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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第二幕 時計仕掛けの運命
27/100

26 キッシュの中心都市案内








 バッシャー!

 と、空から水が降ってきた。


「ぇぇ……?」


 バケツをひっくり返したような――否、タライをひっくり返した水が降ってきたのだ。

 タライとは縁のある烈火は見事にびしょ濡れ。直撃喰らってずぶ濡れだ。

 だからタライは嫌いだ。じゃなくてなんで空から水がと天を仰げば、真横の建物の上階で窓が開いていた。タライが引っかかっていた。あそこから水を零したか。大通りの真ん中は馬車とか偉い人が通るので隅に寄っていたがための不幸である。


「…………」

「あー……」


 あまりの事態に声を出せずにいる烈火と、横のキッシュ。どうやら不慮の事故で人為でない事故だったらしい。窓の向こうでは騒いだ様子も、謝罪に顔を出すようなことすらない。というか、たぶんあの窓の開いた部屋は無人だろうと推測できてしまう。

 つまり、凄く不幸な目に遭った。


「えっと、レッカ? とりあえず、外套脱いだら?」

「そーする」


 まさかの事故にキッシュですらなにを言えばいいのかわからなくて、常識的にそんなことを言うだけに留まった。濡れたままでは風邪をひくし。

 烈火はひとつため息を吐いて自省だけしておく。都市の賑わい、様々な人種に目を奪われていた。周囲にばかり気がいって、上からのタライを気取れなかった。それは自分のせいだ。文句もなく、この建物に乗り込むとかもしない。面倒だし。

 いそいそと外套を脱ぎ、畳んで持っておく。宿についたら乾かそう。


「…………」


 やや、視線が集まった気がした。若干湿った学生服の奇異さ、黒髪黒目の珍奇さのせいだろう。

 そのような視線にはもう結構慣れた。無視してキッシュとともに足を進める。雑踏で離れ離れにならないように気をつけながら。

 というか、烈火なんぞよりももっと視線集めるべき存在がそこかしこにいるだろうが。

 ちらと横へと視線をやれば猫耳、犬耳、兎耳。身体の一部がもこもこ獣、そんな人型あっちこっち。尻尾が揺れて、当たらないように注意がいる。

 道の向こう側には子供の身長で髭をたくわえた褐色肌のガタイのいいオッサンが斧担いでるし、街路に面したカフェテラスみたいなところで角が生えたお嬢さんと耳長い美男子が談笑している。ばさばさ羽音がすると空を見上げれば空飛ぶ人型が普通にいるし、水色の肌した姉さんがなんか店先で販売している。『自家製健康水!』と銘打ってある。どんな水だよ、自家製ってどういうことだよ。

 色んな種族がそこかしこに当たり前のようにいて、この都の雰囲気をさらに一段異世界風味に盛り上げている。異世界なんだけどさ。

 そんな風にきょろきょろしてるもんだから、不意とキッシュがくすくす笑んだ。


「そんなに珍しい?」

「そりゃあな、珍しいよ。人間以外の種族は見たことなかったから」

「へぇ。意外に引きこもってたんだ」

「うぐ……っ」


 彼女に悪意はない。彼女に悪意はない。

 だが引きこもりとか言われると割と心が痛む。キッシュに言われるとさらに一入でくる。烈火は罵倒を受けて喜ぶ業界の人間ではなかった。


「でもねレッカ、別の種族でもヒトはヒトなんだから、あんまり変な目で眺めるのは失礼だよ。レッカも珍しい髪と目の色で、経験あるでしょ?」

「キッシュはいつもいい奴だよなぁ。気をつけるわ」

「そんなことないけど……」


 謙遜するのも予想通りだが、キッシュはもう少し褒められてもいいと思うんだがな。

 せめて心の中での称賛、尊敬は忘れないでおこう。ぶっちゃけ七ちゃんよりも確実に敬意度合いは高い烈火である。


「おい」

(ドスをきかすな美少女)


 七のツッコミをさらりとかわして、会話進行。キッシュに言葉を向ける。


「じゃあちょっとこのお上りさんに教えてくれ、余所見しないように」

「異種族について、かな」

「いや、そっちは実はメモがあるからいいんだわ。それよりこの都市について教えて欲しい」

「あれ、そっち? まあ、わかったよ。じゃあ宿に一直線じゃなくて少しだけ回り道しよっか」

「おー」


 ということで、曲がろうとした小道へは行かず、そのまま大通りを進むことにする。多くを見聞きするため遠回りすることにした。

 大通りには店が居並び、都市の中心部へと繋がっていく。都市の中心にそびえるのは天衝く塔。 

 高く高く高く。

 正直、大橋に差し掛かった段階で薄っすら見えていた。橋を進む毎、一日毎に輪郭がはっきりしていき、三日で馬鹿みたいに高い塔だと認識できた。雲を突き破り、青空の中で悠然と起立した様はただ圧倒される。地から突き立った、というより天から垂れたと表現できそうだった。もしくは天地を繋ぐ橋とか。

 東京タワーというよりスカイツリー。スカイツリーというより富士山。富士山というよりエベレスト。とりあえず物凄くでかく高いということを言いたいのだ。まあ烈火はそのよっつのどれも写真以外で見たことはないのだが。

 塔に目を奪われている烈火に、キッシュは歩を進めながらも説明をはじめる。手始めに目立つものから。


「レッカも気になってたと思うから最初に説明するけど、あれは中央塔」

「ああ、橋を渡ってた時から気になってた。なにあの高層タワー」

「昔神様が世界の中心の目印として建てたんだって」

「……」

(なにやってんの、お前)


 予測はできていたが、突っ込みはいれてしまった。

 七は実に嬉しそうに言う。満面の笑みである。


「いやぁ、カッコいいじゃないですか。世界の中心に塔って」

(お前気分とカッコよさだけで建築し過ぎだろ。ちょっとは自重しろ、人の世だぞ)

「でも世界の中心ですよ? 創るななんてそんな殺生なこと言わないでください。ほら、あそこで愛を叫べばよく聞くあれができますよ?」

(しねーよ)


 というか誰に向けた愛を叫べというのだ。


「勿論、私です!」

(……今度な)


 雑に受け流しつつ、キッシュとの会話のほうに意識をやる。割と最近はふたりと同時に会話を並列できるようになっていた。烈火も成長している。地味だが。


「で、あの塔は昇れるのか?」


 定番だとあれを一階ずつ昇っていき、中にいる魔物やらボスやらを薙ぎ倒していく。そして最上階にまで登りつめた者にはチート能力だの、チート装備だの、あらゆる知識だのが授けられるとかなんとか。あぁ、神に出会うとかもあるな。

 烈火は全くやる気はないが。というか神ならうるさいくらい傍にいる。


「うん。あれに昇ることができた人は勇者って呼ばれるらしいよ」

「あ、そこで勇者が出てくるんだ」

「あれ。レッカ、勇者は知ってるんだ?」

「まあ、聞いたことはあるな。でも深くは知らん」


 ちょっとだけ慌てて言い繕う。キッシュ的には烈火は世間知らずの田舎者なのだろう。その認識でいてくれるから、解説もしてくれる。わざわざ知ったかぶりして説明を止めるのはよろしくない。キッシュが普通にいい人だからというのも勿論あるが。

 キッシュは顎に指あて、ちょっぴり苦笑。


「わたしもあんまり知らないけどね。あの塔の頂上まで導かれた人を勇者って呼ぶ伝説くらいかな」

「なに、導く?」

「そう。入り口の床に《転移》の紋章魔法が施されてて、選ばれし者には反応して頂上まで運ぶらしいよ」

「……胡散臭い」


 思わず漏れた本音。直後に神子どもの介入なのだから適当な人選でそういう役どころの演者を輩出して面白がっているのだろうと気付く。

 あれ……やっぱり神子どもって邪神なんじゃ?

 キッシュは烈火のバッサリとした一言に気を悪くした風もなく事実だけを返す。


「けど、二年くらい前に《転移》を起動させた人がいるって話だよ。勇者って人の噂も、たまに聞くし」

「……」


 勇者ね、はいはい。勇者だろ。いるのは知ってたからいいけど、勇者か。ううん、無関係でいられるかな。無関係でいたいな。

 ともあれあの塔は目印と勇者選出のためだけの装置であると見ていいようだ。

 ……すっごい無駄な代物な気がしてきた。なんて勿体無いのだろう。

 七がそこで弁解を述べる。勘違いしてもらっては困る。


「あ、いえ、あの塔、勇者以外も昇れますよ?」

(え、そうなの?)

「はい。一応、誰でも塔には昇れます。勇者以外は階段ですが。ただ高いし魔物も蔓延っていますからね、《転移》なしで頂上にたどり着いた方は未だに一人もありません」

(あー、そっちの設定も含んでるのか。欲張りな。ちなみに七ちゃん、あの塔昇り切ったらなんか特典あるの?)

「勇者と同じ待遇で神様アイテムを差し上げます」

(やっぱそういうノリか……)


 少なくとも勇者がチートアイテム保持者であることだけは判明した。余計に会いたくなくなった。死ねとは言わないから遠くにいてください。今度流れ星に祈っておこう。

 烈火のなんとも言えない表情から、これ以上は塔に関して話す必要なしと判断。キッシュは締めにかかる。


「まあ、中央塔についてはただのシンボルとか、そういう風に見ればいいよ。昇るなんてのは命知らずか勇者志望の夢見がちさんだけ、気にしないほうがいいと思うかな」

「そうするわ」


 まこと深い賛意をこめて首肯した。

 命がけで塔に昇ってチートアイテム取得って、リスキー過ぎる。チート能力なら既に持っているわけだし。いや、最近になってあんまり使えないんじゃないかと疑念が湧き上がって来たが、まあまだ序盤だ。使い慣れてもいない。今決め付けるのは早計というもの。

 それにチートアイテムがあっても他の六名に確実に勝てる保証もなし。というか六番目には無意味だろう。リスクが高すぎて、メリットは薄いのだ。

 というわけで中央塔さんはもうどうでもいいや。もっと手近身近な話題を振ってみる。キョロキョロと周囲の商店を見遣りながら言う。


「しかし、なんか店が多いな。そこら中で物が売ってる。なんでもありそうだ」

「そうだね、お店が多い。広い都市で、商店は一杯あるからどこがいいのかとかは把握が難しいんだよね」

「あー、あるある」


 大きいデパートとか行くと、どの店に入ればいいのかわからんくなるのと同じだろう。服屋多すぎ、靴屋多すぎ、小物屋多すぎ。結局どれも入らずメシだけ食って後はブラブラして帰ってしまう。烈火は買い物とかファッションが別に好きではない。それが都市単位なんだからもはや全部見て回るのは困難だろう。


「って言っても北側が商店密集の区域だからだけどね。南はギルドが占めてて、東側も居住区だからあんまり立ち寄ることはないかな。西はレッカの目的の図書館が中心の学区だね」

「東西南北で区分けされてるのか」

「そうだよ。まあ、厳密ではないけどね? 密集してて、多いだけ。別に居住区にもお店はあるしね」

「なるほどなぁ」

「ちょっとだけ説明しよっか」

「頼むわ。ちょっとだけでいいぞ。触りだけで」


 あんまり列挙されても覚えきれないし。

 烈火の弱音を冗句だと受け取ったのか、キッシュは小さく笑ってから言葉に移る。


「東は一番広いけど、ただの居住区で住宅街だから置いておくとして。

 北は今レッカが感じたように一杯お店がある場所。たぶん、世界で一番物が集まる場所だね。中心だから、他大陸のあらゆる物がここに集まるの。そして、それがまた別の大陸に運ばれていく」

「あぁ、貿易の中心地でもあるのか」


 あらゆる大陸の物資をここに運び、別の大陸に売りつける。その狭間、中継地点ゆえに第七大陸にも物が集まる、あらゆる大陸の物が売買されている。世界の中心というだけはある。中立都市にして貿易都市でもあったわけだ。

 そういえばそこら中で馬車が忙しそうに幾つも走っているな、道幅の広さも馬車の往復が茶飯事だからこそなのか。荷物を載せて運び売買する商人たちは、心なしか活き活きしている。


「なにか欲しいものがあるならここで買ったほうがいいよ。別の大陸で別の大陸の物を買おうとする物凄く値が張るからね。まあ本当はその大陸の物はその大陸内で買ったほうが安く済むんだけど、それはそれで難しいから」

「道理だなぁ」


 しかし魔物もでないし世界の中心で貿易の要って……おいおい優良物件過ぎるだろ。どっかの国とか種族とか侵略してこないのか? 魔族は? 知識の足りない烈火ですらもここを占領できれば相当な利益になるのはわかるのだけど。


「かーみーのーちーかーらー」

(アッハイ)


 なんでもかんでも神の力で解決していやがる。おい、もしかしてこの第七大陸って一番神の影響受けてるんじゃねぇのか。


「あは」


 否定が返って来ないときた。うわぁ。

 これは荒貝 一人じゃなくても心配になるわ。人類大丈夫? 神様がちょっと気紛れ起こしたら大パニックになるんじゃないの?

 まあ、だからと言って神に挑むぜとかはありえないんだけど。馬鹿の論理は飛躍してぶっ飛んでやがる。

 烈火がぼんやりと思案している横で、キッシュは解説を続けている。まだ四方の一角しか伝えていない。


「西は言ったように学区だね。大図書館があって、それと併設してある学園がある。サヴォワール学園」

「学園、へぇ。魔法とか教えてくれんの?」

「そうだよ。魔法科と武術科と一般科があって、それぞれ魔法のことと戦いとか旅のこと、それに勉強を教えてくれるね」


 異世界ファンタジーの学園物そのままと見ていいのだろう。なにせこの世界だからな。テンプレ完備だろう。

 ということで学園関係はあんまり説明しないでいいや。


「そう? じゃあ南。南は幾つかのギルドがあって、でもわたしたちみたいな一般人にはあんまり関係ないんだよね」

「お偉いさんが集まるだけだからか?」

「うん。討伐ギルドの本部なんかは、普通の討伐者は一生無縁でいることが多いかな」

「南は寄る意味がないんだな」

「そうでもないよ。討伐ギルドの本部とかはどうでもいいけど、鍛冶師ギルドにはお世話になるかもしれないし、あと南区には闘技場! コロシアムがあるからね」

「コロシアム?」


 既に読めた。どうせ討伐者同士で争って賭け事やったり見世物として売り出したりとかしてんだろ? そんで年に一回くらいに大会開いて世界最強を決めたりとか。

 というか中心都市にはマジであらゆるもんが揃ってらっしゃる。詰め込みすぎだろ。イベントもそりゃ多発するわ。果たして烈火はこんな漫画の舞台まっしぐらな場所で、平穏無事に魔法を修得なんてできるのだろうか。不安だ。

 と。


「あ、ついちゃったね」


 気がつけばひとつの中規模建物が目の前にあった。他よりちょっと高い建物で、階が多いと見える。ここがキッシュおすすめの宿である。

 回り道遠回りはしていたが、ここを目的地として歩いていたのだからいずれ辿りつくもの。会話の半ばで着いてしまったのは、ちょっと間が悪かったか。


「まあ、コロシアムについてはまた近い内に一緒に行こうか。説明はその時で。いいかな」

「いいぞ。別に急いで知りたいわけでもないしな」

「じゃあ宿をとろっか」

「おう」


 いい加減、濡れた外套を乾かしたいしな。











 この作品では塔昇りダンジョンアタックもしなければ、学園物と化して魔法を修行しだしたり、コロシアムで最強を目指したりはいたしません。

 ……たぶん。


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