25 ついに到着、中立中心都市
長い長い。
長い長い。
長い長い長い長い――橋。
長大な橋。巨大な橋。
徒歩で橋を渡りきるまでに一週間掛かるとか、もはや笑うしかない。
こんなのどういう建築技術でできるんだよ、ガウディかよ。と突っ込む烈火に、七が踏ん反り返って私が創りましたとか言い出す。
おい、神。神おい。物質的な干渉までしてやがったかこら。
「いやー、だって私の大陸ですし? 他の大陸と繋ぎたかったですし? 中心大陸とかカッコいいじゃないですか」
わからんでもない。やはり世界の中心というフレーズはカッコイイ。あれ、フレーズと橋関係なくない?
というわけで、どういうわけか、この世界にある幾つか常識外れ文明超越の巨大な橋は全て神の創ったものらしい。これのお陰で他種族他大陸の人々は交流が古くからあるらしい。交流があったほうが進歩も早いだろうし、面白いからだそうだ。マジ神どもは愉快犯。
そして神謹製のお陰なのかなんなのか、橋には魔物が近寄らないようになっているらしい。そのため橋上と第七大陸は魔物の存在しない唯一の場所となっている。セーフティゾーン的なあれだ。
安全保障が神によってなされた橋上は、故に賑わっては人の集まる場所になっていた。出店が並び、軽い宿泊施設が幾つも点在し、一種の商店街、大通りみたいなノリだ。橋幅も広く大きく店が並んでも充分な歩行スペースを残している。具体的に言えば四車線くらいの幅。馬車が行き交っている。
魔物が来ないので安全無事で、店が多くて必要な物もなんでも揃う。この橋の上で暮している者は少なくないらしい。第七大陸も同じ様相、条件ではあれ、あぶれたり、好んで橋を選ぶ者もいるとか。橋が落ちる心配などしていない故の、神への信頼故の選択なのかもしれない。
烈火は少し、荒貝 一人の言葉を思い出してなんとも言えない心地になる。
「酒が飲める酒が飲める、酒が飲めるぞー!」
「へい、兄さん! 肉の丸焼き買わないかい!」
「おい、こらてめぇ! こんな味でこの値段はぼったくりだろ!」
「なぁに言いやがる! 最高に美味ぇだろうが、貧乏舌!」
「おやじ、もうちょいまけろよ。あとちょっと、ちょっとだから」
「これ以上は勘弁してくれ……上さんに殺されちまわぁ」
それでも人々は活気付いて生きていて、別に現状でも問題ないんじゃないかとも思う。
なんでも見方の問題で、主観の問題でしかないのかもしれない。烈火なんて小さな視点からじゃあ、この現状が悪いとは断言できやしない。まあ、上から神の見えざる手で掻き回されているというのは、いい気分はしないけれど。
閑話休題。キッシュに振る。思わずちょっと不満げな声がでる。
「で、七日ほどこの長い長ーい橋をひたすら歩き続けたわけだけど、そろそろか?」
本来なら橋を行き来する駅馬車が存在し、それに乗って揺られてまったり橋渡り――だったのだが、事情あってふたりは徒歩であった。
事情――金がない。
金欠、貧窮、火の車。なんでもいいが切実である。実に実に切実な問題である。
キッシュを雇うお金、宿代飯代その他諸々。橋上では魔物がでないせいで稼ぎもなし。烈火の所持金ではだいぶカツカツ。なので贅沢できないと金に余裕のありげなキッシュには悪いが馬車を諦めて徒歩に付き合ってもらった。申し訳ない。
想定以上に長い橋旅だったせいでしんどかったが、終端が見えてきた。それで綻んでついつい思慮の足りない言葉を発してしまった。
長い橋旅になったのは自分のせいで、キッシュを付き合わせているのに、不満の体とか心狭すぎ。
言った直後に失態を悟った烈火であったが、キッシュは別段に嫌な顔ひとつせず首肯する。
「そうだね、もう少しだよ。橋を超えて第七大陸リラ、そして中立中心都市ツェントルト」
「すっごい真ん中にあるんだなぁ、ってのは伝わる」
「だって世界の中心だから。それで種族や国家を問わない都市だから、中立中心都市なんだよ」
歩く先に存在する第七大陸を眺め、烈火はとりあえず阿呆な感想をひとつ。それにキッシュは真面目に返答。そこらへん慣れが生まれていた。
その説明で、烈火としてはふと浮かぶ単語がひとつ。
「永世中立国?」
「うん? はじめて聞くけど、的を射てる言葉だね。まあ国じゃなくて都市だけど」
「え、第七大陸に国はないの?」
「そう。一個の都市があって、それだけ。第七大陸は狭いから」
「にしたって、都市にしちゃでかいだろ……」
七大大陸最小と言っても島ではなく大陸と呼んでいるのだ、その面積は広大だろう。なのにその上にあるのが都市一個って、おいどういうことだ。
「あ、すみません玖来さん。この世界での大陸と地球での大陸は意味が異なっています」
烈火の文句に七が弁明。すぐ傍にキッシュがいるが、まあ話を聞くくらいはできるか。
で、どゆこと。
「こっちの世界ではサイズや地殻は関係なくですね、神子の創った地が大陸と呼ばれます。で、そこから崩れたり、はぐれたり、派生したりしたのを島と呼びます」
(あぁ、なんか大陸は神子がひとり一個創ったって言ってたな、そういえば)
「ですから第七大陸リラは小さくっても大陸です。国みたいでも都市なんです」
(把握した……って後者はどうなんだ。まあいいや)
言葉の違いなら仕方ない。
しかし小さいとは言え大陸だか島だか一個が都市。陸地を全て使った巨大さと広大さを誇る――たったひとつの都市。中心都市ツェントルト、凄いな。行ってみたいわ。今今、赴いている最中なんだけど。
七との対話終了。見計らったようにキッシュは言葉を続ける。話題は続行していた。
「ちなみにこの橋も一応は都市の一部の扱いだよ」
「あ、そうなんだ。じゃあ、ここで暮してる奴は中心都市在住ってことになるのか」
「そうなるね」
「ここ以上に内陸は賑わってるってことにも、なるのか?」
「なるね」
うへー、と思いながらも烈火はもう一度左右に目を飛ばす。出店の様子、人々の様子を窺う。
「お嬢さん可愛いね、お茶しなーい!」
「百年鍛えて出直せガキ」
「行かせてくれー! おれの財布が飛び降り自殺しちまったんだー! 追いかけてやらないと寂しがるだろー!」
「馬鹿! 死ぬぞ! というか橋上ダイブとかうちの店の近くでやるな! イメージ最悪だろが!」
「酒が飲める飲めるぞー、酒が飲めるぞー!」
「へい、兄さん! 魚の揚げ物買わないかい!」
「…………」
うん、まあ、色々な人がいるな。うん。
置いといて、とりあえず繁盛? している。すごい賑やかで、活気付いてて、まさかここが橋の上とは思いもよらない。これ以上に栄えた都市とか、毎日パレード開催の夢の国かなにかかな?
あー、いやその前に橋から飛び降りようとしてる男を止めるべきか? それともやたら強そうな幼女に詰め寄る命知らずのナンパ野郎を止めてあげるべきか。あの幼女、たぶん人間じゃないだろ……。あとさっきから酒呑みオヤジ、なんか聞いたことある歌、歌ってるぞ。
……いや、構うまい。
ここで変な揉め事に干渉するのもよくない。なんか凄いビンビンとフラグの匂いがするけど、無視! というかフラグっぽいからこそ、無視!
飛び降りは店の人ががんばってるし、ナンパは自業自得で返り討ちが目に見えてる。呑んだくれは知らん。つまり横槍は必要なし! 玖来 烈火は安全穏便に橋をただ通過します。神橋を叩いて渡ります。移動中になんらかの揉め事になんか関わりません。
しかし畜生。橋の時点でちらと周囲を見ただけでこんなにイベント豊富とか、都市に行ったらどうなんだ。あっちこっちで烈火にイベントが押し寄せるんじゃないのか? 逃げ切れるだろうか。
異世界干渉をできるだけしたくない精神は、烈火の中で未だに健在であった。友達は除く。
というかそもそも自意識過剰だよ、この考え方は。一個人の平凡なる人間にそんなわんさかイベントが降って湧くなんてありえないのだ。統計的に! 統計的に! 統計学なんて修めてないけど! 名前と概要くらいしか知らないけど!
それにキッシュが何も言わないのだから、たぶん日常風景でしかないのだろう。たぶん。
そうやって全力で周囲の事柄イベント諸々から目を逸らしながら歩き続けていると、ようようキッシュが声を上げる。ちょっと嬉しそうな声音。
「あ、レッカ、そろそろ」
「お? ぉ、おお!」
見えてきた、やって来た。
長い橋を終え、大地が見える。都市が見える。第七大陸が見える。
「中立中心都市、ツェントルト……と、と?」
いや、門で見えないわ。
「門でっか!」
門である。
巨人の通るサイズなのに装飾は細やか、歴史を感じさせる厳かさをかもし出してて神々しい威容を――じゃなくて、どうやって造ったんだ、その二!
「はいはい神様のせい、神様のせい」
七が先んじて突っ込みを差し込んでくる。もはや諦観の顔である。やれやれ私ですがなにか、みたいな。
やっぱりお前かよ。との確認突っ込みはせず、烈火は凄く微妙な顔つき。
(待て、橋はわかるけどなんで門なんて創ったんだよ)
「あったほうがカッコいいので」
(ああ、うん、神様は愉快犯でしたね、はい)
納得しながら門を見上げていると、キッシュが手を掴んで引っ張ってくる。やっぱりちょっと嬉しそう。キッシュもなんだかんだ長い橋にうんざりしていたのかもしれない。
「レッカ、こっちこっち」
「え、ああ」
つられて引きずられて烈火は進み、門の下に行列が出来ていることを発見する。下のほうにはちゃんと小サイズの開き戸があるのだ。
「え、なに、検問?」
「大きい荷物もってたり、怪しい人、魔力の大きい人とかだけね。わたしたちは普通に通れるよ。あ、フードはとってね」
列の横にもまた別に門が開いている。ひとつの巨大な門に、人が通れる入り口が五つあるらしい。出入りでふたつ、審査必要出入りでふたつ、そして使っていない入り口がひとつ。おそらく緊急時などのための予備だろう。誰も近寄っていないなら、不用意に近づくべきではない。暗黙の了解とは、暗黙でも理解できるからこそなのだ。
というかキッシュに手を掴んでもらって引っ張られてるし。
あれよあれよと連れられ、遂に橋を抜けて陸地に立つ。傍にいた門番に会釈して、門を潜り――烈火はその都市を見渡す。
少し見上げれば大小様々な建物が幾つも並び、露天や出店が並んでいかにも商店街っぽい。橋の雰囲気が続いているのだ。それでも地面は大地で、踏み締める感触は慣れた土のそれ。第七大陸にたどり着いたのだと理解できる。
様々な建物が林立する。現代ビル街のよう、ではないが住宅街みたいな感じ。そんなに高層建築はなくだいたい均一。唯一遠くには高い塔が一本目立っている。今までの村や町が中世以上近世以下くらいなら、ここはひとつ進んで近世以上近代未満くらいの風情。流石に都市、中枢、最先端。他より文明諸々が進歩しているのだろう。雰囲気と、建物の平均的な高さからなんとなくそう察する。
「おー、これが第七大陸かぁ。なんか……うん、都市だなぁ」
「まあ、入り口じゃああんまりわかんないかな?」
感想が雑なのをフォローされた。ちょっと恥ずかしい。
キッシュは少しだけ笑う。子供の強がりに微笑むお姉さんみたいな笑顔であった。尊い。
「じゃ、行こうか。おすすめの宿を教えるねー」
「ん? 宿なのか? ギルドじゃないのか?」
「この都市のギルドは本部だからね、宿屋とかは併設されてないんだよ。それに広いから、幾つか宿屋があって、良し悪しあるから気をつけたほうがいいよ」
「なるほどな。そこは先達に任せるけど……魔物ぶっ倒しの換金は本部とやらでもできるのか?」
「できるけど、宿屋に換金所が併設されてるから大丈夫だよ」
「おお、便利」
ギルドの機能が宿屋に委託されている形か。ふむ、しかしとすると、本部はなにするところなんだろうか。下っ端には関係ない話とか、役員会とかだろうか。
まあどうでもいい。
そんなことよりも続けて放たれたキッシュの何気ない言葉に、烈火は打ちのめされることになる。
「宿まで案内したら、そこで契約は終了だね」
「あぁ……うん……」
互いに目的があっての利害の一致。やりたいことが別々にあって、たまたま重なった部分で同行しただけ。烈火はこれからこの地で魔法を覚えなければならないし、キッシュは様々巡って妹を探し出さねばならない。別れは必然で、出会った時からわかっていたこと。
忘れていたわけではない。忘れていたわけではないが、ないが、流石に少し気分が沈む。新たな場所への好奇心とか、やっと辿りついた達成感とか、それらを全部置いてけぼりにして、烈火は沈んでいく。
キッシュは困ったように笑みに苦味を含ませる。
「そんな気落ちしないでよレッカ、別れは旅の常だよ。いま経験して、慣れておかないと」
「慣れるもんかね。いや、慣れたいとは思わないぞ」
「んー、でもさ、気落ちしててもつまんないよ? 中心都市は色々あって面白いし、楽しんだほうがいいよ」
落ち込んだ顔を見るのは、こっちも辛くなっちゃうんだよ。
キッシュの言葉に、烈火は少しバツが悪くなる。誤魔化すように頭を掻いて、誤魔化しきれないと悟り謝罪。
「わり、そうだよな。それにともかくもう少しはキッシュもここに留まるんだろ? 落ち込むのはキッシュとの別れ際までとっとくよ」
「別れ際には落ち込むんだね」
「そりゃな」
「レッカは素直だね」
「キッシュにゃ負ける」
「勝ち負けかな」
「さあ?」
あはは、とキッシュが何故か笑い、烈火もその笑顔につられて綻ぶ。
居心地のいい関係性がいつまでも続くわけではないから、今をできるだけ楽しむのがベストだろう。
それに、できるならキッシュには笑顔でいて欲しいし、燻ぶった烈火なんか覚えていて欲しくないのだ。