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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第一幕 そして不在はいなくなった
4/100

4 ゲーム盤は別にゲームじゃないよ









「定番としてギルドとかあんの? こう、依頼を出してくれて、報酬くれる斡旋所みたいな」


 それなりに賑わう町中を烈火は歩く。

 きょろきょろと周囲を眺め、異世界建築に感心する。まあ、建築学に詳しいわけでもない、ただ外観的に中世っぽいなとか思う程度だ。とはいえ実際のところ、本当に中世頃の建築技術と同じなのかと問われてもわからない。案外、近世とか現代に近かったりするのかもしれない。まあ、独自に発展したのだろうと適当に思考の帰結をしておく。

 行き交う人々の服装もやはりファンタジック。七のそれを見てもしや皆現代チックなのではと危惧していたが、杞憂に終わったらしい。やはり風景と服装は一致してねば違和感があるというもの。

 その違和感の権化たる少女はパーカーのフード紐をいじくりながら軽く返答。


「ありますよー」

「…………。じゃ、行ってみるか。こういうのは様式に従うのが楽だしな」


 とはいえ突っ込まない。断じて突っ込まない烈火である。というか、七の姿は余人には見えないのなら、正直こうして話すだけでも変人に見られる恐れがある。突っ込みなどという強烈な声音の刃を振り上げるとか、目立ちまくる。

 ……とか考える烈火であるが、当然に彼も学生服で、完全に異国スタイル。いや異世界スタイル。既に目立っている。ひそひそと独り言について隅でおばちゃんたちが囁いている。またもうひとつの要素もあって変なものを見る目で誰もがチラ見している。

 烈火は意識的にそれらを無視してズンズン歩む。なにも聞こえないし、なにも見えない。こんなファンタジーで陰口とかやめてください。ファンタジー住民はみんな心優しいに違いないのだ。話しかければ暖かな対応で色んなころを話してくれるはずなのだ。

 心の耳栓をしっかり挿入したまま、烈火は歩む。七の導きでひとつの大きな建物へ。

「討伐者斡旋ギルド・サイクラノーシュ支部」――看板にそう書いてある。赤い文字でデカデカと。派手だ。サイクラノーシュってのは町の名だろう。聞いたことがあるような、ないような。まあどうでもいい。

 烈火はそれよりも、見上げて異世界旅行の不思議のひとつを目の当たりにする。突っ込んでみる。


「言語は大丈夫そうだな、文字読める――てか日本語に見えるんだが」

「日本語ですねー」

「……そういう風に見えるだけ、とか?」

「いえ、この世界の共通語は日本語と同じです。ただ名称はファルベリア語ですけど」


 一瞬の沈黙。それから深いため息。都合がよすぎて気持ち悪い。


「……なんか本当にゲームみたいだよな。テンプレが揃い過ぎてね? おれら異邦人に優し過ぎない?」

「それはそうでしょう。なんたって、このゲームのために創った世界ですし」

「は?」


 流石の烈火も刹那硬直する。七の言葉を聞きいれ、理解し、停止してしまう。まさかそんな、いやいやご冗談を――七は重ねてにこやか。


「このゲームのために創った世界ですし」

「…………まじ?」

「七ちゃん嘘つかない」

「それが嘘だろーが。いや、じゃなくてマジか、マジかよ、嘘だろ、神半端ねぇな」


 こんなアホな余興のために世界を一個創ったってのか! 豪勢過ぎるだろ神様!


「創ったのは母さんじゃなくて私たち兄妹なんですが。なんでも神になるのですから、世界のひとつでも創っておきなさいと母が――」

「神様ハードル高ェな! ていうか、ぽんぽん世界創って大丈夫なんか」

「まあ、大丈夫なんじゃないですか?」

「てきとぅ!」


 なんかこう、多重世界の云々かんぬん。パラレルワールドどうのこうの。増えすぎ分岐世界なんのその。とか、とか。ないの? ないんだろうなァ。人が思うよりも、世界という奴は適当かつ雑でどうとでもなるのである。たぶん。きっと。そのように祈る。


「まっ、マジでゲームの中みたいなもんなのか」

「いえ? ちゃんと玖来さんがいた世界と同じようにして創りましたし、しっかりとした一個の確固たる世界ですよ。もしもこれでもゲーム世界だと言うのなら、玖来さんがいた世界もゲームですよ」

「む、そりゃそうか」


 この世界や、その住人に失礼な発言だったか。ごめん。


「ま、世界の歴史には介入したり、文化を弄ったりはしましたけどねー」

「おい! それでいいのかゴッド! 人権侵害、人権侵害!」

「いいんですよ、所詮人間など神の玩具に過ぎません。ククク」

「七ちゃんマジ邪神!」


 冗談だよな、冗談で言ってるだけだよな。そうだと言ってくれよ、七の神子。


「ちっ、ちなみにおれのいた世界に神の介入はあったのか?」

「最低限は。そもそも介入干渉なしで人間なんて複雑怪奇の生命体が生じるわけないじゃないですか」

「あっ、そうなんだ……」


 なんだろう。すごい、なんだろう。生命の神秘の限度を見たというか、引き換え神の傲慢さって天井知らずだなというか。なんか、物悲しいなぁ。

 七は苦笑で言い繕う。そこまで気にせずともと。


「まあ神がいて、世界ができて、人が生まれたわけです。そう落ち込む必要はないですよ。お祖母さんから生まれたお母さんから生まれたあなたは、別にお祖母さんでもお母さんでもなく、あなたじゃないですか」

「……成り立ちがどうあれ、おれはおれだって? そりゃそうだけどよ。そうじゃなくて、人類って実は神がいなきゃなんもできねぇ葦だっていうのが――」

「そんなことないですよ。歴史や文化は人の造った、人のものです。そこらへんに上からの手はないです。誕生にだけ干渉して、後はほったらかしで観賞です。

 ……地球のほうは」

「……」


 言外に、この異世界ファルベリアは神の見えざる手に掻き回されているということか。まあ、でなければ日本語が共通語とはならんか。おそらく傀儡七名に都合いいようなところだけを弄ってあるのだろう。でなければ文化の差異とかで、たぶん現地人と仲良くなれないし。

 いや、ほら考えてみなよ、異世界だよ? 地球人には相容れない文化発生させてるかもしらんじゃん。地球上にだって受け入れがたい文化はあるのに、世界違って魔法とかあったら、そりゃ全然違うだろ。鼻の穴に指突っ込むのが挨拶です、って言われて適応できる自信はない烈火である。


「まあ、別に無理矢理ってわけじゃないですよ? なにせ神様の声が聞こえる巫女とかいますし、神の力の片鱗である魔法が日常。誰もが神から生まれた命だと自覚し理解している世界ですから。地球よりも、ずっと神が身近なんですよ。ちょっとこんなのどうですかー、って伝えたら乗り気になっちゃうみたいな」

「道の選択肢があるだけ有情ってか? ほぼ一本道だろが……」


 なんだか神や神子への不信感が芽生えている気がして、七は少しだけ慌てて話を変える。というか戻す。さっきからずっとギルドの前に突っ立ている形だ、他の人にも迷惑だろう。


「まあまあ。それより、ほら、お話はこれくらいで、入りましょうよ玖来さん」

「……そうだな。迷っても悩んでも仕方ねぇ」

「玖来さん、悩んだことないじゃないですか」

「うっせぇ」







 蝶番が軋む音を鳴らして、そのドアは開く。すぐにそれより大きな音で、ドアについていたベルが響く。出入りを中の者に伝える仕掛け。

 なんとなく日本の頃の飲食店を思い出す。特に躊躇わない烈火でもあった若干の緊張が、それで僅かに減った気がする。馴染みのものは、人を安心させる。それが音であっても。


「……ふぅん」


 烈火はきょろきょろと無遠慮に視線を飛ばす。内部の確認。パッと見では奥に窓口があるだけの、こう、役所とかそんな感じ。手前側には木製のテーブルや椅子がある待合所と言ったところか。

 というか、広いな。外から見てもでかかったが、結構儲かっているのか。荒くれ者の集合場所みたいなイメージであったが、人自体がほとんどいない。受付窓口の人を除けば、五人もいない。広いくせにさびれているのか。それとも単にこんなものなのか。

 ともかくドアの前に突っ立っててもしょうがない。行く。窓口に掛けられた文字を頼り、総合受付に。

 第一印象、これ大事。烈火は笑顔でフレンドリーに言ってみる。


「すみませーん、ちょっとお尋ねしたいんだけど、ギルドに登録ってどうすればいいんですか」

「討伐者志願でしょ――」


 討伐者? 冒険者とかそういうのじゃないのか。名称が違うだけか、なにか別にあるのか。

 って、なんか受付の人が固まっている。え、おれの顔になにかついてる? 烈火の疑問は当たらずも遠からず。受付の女性は確かに烈火の顔の二箇所に目を奪われていた。


「黒い髪に、黒い瞳……」

「え」


 なに、なんでそんなに驚いてんの。珍しいの? いや、実に異世界っぽい反応だけどさ。わざとらしいくらいにそれっぽいけどさ。でも髪とか目の色って、絶対神子どもが設定してるだろ。黒髪黒目は珍しいって世界観にしてるだけだろ。すっごい作為を感じるよ。


「流石、玖来さん、よくわかってますね」


 お約束だからな。特異性を際立たせて優越感向上の。何故か迫害されることは少ないんだよな。

 しかしこれ、なんかメリットデメリットあんのか? 迫害されないよね?


「まあ縁起がいいとか、その程度ですよ。地域によっては不幸の象徴とかにしてますけど」

「迫害されんじゃん!」

「っ」


 しまった、受付の人を驚かせてしまった。

 まずいまずい。誤魔化さねば、話を戻さねば。

 烈火は笑顔を掻き集める。


「それで、その討伐者? 志願ですけど、どうすればいいですか」

「ああ、はい、すみません」


 受付のお嬢さんは営業スマイルを復活させ請け負い、なにやら紙を取り出す。こちらに渡し、そして――


「……まじか……」


 メッチャ普通に鉛筆渡されたんだけど……。

 羽ペンとか筆とか、せめて万年筆とか、そういうのじゃなくて鉛筆である。

 あれ、鉛筆ってどの時代からあったんだっけ。ここにあっても別におかしくはない、のか? 普通過ぎて当然な気がしてくる。

 いやそもそもこのファンタジーに時代考証は無粋なのか。無粋だな、考えないようにしよう、うん。きっとこれは鉛筆ではなく魔法ペン的なアレなんだろう。そうに違いない。見た目で物を判断してはいけないのだ。感触も同じだけど。


「ではそちらの書類を読んで、必要事項に記入の上サインをしてください」

「わかりました」


 烈火は書面にさっと目を通し、幾つかの記入欄をすぐに発見。素早く必要事項を書いていく。


「って、玖来さん! 規約とか読まないんですか!」

「あ? 別にいいだろ。どうせ加入は必須なんだから、読もうが読むまいが結論は変わらん。時間の無駄だろ」


 口は動かしても手は止まらない。鉛筆を軽やかに動かす。

 文字は……日本語でいいのか。名前と年齢と――


「いや、そうですけど! でも、そんな適当にサインとか! それでも現代人ですか、あなた! もっと警戒してくださいよ! 詐欺られますよ!」

「うるせー、詐欺師七ちゃんの言うことじゃねぇだろ」

「私、詐欺師じゃないです」

「はは、ワロス」


 種族、うん? 人間でいいのか? いいか。武功や戦歴があれば? ないな。魔法は……使えない。武器は? 熱いハートと燃える魂。ハズいな、小剣と。

 とかとか、そんな感じで幾つかの記入事項をさくさく適当に書き進めて、うーん、こんなもんか。

 書き終えて受付さんに目線を戻す。

 ――なんかすげぇ顔をしていました。こう、変人が目の前にいてすぐに距離を置きたいのに職務上できないジレンマの真っ只中みたいな、そんな表情だ。

 うん、おれのせいです。目の前ででかい声で独り言を喚く男がいたら、そりゃヒくよね……。

 烈火は伸ばそうとした腕を引っ込める。紙を渡すことをやめ、にこりと受付嬢さんに笑いかけてちょっと移動。隅っこの誰もいないような場所に。

 囁くよう、小声を潜めてひそひそ話。


「……ちょっと七ちゃん、おれの大事な神子の七ちゃんや」

「はい、どうしました玖来さん。私の大事な傀儡さん」

「喋らずお前とコミュニケートとる方法ないの。テレパるとか。そろそろ玖来さんでも白い目に耐えかねてきたんですが」

「え、テレパれますよ?」

「最初に言えぇぇぇえええ!!」


 叫んだことで周囲からの奇異の目が強まる。他の受付の人とか、たむろってた人とか、なにこいつヤバイみたいな目で烈火を見る。可哀相なものを見る目で見る。軽蔑、憐憫、忌避。様々なマイナス感情が視線に乗って烈火を襲う。辛い!

 だが、そんなことを気にしていられるか!


「早く言えよ、早く言えよ! そういうの早く言えよっ! 完全におれ、変質者扱いだろーが! お前は見えないからいいかも知れねぇけどな、おれには尊厳的なものがあるんだよ! 一応! 少しは! 人ととして最低限!」

「いやぁ、すみません、楽しくって、つい」


 てへ。

 あざとい! 甘い! けど許さん! 

 いくら七が可愛くても烈火の尊厳は帰ってこないのである。

 七は苦笑しつつも言い訳というか申し開きというか、路線変更というか。


「あ、でもテレパシーも一応、魔法の分類ですから、魔力かかりますよ」

「は? マジかよ、おれ最初から魔法修得済みな感じなわけ?」

「いえ、ちょっと特殊な裁定です。本来の魔法はみっつの様式があるんですけど、私との会話だけはそういうのなしで心で私に向けて思いを念ずればいいです。そういう風にしてあります。魂と魂を直接パスで繋げたみたいな?」


 そういう風にって、マジで理屈抜き説明だよな。神と神の子の御業だからなんでもアリかよ。


「でも魔法は魔法なので魔力はかかります。玖来さんは総魔力量が平均よりやや上ってくらいなので、多用が過ぎると疲れますよ」

(あんま意味ねぇじゃん!)


 試しに念じてみた。届いてんのかこれ。


「届いてますよー」

(ふぅん。確かにちょっと疲れるというか、なんか内側から減ってる気分があるな)


 割と初体験な感覚である。

 まあ、ともかくともあれ、これで大きい声で独り言を垂らす変人の汚名は払拭――はできないだろうが、これ以上汚れまい。

 烈火は自信を取り戻して再び受付に戻る。堂々と紙を渡す。


「これでいいですか」

「えっ、えぇ、今確認いたします」


 目もあわせてくれない。受け取りの際にはなんか小さく震えてた気がするんだけど……いや、ヒき過ぎじゃね?

 落ち込みそうになるが、この程度で落ち込む玖来 烈火ではない。そうだ、おれ全然落ち込んでねーし……。

 していると、受付さんは確認を終えたらしく、判子を捺してくれる。


「承認しました、Cランク討伐者クライ様。今後の戦果を期待いたします。こちらのギルドカードをどうぞ」


 おそらく定型化されているんだろう文言とともに、なんかカードを一枚もらった。

 なにこれ、と首を傾げていると、七がくいくい袖を引っ張ってくる。


「色々と説明なら私がしますから、今は宿をとって部屋に行きましょう。ギルドは宿も兼ねてて泊まることもできますので」

(……そうだな。ここで聞くと根掘り葉掘りと長引きそうだしな)


 烈火はカードをポケットに仕舞い、そのまま受付さんに宿泊を願い出た。

 諸々と、聞きたいことは山ほどある。










 サイクラノーシュの名に意味はない。字面がいいだけ。

 土星ではありません。


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