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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第二幕 時計仕掛けの運命
49/100

43 不運直面







 その日は目が覚めた段階からついてなかった。

 いつにも増して不幸、というか面倒なことが頻発した。

 まず天井が水漏れしていた。水滴が顔面に直撃という嫌な目覚まし。鬱陶しがって起きても外は晴れ。どうやら朝に通り雨があったらしい。これは【運命の愛し子】からの攻撃だろうか。考えつつ部屋を出ようとするとドアノブがイカれていた。壊れていた。回しても開かず、引っかかって扉が開かない。

 しばらくノブを回しまくっていると、とれた。ドアノブががきりと嫌な音を立ててとれてしまった。扱いを悪くした覚えもないので経年劣化だろうか、そう思っておく。これで苦手なファウスさんに報告しに行かねばならない。ちょっと憂鬱になる。怒られるかもしれない。金をとられるかもしれない。

 じゃなくて、ノブがとれたらどうやって部屋からでるのだ。ぶん殴ってドアをぶっ壊す――一瞬考えたが、これ以上、宿の物を損壊させるのは気がひける。弁償させられそうだし。

 ので、仕方なく窓から外へ。

 雨に濡れた窓枠を踏む。滑ったりしないよう気をつけて。その不幸は墜落死を呼ぶ。注意鋭敏、気を引き締める。

 そのまま腕を伸ばして隣の部屋の窓に移動。確かここはキッシュが借りていた部屋で、今は無人のはず。

 ちらと中を覗けば、


「げ」


 人はいない。だが、荷物が置かれている。急の客でも訪れたとかだろうか。

 まずいな。これは中に入った途端、部屋主が帰ってきて鉢合わせ。泥棒だー、といらぬ誤解を生むパターン。

 その手は食わない。さらに隣の部屋の窓へ移る。

 よし、流石に二部屋連続で急な客とかいう不自然な不幸は訪れなかった。やはり【運命の愛し子】のスキルにも限度はある。そう前向きに捉えた。

 人もいなければ荷物も目に入らないのを確認し、窓を開けて部屋へと侵入。お邪魔します。

 いや、侵入と言うとアレだが、なんらかの事故なり事情なりがあった場合、窓から別の空き部屋に踏み込むことは許されている。キッシュが言ってた。緊急時ではドアを壊されるよりはマシだと認められていると。なので窓の鍵は閉まっていない。普通に空き部屋には入れる。人が使っていれば窓の鍵は閉めるが。


「ふぅ」


 やっと床を踏めて安堵。という名の油断。

 がちゃり。


「え」

「ん?」


 突如、ドアが開く。宿の主たるファウスが部屋へと入ってきた。掃除道具を持っているので、理由はそれか。

 互いに驚いて言葉を失くす。しばし時間が停止したような静寂が流れる。

 とりあえず烈火は先制攻撃。先手必勝。声を張る。


「違うんだ、話を聞いてください!」

「…………まあ、言ってみな」


 ファウスが話のわかる人で助かった。もう少しでも話を聞かない類の人間相手だったら、烈火の発言は最悪だっただろう。

 人の縁は不運とは別枠なのだと、烈火は思った。







「で、あれから二日ですけど、今日も引きこもりで特訓ですか?」


 食堂にて朝食を頂く烈火に、七が声をかけてくる。

 言った通り、烈火は二日ほど宿に引きこもって鍛錬と読書だけを続けていた。これでは引きこもりと罵られても上手く反論できない。

 とはいえ外出しないのは作戦の内。

 ないと思うが、未だに烈火を監視しに来るようであれば、相手を不安にさせるためだ。

 宿から出てこない。つまり、二日前のように姿を消してこちらを探しているかもしれないと恐怖を煽る。

 だったらその通り、姿を消して探せばよかったのだが、それはたぶん意味がない。先の監視行為を、烈火はまずして来ていないと判じているからだ。

 周囲にいないのに探しても労力の無駄だ。だったら鍛錬でもしていたほうが有意義だろう。

 では果たしていつまで引きこもるのか。向こうが撤退を決意するまでか? しなかったらどうするのか。

 ここ二日で七は幾度かそんな質問を繰り返した。言いたいこともわかるが、烈火としては今は間を置く戦況なのだと思っていた。それしかないのだと。

 思っていたが……今日はまさかの転機である。


(いや、今日は外に出るぞ)

「え。どうしたんですか、玖来さん」

(今日は朝から不幸だった。いきなり不幸度合いが加速した。これはもしかしたら――予想を下回ったかもしれん)

「予想を、下回った、ですか?」

(おう。まさかありえんと思考の横に置いといた悪手を、向こうが打ってきたかもしらんのだ)


 びしっと木製フォークで七ちゃんを指す。すぐにおろして野菜へ。レタスみたいだがしなびた葉に刺さる。口に運んで咀嚼。緑臭くて、とても不味い。まあそういう種類の野菜だと呑み下す。

 七はなに呑気にメシ食ってんだと半眼。話を続行。


「どういう意味です。玖来さんの予想は敵方の逃避でしたが、それ以上の悪手ってなんですか」

(七ちゃんの言った甘い考えだよ)

「えっ。もしかして、不安の除去のために玖来さんを殺そうとしているってことですか?」

(ぶちまけ頭悪すぎ、最悪の選択で、流石に思いついてもやりゃしねぇと思ったが……今日の不幸でまさかがありえる目がでてきた)

「そっ、その程度で方針修正しちゃっていいんですか」


 罠の公算もある。留まる決意でもって起こった不幸かもしれない。なにもかもがわからない。けれど。


(好機があるなら突き進む。チャンスがあるなら掴み取る。なにもしないでいるのは嫌だ)

「……流石に、迷いも悩みもありませんね。素敵です」


 そうと決まれば一直線、それが玖来 烈火だ。

 朝食をそそくさと胃袋に放り込み、烈火はさっそく食堂を出て宿を発った。







 どこへ向かうのだろう。

 どこへ歩むのだろう。

 気ままに思うがままに――本当だろうか。

 果たして人に自由意志などあるのか。自発的だという根拠はどこにあるのか。

 世の中の出来事は全てあらかじめそうなるように定められていて、人間の努力でそれを変えることはできないのではないか。運命という名の巨大な脚本があって、世界とは大きな演劇舞台であって、全てはシナリオに沿っただけの予定調和でしかないのではないか。それを否定する方法なんて、この世に果たしてあるのだろうか。

 神が運命などないと言った?

 であれば運命は神すら超えた絶大なる概念で、流れなのかもしれない。神すら組み込んだ演劇ならば、神が運命シナリオを操れるはずがない。

 この次代の神様を決めるための傀儡戦争すらも、既に決まった運命の結果でしかないのかもしれない。決着の結末も決まりきっているのかもしれない。

 ――であればきっと、これもまた文字通りの運命的な出会いなのだろうか。


「まさかほんとに面ァ出しやがるとはな、根暗野郎。逃げ出すと思ったぜ」

「……馬鹿が丸出しの顔つきだとは思っていたけど、発言も同じで下品だね」


 そこは都市を外れた些細な森の、その角の隅。

 海鳴りが届き、潮の香りもする。地面は平らだが、木々がちらほらと元気に生えて、草花が芽吹いている。

 海の傍の空き地と言ったところか。都市の喧騒は今や遠い。邪魔は入らないだろう。

 そして、そこで相対するは二人の男。傀儡。異世界人。

 第七傀儡【不在】――


「玖来 烈火だ」


 第五傀儡【運命の愛し子】――


「南雲、戒……」


 第七大陸に滞在し続けていたふたりの傀儡が、ようやく顔を合わせて出会ったのだ。

 瞬間、他の五名の傀儡たちに、その遭遇が伝播する。五番と七番がエンカウントしたのだと、全員が知ることとなる。

 それとは別に、本筋の脇で、再会に笑う神子がふたり。


「久しぶりだねぇ、リラ。我らが可愛い末妹」

「ええ、お久しぶりです五の姉ぇ。今日も麗しのあなたでなによりです」


 挨拶する姉妹に、烈火はうんと首を傾げる。


「ていうか、あれ? もしかしなくとも神子で数字呼びしてんの七ちゃんだけ?」


 四番グリュンの時も、今の五番ブラウも、みんな普通に名前呼びだが。


「私はみんなに推奨したんですけどねぇ」

「名前があるのに、誰がそんな風に呼ぶんだい」

「……またおれの知識が変な歪み方してるんだと知った」


 知識を伝える奴が適当なこと言うもんだから、烈火の知識もなんか歪むだろうが。

 諸々非難を乗せて、烈火は七を見遣るも無視。気にせず七は調子よくびしりと【運命の愛し子】を指差して言い募る。


「さあ、ぶっ殺せ。ぶっ殺すんですよ、玖来さん!

 あの人間以下の豚畜生を熱烈な刃のキスで昇天させてやっちまってください!」

「七ちゃんが過激過ぎて怖い」


 これから死合うというのにあっけらかん。いつも通りのままにふたりは馬鹿を言い合っている。

 それが、戒には気に入らない。わけがわからない。

 こんなに冷や汗をかいて指先が震えている自分へのあて付けか? 戦いを舐めているのか、恐怖も知らない大馬鹿どもが。


「あらかじめ言っておこうと思う――降参する気はないか」

「あ?」

「僕は運命に愛された者だ。あらゆるご都合主義が巡り、幸運によって勝利と成功を保障された――そう、言うならば主人公だ」

「へぇ」


 胡散臭そうに烈火は目を細めた。

 馬鹿にした気配を敏感に感じて、戒はむっと唸る。


「なにがおかしい」

「いや別に。主人公なんて特別に憧れるのは、なんかこうむず痒いもんがあるなって」

「元中二も辛いですねぇ」

「現行見てると頭が痛くなるわ」

「僕を無視するなっ」


 いないみたいに扱うなっ。

 その反応に、烈火は非常に悪い笑みでほうほうと頷く。


「なんだ、無視が嫌かよ、悪かったな主人公サマよ。そんなに自分が可愛いか」

「僕は主人公だぞ」

「そうかい。おれは玖来 烈火だ。勿論、死ぬ前から変わらずな。お前もそうだったのか?」

「っ」


 戒は表情を崩して口ごもる。そもそも彼は会話対話が得意でない。

 即答できなきゃ負けだボケ。烈火はどんどん言いつつく。戦闘行為の前に、精神的動揺を誘っておく。


「はっ、一回死んだ程度で人間の性根が変わるかよ」

「なに」

「おれはおれだ、おれはおれだ。生きてようが死んでようが、異世界行こうが変わるもんかよ、変わらねぇんだ、おれは。

 ――お前もそうじゃねえのかよ、ええ主人公サマよ」


 死んで生き返って異世界に放り込まれる。ああ劇的奇跡的な展開だな、変われる気もするわな。

 けれどそうそう上手くはいきゃしない。

 人間その性根魂は、死んでも変わらない。変わるはずがない。なにせ、


「馬鹿は死んでも治らないってな、知らなかったかよ」

「おっ、まえ!」


 挑発に乗せられて、戒は背負った剣を握る。

 激憤の感情を込め、引き抜いて叫ぶ。


「無学な豚に理解できないだろうけど、僕は死んで生まれ変わったんだよ。ここで主役になるんだよ! お前はそのための引き立て役だ、惨めにここで死んでいけっ!」


 烈火も即座に右袖から小剣を飛ばし、握り締める。構える。

 返礼に嘲りを練り込んで叫ぶ。


「はっ、なにが主人公だボケが。阿呆垂れ流して悦に浸るなアホ垂れが。てめぇ朝の朝礼も行ってなかったか? 校長先生が無駄にお話してくれただろうが、誰でも自分の人生の主役らしいぞ引きこもり野郎が。なにも主人公なんざ特別でもなんでもねぇんだよ」

「っ、誰が引きこもりだぁぁぁぁぁぁああ!!」


 そこがお前の最大の地雷か。

 烈火はできる限り最上のムカつく笑顔を作り、冷厳と事実をぶつけてやる。


「――お前だよ」


 遂に堪忍袋の尾が切れた。戒は長大な剣を振りかぶり、全力で接近してくる。殺してやるぞと怒りに身を任せて凶刃を振るう。

 来いよ。烈火は表情を無へと還して静かに小剣を握り締めた。

 さあ戦闘開始だ。













「うわー、玖来さん、ひでぇ、悪口ひでぇ。ストレス溜まっていたのでしょうか」

「あははははっ。そっちの傀儡は楽しそうでいいねぇリラ」

「……あげませんよ」








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