35 命預ける刃とそれを造る人
「なあキッシュ」
「なぁにレッカ」
朝ふたりで食堂にて食事をとるのは定番になっていた。ここで互いに今日の予定を話し合い、行動をともにしたりしなかったりと決めるのだ。
レッカはパンを齧りながら話す。
「剣が欲しいんだけど、そこらへんで売ってるかな」
先日のオークとの戦闘で、小剣の一本がボロボロになっていた。刃が欠け、柄がグラついて、とても命を預けて使えたものではない。
また、よくよく見返せば他の剣たちも結構な磨耗が見て取れた。このまま運用を続ければ、いずれガタが来るのは明白。そのくせ武器の数自体も少なく予備もない。
割とまずいのではと、こうしてキッシュに相談している。
キッシュは当たり前すぎて別の意味が含んであるのかとちょっとだけいぶかしんだが、普通に首肯。
「うん? うん。売ってるよ。武器屋さんが幾つかあるはずだから、案内しよっか?」
「んー、それはありがたいんだけど、そういう武器屋って注文とか受け付けてくれるのかね」
「注文かぁ。だったら鍛冶屋に行って直接、鍛冶師の人と話したほうがいいかな」
「あー、鍛冶師」
なるほど。武器を造ってくれる人か。売る人よりも、その前の人。
「この都市には鍛冶師ギルドがあるから、そこで鍛冶師を見繕ってもらって直接交渉できるよ」
「へぇ。ギルドって討伐者のだけじゃないんだ」
「一応、大きく世界規模のギルドはよっつあるね」
キッシュはパンを置いて四本指を立てる。説明してくれるらしい。ありがたいことだ。
「まずは討伐者ギルド。魔物の討伐はどこでも需要があるから、各地に支部があるね。
それと今挙げた鍛冶師ギルド。地霊種が中心になって結成した鍛冶師同士で作ったギルドだよ。新たなものを造ることを目的とした互助組織で、魔物の対策となるもの、日々の生活がよりよくなるもの、色々と発明したりするの。研究も盛んで、研究者や科学者とかも多くいる。たとえばリヒャルト先生も鍛冶師ギルドの一員だよ。というか、サヴォワール学園の教師はだいたいギルド員だったかな」
大学とか研究機関みたいなもんだろうか。魔物という外敵がいるから武器の作成からはじまって、故に鍛冶師ギルドなのだろう。
キッシュは三本目の指を折る。
「みっつ目は魔法ギルド、魔法について研究してるギルドだね。魔法使いの人たちが集まって今より凄い魔法を開発したり、発動方式を発見したりするの。身近な話、学園は魔法ギルドの創立したものだよ。務めてる人たち、リヒャルト先生も魔法ギルドの一員なんだって」
「複数に参加もできるのか」
「別に敵対はしてないからねー。先生は確か昔は討伐者もやってたって」
アクティブな奴である。というか節操なくない? それとも割とありふれているのだろうか。
そうじゃない。リヒャルトの野郎はどうでもいい。
「最後のひとつは?」
「商業ギルド。まあ、他みっつとちょっと意味合いが違うけどね。貿易とか物流についての商人の寄り合いみたいなところかな。商売とかしないなら、あんまり考えなくてもいいよ」
まあ、経済学とかは全く知らんし、語られても困るな。
それよりも話を戻す。キッシュはパンを細かく千切って食しながら、少し渋い顔。
「でも特注となると値段は張るよ? 大丈夫?」
「それでも、おれの剣は一定の重さ長さ柄の形――もろもろ合致しないと困る」
「レッカも大変だねぇ。わたしはそこまで精密繊細に武器を扱ってないや」
「いや、ただの甘えだよ」
得物を選ぶようではまだまだだな、とジジイは言った。どんな武器にも即時対応、使いこなせと。
一応、同一規格で統一したほうが慣れて扱いやすいのも正しい事実なのだが。
(というか七ちゃんや、お前どうやってこの小剣用意したや? 完全におれの思った通りなんだが。心読んだか)
「まあそうなりますね。玖来さんの思ったものを再現したんです」
(……じゃああの時の説明って丸ごと無意味だったのか)
「当初は説明通りに創ろうとしたら思った以上に複雑だったので」
(ああ、そりゃ悪うございました)
心を読んでできた烈火の望んだ品、故に完璧の出来。普通なら口で説明するしかなくて、伝達の際にイメージの齟齬が生まれる。武器屋の人に伝え、鍛冶師の人へと伝言ゲームされては確実に歪むだろう。七ちゃんに創ってもらうことがもうできない以上、鍛冶師の人と上手くコミュニケーションをとるのが大事かも。
あ、いや、この小剣を見せて同じに造ってくれと言えばなんとかなる、か?
「でもそうなると本当に鍛冶師の人と会って話してお願いしないと無理だね……けど、レッカごめん、わたしこの都市で鍛冶師の知り合いはいないの」
「んあ? いやいや、別にいいから。謝ることじゃないから、マジで」
逆に烈火が慌てる。なんでそこで謝罪が来るんだ、吃驚だよ。
烈火は食事の手を止め、ちょっと恥ずかしそうに目線を逸らしながらも、言う。これは言っておくべきだと判断した。
「あー、えっとな、キッシュ。いいかキッシュ」
「うん」
「おれはキッシュに凄く助けられてる。ほんとに、幾ら感謝しても足りないくらい色々と世話を焼いてもらった」
「そんなこと……」
「キッシュがどう思ってもおれがそう思ってる」
言い切った。キッシュの謙遜は言わせない。立て板に水を流すように言葉を続ける。
「だから、そろそろキッシュは自分に時間を使うべきだ」
「……」
「確か明後日には都市を出るんだろ? あと少ない時間でやりたいこととか、必要な準備とかたぶんあるだろ? おれなんか気にしなくていいから、というかなんなら手伝うから」
キッシュは自分を中心にして考えるべきだ。君は善人だが、たまに善人過ぎるところがあるから。とても助かっているけれど、それに甘える自分が嫌になる。
キッシュほどの善人ではないけれど、烈火だって恩を受けたら返すくらいの人情は持ち合わせている。どうか恩返しをしたいのだ。
「行きずりのおれなんかほっとけ。大丈夫、鍛冶師くらいひとりでも見つけられるさ」
「でも、いいの?」
「いいの」
大きく深く首肯して、強気に言う。割と不安だし、ひとりでこんなでかい都市を回るとかもちょっと腰が引けるけど、微塵も顔に出しはしない。
キッシュは苦笑と同時に困ったような顔をする。
「んん、気を遣わせちゃったかなぁ」
「違います。気を遣ってたのはキッシュのほうです」
「……わたし、レッカに命助けてもらったよ? 一緒に旅するの楽しかったよ? もう友達だって思ってるよ? 助けるのは当たり前でしょ?」
「それはおれも同じだ。助けてもらって、楽しくて、友達。だからこんなこと言うんだ」
正直、烈火としてはとても恥ずかしい。こんな恥ずかしいこと言うとか、考えただけで言葉よりも先に火を吹きそうだ。実際、口から出してみれば『不在』でも使って地に埋まりたくなった。
けれどキッシュには真っ直ぐ言わないといい人具合に言いくるめられてしまう。こっちから真っ向向き合わねばならない。凄く恥ずかしいんだけども。
キッシュはようやく折れてくれる。柔らかい笑みで、烈火の意を汲む。
「そっか、そうだね。うん、ありがと、レッカ。今日は自分のために時間を使うね」
「それが普通だし礼ならおれのほうが言いたいけど、堂々巡りになりそうだから置いとくわ」
そう言って苦笑し、烈火は再びパンを手に取った。
味が薄いぜ。
「さて」
朝食後、烈火はキッシュと別れて町へと繰り出す。最初は商業区である北側に向かおうとしたが、思い返せばキッシュの説明でギルドは南区だと言っていた。
鍛冶師を紹介してもらうためには鍛冶師ギルドに行くべき。足先を反転して烈火は鍛冶師ギルドを目指す。
あれだけキッシュに啖呵を切ってしまった手前、もう引き返せない。がんばろう。
しばらく雑踏を歩み、多種多様な種族の人々とすれ違ったりして、時に都市内地図を取り出して確認して。
「着いた」
目の前には中規模くらいの金属製建築がある。学園や図書館ほどに巨大でも古めかしくもない。けれど凄みはあって、それは珍しい鉄造りだからか。割と現代ちっく。中央塔を参考にしたのかもしれない。
「あってる、よな」
もう一度だけ地図を確認。読み方は間違っていないはずだから、よし合ってる。
ここだ、この建物が鍛冶師ギルドの中心都市支部だ。
支部である。本部は地霊種の故郷、第二大陸らしい。キッシュが言っていた。
まあ、支部でも本部でも関係ない。ともかくたのもー。
金属製の建物はこの異世界では非常に珍しいからか、変な威圧感が犇いている建物だったが、烈火はむしろ緊張感なく入る。現代っ子だし。
重い扉。これも金属製で、結構分厚い。少し力をこめて押しこむ。建物内へ入る。
中は簡素。カウンターがずらりと並び、対応する人が十人ほど座って待ち構えていて、それだけ。装飾とかなく、家具もなく、本当に斡旋するだけでそれ以外はしないという風情が見て取れる。地霊種は種族的に頑固で職人気質な性格であるというが、建物にまでそれの反映がなされているような気がした。
烈火は空いているカウンターへ歩を進める。そこにいる褐色肌の髭もさ筋肉質爺さんに話し掛ける。
「どうも」
「用件は?」
やべ、客に対して凄い素っ気無い。別にいいけど。
「鍛冶師を紹介してほしいんだけど……です」
「ほう。どんな?」
言葉少ない、短い。ぶっきらぼう。怒ってるのか、この人。人っていうかたぶん地霊種だろうけど。なんか気に障るようなことしたか。それともそういう喋り方の人物であるか。後者であって欲しい。
「えーっと、小剣を……ああ、いや」
説明しようとして、やめた。手っ取り早く懐から小剣実物を取り出して、テーブルに置く。
ことりと置かれた得物に、爺さんの目が光った気がした。
「これと、全く同じように同じものを造れるような鍛冶師は、いますか?」
「……ほう」
爺さんは小剣を持ち上げ、その出来を見遣る。視線は鋭く、睨め殺すような恐ろしい眼光である。怖い。
刀身を撫で、弾き、少しだけ眺めてから、烈火に返す。それからふむと言う。
「いい出来だな、だがここいらなら再現できる奴らはいるだろう」
「おお、ほんとか」
「おう。実物があるんだ、それを見て測って造ればいい。Bランク以上の鍛冶師なら可能だ」
鍛冶師にも討伐者と同じくランクがあるらしい。
そうか、ランクか……。
烈火はふと考え込み、今度は腕輪を外す。ワイヤーとともに腕輪を見せる。
「じゃあ、こういうのはどうですか。造れそうですか?」
小剣はいい。たぶん再現できる人はいると思っていた。だが、流石に異世界製品である腕輪やワイヤーは難しいだろう。少なくとも売ってはいなかった。腕輪は絶対ありえないと思ってたが、ワイヤーすらなかった。まあ格好良さ重視で実用性は薄いしな。こんな殺伐とした世界観じゃあ、ロマンよりも実用性の高いもののほうが発明されるだろう。ロマンは余裕がないと発達しづらいのだ。
なので、できれば作ってほしい。こちらも壊れない保障はなく、予備がほしいと思っていた。
だが、爺さんはちょっと渋面。それ以上に好奇心がそそられたように一層目を輝かせている。
「これは……凄いな。面白い。ほぉ、なるほど」
「どうだ?」
「ふむ、見たこともない代物だな。それに、構造もパッと見ただけじゃあわからんところがある。どこでこんなものを?」
「あー、ちょっとね。あんまり教えられないところからです」
「そうか……」
爺さんは少しだけ考え込み、もう一度、腕輪を撫でる。その出来栄えに目を細めながら、言葉だけは烈火に向ける。
「おそらく下手なAランク鍛冶師でも、これの再現は難しいだろう。それだけ未知の技術が介在している。まさかここまで細かいタッチでギミックが駆動するとは驚きだ。なんとかできそうなのはSランク鍛冶師どもだが、Sランクなんぞは数が少なくこの都市にも三人しかおらん」
「その三人は無理ですよね」
「忙しかろう。予約は年単位で埋まっておるわ」
「だよな……」
流石はSランクとやらか。
何年後に最高級の武具を造ってもらっても、たぶん傀儡戦争は終結しているだろう。意味がない。これはどうしたものか。
「ワシが……いや……」
爺さんはなんぞ呟いたと思ったら、紙片を二枚取り出しなにやら書き込む。そしてそれを腕輪とワイヤーとともに差し出す。持っていけと。
「この鍛冶工房に行くといい」
「? なんだ、できそうな奴いるの……ですか?」
見れば紙に書かれているのは住所っぽい文字列。おそらく鍛冶工房とやらの位置なのだろう。もう一枚の紙は折りたたんであって内容は不明。ただ紹介状の文字は見えるので、その通り向こうの鍛冶師さんに渡す招待状か。
疑問を浮かべる烈火に、爺さんは岩のような頬肉を歪ませる。僅かにだが、笑ったのだ。
「本来ならギルド登録上ではBランクの小娘で、このレベルの斡旋はできん。だが、技術は高い。新しいものへの貪欲さもある。もしかした、あの子ならできるかもしれん」
「おお、ありがとうございます。仲介料は幾らで?」
烈火としはランクがどうとかはどうでもいい。造れる可能性のある人がいるのなら、頼み込んでみるべきだ。
礼とともに財布を取り出そうとする烈火に、爺さんは腕を突き出して制止。
「いらん。面白いものを見せてもらったからな。それに、これは個人的な紹介だ。ギルドとしての仕事ではない。金はもらえん」
「……いいのか?」
「構わんと言っている」
またカッコいい爺さんである。
やっぱ異世界住人はこうでないと。烈火はなんだか嬉しくなる。
「ただし、そこにいる鍛冶師は気難しい、というか我が侭な娘だ。気をつけろ、あいつは認めた者にしか武器を造らないからな」
「それでも助かりました――助かったよ、爺さん。ありがとう」
「ハハ、下手な敬語を繕うよりも自然体で話したほうがいいぞ、お前」
がんばって敬語を心がけたのだけど、やはり似合わないか。烈火は苦笑してから、もう一度礼を送ってギルドを出た。
地霊種の特徴
精霊種。
褐色の肌をして、背が低く筋肉質で髭面。力持ちで頑丈。ただし女性は、筋肉質ではあるが見た目に反映されず子供のような外見、髭も生えない。鉱山などの洞窟生活が長く、暗所でも目が見える。地に触れていることで、付近の鉱物などを識別できる。
また造ることが好きで、鍛冶仕事などは彼らの独壇場である。
寿命は二百年ほど。
地属性魔法が得意で他は普通。ただし風属性が使えない。