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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第二幕 時計仕掛けの運命
39/100

36 リセットはできません










 烈火はその日の内に地図に従い工房を訪れた。

 今日、鍛冶師を見つけておかないと、キッシュにまた心配されてしまうかもしれないと考えたからだ。

 なので今日は金稼ぎ討伐業は休み。図書館通いも休み。時間をかけて都市を歩いて工房へと向かう。

 住所と地図をつき合わせて移動。南区からは離れ、そこは東区、住宅街だった。こんなところに鍛冶工房があるのだろうか。烈火は疑問に思いながらも足を進め、到着。住所の指した場所にまでやって来た。

 そこは、


「普通の、一軒家?」


 なんだ、家を改造して工房にしてますとか、そういう感じか? 看板とかもないけど、いいのだろうか。

 ふむ。まあいい。

 烈火は悩まずそのどこにでもある家に近寄り、ドアを発見。そこでノックを三度。


「すみませーん、誰かいませんかー」


 間、間、間。

 無反応。ではなく、遅れて小さく扉が開いた。隙間から小さな手がでて、顔はださない。突き放したような声音が飛んでくる。


「誰ダ?」

「あー、えっと。客、かな。鍛冶師ギルドの人から紹介されたんですけど」

「……紹介状は?」

「ああ、これです」


 爺さんがその場で適当な紙に書いてくれたもので、正式なものとは違うらしい。それでも、爺さんはこれを渡せば話しくらいは聞いてくれるだろうと言っていた。

 小さな手に紙をとられ、少し沈黙。すぐにドアの向こうで驚いたような声。


「ッ。ジジ様が……」

「…………」


 どきどきしてると、ドアが大きく開いた。


「入レ」


 そこにいたのは小さな少女。褐色の肌から地霊種ドワーフであることは明白で、背が低いのも種族的な特徴のせいだろう。精霊種の年齢は外見に比例しない。とはいえ外見的にはキッシュと同じか、それより年下っぽい少女である。長い髪の色は純白で、肌の色と対比されて非常に眩しく美しい。ちょこんと頭上についたリボンは愛らしく、服装にはフリル多めのやっぱり純白ドレス。ゴシックロリータだよ。白ゴス、白ゴス。あれ、単なるロリィタファッションだっけ、それとも白ロリ……わからんけどともかくフリフリ! やばいはじめて見た素晴らしい!

 なにこの生物ちょー可愛い。お人形みたいで、凄まじく可愛らしい。お姫様かなにかだろうか、真剣に烈火はそう考えた。

 褐色肌に白衣純白髪色がやばいくらいにいい。似合ってる。バッチリ。抱き枕にしてしまいたい。無理ならせめてちょっと抱きしめさせてもらえませんか。

 見とれる烈火に、少女は不機嫌と不思議の中間のような表情。ただし声音に感情はなく淡々と。


「なんダ、なにしてる。入レ」

「あっ、ああ、うん。入る、入ります。お邪魔します……」


 ぎこちなく言うと、少女はやれやれとばかりに肩を竦める。心配するなと。


「……コレは私服ダ。仕事の時は着ない」

「え」

「お前、見ていタ」

「あー、ごめんなさい。似合ってたから、つい」

「……」


 少女は目を細め、身を翻して家の奥へと進んでいった。ついていけばいいんだよな。

 烈火は慎重に追いかけていく。廊下を進み、すぐ横の部屋にまでついていく。

 簡素な部屋だった。地霊種ドワーフってのはみんな簡素な部屋に住んでいて、口が荒っぽいものなのだろうか。美少女なのに。


「そこに座レ」

「どうも」


 烈火は縮こまるようにして勧められた椅子に座る。なんだかちょっと緊張してしまう。

 一方で少女は特に緊張も焦りもなく、平淡な表情で向かいの椅子に座る。すぐに口を開く。やっぱり淡白な調子で。


「リーチャカ・リューチャカ。お前は」

「え」

「名前ダ、なんと言う」

「あっ、ああ。烈火。玖来 烈火です」

「クライ・レッカ、そうか……。クライ・レッカ、なにを造って欲しいんダ?」


 言われて慌てて懐から小剣を取り出す。柄を向けてリーチャカにさしだす。


「とりあえずこれと全く同じ重さ、サイズ、形で造ってほしいんですけど」

「……全く、同じ?」

「そう。おれに合わせた完全な特注なんですよこれ。で、ズレると動きが歪むので困ります」

「討伐者か……」


 リーチャカは剣を手にとり、しばし観察。その目つきは、先ほどの爺さんと同じくらいに尖って鋭い。真剣な瞳だった。

 爺さんだと恐ろしくて仕方なかったが、少女だとコレもありだなと思える。凛とした鋭さがまた美を際立たせ、可愛いと上手く同居してやがる。剣を見つめる少女を眺めて、ご満悦な烈火であった。

 していると、リーチャカは小さく頷いた。できると、判断したようだ。


「わかっタ。何本ダ?」

「えっと、これだけの金でできる限り……」


 と、烈火は財布をとりだし、剣に使えるぶんの金を取り出して見せる。

 リーチャカはそれを受け取り、数え、やはり淡々と。


「十本が限度だナ。それでいいか?」

「お願いします」

「あと、規格を統一するなら、コノ小剣は預かる」


 言って、リーチャカは金と小剣を横の机に置いた。雛形というか、オリジナルは必要だわな。仕方ない。

 しかしするとさらに武器が減るな。これで所持する小剣は五本となる。ちょっと心もとない。訊いてみる。


「ああ。ちなみにどれくらいで出来そうですか」

「十日……いや、一週間でいい。一週間後に来てくレ」


 まあ、そんなもんか。とりあえずひとつ安心。これで武器の補充ができそうだ。

 というか結構とんとん拍子で進んでいるけど。爺さんが言ってた我が侭娘ってのはどうなったんだ。上手くいくならいんだけども、一抹の不安が残る。

 思っていると、リーチャカは口を閉じずに続ける。短く斬り裂くように告げる。


「他は」

「え」

「ジジ様が、この程度でワタシに個人的に回す思えない。なにかある、違うカ?」

「……いや、違わない」


 本当は小剣ができて、その後にでも話そうと思っていた。烈火としては後回しでいいからだ。まだ壊れていないし、小剣ほどに消耗が激しくもない。油断はよくないが、金も無限ではないから。剣を造ってもらう間に金を蓄えようとしていた。

 けれどこう言われては見せる他ない。烈火は腕輪を外し、ワイヤーとともに渡す。


「コレは……」

「えっと、ここを紹介してくれた爺さんが、これはSランクくらいしか造れないと言っていた。でもSランクに頼むのは無理だから、他がないかってことで、ここを紹介されました」

「そうか……ジジ様が、ワタシを……」


 言いながらも、視線は腕輪に釘付けだ。というか爺さんもだがワイヤーには見向きもしないあたり、そっちは比較的簡単に造れるのだろうか。だったら嬉しいんだが。


「けど、そっちは追々でいいんですよ。壊れた時の予備が欲しいだけだから――」

「ちょっと黙レ」

「はい」


 観察の邪魔だったらしい。口を閉ざす。

 しばらく待つ。リーチャカは腕輪の構造、ギミック、他との連結なんかをしげしげと見遣って感心している。ワイヤーと小剣にも手は伸び、柄の穴はこれのためか、とか。ワイヤーを巻くためのリールみたいなものか、とか。何も言わずに理解していく。さっきの爺さんの時も思ったが、地霊種ドワーフ頭いいな。いや、鍛冶師か?

 すぐにリーチャカは腕輪とワイヤーと小剣、みっつが繋がることに気づき目を輝かせる。淡白無表情ばかりだったその顔に現れた表情は、歳相応で花やか愛らしい。時よ止まれと言いたくなる。

 もはや視点が少女の表情に固定している烈火に、リーチャカは言う。


「……使ってイるところ、見せテ」

「え」

「コレがどう作用するのカ、見たい」

「ああ、はい、わかりました」

「アト」

「はい?」

「その口調やめろ。合ってない」


 敬語のことだろうか。爺さんにも言われたな。なんだ、地霊種ドワーフは敬語駄目か。いいけどさ。おれも敬語は苦手だ。でも初対面の人に好印象もってもらうためにはいるじゃん? もうヒかれたくないじゃん? 

 烈火の中で初対面の人にヒかれたのは完全なるトラウマと化していた。

 ともあれ、烈火はリーチャカから腕輪とワイヤーを返してもらう。ワイヤーは懐に仕舞い、腕輪は袖をめくり装着。そこに小剣を接続する。これでよし。

 烈火は腕輪を見せるようにしつつ、以前キッシュにしたような説明を思い浮かべる。整理して話す。


「まず、この腕輪の目的は小剣の用途を増やすことにある。

 たとえば投擲。小剣は投げたらその戦闘中はたぶん拾えないだろう。けど、ワイヤーを柄尻につけといて、腕輪で固定しとくことで剣を見失わないようにする――こんな感じ」


 烈火は腕輪の固定を外し、ワイヤーを伸ばす。小剣が落ちる。それをキャッチして、即座に投擲。真っ直ぐ飛来する。壁に突き刺さる――手前でロック。停止させる。小剣は急制動をかけられ、勢いを失い落下する。


「で、固定した状態で引っ張ると」


 言ったように腕を引いてワイヤーを手繰り寄せる。小剣を手元に引き寄せる。当然のように柄を掴み取る。


「こうやって一本の小剣で投擲を何度でもできる。他にもさっき投げた剣を空中で止めただろ? あんな感じなこともできる。まあどう使うのかって言われると創意工夫しますとしか言えんが」

「すごいナ……」

「あと、ワイヤーを釣具のリールみたいな感じで巻いとける。糸巻きみたいな」


 腕輪に付属されたむき出しの歯車を回して、伸びたワイヤーを回収しておく。

 していると、リーチャカからも質問。


「ワイヤーのロックと解除はどうなっているんダ?」

「それは腕を動かしてる。上下にぴったりの力を設定された時間内で押せばロック、同じ動作で解除だ」

「……それが、一番わからない。どうやったら、そんな微小な力をきっちり出せるんダ」

「訓練したら?」


 あっけらかんな烈火に、リーチャカは物凄くなにか言いたげな顔をしたが、取り下げる。彼女はクールである。


「まァ、いい。だが、その微小な力を感知し、稼動するギミックを造るのは、非常に困難ダ」


 ロックする際に、器械が反応する力加減が一定なのだ。しかもその範囲が酷く狭い。力加減に一から百まであるとして、五十でしか反応しない。五十一でも無反応、そんな繊細な装置なのである。

 まず力加減に数字をあてて数値化し、それの数値の力をぴったり込めることができる身体操作と、それに対応した装備。わけがわからない。この人間、そしてこの腕輪、一体なんだ。リーチャカは内心で烈火に対する疑問を浮かべる。表情には映らないが、多大な興味を抱いた。

 烈火は気付くこともなく、困ったと渋面を作る。


「じゃあ、造れないのか?」

「わからない。わからないが、面白イ。試してみたいと思う」

「おお」


 流石は地霊種ドワーフ、ものづくりが好きだというのは本当らしい。新しく見た技術を理解し、自分の力で造れるようになりたいという思いが強いのだ。

 これは期待できるかもな。烈火はこの少女の鍛冶師としての腕前や才気は知らない。わからない。だが、少女の瞳に宿った炎は、信じられるような気がした。


「金とかは、いるか」

「いや、いらない。技術提供をしてもらっているからナ」

「そうか、そりゃ助かる。じゃあ、もしも腕輪を再現できたら、それを君の特許で売るといい」

「トッキョ?」


 あ、そういう概念はないんだ。


「まあ独占しちゃえってことだ」

地霊種ドワーフは同胞に技術を教え合うものダ。独占はしない」

「そうなのか。そりゃ悪いな、変なこと言った」


 まあそのほうが文明科学の進歩も早そうだ。いいと思う。というか鍛冶師ギルドはそのための団体なのかもしれない。

 ともあれ烈火は腕輪の件をこの少女に任せることにした。腕は知らないけど、可愛いのでオーケー。というだけでなく、なんとなく凄みのあった爺さんに似ているのだ、この少女。血縁だろうか。あの爺さんは相当できる、鍛冶は知らんが戦闘は。ならばその爺さんに推薦され、似ているこの少女も、たぶんだが優秀なんだと思う。

 親切をくれた爺さんと、この少女に賭けようと思う。これは幸不幸とかではなく、烈火の人を見る目の問題。

 まあ、ぶっちゃけ駄目なら他をあたるだけなんだけど。と、烈火は熱い思考と冷めた思考を織り交ぜながら立ち上がり、手をさしだす。キッシュの時に学んだ、この世界にも握手の文化はある。

 烈火はできるだけ友好的に、真摯に、目を見て言った。言ってしまった。


「頼んだ、リーチャカさん」

「…………」

「あ、玖来さん、それ駄目です」


 なにが、といきなり口を挟んできた七ちゃんに問う前に、極寒の声がリーチャカより発せられた。


「――出て行ケ」

「え」

「出て行ケと言っタ。今すぐ出ロ」

「えっ、なんで……」


 なんか物凄い迫力ですよ、怖い。美人、美少女の怒った顔は、整った容姿のぶん余計に空恐ろしい。

 その迫力に押され、烈火は追い立てられるように部屋を出され、そして家から出された。

 ばたん、と拒絶のようにドアを閉じる音は大きかった。

 つまり?

 烈火は追ん出された。

 えっ、え、え? なに、なにが起こったの、怒ったの?

 困惑烈火に七が言う。


「あー、玖来さん? 親しいわけでもない地霊種ドワーフはフルネームで呼ばないといけないんです。姓や名だけで呼ぶのは大変失礼なんですよ」

「…………」


 沈黙三秒――爆発した。


「それを早く言えぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええ!!」


 なんか烈火が死んだ直後を彷彿とさせる叫び声である。それだけ悲しく、悲痛で、ヤケッパチ。


「ちくしょー! マジかっ! 最後の最後でミスった! もう一歩のところで失敗した! でも知らないんだよその文化ごめーん!」


 地霊種ドワーフ特有の慣例か。あるよな、そりゃ!

 考えることはできたはずだよな、普通!

 異世界なんだぞ、ここは。忘れんな!

 まさかここで異世界感の欠如が烈火の失敗を誘うとは、なんて手のこんだトラップだ。油断したよ、畜生!


「あー、いえ、玖来さん、その……申し訳ありません。私が先に教えていれば――」

「七ちゃんのせいじゃない。おれが訊かなかったのが悪い。だからキッシュのせいでもない。悪いのはおれだ、畜生! 油断してた、完全に調子に乗ってた!」


 玖来 烈火なんも成長してねぇ!

 玖来 烈火なんも成長してねぇ!

 荒貝 一人に負けて反省して調子に乗るな慎重になろうって決めてたのに、頑張ろうって決めてたのに。のに。のに!

 ご覧の有り様だよ!


「うるさい、近所迷惑!」

「ごめんなさーい!」


 ドアを開いたリーチャカの声。余計に罪悪感が押し寄せてくる。そうだよ自分の反省ばかりでなく、言われて傷ついたかもしれないリーチャカを慮るべきだ。どういう感じで失礼なのかわからんけど、侮蔑されたと感じたなら全力で謝らなければ。


「ごめ――!」

「とっとと帰レ」


 ぴしゃりと言い放ち、今度こそリーチャカはドアを閉じてわざと音を立てて鍵をかけた。

 謝ることすら許されない。泣けてきそうだ。

 烈火はその日、涙を堪えるように上を向いて歩いて帰った。

 必ず戻る。絶対謝る。そう誓いを立てた。












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