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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第二幕 時計仕掛けの運命
35/100

33 洞窟で強い敵から逃げられないならどうするか










 ふたりは出口にまで走って逃げて、結局振り切れずに足音がずっとついてきていて。

 そろそろ立ち向かわないと体力ゼロでの対面になってしまう。そういう段階数歩手前で立ち止まる。適度に広く平らな、戦闘しやすい場所で。


「んー、この辺りが限界かな」

「まあ体力と歩幅が違うわな」


 自分らの限界はわかっている。だからその前に逃避を放棄し打破に切り替え。無理に逃げようとして、体力皆無で襲われては死ぬだけだから。

 予想より早く切り替えざるを得なかったのは、その前の魔物との戦闘のせいか。それとも足場の悪さが余計に体力を蝕んだか。慣れない場所では想定通りにはならないものだ。

 ふたりは少しだけ準備しつつ、後は手を繋いで息を整えながら足音を待つ。待つ。待つ――来た。

 現れたのはオークだった。

 でかい灰色の人型。体長四メートル近い巨体で、その身は筋肉で覆われて全体的に野太い。腕が太い、足が太い、首が太い。あと腹でてる。豚みたいな面構えで、でかっ鼻がひくひく動いていた。そして全体的になんか不潔。というか臭い。

 たぶん、オークだろう。烈火の記憶が正しければ、こういう感じの怪物の名前はオークというはずだ。あれ、トロールだっけ?

 どっちでもいいけど……そういえば、この世界の魔物には名前がついてないのだろうか。

 それもまたどうでもいいこと。小剣構えて必要だけを口から出す。密やかに。


「キッシュ、あの魔物のことは知ってるか?」

「前に戦ったこと、あるよ」

「じゃあ、必要と思う情報教えてくれ」

「腕力があって硬くて、再生能力も備えてる。生半可な攻撃は通らないし、通ってもすぐ治る。有効なのは魔法、物理的な攻撃はダメージ厳しいかも。強いよ」


 オークって雑魚の印象があるが、強いのか。高位の魔物とは言っていたが。

 烈火は繋いだ手からキッシュの微かな強張りを感じ、オーク雑魚という偏見を捨てる。それに伴いもうひとつ質問事項。


「ちなみに優先してくる感覚器官は?」

「え?」

「五感かそれ以外かなにか、あの魔物はなにを優先するか、わかるか?」


 前回Aランクの魔物(カマキリヘビ)と戦った時に烈火は感じたが、相手の感覚器官を把握するのが大事に思えた。なにを重視して魔物が反応判断するのか、それがわかれば対処も考えられるのだ。

 今回はさて――


「えっと、わかんな――」

「GoooooooooooooooooooooooooooooooOOOO!!」


 少なくとも視認以外での知覚は可能らしい。

 なにせ今、烈火とキッシュは『不形(カタナシ)』で見えない。なのにオークは数秒惑ってからだが、こちらをしかと認識した。吼えてこちらに殺意を向けている。

 もはや喋ってもいられない。烈火は最後に確認だけ。


「意味は薄いかもしれんけど念のため、『不形』を付与しとく。手を離すとキッシュからはおれが見えなくなると思うけど」

「レッカからは見えてるんだよね。大丈夫、覚えてるよ」

「よし、じゃあ――」


 オークがその柱のような腕を振り上げ、


「行くぜ」

「うん!」


 直後にふたりは跳ぶ。敵の予備動作段階で左右に散った。

 上げた倍速で豪腕が振り下ろされる。その頃には既にふたりはいない。代わりに拳は壁面に突き刺さり、轟音を上げて崩れていく。

 ――その衝撃に、洞窟全体が震え上がった。

 なんて大打撃。当たれば人間など一発でミンチだろう。だが、洞窟もまた堅固。崩落したりはせず、天井から崩れたりもしなかった。

 よかった。生き埋めなんて御免だ。勿論、


「死ぬこと事態が御免だがなっ!」


 小剣投擲。オークから右側の烈火が一矢飛ばす。狙いは首元。筋肉がつきづらい箇所。

 皮貫き肉刺さる――が浅い。突き立つこともなく剣は押し返される。

 事前にキッシュに〈断〉ち切る〈鋭〉さを与える補助系強化種魔法《鋭断(エイダン)》を付与してもらった小剣でこれとか。マジで硬い。


「ち」


 ワイヤー引っ張り小剣回収。この小剣にしか《鋭断》強化はない。失うわけにはいかない。

 だが、その微かな痛みと、去っていく刃をオークは確かに見た。帰る剣の場所に向かって、突き出したままの腕が進む。巨大な平手が烈火を叩きに迫る。壁を抉るように掘り進めて迫る。同時に削れた石と土砂が舞い、礫が烈火を襲う。

 前に。


「“――リックロックラック♪”」


 歌は終わって。

 ひゅるり〈風〉が吹く。オークの顔面に〈廻〉転する竜巻が襲う。ドリルのようにオークを切削する。


「Gooo!?」


 不可視の使い手から不可視の風による攻撃。その衝撃と、なにより苦痛にオークは呻き手が鈍る。人のように痛みに悶えて顔を抑える。

 巨手が止まったお陰で烈火は石の礫に専念。砂は被ったが礫は避ける。ダメージは薄い。


「ありがと! おれは生きてる!」


 短くそれだけ伝えておく。キッシュにはこちらが見えていないだろうから。

 見えていないなりにこちらのピンチを読み取り攻撃魔法を飛ばしてくれたのだ。本来なら烈火がオークの気を惹き、もう少し魔法を溜めてから一当てして撤退がベストだった。烈火の過失でオジャンだ。

 それを踏まえ、烈火は自身の『不形』を解除する。《明々》の光に照らされその姿がオークの目にも映る。

 暗闇で生まれて発達はしていないだろう。他の器官でこちらを捉えているのだろう。だが視覚も生きている。注意を惹くなら姿を晒したほうがよい。


「おい、豚面、こっちだぞ!」


 聴覚の可能性を考慮し声を上げる。視覚か聴覚か、また別かは不明だが、オークの意識は烈火へ注がれる。風の出所は発見できなかったらしい。

 このまま烈火に惹きつけ時間を稼ぐ。ちまちま攻めてキッシュを忘れさす。

 とはいえ近寄って斬るわけにもいかず、先と同じく投擲が限度。烈火の名に反した火力のなさが響いている。

 でかいというのは、それだけで厄介。刃が刺さってもでかいから内臓に届かないし、一発のでかい拳は破壊力半端ないし、というか質量がでかいだけで破壊力プラス耐久力が高いことを示している。烈火の貧弱人間並み膂力ではどうしようもない。

 だから工夫する。考える。今どうすればいいのかを。

 小剣飛来。狙いは、先ほど傷つけた箇所。

 だが。


「ち」


 流石に完全に同一箇所に投げ当てることはできない。外れて別に些細な傷をつけるに終わる。未熟を痛感する。

 している場合ではなく。


「GoooooooooooooooooooooooooooooooOOOO!!」

「ちょ……っ!」


 オークが腕を振りかぶる。振り下ろす。振り回す。早く、荒々しく、なにより横暴に。

 滅茶苦茶にその樹木のような太い腕を乱打してくる。考えなしに破壊を撒き散らす。それは小さな台風の如き暴力の渦である。

 単純に知覚の難しい相手に苛立った。地味な投擲がうざったくてムカついた。故の暴威。大暴れ。


「待てやー!」


 こんな狭い、ついでに閉鎖空間でそんな暴れるな。崩れるだろ、瓦礫とか危ないだろ。

 必死で腕の軌道から逃げ回りながらも烈火は焦る。反撃できない。

 オークは腕を振り回している。掠ってもヤバイ手を縦横無尽に動かしている。烈火は避ける。避け続ける。だが周囲の壁や岩は回避できるはずもなく砕けて、崩れて、瓦礫と化す。降ってくる石やら岩やら砂やらに気を削がないとぶつかって痛い。動きが阻害される。さらに石ころが転がれば足場が悪くなる。落石注意。

 オークがそこまで考えていたわけではないだろう。だが現状、烈火は追い詰められている。転がる石ころを踏めば滑って転ぶだろう。だが明かりの薄い洞窟内では見えづらく、踏みそうになる。そんな足場で無思慮の拳を避けねばならない。崩落の土石をかわさねばならない。

 不利だ。不利だ。地の利の欠片もない。緊張の糸一本でも緩めば転倒、殴殺、埋もれる未来がそこにある。

 負けるかもしれない。感じて烈火は。


「っ――……はッ」


 玖来 烈火は笑ってみせる。

 あぁ、あぁ、おうおう、くそったれ。いいよ、上等。

 オークの無軌道拳打を見切って避ける。上から振り来る落石も注意し避ける。足元に転がる礫にも気をつけて避ける。全部避ければ生き残る。ほら単純明快!

 眼球全開見開いて、烈火は全力で回避に徹する。


「玖来流師範代、舐んな!」


 集中――《明々》の明かりの中を烈火は踊る。

 オークの両手が振り下ろされる。眺めながら、すり足で滑るように右へ。足元の石ころを隅に寄せて、それから跳躍。直後に鉄槌は大地を砕く。砕かれ石塊が吹き飛ぶが、烈火はそれを見越した大跳躍。オークの側面にまで移動。つま先だけで着地し、足下の礫の合い間に立つ。すぐにカカトを捻り地に着け、その際に邪魔な石どもを蹴飛ばす。隅にやる。

 裏拳。逃げる者を追従するようにオークの左手が跳ねた。対して烈火はカカトが地についた時には膝が折れている。それを溜めにして後退。バックステップ。鼻先にオークの指先が通り過ぎる。風圧で前髪が揺れる。ビビる。目は閉じない。

 そして裏拳は烈火を通過しオーバー。天井にまで突き刺さってまた崩落を呼ぶ。土砂と石の雨が降り注ぐ。

 遅い。

 烈火は前進。確保していた踏み込んでもよい足場をなぞってオークのもとへ。雨が降ったら傘をさせばいい。オークの巨体を壁に、落石の被害を最小に留める。それでも軌道が意味不明にズレた拳大の石ころが掠る。痛い。怪我は仕方ない。

 それよりも、足下にくれば今度はオークが緩慢に足を上げる。そして下ろす。踏みつける。地団駄踏んで烈火を潰そうとする。

 やはり動きは単調。読めていた。もはや予定調和のごとく、烈火は今度は左に跳びはねる。

 オークを中心に円を描くようにして移動し続ける。チョコマカ動いて挑発する。紙一重でかわして焦らしてやる。

 命がけの鬼ごっこであり、ミスれば即死の円舞踊。

 体力の持続する限り、集中力が途切れぬ限り、烈火はいつまでもオークを掻き乱し続けるだろう。そしてオークの低脳では解決策を提示も実行も不可。同じ行動をとり続ける。

 しかしこのまま延々と時間を稼げるか? 否である。

 オークは単細胞でも馬鹿力、体力は無尽蔵だ。その上でこの洞窟という閉鎖空間。岩塊は削れて砕けて足場が悪化、生存域が減ってしまう。やがて烈火でも足を滑らせるか、石を踏んづけバランスを崩す。落石があたる。体力切れてバテる。挙動にミスを起こす。ジリ貧。


「――ひとりならな」


 烈火にしか見えないキッシュは、ここで帰る。

 岩雪崩れが心配された時点でキッシュは少し道を戻って避難していたのだ。囁くように歌いながら。ずっとずっと魔力を高めながら。

 オークが魔力感知の器官を持っていなかったのがこちらの勝機だったのだ。


「“――――♪”」


 オークの奇声や破砕音であの綺麗な歌声は聞こえない。

 けれど烈火は確信していた。来る。来る。

 風が来る!


「GoOOoooOooooooOoOoooOooOoOoo!?」


 ずだん、とオークの右太ももが半分ほどこそぎとれた。乱〈廻〉転する〈風〉が、抉り喰らったのだ。

 はじめて目に見えたダメージ。だが欲はかかない。すぐに鋭い声が届く。


「レッカ! 逃げるよ!」

「合点!」


 追い討ちなんて考えない。攻勢にでるなどありえない。不様だろうが身を翻してダッシュで逃げる。入り口目指して走れ走れ。

 足が奪われれば機動力は激減。オークは追いかけようにももつれて倒れてしまう。せめて大口開けて逃げいく烈火らに遠吠えするしかできやしない。


「Gooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo――!!」


 無論、遠吠えなんぞに耳は貸さない。ふたりはむしろ声に押されて走り続けた。







 その後。

 烈火とキッシュは休憩を一度挟んだがオークに追いつかれることはなく、無事に洞窟の外まで逃げ延びた。

 洞窟の入り口には魔物封じの結界が張られている以上、外に出さえすれば魔物は手の出しようがない。

 それでも幾度か轟いたオークの声から、こちらを探し回っているのは見て取れた。オークを洞窟の浅瀬にまで引き寄せてしまったのは、後続の討伐者に迷惑だろう。

 そう思って掲示板に書き込もうと提案したキッシュだったが、その前に別の討伐者グループが現れた。事情を教えてくれと頼まれた。

 話を聞いた彼らは礼だけ烈火とキッシュに告げて、後はこっちでやるからと請け負ってくれた。

 どうやってどうにかするんだろう――ちょいと好奇心で烈火らは覗いていたら、グループの中のひとりが突然、指先を切って血を垂らし始めた。

 しばらくその場で血を垂らしていると、猛スピードで重い足音が迫ってきた。オークだ。

 そこで烈火は気付く。あのオークが感知していたのは臭気だったのだと。そういえば豚鼻で、その鼻を動かしていたような気がする。そして烈火の頬は犬の魔物に裂かれて薄っすら血が滲む。通りで烈火ばかり狙われたわけだ。

 血の臭いを辿って現れたオーク。だがしかし結界が遮り外には出られず、歯痒そうに雄叫ぶばかり。討伐者グループは、その様を嘲笑うようにバンバン魔法を連打して――それだけで終わり。

 ある程度以上火力ある魔法使いがいればそれでいい。結界で向こうから手が出せないところを魔法で滅多撃ちすれば一方的に虐殺できる。再生力の高いオークだが――数十分から一時間未満でキッシュの貫いた脚の傷はなかった――ひたすらブッパされる魔法の津波には勝てず、やがて滅んで灰と化す。

 おお、一流だ。そんな感想がキッシュから漏れて――今回のAランク魔物遭遇の不運は乗り切ったのだった。















「あー、にしてもやっぱまだまだ自発的には落ちれないかぁ」

「玖来さん?」

「技が上手くいかなくてな、独り愚痴。気にしなくていい」

「えっと、技? え?」








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