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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第二幕 時計仕掛けの運命
46/100

41 少し、怒った









 そしてその日は不発に終わった。

 黒髪の男は見つからず、ただ『不知』で宿の付近を散歩するだけで一日が終了した。

 その日は尾行していなかったのか。目を向けていないところに潜んでいたのか。それともちょうど視界に入らなかったのか。

 どれもありえる。どれも不運だから。だが、時間をかければどれも潰せる。必ず見つけられる。【運命の愛し子】が玖来 烈火を尾行しているのなら。

 とりあえず一週間くらいを目安にしよう。それで見つけられなければ尾行なしと、一応の判断を下す。

 討伐業を再開し、図書館通いも再開する。他に【運命の愛し子】をなんとかできる作戦を考える。

 とか、既に思考を先行している烈火であったが、それは無駄に終わった。

 ことは素早く動き出す。思った通りの形で、思わぬ不運が訪れる。





 宿に引きこもったと見せかけて周辺を『不知』で探し回って、二日目。

 反撃しようと打って出て、すぐ次の日。

 そんな間もなくで、成果はでた。反撃の反撃が来た。


「――っ!」


 外へと探しに出て、最初に見つけたのは褐色の少女。地霊種ドワーフの鍛冶師。リーチャカ・リューチャカ。

 なにか今日も用事があったか、烈火の住まう宿の前を通り、どこぞへと歩いていく。あの方向は商店街だろうか。食料でも買いに行くのだろうか。

 そんな微笑ましい風景に、凶刃が迫っていた。

 堂々と抜き身の刃を握り、視線は完全にリーチャカだけを見つめて歩み寄り、凶悪な笑顔をしている大男。筋肉質で、歩き方もブレない。戦う者の肉体と動作と見て取れる。討伐者か。

 というかおい、誰かあの銃刀法違反まっしぐらになんか言え。討伐者だから所持はいいけど、抜刀はアウトだろ。

 だというのに、何故だか雑踏の誰もが気付かない。人はまばらだし、見通しは悪くないはずなのに。

 微妙に気配を消しているのはわかるが、それでも烈火じゃないんだ、まるっきり堂々と姿は見える。誰かがちょっと視線を向ければ一発でなにごとかと思う。ふと気ままに振り返れば凶悪な相から通報物だ。そもそもあの顔は掲示板に張り出されていた通り魔のそれである。

 物凄く低確率でできる周囲の人々の意識の死角、何故だか視線がそちらへちょうど向かずに通り過ぎる。技能でなく、術技でなく、タイミングとでも言えばいいのか。

 ――完全に、何者かの作為がある。

 烈火は確信とともに駆け出し、声を上げようとして断念。『不知』中は声も外には漏れやしない。ならば解除するか。付近で【運命の愛し子】が見てるかもしれないのに?

 いや、このタイミングだ。確実に付近に【運命の愛し子】はいて、偶然なにもないところから姿を現す烈火を目撃するに決まっている。スキルを解けば、敵に能力がバレて、しかも警戒させる。最悪だ。

 だが、通り魔野郎の刃は振りかぶられて――リーチャカはようやくそこで何か感じて振り返って。


「っ!」


 声が出ない。あまりの事態に絶句してしまっている。彼女自身はその瞬間、硬直して死を待つばかり。無論、周囲も誰も気付かなくて。

 では、ここでリーチャカを救えるのは玖来 烈火ただひとり。

 問題は距離。届かない。小剣を投擲しても間に合わない。ではどうする。声をあげて注意を引くしかない。『不知』を解いて。

 理性は言う――リーチャカを見捨てろ。そして周囲にいる【運命の愛し子】を探せ。確実に見つかるはずだ。

 感情は言う――さっさと助けろ。他はあとで考えろ。

 どっちの言う事を聞くって?

 決まってる。玖来 烈火は迷わない。否、こんな選択肢で玖来 烈火が迷うわけが、ない!

『不知』解除。感情のままに烈火は叫ぶ。


「通り魔だぞ! 警邏を呼べっ!」

「!」

「え……」


 にわかに周囲がざわめきだす。通り魔の男も、突然の声に刃を止めてしまう。烈火に目を向けてしまう。

 すかざすもう一声。


「逃げろ、リーチャカ・リューチャカ!」

「ァ……」


 言われてリーチャカの硬直が解ける。慌てて逃げ出す。

 男は逃げる背中を追いかけようとして――飛んで来た小剣を弾く。

 弾かれた剣にはワイヤーが付属。烈火の腕の動作で操られ、引き戻される。手品のようにその手の平に帰る。


「行かせるかよ、変態野郎」

「誰だ、貴様」

「通りすがりだボケ」


 ここから先は行かせない。リーチャカの走る姿を覆い隠すように、烈火は位置取り立ち塞がる。

 割り込む烈火に、通り魔野郎は恐ろしいほど敵意を秘めた視線を向けてくる。真っ向から邪魔立てする烈火を睨みつける。今にもその手元の剣で斬りかかってきそうな、恨みがましい顔つきだ。

 とはいえ男は烈火に警戒しつつも、じりじりと後退。逃げる気だ。騒ぎになっている、自警団や警邏兵がいつ来るとも知れないのだから当然の判断だろう。

 だが。


「逃がしもしないぞ、変態野郎!」


 烈火は一挙に攻め込む。間合いを詰める。

 このクソ野郎はリーチャカを斬ろうとしやがった。あの愛らしい少女を――おれの友達を殺そうとしやがった。許せるはずがない。ブチのめす。

 人体における腕を突き出すという行為を最高峰まで練り上げた玖来流の刺突。最速で、最短で、最上。けれど男も戦士。むざむざ刺されはしない。


「ちぃ!」


 最上刺突。それが最速になる前に、叩いて逸らす。剣先で剣先を打ちすえる。

 烈火といえど、その衝撃にバランスを崩す。一歩横に逸れて体勢を整える間がいる。

 そこをすかさず第二撃。真横一文字。薙いでくる。

 烈火は一歩下がって回避。目の前を刃が通り過ぎ、相手の剣の長さを把握。断然、リーチで負けている。

 では無理に踏み込むしかない。そう決め身体が前傾になる。振りかぶって前へ――と。

 それを知っていたように真下から衝撃。顎を蹴り抜かれた。一瞬脳みそが火花を散らして真っ白になる。

 次瞬、白から立ち返れば銀が迫る。

 狡猾にも上向く烈火の死角、これまた下から掬い上げる斬撃が振りあがる。これをもらっては顎から顔面真っ二つ。咄嗟に右手が動いて、剣を横からはたく。先のお返しだ。

 通り魔の斬線を逸らし、そのためできた安全地帯に顔を逃がす。刃は頬を通り、耳を過ぎて、髪を幾本かもっていく。流石に肝を冷やしながら四歩後退。

 なんとかまた相対。仕切りなおしの構えなおし。互いに剣気を向けて正面から睨み合い。

 だがさて困った。仕切りなおしても構えなおしても、劣勢はなおらない。

 根底的に剣と小剣、ここに大きな差が存在する。

 その差は一目瞭然リーチである。

 それでわかりづらいならさらにわかりやすい喩え――素手の馬鹿に銃を持った人間はどう戦うか。どのような結末で終わるか。

 決まってる。近づく前に射殺す。近づかれないようにして射殺する。

 極論、武器の性能はリーチに依存する。射程の長く、扱いやすい武器が至高となる。他にも要素は多々あれど、たったひとつで武器を語る時、己の攻撃の届く範囲を広げるものが最強なのだ。

 素手と銃の喩えでわかるだろうが、届かない攻撃に意味はなく防御も不要。一方的に届く攻撃に防御回避はできても前進は困難。いずれ死ぬ。

 要するに現状がそれ。

 再び再開した剣劇。ちゃんちゃんばらばらの斬り結びの斬り合い。否、一方的な斬撃行使と受け流しの様相である。

 通り魔男の剣技は烈火を寄せ付けない。そのように立ち回っている。長い剣の間合いで戦い、小剣に近寄ることを許さない。

 振る。薙ぐ。刺す。それらを剣腹でせずに剣先だけで行う。腕を極力曲げず、足は前後を考慮して移動する。長さを存分に活かした斬り合いだ。

 これでは物理的に烈火の刃は届かない。腕を全力で伸ばしても掠りさえせず空を裂くのみ。

 無論、烈火としては間合いを詰め、小剣で斬りつけねばならない。そうしようと踊っている。だが、通り魔はそんなに柔な剣客ではなかった。

 間合いを詰めようと足を踏み出せば、牽制の一打が頬を掠める。横から回りこんで前進しようにも、察して退かれる。ならばいっそと後退しても追い縋ってくる。こちらの利を潰し、攻める機会さえ譲らないつもりだ。

 ――経験が違う。

 烈火はそう悟る。豊富な経験に裏打ちされた戦闘思考に、烈火の挙動は読まれて思うように攻め切れない。

 おそらく剣の冴え、斬の鋭さ、体捌きの妙、一言で言って技量という面では烈火に分がある。そこだけで見れば、通り魔は荒貝 一人よりも下回ると言える。だが勝負は技術だけで決さない。今こうして烈火は劣勢だ。

 では技量以外のなにが戦況を左右しているというのか――それこそが経験という奴である。

 いかに十八年の半生を武技に充てていたとしても、それは平和な世の中での話。烈火は殺し合いなど終ぞしたことはなかった。荒貝 一人だって、なんだかんだ現代人、素手やら銃ならともかく少なくとも刀で殺し合いの経験なんて皆無に決まっている。そのはず。たぶん。

 この異世界の戦士の特徴は、その逆。

 常に殺し殺されが日常で、外に出れば魔物という死の具現が襲う。それでなくても魔法なんて物騒が隣にあって、別の種族という知的生命がやはり強力な力を秘めて共存している。武器が平然と露天で売買され、当然のように町中の者が帯剣する。争い事、戦さ事、生死。それらが身近にあって、戦い続けているのだ。

 安全な鍛錬の場なら技を極めることができるだろう。経験は道場内に終わるが。

 危険な実戦の場なら技は我流になって洗練されないだろう。経験は多岐に渡って生き延びる度に高まっていくが。

 目の前の通り魔もそう。自分なりに技は高めても極限にまで至れず、代わりに馬鹿みたいな数の死線を潜り抜けて、そして生き延びている。故に経験豊富であることに疑いはなく、単純な技量差を覆すほどの実力を持つ。

 精確な身体駆動で、烈火が斬撃を避けた。その動作の続きとして前に進もうとする。だがやはり読まれる。通り魔もまた前に出て、烈火の踏み込んだ足を踏む。いや、指先だけを踏みにじる。


「っァ!」


 激痛。タンスの角に小指をぶつけた、なんてレベルじゃない。肉ごとこそがれた気分、局所的ながら甚大な苦痛だ。

 そして人体は痛みで竦む。それは彼は知っていて、追撃。

 ここで斬りかかってトドメを刺しにくる――なんて安直だったらどれだけマシか。

 今の間合いは烈火の間合い。踏み込みすぎ。だから通り魔の剣より素早く仕留める自信はあった。

 なお烈火の小剣斬撃よりも素早く、通り魔の左手は跳ね上がる。剣を振り切った状態から、柄を手放して裏拳。

 足指の苦痛に喘ぎ、せめて反撃かましたろとしか動作ができない烈火には、避ける余地もない。ぱしぃんと、頬を力強く打たれた。ご丁寧に踏んだ足は緩んでいて、拳の勢いに乗せられ数歩ふらついて後退。踏鞴を踏む。烈火の斬撃は空振り。

 そしてさあ、剣の間合いだ。


「ち、く――っ」


 しょう、とは言えずに斬打を必死でかわす。浅く裂かれても動きは止めない。

 とても劣勢、このままでは負けるかもしれない。幾ら技が冴えても、ほとんど読まれては届かない。経験値の低さが恨めしく、駆け引きもできやしない。もう一ヶ月くらい時間をくれと言いたい。

 ――だが。だがと烈火は悲観しない。

 相手は人間で、自分と同じで、だったらまだまだマシだ。マシなのだ。

 わけのわからない大怪獣、獣染みて機械染みた魔物ども。そういう手合いよりも、ずっとやりやすい。

 なにせ玖来流、彼らの本流は――端的に言って人殺しの方法だから。

 経験豊富な歴戦の剣客、ああ脅威だ。恐ろしい。

 言い換えればこうだ、刺せば痛がり寄れば怖がるたかが人体。あぁ、同条件だな嬉しいぞ。

 そうだ、殺し合いの経験? 人殺しの経験? ねぇよ、そんなもん。現代人の高校生になに求めてる、ふざけんな。

 ただし、殺し合いに等しい稽古なら――


「ジジイと毎日やってたがなァ!」


 徒手であった左手が動く。その動きは――印相。


「なっ!」


 無掌むしょう剣指けんし地霊指ちれいし小鎌指これんし――最近覚えた手の型、指の動き、それを実践してみる。大仏のように泰然と、忍者のように素早く、印を結ぶ。

 無論、烈火は未だ舞踏魔法:印相派を身に着けたわけではない。そんな短時間で印相を覚え魔法に目覚めるなんて、そんな馬鹿があるか。印相の型だってまだ覚束ない。十も覚えちゃいない。

 けれどそれを通り魔は知らない。知るわけがない。反してこの世界で生きるベテランの戦士が、印相術を知らぬはずがない。

 よって面食らう。

 魔物にはありえない反応で、実に人間らしい反応だ。

 そうだ、技術だけで勝敗は決しない。同じように技術と経験だけでもまた、勝敗が決まるわけではない。戦いとはそんな底の浅いものではない。殊更に、人と人の戦いは。

 体格、体力、運動神経、反射神経、才気、性格、体調、知略、戦術、閃き――まだまだあらゆるものが混ざり合い、溶け合い、そしてようやく勝利と敗北に分断される。

 ならばこそ、烈火は技量で勝り、経験で劣る。では他では? 計り切れるようなものでもない。だが、ひとつでも多く上回れるよう立ち回ることはできる。

 たとえば謀り。まさしく今おこなっている印相うそっぱちによる騙まし討ちである。

 通り魔は印の加速を遮るように、穂先を翻す。斬撃を向ける。手首から落とせば印相術は不発する。

 だがそれこそ読みやすい。咄嗟のことに愚直さが出てしまっている。

 烈火は容易にその一撃を避けて、そのまま横に一歩移動。前進しないことに疑問が出る前に、右手が霞む。最小動作で刃を投擲する。


「く」


 投擲に関しては初手で行っているので通り魔も警戒していた。リーチ差を覆す唯一の方法で、ワイヤーなんてつけてるから厄介度合いは高く見積もっていた。だから烈火も今まで温存していた。投げず握って斬り結んでいた。

 だが切り札は相応の場面で切らねば意味がない。

 乾坤一擲、投擲射出。ブッ刺され!

 そんな思いを込めた飛来小剣は、しかし。

 

「っぅぅ!」


 腕に防がれる、無論、左の前腕に刃は深々と刺さり、損傷なしとはいかない。片腕奪って戦力減退。だが、必勝を期した一打にしては成果が薄い。まだまだ通り魔は戦闘続行が可能で――だから。


「なに笑ってやがる」

「は――なっ!?」


 続くもう一振りの小剣が、見事に右手を刺し貫いた。烈火の第二の投擲小剣である。

 男は痛みからか、それとも機能的必然からか柄を手放す。音を立てて剣は地面に転がる。武装強制解除。

 弾かれたように剣を拾おうと手を伸ばすが、遅い。

 烈火は一足で接近。顔面に容赦なき拳をぶちこむ。防御もなにもできずにクリーンヒット。綺麗に意識を刈り取られ、通り魔は気絶する。

 これで戦闘終了と相成った。







「お見事です。鮮やかな手並みでした――」


 仕留めた、流石に自分の傀儡は対人戦に強い。

 そう判断して、七は笑顔でもって労いの言葉を――遮られる。


「逃げても遅ぇぞ! 隠れたって絶対逃がさねぇ!! なにせ隠れるのはおれの専売特許だ! もはや安息はないと思え、いついつだっておれの刃がお前を狙うぞ!!」

「ね……て、玖来さん? 突然、大声張り上げてどうしました。病気ですか」

「いや。念のための念押しというか、種撒きというか……」

「はぁ、そうですか。芽吹くといいですね」


 よくわかっていない風の七に説明はしない。後に回す。

 今は自分の身を顧みる。損害状況の確認だ。確認作業は癖にしてある。ジジイ曰く長生きの秘訣らしいから。しかしどこの戦場帰りの発言だよ。

 置いといて、確認。切り傷なんかはほとんどない。くらったのはおおかた打撃、牽制や不意を衝く素早い素手の攻め。後に残るような怪我はない。まだ戦闘続行も可能だろう。

 そこまで把握してから、ため息で残心を解す。しながら周囲に目を向ける。

 ほとんど人は残っていない。通り魔の噂でその脅威は知られていたらしい。掲示板の利用率が素晴らしいのか、異世界人は噂話が好きなのか。少しだけこちらを窺う輩もいたが、少なくとも黒髪の人間は見えない。【運命の愛し子】は去ったか。今から追いかけても意味はないだろう。

 わかりきっていたので期待はしていなかったが、かすかに落胆はある。

 まあ、本人はいなくても、手先がここにいるのだ。欲張りはすまい。仕込みもしたしな。

 烈火はノびた男に近づき、さくっと予備のワイヤーできつめに縛る。縛り具合を確認してから、さて。


「おい。おい起きろ」


 言いながら烈火は男の頬を張る。普通に強烈で、いい音が通りに響き渡る。

 一発で起きないようなので、もう一発。もう一発。ばしばしばし!


「っ、なん――!」


 起きた。

 けどもう一発殴っておく。喋ろうとするのを遮るように。上手く黙ったので、ちょっと髪を乱暴に掴んで顔をこちらに向けさせる。演じて――半分は本気で――憤慨を顔に乗せる。


「よぉ、思い出したか通り魔野郎。お前、一週間前と四日前に四人ほど殺した噂の通り魔でいいんだよな」

「…………」


 無言ながら、男は首肯した。

 身動きできない状況。敗北。命を奪おうとした。それらを正しく把握しているために、素直だ。命をとろうとした者だからこそ、ここで烈火を不快にさせれば簡単に命をとられるとわかっている。因果応報である。

 烈火としても、それは助かる。あまり時間をかけていると他の人が呼んだ兵士とかがやって来て個人的な尋問ができなくなる。


「あんまり時間もないから率直に訊くが、お前なんでさっきリーチャカ――あぁいや、地霊種ドワーフの少女を狙い打ちにしたんだ」

「お前こそなぜ邪魔をする。俺は信託を受けた聖人であるぞ」

「……へぇ」


 烈火の瞳が、急激に冷えていく。心が、魂が、絶対零度に凍えていく。

 予測通りで、最悪で、腹が立つ。


「じゃあなにか、お前は神様に通りすがりの罪もない地霊種ドワーフの少女を殺せと言われたのか」

「罪もない? ふざけるな。神が殺せと言ったのだ、罪にまみれた悪党に決まっている」

「……そうかよ」

「そうだ、邪魔をしたお前は邪悪を守ったも同然! 死ね、貴様もまた邪悪なのだ、死んで詫びろ!」

「うるせぇ、もう黙れ」


 熱に浮かされたようにくっちゃべる男に、ぴしゃりと言い放つ。もう聞きたくなかった。


「なんだと貴様、俺は神に選ばれた――!」

「……はぁ」


 拳を振り下ろす。

 がつんと一発頭頂に殴打。男を顔面から地面に叩きつける。加減は効かなかった。いや、加減するつもりがなかっただけか。

 ともあれ通り魔は地面に突っ伏した状態で再び気を失った。これで静かになった。

 落ち着いて考えよう。

 もともと噂の段階で、通り魔が向こうの打った一手であることは割と予測がついていた。

 なにせ出現のタイミングが臭すぎる。それはちょうど烈火とキッシュがAランクの魔物に襲われた次の日なのだ。

 一度、洞窟で仕留め損なえば、もう怖がって洞窟にはあまり行かなくなるかもしれない。洞窟で仕掛けるのは難しくなった。じゃあどこで烈火を仕留める?

 その答え――都市の中で、通り魔を使って殺せばいい。

 そこまで考え至れば、おそらく向こうにとっての幸運で、こちらにとっての不運に、通り魔が収まるのは推察できていた。

 だから通り魔が襲い掛かってきた、そこは問題ではない。驚くに値しない。いずれ来ると思っていた。だが、襲い掛かる対象が予想外だった。

 烈火を狙っておいて、何故リーチャカを攻撃させたか。

 決まっている、そうすれば烈火を炙り出せると思ったからだ。運よく烈火のスキルを【運命の愛し子】に目撃させることができるからだ。

 その通り、烈火は罠だと理解していながら嵌る他になかった。『不知』を解く瞬間という、どのようなスキルであるか最も露見しやすい場面を晒してしまった。

 失態だ。屈辱だ。腹立たしい。

 だがそれ以上に、烈火を殺すためにその周りを狙うそのやり口――気に入らねぇ。


「……少し、怒った」














「しかし、危ねぇ。あの通り魔ちょー強かったんだけど。久々に走馬灯見たぞ」

「久々? 玖来さんて走馬灯見たことあるんですか?」

「そりゃある、割と沢山」

「え、沢山ですか。そんなに死に掛けてるんですか?」

「玖来流じゃ走馬灯は友達レベルだからな。走馬灯の経験回数と経験深度でだいたいどれくらい玖来流として完成してるのかわかるんだぞ。というかそもそも、走馬灯も体験せずに一人前になれるかと教え込まされてる」

「またイカレてますねぇ……」








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