3 やって来ました異世界ですって
「――で」
ぱちくり、ぱちくり瞬き二回。頬もつねって痛い痛い。
「やっぱ、まあ……夢じゃねぇんだよなぁ」
「そりゃ夢じゃないですって」
「だよなぁ」
はい、目の前に待ち受けるのは無限と思われるほどに広大な草原である。遠目に山があり、森があり、さらに小さな町が見える。現代日本にはド田舎のド田舎でしか見れないような風景である。いや、雰囲気だけで言えば日本というよりヨーロッパ。中世とかなんとなく思うけど、先入観な気もする。実際のところ歴史に詳しくはない烈火には、風景や建物で時代年代を判断できたりはしない。
ともあれ先ほど死ぬまでいたコンクリートジャングルを思うと、なんとも素晴らしい。緑が輝く、青空が美しい、空気が上手い。
「わーい! 異世界! やって来ましたファンタジー! 帰りたーい!」
「玖来さんの絶妙な本音と建前いただきました! 私それ好きなんですよっ!」
「おーおー、お喜び頂いて光栄至極恐悦の至りですな」
いえーいと何故かナイスにハイタッチ。烈火と七、とても今日会ったばかりとは思えないシンクロである。仲良くなりすぎ。
「って、仲良くねぇよ!」
「え、私たち親友じゃないですか玖来さん!」
「お前のノリに付き合ってたら話が進まないんだけど!」
「それはこっちの台詞なんですけどね」
にらみ合うふたりであるが、ややして互いにため息ひとつ。これこそ最も時間の無駄だ。
烈火のほうから歩み寄る。ゲームのチュートリアルを請う。
「で、異世界だな。どこだここ」
「えーと……あぁ、七大大陸の内、第一大陸ロートの真ん中より南東寄りってところですかね」
「ん」
検索するような間が気になった。
「なにがえーとだよ、おれがここからスタートなのは決めてたんじゃねーのか?」
「あ、いえ、違います。母さんがランダムに決めてます。だから七人がバラバラってわけでもないと思いますよ」
「それじゃなんの準備もなく早々に他の奴らに出くわす可能性もあるってか」
「というかあのあくら――悪戯好きの母さんですから、最初にインパクトってことですぐに初戦がはじまる配置にしているかもしれません」
「そうか、悪辣なんだな」
言い切ると、烈火はばっと天を仰ぐ。澄み渡る蒼穹が綺麗だった。タライは落ちてこない。影も形もなし。流石にゲーム中には攻撃してこないか。
「限度はあると思いますけどね。悪口言い放題とかはやめたほうがいいかと」
「わかってら。理由もなく悪口言うほど小さくねぇし」
しかし神様の言う通りな配置か。七大大陸とか言っているんだから、大陸ごとにわけるとかないのか。
「まあなんにせよ、説明されてもここがどこかはわからんけどな」
というか固有名詞連呼すんなや。地図持って来いや。
七としても半分くらいはわざとだったらしく、楽しげな笑顔で要約してくれる。
「ま、そうでしょうね。とある大陸のとある町に続くとある道って感じで認識してくだされば大丈夫です」
「この道なぞれば町か。ああ、あの見えてる奴か」
ここは小高い丘らしく、下のほう――麓のほうに町が確かに見える。
ふむ、と烈火はとりあえず歩を進める。立ち止まってはなにもできない。進んでこそ人生である。七も続き、その歩に倣う。
歩いて少しで、流石に沈黙も気まずい。烈火はちょいと言葉を探す。
「しっかしいきなりなんもねぇ草原に投げ出すか、普通」
「一応、町へと続く道ではあるんですけど」
「お城じゃないの? 王様が金と生活を確保してくれる異世界勇者的なのは」
「ないです」
というか異世界トリップ対象が七人いるのだ、それは難しいだろう。大陸は七つだが国は七つもないし、ひとつの国に七人召喚するとかその時点で殺し合いになってゲームがすぐに終わってしまう。だからこそ全員バラバラ、適当に投げ出されるのだ。そもそも勇者は別にいる。
という、このゲームの内容的な理由があるわけだが、当事者としてはおいと言いたい。
「……せっ、せめて、この付近で魔物とか盗賊に襲われてる、とりあえず今すぐおれが助けに行けるくらいの適度なピンチに陥った金持ち、もしくは権力者、場合によってはヒロインとか、いないの? こう、少し助けただけで凄い親切にしてくれる系の善人。今後の手助けしてくれるような人とか」
「うーん?」
七は腕を組んでちょっと首を傾げる。烈火の言を吟味し、その問いに答えるべく右を見て、左を見て、念のため後ろも確認して――笑顔の花を咲かせる。
「いないようですね」
「じゃあ、おれ生きてけないじゃん! 金なし、宿なし、知識なし、そんで誰ぞの助力もなしで野垂れ死に確定じゃん! うわー! 詐欺だ、詐欺! やっぱ詐欺案件だったよー!」
「最初に幾らかお金は差し上げますよ。それを元手にどーにかしてください」
「無茶言うなや!」
「他の方々はそれで今まで生きてますけど、七番手さん」
「なん……だと……っ」
どんなサバイバーな奴らが選抜されてんだよ。ちょっとの金で異世界を生き延びるって、実はそれだけで大変だろ。メシどうする。健康どうする。安全どうする。
あ、いや、チート能力か。あれでなんとかできるな、そういえば。
【魔道王】はなんかこうご都合主義的な魔法があるだろうし、【人誑し】は貢がせればいいし、【武闘戦鬼】だってカツアゲすればいいし――
「玖来さんの想定が悪役過ぎません? 同郷の方の倫理観をなんだと思っているんですか」
「そんなことはないぞ。超能力を得て無法に放り込まれた現代人がなにしでかすかなんてわかんねーよ」
まあ【真人】とやらは普通にサバイバルしたんだろうけど。やっぱ単純に凄い奴なんだろうな。そう考えると【運命の愛し子】はずるい、ずっこい、マジで。どうせなんか運良く全部なんとかなるんだろ? まさに主人公補正みたいな。
ん、となると【無情にして無垢】さんはだいぶキツイんじゃ……。完全に対人能力じゃん。
「って、おれもそうだよ、そういや」
広いファンタジー世界を生き残ることを度外視して能力を選んでしまった。とりあえず暗殺、六人を殺すことだけを前提に【不在】とした。だが、出会う以前に生き残れるのだろうか。
「おい……冷静に考えたら顔もわかんねー奴らを倒しに行けって割と難しくね? 世界って広いじゃん、人類って多いじゃん。発見以前に野垂れ死ぬ気がしてきたぞ……」
「ああ、それなら一目でわかりますよ」
独り言、独り考え事を呟く――にしては大音声――烈火に、七はそこで割り込んでくる。
あっさりとした物言いに、烈火は目を細めて疑惑的な口ぶり。
「どうやって。選ばれし者同士、目と目で理解できますよって?」
「いえ、そういうことではなくてですね、ほら私です私」
「お前? んん、そうか、お前みたいに候補がついてんのか、他の六――」
区切りの悪いところで急に黙る。なにかあったのか?
「玖来さん? どうしました?」
「呼び名」
「え」
「呼び名とかねぇの? お前ら候補と、おれら七人に。こう、喋るとか考えるとかにすぅげぇ面倒なんだけど」
七人の神様候補がー、とか。七人の神様候補に選ばれた七人の人間ー、とか。長い、めんどい。こう、通称とか短いのがあれば楽だろ。前者にしてみれば候補とでも言えばいいけど、後者はなくないか。他の六人ー、とかもアレだし。
七はよくわからないことを気にするな、と苦笑しつつも考えてみる。
「呼び名ですか。私たちは神子と呼ばれていますね。七人の神子兄妹って。神の子って意味ですね」
「成る程な。神様候補は神の子か。当然ちゃ当然か。いやでも神の性悪度合いがまた上がったな。兄妹で喧嘩させるとか」
「なに言ってるんですか、兄妹仲はいいですよ? だから人間使って代理戦争させてるんじゃないですか。直接兄妹で戦うなんてとてもとても」
「なんか優しい風に言ってるけど、人間を駒扱いの悪い神だよな、お前ら。言いようはまさに邪神そのものだよな。……別にどうでもいいけどさ」
もうお前ら家族の性悪さは把握している。おれは突っ込まないと烈火はため息。それより続き。
「で、おれらはなんか呼び名ねぇの?」
「んんー、そうですね、兄妹間で呼ぶ時は傀儡とか呼んでますね。後は、選抜者とか」
「傀儡。傀儡ね……」
後者の呼び名には触れもせず、烈火は傀儡のほうをしっくりくると二度頷く。
選抜者とか、なんか寒気が走る。前者の呼び名と本質的には変わらない、言い方をマイルドにしただけで密かに馬鹿にされている感じ。それは気に入らない。陰口よりも真っ向の悪口にしろと思う。それならこちらも遠慮なく罵倒してやるからよ。
「傀儡はまあ、正しいな。神様の都合で殺し合いに強制参加の身の上じゃあ人形みたいなもんか。お前らがおれらを駒扱い人形扱いでも仕方ないわな」
「妙に聞き分けがいいですね、ヒューマン」
「この異世界にいる間はお前らの玩具みたいなもんだ、それは否定しない。ゴミ箱にあったお人形を繕い直したようなもんだしな。だが、このアホな殺し合いに勝ち抜けば、おれは人間に戻れる。だったら踊ってやるさ、それが神の手の平の上でも釈迦の手の平の上でもな。おれが誰より華麗にダンシングして、さっさと手から逃れてさよならだ」
「玖来さんは孫悟空にはならないと?」
七は面白そうに透明な笑みを浮かべて言う。挑発的に、だが人の反撃を期待して。
無論に烈火は反抗心の男、皮肉げに笑い返して言い返す。
「ハッ、孫悟空にゃ自覚が足りなかっただけなんだよ。おれはおれが今、傀儡であると自覚してる。屈辱だ、いずれぶっ飛ばす。そういう反骨精神は強ぇぜ」
「それじゃあがんばってください、私のお人形さん。きっと他のお人形より素敵に踊って私を神にしてください」
「へいへい、おれの邪神様よ」
ニヤリと笑い合うふたりであった。絶妙に気が合うらしい。性質が似ているのか、それとも違う形同士で噛み合っているのか。
そうこうしながらも歩みはやまない。道は意外に舗装されている。悪路ではない。意識もせずに喋りながら真っ直ぐ行ける。割と文明的な発展が著しいのかもしれない。そう願う。
地を蹴りながら、改めて。
「で。話戻すぞ」
「ああ、はいはい。傀儡七名を見分ける方法ですね」
「……おう」
了承しておいてなんだが、こう普通の会話の中に傀儡という単語が混ざりこむというのは、なんだろう。なんだろう……。
七は一切気にしない。おそらく平常通りだからだ。
「私と同じく七名の神子がついていますので、私にはそれが見ればわかります。だって兄妹ですからね」
「ふぅん」
「ちなみに神子は傀儡以外に見えませんし干渉もできませんので、玖来さんでもなんとなくわかると思いますよ。こう、誰も意識していない人がいれば、それだと思います」
「あ、お前見えないんだ」
幽霊みたいなもんか?
烈火はさらっと疑問解消のため手を伸ばす。頬に触れる。柔らか――払われた。虫みたいに。目が冷ややか過ぎる。淡々と説明を加える。
「そもそも今、玖来さんが認識している私はただの見学兼解説用の端末でしかありませんからね。まあ、汚い手で触れられると不快感を覚えますけど」
「汚くねぇよ失礼な。で、本体は別にあんのか」
「そうなります。まあ、本体の意識を全部こっちにもってきていますから、魂は本物ですけれど。肉体が仮初めと言いますか、見学できればよしの雑仕様と言いますか」
「なるほどな、お前や他の神子が勝手に力使ったらいかんから制限しとかねぇとってことか」
「流石、玖来さんよくわかっています。私たちはあくまであなたがた傀儡を選び、能力を授け、情報を提供する、それだけしかゲームに干渉できませんから」
「だから幽霊仕様なわけか」
まあこんな現代装束纏った美少女――外見がそうであることを認めざるを得ない――なんて目立つだろう。他の神子もたぶんどうせ美形なんだろうし、見えていたら騒がしくなるかもしれない。見えないのは見えないで効果的か。というか異世界ファンタジーでなおかつ草原広がるこの風景で、パーカーとか不似合いにも程がある。浮き輪もかくやの浮きっぷりだ。ちょっと世界観に合わせるとかしろ。
「って、そういや服」
思案して思い出す。自分の服はどうなっている。
視線を下へ――生前のまま学生服だ。学ランだ。事故の際に破れたりしたと思ったが、なんか無事だ。
「ん、んん?」
と思いきや、おかしい。ポケットの中が空っぽだ。内ポケットや胸ポケットも空。携帯電話やティッシュ、学生証やら財布やらなにやらがない。腕輪はしたままだが、うわ、袖や脚に仕込んでいた暗器までないと来た。というか生前だったら学生カバンを持っていてもおかしくないはず――
「あぁ、玖来さん、残念ながら装備品はなにもないですよ。服だけです。腕輪はまあ、甘く裁定して服とカウントしましたが」
「必須のモン以外は外されたか」
「というか再構成しなかったが正しいですけど」
「あ? どういう意味だ、それ」
いい知れぬ不安感を与える言葉選びである。再構成って、わざわざそんな不穏な単語をチョイスしたのに理由があろう。
七は特に気を持たせることもなく平然と語る。事実、彼女からすれば平坦なことだから。
「玖来さん、死んでますからね。肉体はなく魂だけでしたので、こっちで新しく身体という入れ物だけ創って魂注入って感じです。その身体のついでに死亡時着ていた服を再構成、身体に付属しただけですから」
「ん、んん? じゃあ、この身体はおれのじゃねーの? テセウスの船的な」
一隻の船がある。その船を構成する部品が朽ちたので新たな部品へと少しずつ入れ換えていくのだが、やがて元の部品がなくなった時、その船は元の船と同一と看做してもよいのか?
人の子の長きに渡るパラドックス問題に、神の子は悩まない。その素振りすらもなく、別に気にすることでもないと言う。
「寸分違わず再現しましたが、厳密に言えば違うとも言えます。でも人間の身体なんて代謝でどんどん細胞単位での変化しているわけですし、それが一発で変わっただけと考えればそんなに不気味がることでもないと思いますけど」
「……じゃあ、おれってもしかして玖来 烈火の記憶を持った別の玖来 烈火みたいな感じなのか?」
なんかSFみたいになってきた。自己同一性の揺れというか、クローン人間の自我というか。精神的に辛いお話である。
「いえ、玖来さんは玖来さんですよ。魂は同一ですからね。入れ物なんてどうでもいいでしょう。私だって幾つか変えてますし」
その魂とやらも、烈火に見えるわけではない。七の言葉を信じるしかなく、嘘でないと断言はできない。もしかしたら烈火は、本当に哀れなお人形さんで、この演劇舞台での見世物としてさっき創られた記憶でしかないとかもありえなくはない。世界五分前仮説みたいなノリで、玖来烈火五分前仮説とか。
別の世界へのトリップというのは、元いた世界こそがただの妄想でしかない可能性を持つ。自分自身の記憶が捏造であるかもしれない恐怖を伴う。無論、もとの世界で幻覚に喘ぐ精神疾患なだけの可能性もまた。
というかもとの世界に溢れかえった異世界トリップの小説とか漫画では、こういう類の悩みはどうやって解決しているのだろうか。詳しくないから知らんけど、自己同一性についての違和感とか、肉体に対する疑問とか、そういうのないのだろうか。異世界への門を通って移動って、その際に己が己でなくなっている可能性とか、考えないのか。
――おれは本当に玖来 烈火であるのだろうか?
まあ、どうでもいいが。そんなことを考えても仕方がない。玖来 烈火は悩まない。ここにある烈火は今の自分の心に従って前に進むしかないのだ。
そう、今歩むこの道は、烈火の選択の結果に歩む道なのだから。
というわけで思考変更。歩を止めずに前向きな話題へと転換する。
「金はくれるっつったけど、武器はもらえねぇの?」
「物凄い唐突に話が変わりましたね……」
「いや、仕込んでたのがなくなってたからさ。ずっと建設的だろ?」
けろっとしてやがる。
人間なんだしアイデンティティの問題で真剣に悩めよ。七は推奨したいわけでもないが、反応の鈍さになんだかなーである。
「まあ、武器ならあげますよ、お金で買える程度のものですけど」
「それは、おれがもらえるはずだった金から差し引いて武器をくれるってことか」
「そうなります。どうしますか、玖来さん」
「んんー」
金はいるだろう。どんな世界でも金は力で、あらゆる点で役立つ。ある意味でチート能力とかに匹敵しかねないパワーがある。金で買えないものがあるとか言うけど、じゃあ金で買えるものとどっちのが多いんだって話である。それに、金で買えないものとかたぶんだいたいなくても生きていけるんじゃないの。メシとか宿とか、金以外でどうやって定期的に手に入れるんだ。
とはいえ、金は使うものでもある。金だけ溜め込んでも意味はなく、使用してこそ力の意義。武器は少々、あったほうがいい。生命の敵対者とやらが生息する世界だし、護身は必要だろう。
「じゃ、小剣を七本くれ。できるだけ頑丈なの――あ、ファンタジーだし絶対壊れない剣とかないのか?」
「常識外れに物凄く頑丈なのはありますよ。けど値段も物凄くお高くなってしまいますし、初期金額じゃあちょっと出費が激しすぎます」
「そりゃそうか。まあ手ごろな奴でいいや。勿論、残金もある程度欲しいからな。全額ぶっこむとかアホすんなよ」
「わかっています。では形とかはどうします?」
すると烈火は身振り手振りを交えてできるだけ具体的に語る。大事なことなのだ。
「えーとな、長さは七本ともおれの手首から肘よりちょい短めくらいで、厚さはこんなもんかな。諸刃のダガーで頼む。で、柄はおれの手のサイズにぴったり合わせてくれ。太さはこんなぐらい。あ、柄尻にワイヤーをつけるための穴をつけといてくれ。あと長くて頑丈なワイヤーを四本くらい、いや予備がいるし剣に合わせて七本かな」
「えぇと、待ってください」
注文が多い。しかも細かかったり大雑把だったりしやがる。
それでも七はせっせこリクエストに応えようと力を揮う。すっと手品のように七はなにもない虚空から小剣七本とワイヤーを取り出した。
烈火は若干ビックリしつつも受け取り、それを何食わぬ顔で学生服に仕舞っていく。ワイヤーと小剣一本は裏ポケットに隠し、残る小剣は左右の袖と右脚、あと一本はちらと見えるようベルトに挟む。もう二本は見えないようにベルトに挟んで仕込み完了。慣れた手つきである。
素朴な疑問が七から飛ぶ。
「袖とか脚に、それどうやって仕舞ってるんです?」
「虚空から剣取り出した奴が言うことかよ。こりゃちゃんとそういう仕込めるような改造してある服で、腕輪なんだよ。そのまま再構成したからだろうな、ちゃんと暗器を仕込むポイントはあったぜ。夏服じゃなくてよかった」
冬服学ランに比べて、夏服には仕込めるポイントが少ないし。
「成る程。ちゃんと細工があったのですか」
流石は玖来流刀剣術継承者にして師範代なだけはある。
「本当に、そういうところは中二病臭いんですけどね、玖来さん」
「そういう奴を狙って引っ張ってきたんだろうが。それにこちとらクソジジイに勝手に仕込まれただけだからな」
記憶もないガキの頃から修行が当然で、それが当たり前のものだという教育をされてきた。中学に入った辺りで、それが我が家だけの変な仕来りだと気付いた時には遅かった。鍛錬しないと逆に据わりが悪いような精神性にされていた。日課の鍛錬をしないと落ち着かないし、眠れないのだ。悪質な洗脳だと、烈火は思う。
「まあ、その暗殺術かっこ笑いかっこ閉じを存分に披露してですね、六人ほどを討ち取ってください」
「暗殺術じゃねぇ! 刀剣術だ! なんかこう、剣と身体の使い方だ!」
「でも玖来さんが得意なのは暗器かっこ笑いかっこ閉じじゃないですか。わざわざ武器も小剣なんか選んじゃって」
「ぐ……っ」
仕来りを変だと気付いた時の年齢がまずかった。
当時の烈火はせめて祖父への反抗として、刀剣術の中でもマイナーな方向へ走ろうとして小剣を選んだのだ。中学生であった烈火の思考回路は当然の帰結として「小剣→暗器→暗殺っぽい→カッコいい!」という現在からすれば目を覆いたくなるような惨事を起こしていた。そして祖父も祖父でそろそろ基礎の上に特化技術を身につけさせようと考えていたらしく、烈火がちょうど選んだ小剣での技法を集中的に教えてきた。
結果、玖来 烈火の得意は暗器術となったのである。ああ遠き日の黒歴史。南無阿弥陀仏。
「しかも暗器術に関してはもう師範代ですもんね、笑えます」
「うるせー! 育ち盛りの時期に頑張ったら、なんか結果がついてきたんだよ! それ以上そこに突っ込んでくるな、本気でへこむぞ!」
そんな感じでわいわい騒ぎながらも道は踏破され――最初の町に到着である。