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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第一幕 そして不在はいなくなった
24/100

23 三分間で蛇を退治する方法










 魔物は魔力に反応して襲ってくる。

 ならばキッシュが魔法を歌いはじめた段階で場所をある程度特定される。向かってくる。だが感知から離れるほどの遠くから歌いはじめても、今度は魔法が届かず意味がない。適度な距離と、そして魔法が最大限に高まるタイミングが揃い、そこで相対せねばならない。

 また集中のためキッシュは移動もしない。魔法だけに神経を集中させる。今残るだけの魔力をありったけ注ぐためだ。水増し詠唱を約三分ほど続けて全力の全てを尽くすと言っていた。

 三分間の勝負。

 その三分、烈火はキッシュに魔物が近づくのを阻害し、なおかつ三分後にはキッシュのもとにおびき出さねばならない。矛盾しかけているほど面倒困難な作業であるが、泣き言を言っても仕方ない。

 なにせ泣いても笑っても――


「“リックロックラック♪ リックロックラック――♪”」


 歌ははじまった。

 魔物が動き出す。

 烈火も小剣を握りしめる。


「“リックロックラック♪ リックロックラック――♪”」


 烈火の配置は木々の狭間の森の端。魔物がいるであろう方向に少し戻って陣取る。キッシュの姿は見えないが、ギリギリ歌声が届く場所。朗々たる声は遠距離にすら届く。大きな声ではないが、よくよく響き渡ってこの耳まで伝わる。全力ゆえか、いつもの囁くようなそれとは大違いの歌声だ。烈火は場違いにも聞き惚れそうになる。

 轟く歌とともに、魔力もまた歌唱と同期し高まる。周囲にその存在を知らせてしまう。Aランクの魔物を呼び寄せる。

 また魔力感知は魔物の一部少数に備わった知覚能力。少ないだけでAランクの魔物だけの専売特許ではない。視覚や聴覚の延長みたいなもので、生物ごとの差異があるというだけ。件のAランク以外の雑魚にも気を配らねばならない。そのリスクはキッシュも考慮し、それでも断行した。この付近で魔力感知系統の魔物はまずいないはずという彼女の経験が根拠だ。


「“リックロックラック♪ リックロックラック――♪”」


 森中では視界は信用できない。死角が多すぎる。木陰や草に紛れるのは野生動物の得意とすることだろう。

 だから他の感覚を研ぎ澄ます。周辺に気配はない。音も獣の鳴き声、風に吹かれた木々のざわめき、キッシュの美声くらいのもの。臭気は土や木の匂いだけで判別つかず――火の匂い。


「! 来たっ!」


 業火を引きつれ、森を焼いて、己の世界を広げながら侵略の魔物が来る! 来る! やって来る!

 茂みが割れて――


「グゥゥゥゥゥルァァアアア!」

「って、別口かよ!」


 大口開けた虎みたいな魔物が襲い掛かってきた。魔力に寄せられたか、それとも焦熱地獄から逃げてきたか。ともあれ今は烈火を標的とし牙を剥く。体長三メートルくらい。でかい。普通に対応したら脅威。だが。

 

「今お前に構ってる暇はねぇ!」


『不知』――からの横っ飛び。からの小剣投擲。獲物の消失に困惑する、その隙間を穿つ。刺し込む。

 烈火は着地と同時に再跳躍、戻る。虎の魔物に向かう。投げた小剣を追いかけ――魔物に刺さり、刺さった柄をぶん殴る。さらに深く突き刺す。無理に力尽くで押し込む。命に届かす。最短で殺す。消滅。


「よっしゃ、本命――!」


 即座にワイヤーを手繰って小剣回収。握りなおし、燃える匂いの方角を睨みつける。

 いよいよもって熱気がここまで届く。空が赤く染まり、炎の匂いが森の匂いを塗り潰していく。間違いなく接近している。

 だが音がしない。どれほど近いか判然としない。あれだけの巨体のくせに足音がないわけが――


「あっ、やべ。蛇じゃん、這うじゃん、足ねぇじゃん」


 ではまさか。

 うわまさか。

 そのまさか。


「Giiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!!」

「近っ!」


 接近に反応できなかった。既に目の前で魔物は炎を吐く。

 烈火は『不知』中、存在を知覚されてはいない。知られていない。だが火炎を吐き散らし炎で世界を染め上げんと放射は続く。


「蛇のくせに火ぃ吹いてんじゃねーよ! ピット器官無茶苦茶になんだろ!」


 いや、だから代わりに魔力を察知し襲うのか。

 なんて、冷静に納得している場合ではない。無作為ファイア乱舞燃焼。それだけで烈火の命がやばい。その上で翼持つ蛇は這い進むことをやめない。魔力を高める少女へ向かう。


「ち」


 仕方ない。烈火は『不知』を解除。そして――





『――あ、そうだキッシュ。確か紋章道具もってたよな。攻撃魔法のはないのか?』

『ないよ。紋章道具で攻撃魔法は売買禁止されてるからね。精々が殺傷性の低い《瞬火》とかくらいだよ』

『うわ、そうなのか』


 まあ、あの誰でも使えるようなアイテムで殺傷力高いのまで売り出したら、大変なことになるだろう。ちょうど日本で銃火器刃物が規制されているように。まあ、同じく抜け道もあろうが。裏で売買している輩もいるんだろうな、と想像できてしまうが。今は関係ない話。


『じゃあ、《瞬火》でもいいや。ちょっと貸してくれ』

『え、なんで?』

『魔力に反応すんだろ? じゃあおれに注目してもらうにゃ――』





「これが一番だろうが、《瞬火》!」


 熱世界にて小さくか弱い〈火〉が〈瞬〉く。

 どんどん苛烈に炎が渦巻いていくそこで、そんな矮小な火種なぞはもみ消される。気付くこともできない微かな明かり。

 であるが、魔力は弾ける。魔力を感ずる魔物には暗黒の中の灯火に等しく。

 結果。

 ぐりん、と大蛇は頭部だけで振り返り――ようやくもって烈火を視認。認識。存在を知る。


「うぉう、睨まれた。石にならないってことはバジリスクじゃねぇな――って、普通に羽毛ある蛇(ケツァルコアトル)か。腕あるけど!」

「あ、正解です。それ参考にしました」

「まーじかー!」


 正解した玖来さんにアタックチャンスくれー! 一分くらい動き止めてくれー! 頼むからー!

 無理。

 翼持つ蛇は鎌腕を振り上げ、倍速で振り抜く。草刈の如くに薙ぎ払う。烈火は思いきり膝を崩す。沈む。首を下げて回避。髪が数本持っていかれた。背後で木が真っ二つ。

 構わず前へ。曲げた膝を伸ばして走り出す。この近距離なら火炎は吐けまい。自滅に至るだけ。だが距離が縮めば鎌は恐ろしい。乱舞するように左右から斬り斬り舞い。薙いで薙いで鎌斬り鎌斬り。

 それを、烈火は。

 玖来 烈火は――


「――っ!」


 目で見て避ける。

 刃の振りかぶりを見て軌道を把握。振り下ろそうとする瞬間を見て速度を把握。振り下ろされた瞬間には既に圏内から外れている。

 精確に。精密に。身体を殺傷圏外へと逃す。手足つま先に至るまでコントロール。視認した脅威とかち合わない位置に身を置く。

 玖来流に斬撃を当てたいのなら、大雑把に振り回していては叶わない。

 玖来流に斬撃で挑みたいのなら、丁寧に斬線を組み立てないと敵わない。

 それがたとえ十メートルの怪物だろうとも!


「ふぅーははは! このまま一時間でも踊るかよ! おれは構わないぜ、魔物さんよ!」

「Giiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!!」


 叫びは苛立ちか、はたまた怒りか。

 どっちにしてもうるさいが、動きがさらに雑になって捌きやすくなる。業を煮やす暇があったら頭を冷やせ。烈火はそうする、名前に反して。

 機械は怒らない。機械は惑わない。そして玖来流の目指すは精密動作の機械である。感情を殺すこともまた、その教えには含まれる。非戦闘時には感情豊かであるが。


「おら、当たんねぇなぁ! それでもケツァルコアトルかよ! 大仰なモチーフしやがって! 翼も潰れて、お前なんかカマキリ蛇で充分だな!」


 故に挑発の台詞は楽しげで煽っているが、頭は冷えている。歌唱開始から時間を数えて今一分五十七秒。もうちょい。

 百里を行く者は九十を半ばとす――もう少しだと油断しかける心を引き締める。ここからが本番だ。

 ここで立ち止まっては三分ちょうどにキッシュが的を絞れない。魔法が無為に散る。烈火はこのカマキリ蛇をキッシュの視界内に持っていかねばならない。あと五十一秒で。

 ちょいちょい回避と同じくして後退してはいる。気付かないように少しずつ下がって惹き付けてはいる。だが足りない。このペースでは五、六分はかかる。

 ので、ここらで思い切る。


「『不知』」

「!?」


 大振り一閃避けてから姿を隠す。知覚から外れる。その直後に視線を逸らさぬままにバックステップで退く。後退撤退。

 カマキリ蛇は数瞬間困惑し、その間に鎌の間合いから烈火は外れ――ブレスを吐かれる。


「だよなぁ!」


 見えない感じない。けど居るはず。ならば範囲攻撃は妥当。火炎を周囲にばら撒き透明人間死ね死ね。どこにいるか知らんが燃えろ。尽きろ。

 烈火は身を反転。走る。逃げる。キッシュの方へ。

 火勢は烈火を狙い撃たない。割と的外れ。知覚できないから。けれど広範に渡り、熱が襲い来る。ちょくちょく燃えそうになる。


「なんか前もあったぞこんなこと!」


 あの時は火傷半端なくて気絶した。負けた。記憶に刻まれた敗北の屈辱。

 次は負けない。今は負けない。だって歌声はどんどん近づいている! ひとりじゃない!


「私は前からいましたよ」

「テンポ崩れるから出張るな七ぁ!」


 そこで烈火は『不知』解除、そして『不形』を発動。《瞬火》を使う。魔力を放出し、おれはここだと魔物に伝える。


「こっちだぞカマキリ蛇が。どこに火ぃ吹かせてやがる!」


 見えないくせによく言う。だがこの魔物に視認は要らず魔力反応で襲い来る。『不形』は魔力を外部に漏らす故。


「Giiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!!」


 物凄い勢いで顔面突撃。怒りの咆哮とともに大口開けて烈火を喰らわんと適確に向かってくる。

 ――やはり、視覚よりも魔力を優先感知するか。

 ともあれ横っ飛び。転がるように跳び回避ィ!

 上手く避けるが真横にトラックが通り抜けるようなもの。風圧でややバランスを――崩さないから玖来流。しかと地面を踏み締め、ロスなく再度走り出す。駆ける。適度な間合いでまた《瞬火》。


「鬼さんこちら! 手の鳴る方へ、ってな!」


 発動まであと二十四秒。キッシュまで目測あと二百七十歩程度。ギリギリか。

《瞬火》の発動に伴いカマキリ蛇は烈火を確定。追いかける。這い進む。火を吐く。


「火は吐くなぁ!」


 無茶を言う。

 炎は侵略し、木々を舐め、直線上の烈火を無慈悲に灼――


「ちくしょ、仕方ねぇー!」


 戦闘に賭けは持ち込みたくないが仕方ない。『不形』を取りやめる。跳躍する。頂点で傍の木の幹を蹴りさらに上昇。そして一か八かの『不在(アヴェイン)』発動。

 火炎のブレスを干渉せずに透過。滞空時間を延ばすために姿勢を工夫しなんとかやり過ごす。火炎が過ぎ去って素早く解除。よし、前より上手くいった。代わりに着地は不様。地面に腹から落ちる。熱気が満ちる。

 我慢し、すぐに手をつき回転して跳ね上がる。その頃には間合いを詰められている。斬首の鎌が烈火に降りかかる。


「くそ――っ」


 明らかに消耗した動作でギリギリ回避。否、掠った。頬から血が流れ落ちる。構わずふらつく脚をどうにか叱咤しまた走る。

 熱の接近による苦痛のせい。なにより『不在(アヴェイン)』を使ったせいだ。今まで『不知』と《瞬火》を連発していたせいだ。魔力が消耗し、体中がダルさに支配されてしまっている。肉体性能が二割減。

 肉体は疲労していないのに疲れ果てているとは、これいかに。体力と魔力が別カウントなのが困り物。

 ひゅんひゅん鳴らして背後から鎌斬り連打が追いかけてくる。鈍化した烈火に畳み掛けてくる。ここで斬死してしまえ。


「ぬぅわー! 死んでたまるかー!」


 最後一握りの力と、あとは気合と根性で脚を動かす。回転させる。全力疾走。全力疾駆。生きたいのなら!

 ここで烈火の集中力が極限に達した。刹那へ落ちる(タキサイキア)現象――走馬灯のように瞬間を引き伸ばす。世界をスローで体感し、あらゆる情報を短時間の内に認識。全精力を生存に費やして脚を回す。

 残り十秒――六十二歩。

 いよいよ。歌声が間近。鎌斬りも近い。ステップ踏んで。ジグザグ走行。大樹を身代わり。なんとか躱す。凌ぐ。前に向かう。それだけはやめない。

 残り五秒――十一歩。

 背中。木々が崩れていく。魔物の叫び。張り詰めている。茂み。越えればゴール。そして。遅滞延長した体感速度中。まずいと理解する。

 残り三秒――到着。


「“〈(かっぜ)(かっぜ)(まっわ)〉れ♪ リックロックラック――♪”」

「Giiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!?」


 誤差がでた。詠唱完了三秒前。魔物にキッシュを晒してしまう。

 自身を殺しうる存在と、その高まり切った魔力を認識して――カマキリ蛇はなりふり構わずブレスを吐き出そうとする。全部まとめて燃やして消し去らんとする。

 一手を許した失態――刹那に落下する烈火ならば返上可能。

 気付いた。時には反転。身を翻す。向かい合う。魔力源(キッシュ)に意識を奪われた蛇野郎。口腔内。炎が湧き上がる。引き伸ばした刹那。見て。小剣を握る。

 硬い皮膚した化け物打倒。その解法はふたつ。ひとつは大技。装甲突破。もうひとつは――


「装甲の合い間、斬れるところを穿つ!」


 要はつまりが目ん玉ブッ刺しィ!

 小剣投擲。一直線。流星。矢の如く。視認(レッカ)を無視する馬鹿。へ飛ばす。飛来。過たず眼球直撃。串刺し。貫通。大激痛。


「GiIィiiいIiiイIIiぃiiIぃiiIイiiいィiiぃIィぃiiイIいiィ!?」


 無論、壮絶な苦痛に喘いでいては意識が乱れる。溜めた口内の火炎は霧散し――零秒。

 ひゅるりと〈風〉が吹いて――次瞬、狂ったように〈廻〉転して竜巻と化し、カマキリ蛇のノドを抉り貫いた。

 そうしてこの戦いは終わった。


















 Aランクの魔物としては翼が先に潰されていたぶん、脅威度が下がっています。本来なら飛んで来たので烈火は手も足も出ず負けていたと思います。

 まあ、先に翼を潰せる幸運を拾ったキッシュのお陰ということで。


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