19 寂しがり屋で構ってちゃん
「最近、玖来さんが私のことをただのシステム画面としか扱ってくれていない件について」
旅をはじめて一週間も経たず、というか五日で七はそんな風に言って不貞腐れだした。
ここは五日ぶりの屋根のある宿である。ようやく最初の町サイクラノーシュから見て隣の村に辿り着いたのだ。お陰で昨夜は安眠できた。ぬくぬく安穏、素晴らしい。
寝起きもだいぶ気分よくて心地よく伸びをしていたら、七がいきり立っては変なことを言い出した。烈火としてはよくわからない。疑問符を浮かべる。
「いきなりなんだ」
宿でひとりになっているので念話ではなく口頭で会話。七と口頭は割と久しぶりだ。
「だって最近、玖来さんが構ってくれません……」
「はあ?」
なに言ってるのこいつは、という顔と声である。烈火的には普通に喋っているはずだが。黙っているように言っても止まらない七にできる限り付き合って喋っているはずだが。
七としては微妙に食い違いがあるらしい。言い募る。
「だってだって、外歩いてる時とか喋りかけても三割は無視するじゃないですか!」
「いや、キッシュがいるし。お前と話してる間で変に思われるじゃん。そいういうの掻い潜って、これでもだいぶお前と話してるつもりなんだが」
「足りませんよ! 私は話したがりなんです!」
物凄い我が侭なことを力強く言われた。
そのままの勢いで、たじろぐ烈火に畳み掛ける。七ちゃんの爆発のような叫び。
「ふたりの時はこんなことありませんでした! 新しい女ができたら私はポイってことですか、玖来さん!」
「人聞きの悪いこと言うなや! 玖来 烈火はクリーンでグリーンな人格を保持しておりますよ!」
「嘘ばっかり! もう沢山ですっ!」
「おおい、痴情のもつれみたいなこと言い出すな」
「じゃあもっと構ってください、喋ってください、遊んでください。ほらほら!」
「……いや、お前目的忘れてない?」
なんのために異世界くんだりやって来ていると思ってるんだ。お前を神様にするためじゃなかったの?
「そんな先のことより今ですよ、やばいんです玖来さん。玖来さんが構ってくれないと寂しくなってる私がいるんですって!」
「…………」
「構ってくださいよぅ」
涙目になって上目づかい。うるうる目を揺らしてこちらをじっと見つめてくる。
可愛い。あざとい。だけど……ふ。
「えっ、どうしたんですか玖来さん。いつもなら照れてしまって臍を噛むじゃないですか。悔しい、でも萌えちゃう、みたいな!」
「ふははは! 甘いな、甘いぞ、ペロペロキャンディだよ、七の介!」
「男みたいに呼ばないでください、私はこんなに可愛い女の子じゃないですか」
にこ! 輝く笑み。可愛――耐える。
雷撃のごとき衝撃が走る。七は動揺して烈火の額に手をあてる。正気を疑う。
「だだだ大丈夫ですか、玖来さん! こんなに可愛い七ちゃんの可愛らしさに耐えるとか、熱ですか風邪ですか精神疾患ですか」
「甘いと言っているだろうが! お前は確かに可愛い、やばい、超弩級美少女だ。だがな、可愛すぎて、一度慣れてしまえば耐性がつくんだよ!」
「なっ、なんだってー!」
美人は三日で飽きるというが、超美少女も一ヶ月もすれば慣れるのであった。まあとはいえ飽きてはいない、断じて。こんな可愛らしい生命体だ、常に眼福である。毎日拝むだけで寿命が確実に伸びている。ただ耐性がついただけ。
七はそれでは納得しない。そんな和やかに微笑むのではなく、悶え苦しめ人間よ。
「くっ、仕方がありません。奥の手をだします」
「……なに?」
七は無言になり、いそいそとその銀紫の長髪をいじりだす。側面の髪束を肩を越えてできるだけ前に流し、後髪は少々を細工、残りをパーカーの下に仕舞いこむ。
そしてなにをやっているんだ、といぶかしむ烈火に向けて、不敵に笑う。
「これが私の奥の手ですよ、見て悶えなさい小さき人の子よ! ――装着!」
叫びとともに、七はすぽりとフードを被る。なんとそのフードは単なるフードではない。わかりづらかったが、実は頭頂部に耳のようなギミックがついており、どういう理屈かピンと立っている。獣耳的なアレである。その上、どういう仕組みか後髪は背に広がり長髪の美すらも損なわない。おそらくフードの付け根の部位にふたつの穴が開いて髪を通しているのだろう。擬似的なツインテールっぽくて少女的美を際立たせてやがる。
「ぐぅわぁぁあああああ!!」
烈火は絶叫とともに膝をつく。
まさか! まさかそんな! そんな凄まじい奥の手を隠していたなんて!
玖来 烈火、彼はフード少女が大好きだった。いや、もはやその感情は愛、愛である。烈火はフード少女をこの上なく愛していた。この世で一番素晴らしいファッションと信仰してやまない敬虔なる信者であった。
可愛い! やばい可愛い! ずるい可愛い! 血涙を流さんばかりの感動を覚えつつも、同時に烈火は敗北感で一杯であった。
「そして玖来さん、ここでひとつ絶望的なニュースを教えてさし上げましょう」
「なっ、なに……これ以上なにがあるってんだっ」
「私はまだ変身を二回残しています」
「なん……だと……!?」
「ふふのふ」
ぱちんと七は高らかに指を鳴らす。
すると着ていたパーカーの布が分厚さを失っていきレインコートのようになる。さらに色合いも変化し艶やかな黒へ。
「どうですか、紫銀の髪を際立たせ、色白さを際立たせる黒で身を包み、そして生地がペラペラなお陰でなんか危ういでしょう」
「ぐぅぅ……かっ、かわ……可愛い! ヤバイ可愛い!」
遂に烈火は口に出してそれを言ってしまった。それほどに可愛かった。悶え苦しむほどに愛らしくって仕方がなかった。
いつもよりシックで、それでいて愛らしさは全開で、ヤバイ抱きしめたい! 写真に撮って額縁に入れて神棚に祭り上げたい! 一日一回拝んでいたい!
「ちっ、ちなみにもう一段階の変身は?」
「あ、それはやりませんよ。ここで一気にやっちゃったら玖来さんがまた舐めたこと言いそうですし」
「内容だけでも……」
「パーカーの前を中途半端に閉じて下のシャツを脱ぎます」
「いや、それは痴女なんじゃ……」
絶対興奮するけどな。
絶対! 興奮! するけどな……。
ともあれ烈火は敗北を理解し、和平にシフト。別に勝負していたわけでもないはずだが、まあいい。
「あー、わかった。善処する。善処するから。会話と念話を両立できるように努力する、それでいいだろ七」
「ふふ、玖来さんも所詮は男ですね」
「よーし、一週間無視の刑に処すぞー」
「ごめんなさーいっ」
「さておきまして、玖来さん?」
「なんだよ、まだなんかあんのか」
場面転換したんじゃないのかよ。なんでまだ宿の一室から動いてないんだ。
メタなことを考える烈火に七ちゃんは実に演劇的。ごほんと実にわざとらしい咳払いをしてから、一気に声を跳ね上げる。
「ぱんぱかぱーん、おめでとうございます! 玖来さん、遂にこの異世界ファルベリアにてちょうど一ヶ月過ごされました!」
いえー、ぱふぱふ。
ラッパとか持ち出して音を鳴らしだす。おい、隣の部屋に迷惑だろうが。それともおれにしか聞き取れない神様仕様なのか?
解説もなく、さっさと七は話を推し進めてしまう。先だって言っていた、あれだ。
「それではお待ちかね、情報公開の時間でーす」
「別に待ってねぇよ」
「そんなこと言わずに、ささ、こちらになりますよ」
突っ込みつつも、七の渡す紙切れを興味津々で見遣る。というか、なんでこんなボロい紙切れなんだ、もっといい感じにできただろ神。
紙に記されていたのは傀儡七名の現在位置だった。以下の通りだ。
【魔道王】 第四大陸グリュン
【人誑し】 第二大陸オーランジュ
【武闘戦鬼】 第五大陸ブラウ
【真人】 第一大陸ロート
【運命の愛し子】 第七大陸リラ
【無情にして無垢】 第六大陸インディゴ
【不在】 不在
「へぇ……って、おい、他の面子にも同じ感じで情報渡されてんのか?」
アザナがモロで公開されてるじゃん。烈火の優位な点が完璧に崩れてない?
「いえ、わかっている範囲だけです。一番の【魔道王】さんは神子から全部数字で教えられてるはずです」
「あっ、そうなんだ。そりゃよかった」
アドバンテージはまだあるということだ。ここで公開とかされてたら一ヶ月天下のお笑い種である。
懸念も消えたので、さて内容について考えよう。
「しっかし、バラバラだな。被ってたのっておれと荒貝 一人だけかよ。うわ、神の悪意を感じるわ」
直前で言った悪口が、まさかここに響いていたとしたら凄い神様の器小さいわ。お猪口かよ。
というか、あれ。
「確かさ、傀儡同士の邂逅はその瞬間に他の神子に伝わって傀儡に伝わるんだよな」
「はい。あとは傀儡の死亡もすぐに伝わります」
「じゃあ、荒貝 一人と接敵した情報が漏れてるってことじゃん! おれの居場所もほぼほぼバレてんじゃん!」
不在の意味ねー!
逆になんか恥ずかしい!
不在とかなってるけど、どうせ第一大陸にいるよね、とか他の六人に笑われてるのが想像できるんですけど!
「ですが、その直後に第七大陸に向かっているのは、だからいい選択でしたね」
「まあ、第一にいると思わせて、とかできるわけだが……んん、移動も読まれやすいような気が」
「そこまで気にしだしたら疑心暗鬼でどこにいるかわけがわからなくなりますよ。玖来さんは、そういう他の傀儡を混乱させることには成功しているわけです」
「ま、そう考えとくか、前向きに」
後ろ向きに考えたって前には進めないわけだし。
ということで、前向き。烈火の向かう先にいる傀儡は
「第七大陸にいるのは――【運命の愛し子】、か」
マジかよ、神子の力を借りているとかいうヤバめの奴じゃん。いや、どうせ他のもヤバイんだろうけど、一番具体的に話を聞けた相手な分だけ直接的にヤバさが把握できてしまっている。神の齎す幸運、偶然を装った必然的な補正、そんなクソチートにどう勝ってのけろと言うのか。
ついつい、弱音のようなものが漏れる。
「なあ、神子に力をもらった人間が、神子に勝てると思うか?」
「…………がんばってくださいっ」
「おおう、いい言葉が見つからなかったかよ」
そういう雑なとこあるよな、七ちゃんて。
全く参考にならん。やっぱ神子に挑むなんてよしたほうがいいのだろうか。
「あー、どうしよ。こうやっておれだけ場所がバレないなら、隠れてたほうがいいかも」
「なにを言ってるんですか、玖来さん。ぶっ殺しにいかないで勝てるわけないじゃないですか」
さっきまで傀儡戦争について後の話とか言い切っていたお前が言うな。
あとぶっ殺す言うな。
「いや、他の奴ら同士で数減らしあってくれたらベストじゃん? 勝手に異世界事情に巻き込まれて事故死してくれたら嬉しいじゃん? 戦わずして勝つ、これ兵法なわけだ。ま、たぶん他のやつらもだいたい同じ考えだろうがな」
「現代人は日和見主義の上にヘタレですね!」
「悪かったな。ま、けどひとり爆薬が混じってるんだよな」
「あぁ、あの人ですね」
「荒貝 一人。あいつがこの均衡を掻き乱す。その後に他の奴らがどうスタンスを変えるか。そこを見極めたい」
あの馬鹿が日和見にヘタレるわけがない。動き回って走り回って同じ傀儡どもをぶん殴りにいくはずだ。本人もそう言っていた。
改めて面倒極まりない奴だよ、本当に。
「あー、荒貝 一人が他の五名全部ぶっ倒してくれないかなー。そんで事故で山の崩落にでもあって死んでくれないかなー」
「宝くじ当たらないかなー、って言ってる並の現実逃避っぷりですね」
苦笑してから、七はぐっと拳を握る。なんだかいつもより後ろ向きな烈火に、がんばれと励ますように。
「まあ、玖来さん、そんなに悲観しないでください。【運命の愛し子】は、確かに五の姉ぇの加護にあります。けれどそれだけです、決して神子と戦うというわけではありません。相手はいつだって人間ですよ、あなたと同じ、か弱くも脆く儚い人間です」
「……そうだな、前向きって言ったばっかりで、後ろ向きに考えても仕方ねぇ。どうせ主人公補正なんて求める傀儡だ、雑魚の阿呆のクソ雑魚に違いねぇ――ぶっ飛ばしてやるぜ」