38 せっかく夢を見るならいい夢見せろ
「戯けが!」
そこは手狭な道場だった。
天井は高いが、面積はそこそこ。ところどころが古びれて、壁はボロボロだ。板張りの床もちょこちょこへこんだりしていて、決して良い稽古場とは言えそうにない。
そんな粗悪というか使い古された骨董品のような道場で、ひとりの大男が大喝していた。倒れ伏す少年に叫び、叱咤し、罵倒する。
「そんな雑な挙動では三度は死ぬぞ、馬鹿弟子がぁ! 何度言えば理解するのだ、学ばぬ猿か貴様は!」
大男は年齢だけ見れば老人だった。だが老人にあるまじき体格と筋肉、なによりも活力を漲らせており、衰えや老化は感じられない。
男の言葉は道場内に響き、死んだように倒れる少年にトドメを刺しているようにも見えた。屍に鞭打っているようにも感じ取れた。
なにせ少年はぴくりとも動かない。ぶっ飛ばされて壁に叩きつけられ、普通に大ダメージを食らっていたから。
けれども、厳格なる男のノドは次から次へと罵詈雑言を飛ばし、少年をなじる。
「はっ! その程度で動けんか、未熟者が! お前の鍛錬が足らぬ証拠だ、明日より修練の時間を延ばすか?」
瞬間、死んでいた少年が生き返った。ブチ切れて飛び上がった。
「っせー、ジジイ! これ以上やってられるか、今度こそぶっ殺すぞ、おらァ!」
「やれるものならやってみるがいいわ、この未熟者が! それでワシを殺せれば免許皆伝、師範となって好きにするがいい!」
「免許なんざいるか!」
生き返った少年――玖来 烈火十四歳は、拳を握って殴りかかる。思慮もない感情任せ。
それでも身体は技量によって駆動する。膝を崩して倒れこむ。その力を前方に押し出すように変換し、実際倒れる前に次の足を前へと踏み込む。拳は巌の如く硬く握り締め、腰の捻りを利用して真っ直ぐ打ち出す。撃ち出す。
「お前はまだ全力しか出しておらん。だから駄目なのだ」
ぺしんと、烈火の拳打ははたかれ逸らされる。いとも容易く、蚊を叩くように。
バランス崩す烈火は即座に整えようとして、足を刈り取られる。一瞬間、烈火は空中にて完全なる死に体を晒す。そこを、男は、
「ふん!」
容赦の欠片もなく正拳突き。
そして殴り飛ばされる烈火。再び壁と再開し大袈裟なハグをかまして、最後には床と抱き合うことになる。
傍目で見て生死すら危ういのでは、と不安を感じるザマだが、殴った方はやはり嘲笑。この程度か雑魚がボケ。
殴られた方も、すぐに起き上がって元気一杯、文句連打。
「全力以上になにだせってんだ!」
「お前の天井で戦っても成長が見込めん。常に全力を超えていけ! ワシは常に己の全力を全力で超えようとしておるわ!」
「無茶苦茶な精神論かますな!」
「死に物狂いになれ、でなくば奥伝には届かんぞ!」
「死んだら終わりだろうが、ボケてんのかジジイ!」
それはいつかの日常風景。
玖来の家での毎朝の光景。この後そろそろ妹が道場に来て言い争いを制止するまでが一連のお約束。
もはやありえないかもしれない、夢の中だけの幻想だ。
「……あー」
目覚めたばかりのしゃがれた声で、烈火は天井に向かってひとりごちる。
「これがホームシックって奴かね」
異世界渡って二ヶ月ちょいちょい、遂に訪れたかホームシックの時……なのだろうか。
ホームシックははじめてだが、夢を見るものだったのか。知らなかったぜ。
「というか夢を見るのが久しぶり、か」
しかして夢を見たら見たで夢見が悪い。
「にしてもなんでジジイが出てくるんだか……」
ジジイ――夢に出てきた厳格なる男、玖来 剛火。烈火の祖父にして玖来流師範、直接の師匠である。もう結構な歳だというのに、肉体全盛期付近である烈火が一度も勝利したことのない恐ろしいジジイである。
悪夢ジジイはどうでもいい。
「キッシュと別れて心細いから、とかかねぇ」
「私がいるじゃないですか!」
「あー、うん、そろそろ出てくると思ったよ、七ちゃん」
ひょこりとベッドの脇から顔をだすのは、今日も可愛い七ちゃんだ。
いつもより三割り増しで笑顔が輝いている。可愛い。二次元レベルで可愛い。触れてもディスプレイで阻まれたりしないよね。恐る恐る触れてみる。いつかのように邪険にはされず、変わらずにこにこしている。よほど上機嫌らしい。というか頬柔らか!
「七ちゃん、なんでそんなニコニコ笑ってるの?」
「いやー、あはは。久々の二人きりじゃないですかー」
「え、そこ? そこ笑顔ポイントになっちゃう感じ?」
そんなに話したがりだったのか。
まあ最近では説明役もキッシュに譲っていたからな、話し足りないのも仕方ないのか。
喋りながら考えながらも、烈火の手は七の頬をいじり続ける。挟んで引っ張ってにゅー。上下してみてふにゃにゃ。なにこれ超楽しいんだけど。
調子に乗っていると流石に手で払われた。羽虫を振り払うような手つきで。
恐る恐る目線を上げて、七ちゃんの視線に合わせてみる。笑顔だった。けれど滲み出るものは怒っていた。
「玖来さん、私のほっぺはオモチャじゃありません」
「いや、ごめん。つい、楽しくなっちゃって」
「許しません」
がこーんと、久々にタライが降ってきて烈火の脳天を打ち抜いた。痛い。
直後タライは虚空へと溶けて消え去る。神様技術無駄遣いしましたよ、この神子。
烈火は頭をさすりつつベッドからのっそり立ち上がり、ようやく目覚める。
「とりあえずおはよう……メシ食って鍛錬するか」
「今日はちょっとしたチャレンジしよう」
宿屋の屋上。宿主であるファウスの許可をとって、今日もここで鍛錬だ。
宿屋に屋上ってあるんだな、と当初は思ったが、単純に屋根が平らだから使えるスペースというだけっぽい。柵もないし、なにもない。階段もない。
え、じゃあどうやって屋上行くんですかとファウスに問えば、解答簡潔一言――窓から行け。
まあ、別にいいんだけどさ……。
烈火の部屋が最上階だったから、その部屋の窓から身体を乗り出して屋根にのぼった。なんとか辿り着けば、あるのは平面の屋根であった。なんで平面屋根なんだろう、と思ったが詮索はしない。なんか理由があんだろ。または特に理由もなく気分だろ。
この宿に滞在してずっと窓からの移動は繰り返していたので慣れたもの。準備をしてからさっくり上がって、それから烈火はそんなことを言ったのだった。
七ちゃんは実に興味深そうな体で問う。ノリのいい子なのだ。
「ほう、どんなチャレンジですか」
「『不在』を立った状態でやる」
「おや、命がけじゃないですか」
七はちょっと吃驚した顔を晒す。
まあ、これまでずっと安全第一で過ごしてきたからな、驚くのも無理はない。
けれど、安全だけ優先していては、いつかどこかで落下する。歩行者が信号守っても、車が守らなければ事故は起こるのだ。
それに、今朝見た夢で、ちょっとだけ思い出した。
――お前の天井で戦っても成長が見込めん。常に全力を超えていけ!
ジジイが毎度口酸っぱく語っていた言葉だ。当時は無茶苦茶抜かすなと思い、今もやっぱり同じことを思うけれど、それが玖来流のやり方。全力を超えたものとは決死であり、だから求められるのは死に物狂いの死に掛けの狭間までがんばれということだ。辛い。玖来流、辛い。ブラック企業も真っ青な理論だ。
「まあ、いつまでも跳躍中だけとか、前に進めんだろ? 使用には慣れた、次は制御にランクアップだ」
「それは一理ありますけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。そのためのここだ」
ちょうどここは屋上なので、透過して落下しても地面に生き埋めとかはない。変なところで『不在』を解除すれば壁に埋まることになる危険は依然存在するが、まあ地上でやるよかずっとマシであろう。
「それにここならおれの部屋の真上だし、ミスっても大丈夫だろ。他の人に迷惑はかけない」
「咄嗟に判断をしくじらないでくださいよ?」
鍛錬中にスキル制御を誤って事故死とか、傀儡戦争はじまって以来の大珍事になってしまう。戦争は今回がはじめてであるが。
無論、烈火だってそんな死に様は嫌過ぎる。がんばる。死ぬ気でがんばる。
目を閉じ、心を落ち着かせ、息を吐き出す。
「じゃ……いくぞ」
「はい、がんばってください」
神様スキル『不在』。七番目の傀儡たる烈火のアザナとなった力である。
あらゆる干渉をとりやめ、世界から孤立する術理。
だが孤独であっては死するのみ。繋がりなくて留まることなどできはしない。
無意識にかけてある安全装置――空気や光、重力などの欠けてはならないもの。それをいつもよりもしかと感じ取ろうとする。これは干渉しているもので、それ以外が干渉していないものと区別できる。ならば前者の感覚を活かせば、干渉選択の際の感触がわかるのではないか。烈火はそう考えた。
だからこれまでの訓練中、跳躍して『不在』を扱っていた時に、干渉しているものを強く意識した。その感覚を身に刻み込むように。
同時に足の裏の感触にもまた意識を割く。これも空気や光などと同様に必須のモノであると念じる。己に言い聞かせる。
これがなくば死ぬ――これを失えば己も失う――干渉すべきだ。
念じて、願って、言い聞かせて――『不在』を発動。
そして――
「おっ、おお! 玖来さん、やりましたよ! 立ってます! ちゃんと足が干渉してま――!」
「……っ」
四秒で落下した。
即座に『不在』を解除。上手くベッドに落下、その衝撃を最低限にまで抑える。
ベッドの配置にまで気を配っての立ち位置だったのだ。床に落ちると痛いから。
すぐに追いかけてきた七ちゃんは何故か申し訳なさげ。
「ごっ、ごめんなさい玖来さん。変に声をかけて集中力乱しちゃいましたか」
「いや。別に七ちゃんのせいじゃない。というか、声聞こえなかったし」
「うえっ、すっごい集中力してますね。謝り損です」
「…………」
七ちゃんの言葉を聞き流しつつ、烈火は思案する。なにが駄目だったのか、どうして失敗したのかを考える。
成功はした。方向性はあっている。このまま同じやり方を繰り返し錬度を上げるべきだろう。
ではなにが足りなかったか――集中力?
おそらく違う。烈火は自分の集中力に自信があったし、それが足りないのならば数秒保つこともなかっただろう。
では、イメージか?
まだ干渉必須項目と、干渉可能項目との差異を把握しきれていないのか。この問題は身体と心で覚えるもので、おいそれと出来るものではないとわかる。感性でしかわからない部分で、目に見えなければ聞こえもしない。触れもできず感知もできない。そんな曖昧なものを掴むなんて、まず無茶だろう。
おそらく、問題点はイメージ。経験が不足し、まだ感覚を把握しきれていないが故だ。要は結局、練習不足。もっと繰り返し行うべきだということ。
あとは、なにか問題点となるものはあるだろうか。
……いや、思いつかない。単にもう他に問題はないのか、それともそんなにぽんぽん問題点を列挙できるほどに簡単なスキルでないのか。
「玖来さーん? 寝ちゃったんですかー? 二度寝はどうかと思いますよー?」
「……寝るか、ぼけ」
「おや、ベッドでずっと黙りこくっているので寝ているのかと」
「へいへい起きますよ」
それから烈火は、屋上とベッドを何度も何度も行き来することになるのだった。
鍛錬のあとは読書である。
昨日、ようやく購入した新しい外套を纏って都市を行き、図書館へ。
で。
「メモってしてもいいの?」
各種の入場手続きを済ませ、図書館に踏み入り、烈火はいつもの目隠し前髪司書さんにそう問うてみた。
司書さんはすぐに返答。申し訳なさそうに頭を下げた。
「……いえ、この図書館では筆記は許されていません」
まあ、大切な本に落書きでもされちゃたまらんか。流石に厳重だな。というか持ってきた鉛筆、没収されたし。
「じゃあ、館内で内容を覚えて、外でメモするしかないのか」
「そうなります。申し訳ありません」
「そうか……」
困った。これでは「はじめての魔法」から要点だけ抜き取って勉強しよう作戦が頓挫してしまう。まあここが要点だと判別して、意識して記憶するくらいならできるか? だいぶ効率は落ちるが、仕方ないな。
烈火は諦めて、とりあえず再び「はじめての魔法」を手にとり、読み耽る。
同じ書物を再読するのは、割と重要だ。先を知った状態で序盤を読むと、以前には気付けなかったことに気付け、前には不明だった繋がりを意識して思案できる。最初の時は難しく感じた部分も、大まかな理屈を把握しているから細かく解明していく。
ひとつの書物を一度の読書で読み尽くせると考えてはいけない。これを書き上げた著者は、膨大な時間をかけて知識を溜め込み、そこから無駄を省いて、さらにそれを必死で上手く伝えようと悩み、文字とする。その苦悩や努力のほどを、読者は共感せねばならない。
まあ、受け売りだけど。
その日の午前中、烈火はひたすら書物との戦いを続けた。
続けて続けて烈火は忙しなく一日を過ごす。次の予定だ。
「さて」
昼時少々過ぎてから、烈火は図書館から退出。腹も減ったので昼食である。
適当に出店で片手で食べられるもの――今日はサンドウィッチをパクつく。買い食いの上、食べ歩き。行儀悪いが、まあ許せ。時間は金で買えないんだ。
そのまま足は宿屋に向かう。辿りつく頃にはサンドウィッチは腹の中だ。
一旦部屋に戻り、荷物をとって、再度お出かけ。
えっちらおっちらまた都市を歩く。
闊歩していると気付く。あまり見られていない。外套をつけているので、昨日よりも人目が薄いのだ。まあフード被ってるせいで怪しい奴への視線がやって来ることはあるけれど。
注目されないのは嬉しい。目立ちたがりというわけでもない烈火である。
そして、しばらく歩んで歩んで午後の予定に到着――一軒家、リーチャカのお宅だ。目的は当然、謝罪である。
昨日はクールダウンのために来なかったが――逃げと言わないでくれ――今日こそ謝罪せねばなるまい。贈り物も用意した。果物の詰め合わせだ。割とこの世界では高価な代物で、フルーツなら女子も喜ぶだろうという目論見である。
さあ行くぞ、謝るぞ――ぞ……ぞぉ。
意気は揚々。だが足裏は地面に接着離れない。頭の中で感情が二分されて争っている。感情の分離に身体が動けないでいる。
謝らなければ――そんな思い。
けれど拒絶は嫌だ――そんな思い。
情けないが、駄目だ。怖い。尻込みする。玖来 烈火はこんなにも他人の顔色を窺う性格であったか。情けない。
というか、なんて言えばいいんだ。まずは謝罪の文句を熟考すべきではなかろうか。無策で立ち向かって勝利しえる戦いなどない。冷静に一度立ち止まって思案を巡らせよう。
それは完全に時間稼ぎの思考回路であったが、まあ謝罪文を考案しておくのは悪くなかろう。
たとえば、そうだな――
『先日は大変な失礼をしてしまい申し訳ありませんでした。完全にこちらの不注意によるものです、なんなりと非難ください。ごめんなさい。できればどうかお許し願えればとここに謝罪の品をお持ちしましたので、どうかお納めください。本当にごめんなさい、ごめんなさい。申し訳ありません』
――卑屈が過ぎるか?
いやいや、だが悪いのは全面的にこちら。向こうに一切の非はなく、非礼に不快感を与えたはず。
がちゃり。
「――なにしてる」
「え」
鈴の音のように澄んだ音色なのに淡々とした調子の声。
が、突然に開いたドアの向こうから飛んで来た。
リーチャカ・リューチャカである。開いたドアの隙間からちらとこちらを警戒して見遣っていた。
「えっ、えっ、ええ!」
「なに、してる。聞いタ」
「あっ、いや、その、これ……」
慌てふためきながらも、今日の服装は以前と違って機能的なそれだな、作業着かとかいらん思考が走る。これはこれで似合うな白衣みたいだ。
じゃなくて、烈火は右手にある重みを実感。とりあえず差し出す。
警戒する少女を刺激しないよう、ゆっくりゆっくり音なく近寄る。そして恐る恐るフルーツの盛り合わせを渡す。
「もらってください、気持ちです」
「……なんだ、コレ」
一応、受け取るが、リーチャカは問う。その表情は不思議そうというよりも疑念が強い。
烈火はその様相で既にビビってしまう。この反応はお気に召さなかったか!?
これはまずい。不安に消え入りそうな声で、謝る。
「ごめんなさい……」
「?」
「ごっ、ごめんなさいでしたー!」
バッと素早く頭を下げる。もはや勢いで誤魔化している。だが、謝罪姿勢のポーズはキッチリカッチリ粗相なし。浮き足立っても動作に支障ない、そこは玖来流である。
もはや許しを得るまでこの頭、上げまい!
烈火は決意にも似た思いで出方を窺う。見えないなりにリーチャカの動きを空気で察そうとする。
リーチャカ・リューチャカは。
「…………はァ」
深い深いため息をひとつ。
それから受け取った果物を一瞥してから、少し奥歯を噛み締める。頭を下げた烈火には、見えなかったが。
直後、リーチャカは肩から力を抜き、バツが悪そうに首を振る。告げる。
「いや、ワタシのほうも悪かっタ」
「え」
「お前、ただ知らなかっタ。悪意はない。わかっていてタ。ケド、ワタシはすぐ頭に血が上る」
「いやいや! 失礼なことしたんだろ? じゃあ怒って当然で、おれが謝るのも当然だ!」
烈火は地面と足元だけを見つめながらも声を上げる。だが、リーチャカは肩に手を置く。もういい。
「まだまだワタシも未熟ダ。もう怒っていない、頭上げろ」
「……いいのか」
「イイ」
「すまん……」
未だ少し緊張を保ちながらも、烈火は顔を上げる。足元から膝が見えて、白地の服を通り越して、褐色の顔。対等目線でリーチャカと向き合う。
「このたびは、本当に、ごめんなさい」
「もういいと言っタ。しつこい」
「ごめん」
「……わざとカ」
「違います」
苦笑しながら返すと、安堵が押し寄せる。
気の抜けた会話が交わせるだけで、随分と安心する。嬉しくなる。
意味もなく笑う烈火になにを感じたか。リーチャカはほんの微かに頬を緩ませて、言葉を続ける。
「お前の小剣なら、一昨日から準備している。約束通り一週間後――ヤ、二日経ったから五日後にまた来イ。完成させている」
「え、マジですか」
「……その口調はやめろと言っタ」
「悪い。じゃなくて、やっててくれたのか!?」
あの別れ方で。
だいぶ印象悪くなったであろう烈火のために。
うおー! やっぱりこの少女もいい子だったよ!
感動して身が震える思いだった。異世界の人たちはみんないい人ー! この考え方を布教したい。
はしゃぐ烈火に、リーチャカは少しだけ目を細める。淡白にだけど、感情は残した声音で言う。
「だから今日はもう帰レ。果物は……ありがたく、もらう」
「おう! じゃあな、リーチャカ・リューチャカ、また来るぞ!」
「うん、クライ・レッカ」
僅かにはにかんだリーチャカの顔が、烈火には酷く印象的だった。
それは常に淡々とした少女の見せた、はじめての感情表現のように思えたから。
「けっ。キッシュレアが去ったらすぐ次ですか。誑しのクズ野郎ですね玖来さん」
「いやいや、人聞きの悪いこと言うなや!」