5 邪神の世界の創り方
受付さんに別の窓口にまで誘導されて、そこで一人部屋を借りることができた。金は、七からもらった分で賄えた。割と支給された金は高額だったらしい。まあ滞在一ヶ月契約をしたら、ほとんど残金はなくなったが。ちなみに通貨は流石に日本円ではなかった。よくあるゴールドとかいうアレだ。
一ヶ月滞在することになった部屋にまで案内され、普通にいい感じなことにまた神の介入を感じつつも、改めて。
「で、討伐者ってなに。冒険者とかじゃないの?」
七に向き直る。色々と説明タイムだ。
「まず、この世界で魔物と呼ばれる世界の敵対者について説明します」
「最近、説明ばっかでおれの頭がそろそろパンクしそうなんだが……」
「がんばりましょう」
熱のない言葉である。こいつ本当におれに勝ち抜いて欲しいのかよ。
気にせず気にせず七は説明。説明時には変に取り合わないでシステムに徹することにしたらしい。それが最速最短なのだろう。神子も学習する。
「魔物は知性ある者に殺意を抱き、害なす獣です。彼らは人を見れば襲い掛かり、血の臭いを嗅ぎ付けては暴れまわります」
「はいはい、テンプレテンプレ」
「この世界には魔物が溢れかえっていますので、人々は常に魔物の脅威に晒されているわけです。でも、それでは人類が滅びますので、神子が人々に与えたのが魔法です」
なんかさも神子が人類の危機を救いました的な話であるが、烈火はジト目。確信をもって問いを投げる。
「神子って、お前らだよな」
「はい」
「魔物創ったのも、お前らだよな」
「この世界の神話では自然発生ということにしていますよ。まあ、実際は二の兄ぃと四兄さん、それと私も手伝って延々永遠と魔物が増え続けるシステムを創りましたねぇ」
「この邪神どもが!」
魂の底から叫んだ。人の子の精一杯の主張罵倒である。
神の子は鼻で笑って歯牙にもかけない。軽く吐き捨て切り捨て踏ん反り返る。
「神ですし、試練与えてナンボじゃないですか」
「偏った神の姿がここに!」
「まあ、置いておきまして」
強引に話を戻す。人と神の間の価値観の齟齬は会話で納得いくほど浅い溝でもないのである。
システム的に説明続行。
「それで人々は結界を張りました。町や重要区域を、魔物の侵入から防ぐものですね」
「ふぅん、じゃあ結界のある町にいりゃ安全か?」
「そうでもないです。それじゃ引きこもられてしまいますからね。魔物は存在するだけでマナを喰らい、瘴気を放出します。その瘴気というのが厄介で、瘴気が一定以上の濃度になって空間に漂うと、結界すら歪めてしまいます。つまり、魔物の数が増えすぎると付近の結界が破られるんですよ。また、瘴気がさらに濃度を増すと「暗黒穴」と呼ばれる魔物を無限に増殖させる穴が発生してしまいますので、それでさらに魔物が増えて瘴気が増しますね。ちなみに瘴気が濃いと魔物は活性化します、さらに瘴気を発します。循環ですね」
「うっわ、ヒデェ。邪神ヒデェ」
なんて嫌な世界観だ。それでは幾ら魔物を狩っても狩っても増えるってことじゃん。
世界の敵対者に終わりはなく、人類はいつまで経っても被害を受け続ける。魔物と戦い続けることが運命付けられた世界ではないか。しかも助けてくれているはずの神がそれを仕込んでいるんだから、もはやオーマイゴッド。
だが、だからこそテンプレが起動する。人類が魔へと対抗し、戦い続ける下地が生まれる。
「増え続ける魔物を減らさねば人類は滅びます、そのため討伐者と呼ばれる職種が生まれたのは自然の成り行きというわけですね。魔物を討ち、その数を減らすため。そして生じてしまった「暗黒穴」を封じるために」
「あぁ、だから冒険者じゃなく討伐者で、その斡旋機関のギルドはこんなにデカイのか」
どこぞの未知へと冒険する者ではなく、魔物を討ち倒す者。割とそこらはシビアで現実的な話だ。冒険者とかゲームなんかで言うけど、名称と行動がズレていることとかよくあるしな。それに冒険とか、道楽みたいじゃん。そんな平和な世界なのかよ。もしくは発展開拓のほうを優先しての冒険者需要なのか?
少なくともこの異世界では開拓よりも討伐が必要らしい。全く平和ではないから。戦争ではないが、常に闘争している。
「そうですね。だってほら、お医者さんだって偉いでしょう? あれは命を預かる立場だからです。そして魔物という外敵が溢れかえった世界では、ギルドや討伐者もまた命を預かる立場なんですよ。まあ、その分、半端な討伐者はすぐに死んでしまう世の中でもありますが」
「ていうか誰が好き好んで討伐者になんかなるんだ?」
危険だろ。命が惜しくないのか? ちなみに烈火は凄く惜しいです。できれば傷つかないよう丁寧に保存保管して天寿を全うしたいです。こんな危険なファンタジー+バトルロワイヤルとか、命が小石並みに軽い場所は御免です。即刻お家帰りたいです。
もっとこう、命ってアレじゃん? 重いじゃん? 地球より重いって言う人もいるくらいじゃん? 大切に抱きかかえて秘匿死守しておきたいんだけど。切実に。
「そりゃ名誉やお金が欲しい人ですよ。戦う以外の技能を持たない人とかもありえますけど。安定した生活は得られませんが、仕事はほぼ確実に得られます。ゆくゆくは安定できるくらい強くなったり、他の職を見つけたりする人もいます。ぷー太郎なんていません」
「故障したら即座に収入がなくなっちまう危険な仕事だろ。ぷー太郎は討伐者になっても戦死で減ってるだけだろが」
「でも誰かがやらねば小さな村などは増殖し続ける魔物たちに呑まれて滅びますし、遠大な視点で語れば人類が滅びます」
「……そんなに魔物多いのか? 瘴気とか理屈がわかってんなら、魔物増産の穴なんざできないように動くもんじゃねーの?」
ヤバイのがわかってるなら、それに対処するのは当然だろう。進行方向に落とし穴があるのなら、そりゃ避けて通るが道理なように。
七ちゃんはちょっと邪悪な笑みを浮かべる。落とし穴は思ったよりも深く大きく厄介なのだと。
「この世界の人々だって、玖来さんに言われるまでもなくちゃんとがんばってますよ? ただ、それにも限度はあります。しかもその原因は不明ですが、時々突然なんの脈絡も兆候もなく「暗黒穴」が発生するなんて天災が起こることもあります」
「それ完全にお前らの茶々入れテコ入れだろ……」
「まあ、そうなんですけどね」
「おれはこの世界のあらゆる命のためにも、お前らをブチ倒すべきなのではないだろうか」
マジで邪神としての側面強過ぎませんかね。実はバトルロワイヤルとか建前で、本当は神子と神がラスボスな神殺しファンタジーなんじゃね?
あぁ、なんかごめんなさい、この世界の全ての命たち。烈火ら傀儡が殺し合うための舞台として勝手にセッティングされちゃって。神の干渉の口実作っちゃってごめんなさい。烈火は一切悪くないけど、なんか凄い謝りたい気分になった。
だって神の試練に晒されすぎだろ、この世界。神って干渉しだすと試練とか人イビリばっかりなのか。その意味では本当に地球は不干渉でよかった。人の子の小さな小さな安堵である。
神の子的にはどうでもよくて、あっさり転換。
「ま、ともあれ玖来さん、魔物を狩っていればお金に困ることはないってことですよ」
「いきなり現実的な話を……異世界に投げ出された身としちゃ簡単でわかりやすく金が得られるんだからいいんだけどよ。ただ、この世界の住民には同情するわ」
おそらく与えられたスキルで即座に金を稼げる状況を作るための措置。いや、これは勘ぐり過ぎだろうか。ちょうど利用できるから導いただけの可能性もあるが、まあどっちでもどうでも関係ないか。
演壇に放り込まれた滑稽お人形は疲れるぜ。神はどこかで烈火の思考を嘲笑っているのだろうか。畜生め。
ため息吐いて話を進める。烈火は悩まない。前に進む。
「で、討伐者について説明くれ」
「はいはい。討伐者には四段階のランクがありまして、Sランクが最高位で下にA、B、Cと続きます。最初はみんなCランクで、玖来さんもそうです」
「ランクの差は? どうしたらランクアップとか」
「ランクの差異はもらえるカードですね。そのカード、実は魔法のかかった特製のものでして、所持者が倒した魔物の数をカウントするんですよ。で、その討伐数に応じてギルドから報酬がもらえるって仕組みですね」
割と高性能だった。魔法と言えばなんでも済むと思うなよ。済んでるんだけどさ。
烈火はポケットからカードを取り出し、なんとなく観察してみる。特に凄い機能がついているようには見えない。ぺらぺらなカードっぽい紙でしかない。確かにゼロと数字が書かれているけど、印刷されているように見える。少なくとも電子的な雰囲気はない。これが増えていくのか。活字が変化していくとか、マジカルだぜ。
「そのカウントが百を超えるとBランクに昇格できまして、Bランクカードをもらえます。Bランクカードですと、討伐カウント機能の他に魔物のランク判定のシステムが付与されます。魔物にも危険度によってランク分けがされてるんですよ、SとAからCの同じく四段階で。その危険度によって報酬が変化します」
「ん、あれ、Cランクの時はランク判定がされないんだよな、報酬はどうなってんだ」
「一定ですね。Cランク討伐者では、Cランクの魔物を百体狩っても、Sランクの魔物百体狩っても同じ報酬しかもらえないということです」
「Cじゃ金は全然稼げないから、とっとと昇格しろってことか」
世知辛い。Cでいるメリットはないんだな。なんかこう、実力はSだけど面倒だから偽装してCランクです、ができないわけだ。金がもらえないんじゃあなぁ。
「そうなりますね。まあBへの昇格は簡単ですし、だいたい七割近くの討伐者はBランクですね」
「多いな。Cはすぐに卒業か死ぬかで少ないんだろうけど、AとSは?」
「Aランクになるには功績と討伐数で決まりますが、そこら辺は結構曖昧です。まあ単純に査定が厳しいんですよ。あと、Sランクというのは実はほとんどただの称号で、カードとか扱いとかはAランクと同じなんです」
「ん、じゃあなんで分類してんの」
カッコいいから? なんかAの上にSがあるとなんか据わりがいいもんな。……この考え方自体がファンタジー思考に染められている感じなのか。いや、どちらかと言えば様式美?
七は質問とともに変な落ち込み方を見せる烈火に首を傾げつつも、気にせず返答だけ。
「Aランクと呼ぶには特出し過ぎているからです。同じAの括りに桁違いがいたら、なんかこう、違和感あるでしょう?」
「そんだけ強いってわけか。食パン軍団の中のアンパン的な」
「……その例えは意味が読み取れませんが、はい、段違いです。そのぶん数は物凄く少ないです。おそらく世界広しと言えど……えと、十人はいましたね――二十人、はいなかったかと」
「へぇ」
そりゃ少ないな。友達になって代わりに傀儡六名屠ってくれないかなぁ。あぁ、でもそんな有名人ポジションと友達になるとか、普通無理だよな。テレビの向こうの人と仲良くとか、一般人な烈火には想像できないことであった。出会えもしないだろうし、もしも顔を合わせてもきっと相手にもされないって。
「で、玖来さん、だいたいこんな感じですけど、他に質問はありますか?」
「んん、そうだな、ギルドに登録して義務とかあったの?」
「そりゃ色々と。ちゃんと契約書を読まない玖来さんが悪いです。詐欺られても文句言えませんよ?」
「そこは隣の詐欺師が助けてくれるだろ。なので重要そうなのだけ説明くれー」
「……まったくもう」
七は頬を膨らませ拗ねたような顔をして――可愛い。マジ可愛い――それから「仕方ないですねー」とお母さんみたいに呆れを交えながらも解説を続行。
「町が危険に晒された場合は戦力を貸すとか、ギルドが要請する特殊な依頼においての拒否権認めませんとか、死んだら自己責任とか、死後の金とか装備とか全部ギルドが回収しますとか……ですかね」
「マジかよ、死んだら文無しかよ。ハイエナ怖いわ」
「いや、それはそうでしょう。地獄の沙汰も金次第とか、阿呆ですか。物質を死後に持ち込めるわけないじゃないですか。ハイエナさんだって、きっと供養のつもりでいただきますと手を合わせ奪っているでしょう」
「絶対死ねないな、と思いました」
「そうしてください、玖来さんには生き抜いて勝ち抜いてもらわないと困ります」
解説ひとつでドッと疲れた七だった。