞬間移動なんて便利技、使わぬ理屈はなかろう。リスクでもあったか。いや、リスク込みでも勝てるなら今のように使うだろう。それにどうも【運命の愛し子】のアザナと能力に合致が見えない。

 ならばあの時にしか使えなかった。使わないではなく使えなかった。使うタイミングが限られていた?


「まさか、死を回避するスキルか!」


 死ぬような状況下でのみ自動で発動する、死の運命を無理矢理に捻じ曲げて回避する。まさしく都合のいい神様の差配デウス・エクス・マキナ、それが【運命の愛し子】最後のスキルか。


「うっわ、玖来さんすげぇ……」


 ついつい七の口から感嘆が漏れるのは仕方ないだろう。まさか口止めされたスキルを一瞬で推理看破するとは。

 幸い烈火の耳には届かなかったので、ペナルティはなし。ブラウは横でやれやれと肩を竦めていた。

 一方、烈火は頭を抱える。

 現状を今一度整理しよう。つまりこの【運命の愛し子】を倒すには、自動で自在な神剣と斬った張ったしながら、襲い来る不運を避けて、なおかつ即死攻撃は無効な戦い。


「クソゲーじゃねぇーか!」


 第三のスキルに関しては、おそらく即死しない程度の攻撃でじわじわと攻め、失血死とかどうしようもない死に様を狙えばいいのだろう。なにせ手を刺すことはできた。傷つけることは許可されている。

 ならばやはり、さっきは避けた選択だが甚振って痛めつけて持久戦で野垂れ死にを待つか。やらなきゃ負けるならば仕方ない。ていうか酷いスキルだなほんと。


「おい、【運命の愛し子】、ここで言っておくぞ」

「……っ」


 右手の苦痛に耐え、墜落しかけた恐怖に震え、それでもなんとか立ち上がる戒に、烈火は言う。慈悲をこめて。


「お前、たぶん楽に死ねないぞ。負けを認めて自殺したほうがマシだ。降参しろ」

「だっ、誰がっ」

「お前が臆病者だってのはわかってんだぜ」

「! 僕は臆病なんかじゃ……!」

「おれが通り魔とやりあってる時、見てたはずだろ。なのに攻めてこなかった。臆病でなくてなんだってんだ」


 一応、あの時も烈火はそれを警戒していた。だが通り魔が想定以上に手強く、おそらく神剣で横槍入れられていれば斬られていた。烈火が敗北し、死んでいた可能性は確かにあったのだ。そんなチャンスを逃して、放り捨てて、それを臆病でなくなんと言う。

 呆れた風情で言い、烈火は刃を突きつけるようにして事実を告げる。宣告する。


「即殺してやって楽に殺してやろうかと思ったけどそれも無理。じゃあ本意じゃないが嬲り殺しになる。けど良心的にあれだからな、自殺を勧めてやってんだ臆病者」

「っ」


 戒だってわかっている。

 烈火は神剣を潜り抜けて戒自身を痛めつけることができるくらいの腕があり、それは酷い苦痛を繰り返せるということ。阿鼻叫喚を齎すことができるということ。即死狙いをされても、戒の『運命の愛し子デウス・エクス・マキナ』がそれを遮る。絶対に回避する。死ねない。苦痛だけが延びる。

 回数制限はあれど、烈火はそれを知らない。確実な手を選んで、宣言通り嬲り殺しにするだろう。

 痛いのは嫌だ。痛いのは嫌だ。今も手の傷は猛烈に熱くて、気が狂いそうになるくらい痛い。涙はさっきからずっと止まらず、寒気がやまない。もう死んだほうがマシじゃないのかとさえ考える自分もいた。

 嫌だ、嫌だ、いやだ。もうなにもしたくない。なにもかも嫌だ。


「ぅ……ぁぁ……」


 そして、戒は剣を手放した。

















 神剣「天叢蜘蛛剣アマノムラグモノツルギ」の能力


 ひとつ、自動剣術。

 ふたつ、魔力増幅と魔法制御。

 みっつ、魔力障壁の形成。

 よっつ、魔法への干渉。

 いつつ、人外相手への特効。


 下みっつは烈火には無意味なのでパッとしませんが、実は多様な能力があって最上位神剣でも最優というのは伊達ではないのです。

 というか烈火を相手取るには相性悪過ぎた。





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