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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第一幕 そして不在はいなくなった
23/100

22 とりあえず謝って、あとは流れで









 ――目の前には強大巨大な魔物が睨む。

 周囲は火の海が広がり、収まる気配もなく揺らめいて熱を発散する。まさに地獄とその番人の聳える修羅の巷とでも表現して構わない。並大抵の生き物では立ち入ることもできないだろう。

 そこに、そんな戦場に、文字通りの火事場に。


「キッシュごめん! マジごめん! 素人がプロの意見無視して本当にごめん! けど!」


 現れた男は玖来 烈火。

 いきなり現れ、キッシュの腕を掴む。引っ張る。重心崩して転ばせ、そこを掬い上げ抱きかかえる。逃げ出す。有無を言わさず運送逃走。


「えっ、え? レッカ?」


 一瞬前まで気配すらなかったはずの人物の登場。それが烈火だった衝撃。何故か魔物が困惑している事態。そしてなんかお姫様抱っこされている。全て不明で驚愕で、キッシュは咄嗟の言葉が出ない。わけがわからず意味なく名を呼ぶのが精一杯。

 けれど烈火は止まらない。脚は走って全力撤退、声はごめんで全力謝罪。本当ごめんごめん、ごめんなさい。


「キッシュに死んでほしくない! 死ぬなんて辛いの、キッシュにはまだ早い! 絶対早い!」

「――」


 走る走る。烈火は必死に走る。キッシュの驚く顔が色を変えたことにも必死すぎて気付かない。炎の森を抜け出そうと必死こいて走り続ける。

 キッシュの囁いた言葉にも、やっぱり烈火は気付かない。


「決まらないね、レッカは……」


 颯爽と助けに来てくれて、第一声が謝罪とか。

 あぁ、なんて――あなたは格好いいんだろう。








 で、走って走って約十分。

 燃える森林を抜け出し、さらに森の中を駆けずり回って、安眠スポットを発見。立ち寄ってようやく止まる。ゼェゼェ言いつつキッシュをおろし、ようやく一息。


「うお、くそ、汗かいたぁ。だくだくだわ、ツユだくツユだく。ごめんキッシュ、走ってる時とか汗かかったか?」

「えっ、あぁ、ううん。そんなことなかったよ」

「そっか、ならよかった。あと無事でよかった」


 怪我はしてるっぽいけど大丈夫? なんて、心配そうに烈火は言うので、なんだかキッシュは色々と言いたいことが吹き飛んだ心地だ。

 毒気を抜かれて苦笑する。苦くも確かにキッシュは笑む。生存はそれだけで喜ばしいのだから。


「まぁ、助けられちゃったからなんで来たの、とか言わないし、ありがとうだけどさ」

「いつも助けられてるのはおれだし」

「それでもありがとうはありがとうだよ。それで、ひとつ訊きたいんだけど烈火」

「なんだ」

「どうやってついて来たの?」

「…………」


 やはりそこを突っ込まれるか。

 キッシュはいい奴だ。だから烈火の覚悟を無碍にして叱ったり、お前が来てどうする役立たずとも言わない。礼だけ言って、じゃあどうしように移ることができる。

 けれど鈍感というわけでもなく、考えが浅いわけでもない。不明の点は質問が飛んできて当然だ。

 周囲を警戒して五人は森を歩んでいた。後方も例外でなく注意は怠っていない。それに戦闘がはじまった頃に突然予兆もなく現れたり、逃げ出す時に魔物が困惑していたことも不可思議。まるでこちらの姿が唐突に消えたような態度だった。

 烈火は一瞬だけ逡巡するが、別にいいかと結論づける。ちらと横目で七を窺うが、勝手にすればと肩を竦めていた。ので勝手にする。


「奥の手」

「え」

「奥の手だ。なんて言えばいいんだろーなー。えっと、隠し玉の特殊能力的なノリの……個人的技能っていうか……なんていうか魔法でいいのか、なんなのか……」

「――先天魔法と言ってください」

「え」


 七ちゃんの助言が入る。意味を解せない烈火に、七はもう一度言う。


「先天魔法。それで通じますので」

「――要するに先天魔法だ!」

「っ! そう、なんだ。レッカ、先天魔法持ちだったんだ」


 本当にキッシュは得心したらしい。どういうこっちゃ。説明求む。


「手短に説明します。先天魔法っていうのはこの世界で生まれつき備わった、既存の魔法ではありえないような独自の魔法ですね。その個人だけのオリジナルです」

(うーわ、それっぽいなぁ。自分だけのー、とか凄い優越感浸れる系ね。個人特有で他にはないオンリーワンなアレだな)

「ちなみに先天でわかるかもしれませんが、後天魔法もありますね。途中でいきなり目覚める覚醒系のアレです」

(ふぅん。で、なんかキッシュめっちゃ驚いてるけど)

「結構少ない事例ですからね。雑に言ってひとつの世代に千人程度じゃないですかね」


 マジか。なんかむず痒くなってきた。おれは生まれつき異能をもった特殊な人間なんですよ、とかカミングアウトしたことになるんだぜ。それってアレじゃない? 脱中二した烈火的にはアレだよ、うん。

 キッシュは烈火の微妙に安定しないテンションを気にせず、話を続行。彼女的にはまだ割と切羽詰まっている。烈火ほどあっけらかんとはいかない。


「えっと、レッカの先天魔法は、姿を隠したりする感じかな」

「おおう、そうだ。『不形(カタナシ)』って言ってな……って、あれ、隠してたの怒らないの?」

「ん? なんで? 奥の手を隠しておくのは当然だよ」


 おおう、プロフェッショナルはこれだから助かるぜ。

 とか感心する烈火も、スキルの内でブラフ用の『不形』しか伝えない辺りは用心深い。キッシュを疑うわけではないが、なんらかで伝わると厄介。なによりもキッシュが知っていることがバレ、彼女が狙われてしまうかもしれないし。

 あっぴろげに全部正直に伝えることが優しさとも限らないのである。


「その『不形』っていうのは、姿を隠すだけ? 他には?」

「姿だけだ。気配は自前で消してる。まあ精度はそこそこだけどな。あと、他の人や物に付与して消すこともできるぞ」

「なるほど、そっか……」


 ふむ、とキッシュは顎に手をあて思案しだす。

 新たな手札が増え、どう切れば最適でこの場を乗り切れるか考えている。

 ていうか最初っからこれを伝えておけば烈火も戦力外通知だされずに同行できたのだろうか。失敗した。

 しかしていうか、キッシュはまだ戦うつもりっぽいな。あれだけの暴威を目の当たりにし、痛烈な打撃を二度もその華奢な身で受けて、それでも諦めないで立ち向かうのか。

 凄い。素直に凄いと思う。烈火なんか傍観していただけで震えがきた。援護しようにも投擲した小剣は気付かれもせず弾かれた。助けようにも魔物は素早く強すぎた。なんらの役にもたてず、ギリギリでキッシュを助けただけ。倒せるとは思えない。


「……キッシュ、酷いこと言うようだけど、このまま逃げようとか、思わないのか」

「ん……そうだね、逃げたいよ。もしもレッカが逃げたいなら止めないし、責めたりしないよ」

「違う。おれじゃない、キッシュがだ。逃げたいなら、なんで逃げないんだよ」


 君だってこの世界で生きているんだろう? 烈火と同じで死ぬのが怖くて仕方ないはずだろう? リセットすれば蘇る命でもないんだろう?

 死ねば死ぬ――烈火と立場は同じだろう?

 なのに、なんで。


「なんでって、えっと、だってそれが討伐者の役割、だから」

「役割?」

「うん。野菜を作る役割の人、家畜を育てる役割の人、結界を維持する役割の人、服や武器を売る役割の人――生きてるみんなには役割があって、みんなが頑張ってるお陰で今この世界は成り立ってて、じゃあわたしだけ役割を投げたりなんかできないよ。討伐者は、魔物を狩るのが役割なんだから」

「っ」


 キッシュは当たり前のようにそう言った。誇りをもってそう断言した。

 この酷く残酷で命の軽い世界で、だからこそひとりひとりが頑張らないと滅んでしまうと知っているから。今自分の頑張りは、少しだけでも世界と人類の存続を長引かせているとわかっているから。

 ああ、くそ。日本人、平和で気楽で物が豊富な現代人には耳が痛い正論だ。異世界だからこその、そこに住まう人だからこその生き方で、死生観だ。世界観だ。

 異邦人の烈火が口出しできるような問題じゃない。我が身可愛さで逃げ出したくなる臆病者の出る幕じゃない。


「ごめん……変なこと言った」

「いいよ、レッカがわたしの心配してくれてるのはわかってるから」

「けどキッシュ、駄目ならちゃんと逃げるぞ。考えて、なんにも勝ち目がないなら他に任せて逃げるぞ」

「わかってるよ。わたしの頑張りは必要だけど、誰にも代わらないほど貴重でもないし責任も薄いからね」


 歯車ひとつひとつは重要だけど、別に代理がないわけではない。個人としては唯一無二だけど、自分にしかできないことなんてそうそうない。自分のできる限りをできるだけやればいいのだ。誰かのできないことをやり、自分のできないことを誰かがやってくれる。そうして世界は回っている。


「よし、それなら問題なし」


 自分だけが頑張らなくちゃとか考えてないならよし。問題解決なんてもんは、できないのならできる奴に回せばいい。引き際を弁えているならなおよし。

 キッシュはそういう意味でも頭がよくて、一緒にいても大丈夫だと思える。頑固じゃない。

 だから。


「おれもやる。考えようぜ、あれを倒す方法」

「……レッカ。うん、ありがとう」

「なんで礼だよ」

「言いたかったからね」


 なんてにっこり笑うもんだから、烈火はそれだけでやる気を上昇させる。なんとも安くて単純な男である。いや、男なんてもんは可愛い子の笑顔ひとつで踏ん張れる馬鹿なくらいで丁度よいのかもしれない。

 さて転換。うだうだ言うのはやめて考えよう。


「それでレッカ。レッカはどこの段階から見てたの?」

「最初っからだ。村から出た時からつけてたし」

「そっか」

「あっ、でもあれだぞ、その……割って入るのはできなかった。向こうから見えなくても攻撃はあたるし、死ぬ。だから下手に近づけなかったし、フォローしようにも魔物の皮膚が硬くて意味がなかったし」


 だから、ふたりの討伐者が犠牲になったのは、救えたりしなかった。烈火は弱くて、決して漫画の主人公みたいに全て救えるヒーローではないのだから。荒貝 一人のような超人染みた英雄の才気も精神力もない、ただのガキなのだから。

 キッシュは苦笑。それを言うなら自分だってなにもできなかったと。


「別に責めてないよ。ただ確認したかっただけ、攻防を見てたらわかったよねって」

「なにがだ?」

「別に、絶対勝てないわけじゃなかったってこと」


 たとえば直撃させた《氷牙》の魔法。当てどころをもう少し考えていればもっと動作を鈍らせることができた。キッシュの《風廻》だって、当たればかなりのダメージが期待できていた。

 それができなかった。奴は蛇のごとく狡猾に常に身をうねらせ的を絞らせなかったし、魔力に敏感に反応してのけたからだ。

 逆に言えば当たれば勝機は充分あったということ。当たらなければ無意味でも、じゃあ当てればよいのだという結論になる。


「そりゃあ敗走しちゃったけど、わたしが詠唱を伸ばして威力を上げれば大きなダメージは与えられるってことはわかった。もっと外皮が硬いタイプの魔物じゃなくて助かったよ」

「ぐぇ、もっと硬いのもいんのかよ」

「いるね。それで、わたしは魔法に集中したいんだ、けど……」

「あー、おれが前衛で注意を惹く感じか?」

「うん、基本的な動きはそう。でも、それだとレッカのほうがずっと危ないから、ちょっと迷ってる。どっちかって言えばわたしのほうが……」

「えーと、待て。魔法を扱うには集中しないといけない、んだよな」


 烈火で言えば『不知』などを使うようなものだろう。あれは結構な集中力がいる。手ごわい敵とやりあっている最中に発動とかはできないだろう。玖来流として鍛錬し集中力の高い烈火ですらだ。


「うん、魔法と動作は両立あんまりできないよ。少しは動けるし、戦っていられるけど、Aランク以上の魔物相手に動きながらの魔法は自殺行為かな。集中力散漫で発動前にやられると思う」


 だからこそ前衛後衛、戦士と魔法使いに分類される。魔法剣士なんてそうそういやしない。化け物染みた集中力がないと、魔法準備中は大体無防備になるのだから。


「で、マトモな刃物じゃああれの皮膚に傷はつけられないし、致命はほとんど不可能……魔法でやるしか勝ち目がなし」

「たぶん、今の手札だとそうなるね」

「じゃあ仕方ない。魔法を使う必要がある。魔法が使えるのはキッシュ。魔力に反応して来るから隠れても意味が薄い。誰かが壁になって、気付かれていても手出しができない状況にするしかない――壁はおれだ」


 他に方法がない。少なくとも思いつかない。だったらやろう。頑張ろう。

 吟味の果てに迷う玖来流などいやしない。


「おれだって、今はこの世界で生きてるからな。少しは役割に準じてみるのもいいだろ」


 今回だけな! 誰が命がけで見知らぬ誰かのために頑張れるか! こちとら聖人じゃねーんだよ! キッシュに格好つけるためが七割だよ!

 

「うわー……」

「ありがとう、レッカ! 頑張って生き残ろう!」

「おう!」


 少女らの真逆の反応に、烈火はただ力強く頷いた。

 男は格好つけてナンボだろうが。












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