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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第二幕 時計仕掛けの運命
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29 図書館へ行こう









 中心都市の西区をゆったり歩くキッシュと烈火。

 目指すは図書館で、そこは先までいた学園から程近い。というか併設で、同じ敷地内だ。であるが、外来で図書館を訪れるなら外から入る必要があるので、学園の外周を歩む。ゆったりペースでも十五分程度で着くだろう。なのでふたりは会話を交えながら進んでいく。


「いやぁ、レッカがリヒャルト先生と仲良くなれそうでよかったよ」

「えっ」


 学園から退出してからのキッシュの第一声に、烈火は猛烈に混乱する。困惑する。

 なかよく? あのインテリぶった眼鏡野郎と? 誰が? えっ、まさか玖来さんが?

 ちょっとなにを言っているのかわかりませんね。海底のレストランにてテニスしてるモグラくらい意味がわからない。

 疑問符とハテナマークとクエスチョンマークを脳内で乱舞させている烈火に、キッシュは微笑で返す。なにも不思議なことはないとばかりに。


「だってふたりとも楽しそうに会話してたじゃん」

「……悪意の矢玉を弁舌に乗せて撃ち合ってたと思うんだが。毒を塗りたくった上に急所狙いで」

「でもわたしと話す時より地が出てたよ、ふたりとも」

「それは……」


 キッシュには微妙に見栄を張りたいから。男として。いや、人として。

 別にそれが仲良くない証拠だとは、烈火は思わない。なんでも本音を語り合える間柄なんて、それが必ずしも正しいとは限らない。仲良し同士とも限らない。実に親友っぽい表現だけど、烈火とリヒャルトのそれはただの悪口の応酬をしていただけであるように。

 烈火は逡巡してから、そっぽ向いて言っておく。


「怒ってる時に本音が出るのは当たり前だろ」

「ちゃんと怒る手前だったじゃない、お互いに」

「む」


 そうだっただろうか、自覚は薄い。判断はつかない。

 キッシュという善人の視点だからこそそう見て取っただけかもしれない。だが確かに掴みかかったり、物理的な手段に打って出るつもりも兆候もなかった。

 では……いや、考えまい。こんなどうでもいいことで頭絞っても勿体無い。建設的にいこう。


「置いといて」


 ジャスチャーで荷物を横に置く動作をした。烈火は都合が悪くなると強引にでも話を変えるタイプの男だった。


「置いとくの?」


 脇に退けた架空の荷物を物欲しそうに注視された。今にもこっちに持ってきかねない目だと烈火は悟る。なので烈火は荷物と言う名の話題を手で払い退け、無理にでも進行。口を回す。


「置いときます。で、キッシュ」

「なに、レッカ」


 割と簡単に転換してくれた。キッシュはいい奴。

 だが烈火が話題を選定しきれていなかった。咄嗟に話の種が思いつかない。種もなく話に花は咲かない。なんか探さねば。

 先ほどまでいた学園のこと――どうでもいいな。通うつもりもないし。

 都市のこと――昨日聞いたな。ここでコロシアムを蒸し返すのもあれだし。

 図書館のこと――今向かってる道の最中だし、着いてからのがいいな。

 紋章魔法道具のこと――これも実物が売ってるところを見てのがいい気がするな。

 売っている、でひとつ思いつく。金銭面について考えて置くべきことがある。それを訊いてみる。


「第七大陸って魔物が出ないんだよな」

「そうだね、「神代の橋」に魔物が寄り付かないからね」


「神代の橋」って言うのか、あの大橋。

 まあ神の創った代物ではあるな。それとも神の時代の建造物って意味合いだろうか。

 烈火は歩行と思考とを並行し、その上で問いを続ける。


「じゃあ討伐者って、どうやって金稼ぐんだ? 前言ってたコロシアムか?」

「コロシアムか、塔に昇るか、海辺に行くか、洞窟に潜るかだね」


 キッシュは四本指を立てて見せてくれる。

 四つでよかった。五つだったら手を繋いで欲しいと解釈しているところだった。シャル・ウィ・ダンス的な。


「んん? コロシアムと塔は聞いた話だからまあいいとして、他ふたつは?」

「海辺は単純な話だよ。魔物が寄らないのは橋だけだからね、海には魔物がいるんだよ。だから、それを排除しないといけない」

「あ、そうなんだ。じゃあこの大陸の海辺って危険なわけ?」

「あんまり来ないから、危険ってほどじゃないかな? 万が一に備えて討伐者の人が警備の仕事を任せられるの。魔物が出なくても、仕事を請け負っただけでお金がもらえるから、楽かもね」


 プールの監視員とか、ライフセーバーの人みたいなノリか。

 魔物が出たらそれで金が稼げて、監視だけでも金が入る。なかなかいいな。


「じゃあ洞窟ってのは?」

「んー、実はね、第七大陸の地下には「暗黒穴」があるんだよ」

「……は?」


 思わず足が止まる。つられてキッシュも二歩進んでから停止。振り返って何も言わず苦笑だけする。冗談であるとは言わない。言わない。

 つまり本当ということ。

 烈火は再起動、足を再び進めながら理解しようとちゃんと訊く。


「えっと、「暗黒穴」ってのはあれだよな、魔物が無尽蔵に湧き上がるとかいう、最悪な穴のことだよな」

「そう」


 以前、七ちゃんに聞いた。実物は流石に見たことないし、見たいとも思わない。できれば可能な限り烈火の存在しないところで開いていて欲しい。元の世界に帰るまで無関係でありたい。

 そう願ったものだが、虚しくもまさかすぐそこにあるとか。

 だけど、それはおかしいのではないか。魔物が無限に湧き出るなら、どうしてこの都市はこんなにも平和なのだ。というか、役割担った奴らはどこ行った。


「普通、頑張って穴を封じるもんなんじゃなかったっけ。討伐者が」

「うーん、普通はそうなんだけどね、この大陸にある巨大暗黒穴、通称「悪魔の顎門(あぎと)」は大きすぎて封印が難しいんだって。なんとか封印できなくはないけど、封印しちゃうとしちゃうで、ヤバイ魔物が出てきちゃうからねぇ」

「なにそれ、どういうことだ?」

「? あれ、レッカ知らないの?」

「なにが?」

「「暗黒穴」って、封じると最後の最後にその穴で可能な最大級の魔物を生み出すんだけど」

(神ィィィイイイ!)


 お前らどんだけ手のこんだ悪意をブッコンでくんだよ! 封印直後に最強召喚とか、最悪過ぎるだろうが! ボス戦か、ボス戦のノリなのかコン畜生! 悪乗りし過ぎだろうが!

「暗黒穴」は封じに行くにも多量の魔物に阻害されて困難で、辿り着いても封じる間に魔物が生まれて厄介で、封じることに成功しても最強の魔物が現れ絶望的となる。

 なんてこった。討伐者が強くないといけないわけだよ。異世界人類がみんな強いわけだよ。

 烈火の非難文句を詰め込んだ絶叫に、七はなんだか照れ臭そうに笑う。


「えへへ」

(なんで嬉しそうなの、怖い)

「頑張って創ったギミックでいい反応されると、つい顔が綻びますね」

(七ちゃんマジ邪神!)

「神というのは時に残酷なんですよ」

(お前残酷ばっかじゃん!)

「…………」


 なんか非難マシマシの烈火に対し、七は無言でフードを被る。烈火は悶えた。


「え、レッカどうしたの?」

「あっ、いや、この世界の理不尽を嘆いてたんだ」


 美少女が好みの格好してて可愛さに身悶えてましたとは口が裂けても言えません。

 澄まし顔で話を促す。内心ゲンナリしていることを隠して話の先を言ってみる。


「それで、この大陸にある「暗黒穴」は大きいから、たぶん封じる際に出てくる魔物はデタラメな強さになるって感じか」

「そうなの。そんな魔物を生み出すくらいだったら封じずに適宜魔物狩りしてたほうがマシだってことで、この都市は成り立ってるね」

「じゃあ洞窟での魔物狩りが必須か」

「うん。「暗黒穴」が洞窟の奥にあって、出入り口は四つだけ。抜け道は他にないから逃す心配はなくて、そこから討伐者が定期的に掃除してるね。その掃除に参加すればお金になるよ」


 下手したら洞窟から魔物が都市に押し寄せてくるってことだよな、それ。


「あ、それはないよ」

「え、ないの?」

「うん、洞窟の入り口に結界張ってあるからね」

「あー、結界忘れてたわ」


 通常の町村を守る魔物阻みの結界。あれがあれば、確かに洞窟内で瘴気濃度が低い間は封じることができる。洞窟から害意を漏らさず蓋できる。

 そして瘴気が高まらないように魔物は狩る。狩り続ける。もしも討伐が滞ってもある程度は結界が持続して帳消しにできる。準備を整えてから狩猟を再開できる。

 そう考えると、通常の町村よりはやはり平和で魔物が格段に少なく済んでいる。第七都市が栄えるのも当然だろう。

 と。


「あ、ついたよレッカ」

「早いな」

「学園の近くだからね」


 見上げれば、そこには巨大な建築物。先ほどの学園と似た風情で、堅固そうな石造り。歴史を感じさせる外壁のくたびれ加減は、だが逆にどうあっても突き崩せない錯覚を覚える。大きさは学園の一回り二回りくらい小さいか。それでも異様にでかくて、もはや要塞かなにかではないかと思える。

 壁面に模様のように描かれているのは紋章魔法である。耐久度合いを向上させ、魔除けの効用も付加されているらしい。この世界の建築にはポピュラーな紋章魔法の付与だが、通常よりも高位魔法が使われ、さらに魔法陣が建築サイズに比例し巨大で多大な効力を発揮する。

 それだけ、中の情報の束を大切に保管しているということか。烈火は納得し、来る前にキッシュに聞いていた名称を口から漏らす。


「ここが、世界最大規模の図書館、「英知の中枢」か」







 図書館に入るためには、まず身元証明となるものの提示を求められた。

 一瞬焦った烈火だが、横のキッシュが普通にギルドカードを提示して通過したので、ポケットから取り出し無事通過。

 そのあとに金を払い、持物チェックをされる。烈火の暗器類が全滅で、没収された。服が軽くなって物寂しい。キッシュのほうを見れば、紋章道具さえも駄目らしい。自主的に手渡していた。徹底してる。凄い徹底してる。怖いくらい徹底してる。


(図書館で身分証明と金が必要で、かつこんなに面倒なチェックされるとか。なに、飛行機に乗るの、おれ)

「知識の園へとフライトですね」

(墜落が怖いな――って、冗談言いたいわけじゃなくてだな)

「貴重な資料が多いですからね、残念ながら当然の処置ですよ、諦めてください」


 そりゃそうだろうけど。

 にしたって、まさか図書館で監視者を用意されるとまでは予測できなかった。

 十五分近い検査を終えて、烈火とキッシュは図書館内部に踏み入る。のだが、ちらと後ろを向けば、


「…………」


 無言でこちらを眺める司書さん一名。女の子だ。黒髪長髪で可愛らしい。フルカラー髪の毛な人々ばかりのこの界隈では新鮮さがあって烈火の目を惹く。あと前髪が長くて瞳が三分の一くらいしか見えないが、ちらと垣間見た青い瞳が綺麗だと思う。

 けどなんでついて来ますか。烈火は女の子にストーキングされて喜ぶような性癖は持ち合わせていない。断じて。目隠れ前髪はいいけど。

 気にしているとキッシュが小声で教えてくれる。図書館では大声はマナー違反なのである。


「あれは監視の人だよ。図書館で窃盗や器物損壊なんかしたら一発でお縄になっちゃうから、気をつけてね」

「おおう」


 徹底の上に徹底的だった。

 図書館がなんだか凄い重要施設みたいな扱いである。いや、違わず確かに重要施設なんだろう。現代日本に居てはわかりづらいが、知識というのは物凄く大事なもの。それを溜め込み継承するのはさらに大事で、そのために記載し残せるのが紙であり本なのだ。蓄積した知識を次の世代が呑み込み、さらに新たな知識を加えたり間違いを修正したりして、また次の世代へと残す。そのサイクルの中核を担っていたのが書物であり、図書館である。

 まあ、今ではパソコンとかテレビとか、電子媒体ができて図書館への感心が薄れているが。烈火だって、図書館にお世話になるのは随分久しい気がする。

 久しぶりにやって来た図書館は異世界の図書館でした――なんて、笑えばいいのかなんなのか。

 ともあれ気を取り直そう。考え込んでばかりでは進まない。目の前に広がる本の海原に飛び込もう。ああいや、知識の園だったけ? どっちでもいいか。


「おー、流石に一杯あんなー」

「一杯あるねー」


 見渡す烈火につられたのか、キッシュもまた感嘆の声を漏らす。あれ、来たことあるはずだよね、その初見みたいな態度は一体。

 いやそれとも、何度来て見てもこう思うのだろう――本が一杯。本が一杯。すっげーな。

 もはやそれくらい単調な表現のほうが伝わるだろうってくらい本が多い。感想に手を抜いているわけではなく、シンプルに叫びたくなる。図書館なので声は控えるが。

 烈火は目的も忘れて興味のそそられるままに適当に館内を歩いてみる。

 通路を行けば、番号の書かれた本棚が整然と並び分野ごとに分かれているのが見て取れる。その本棚が高い、長い。背丈を越すほど高く、横に目測百メートルくらい長い。百メートル走でもしたくなる。

 だが、その本棚の合い間である歩くスペースは少々狭い。二人並べるかどうかといった程度、走るのはちょっと危ない。本棚を多く配置するための措置だろうか。利用者よりも本棚優先、本優先。セキュリティ段階で想定していたことだが、ここは知識の布教共有よりも保管保持を目的としているのだろう。


「知られない知識に意味はないと思うけどな……」

「…………」

「レッカ? なにか言った?」

「いや、なんにも」


 思わず漏れた烈火の独り言は小声で、キッシュには聞こえなかったらしい。だが一瞬、監視の司書の子が反応した気がした、聞こえてただろうか。不興を買ったかもしれない。理念にケチをつけたようなものだしな。

 第一印象大事の精神はどこへやら。烈火はやってしまったと反省する。思ったことをそのまま口にするって、おれはガキか。

 隔意を覚える烈火とは違い、キッシュは気さく。司書の女性に笑顔で話す。訊く。


「ねえ、司書さん。魔法を覚えるための本って、どこにあるのかな」

「はい、それでしたらこちらになります」


 司書は上品に手の平を開いて道を示す。そのまま逡巡もなく先導して歩いていく。本の配置を覚えているらしい。流石である。

 烈火はそれについていきながら、小声でキッシュに声を向ける。


「キッシュ、ありがと」

「お礼を言うほどじゃないよ」


 そのまましばらく歩き。歩き。歩き――え、とおっ。

 十分くらい歩いて、ようやく司書の女性が止まる。淑やかに本棚を指して、微笑。


「こちらの七十七番本棚から百番までが魔法に関連した本棚になります」

「多っ」


 本棚一列だけでも大分多量の書が詰め込めるはず。それがさらに二十三倍って、おい。というかここの本棚何番まであんだよ。


「魔法の修得が目的でしたら、八十一番本棚が適しているかと思います」

「ありがとー」


 気にせず女性陣ふたりが話をまとめる。

 あれ、おれの反応って小物っぽい? この程度で驚くって肝っ玉小さすぎ?

 さらっと七ちゃんがフォローしてくれる。


「まあ、これ全部とりあえず収集してるだけですので数も多くなりますよ。中身の検査審査なんてしていませんので、嘘とか間違いが記載されたものもありますし、更新された過去の事実とかも普通に混じってます。そこら辺は気をつけたほうがいいですよ」

(おおう、そこはやっぱ現代日本のそれには及ばないな)


 地球の図書館では、普通、司書の人がその図書館に合い正しいのかと蔵書を選ぶものだ。だが、異世界ではそこまでやってはいられない。ともかくなんでもぶっこんである。現代で言えば漫画とかエロ本とか普通に図書館に混ざりこんであるようなものか。文字通りの玉石混交。悪書、禁書とかもあるのだろうか。


「悪書は割と沢山ありますね。禁書も隔離して目に触れない場所にですが、ありますよ」

(ありますか……沢山ですか……そうですか……)


 悪書って悪影響与えるよくない本なのに、公共の誰でも読めるような場所に置いといていいのか。焚書坑儒しろよ。いや坑儒はしなくていいけど焚書くらいはしとけ。


「まあ、ともかく沢山本を集めないといけませんし、過激な思想書でも低俗反社会的な物語でも、なにかの知の足しになればいいと思っているんですよ。紙も地球よりは貴重ですし、燃やすなんて勿体無い」

「…………」


 正論のような、詭弁のような。屁理屈のような、理屈のような。

 見方によって違う、価値観によって意見の異なる。たぶんそんな感じなんだろう。うん。なにも解決してないけどそれで納得しておこう。深く考えない。気にしない。この神の手が加わった異世界ファルベリアでは、それが一番精神衛生上正しいに違いないから。


「――とりあえず、「はじめての魔法」探すか」










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