2 なんでもの範囲は割と狭い
「生きたァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアア!!」
とりあえず叫んでみた。
常識的人間の模範行動の一環として、声高らかに己が生存の喜びを絶叫に乗せてみた。全力全開、活力溢れる生き生きとした声である。
嗚呼、生きてるって素晴らし――い?
「って、おい! さっきとなんも変わってねーぞ!」
さっきと同じく周りを見渡しても殺風景で、なにもない。真っ白、空白、煉獄。やはり煉獄、煉獄なのか。煉獄ってなんだ?
いや違う。責めるべき対象は煉獄じゃない。煉獄は悪くない。
「詐欺だ、詐欺なんだ! 蘇生蘇生詐欺! 純情な感情が空回り! 神様候補その七は嘘吐き詐欺師の悪徳性悪!」
「失礼な、詐欺じゃありませんよ」
すかさず現れ突っ込みを入れるのは先の少女――
「おおー、神様候補その七! 略して七ちゃん!」
「ええ、玖来さん、お元気そうで」
「元気じゃねーよ、死んでんだぞ! 詐欺師七!」
「いえ、もう生き返ってますよ。単純に場所が神様空間なだけです」
「え、そうなの」
実感がない。いやまあ、さっき死んでいた間も特に生きている時との差異はなかったけど。ただ死んだという記憶があっただけで、その場だけを切り取ったら特に違和感はなかった。
これが神様パワーなのだろうか。生死の概念が曖昧になるんですけど。ていうかどうでもいいけど神様空間ってなんだ。
七は烈火の不安というか疑問というか、感情の渦巻きを無視して言葉を続ける。神様というの古来より人々の感情まで考慮してくれるほど優しくはない――候補だけど。
それよりゲームの進行を。
「ただ、生き返って即座に異世界投入というのも、いかにも不親切じゃないですか。この親切七ちゃんの名に相応しくないじゃないですか」
「親切七ちゃん……親切……親切?」
「命の恩人に向かってなんですか、それは!」
「ああ、はいはい、ありがとうございます。ありがとうございます」
いや感謝はしているのだ。烈火だって命を助けてくれたこの少女に感謝の念は一杯だ。それはもう、多少の危険は顧みず少女を神様にしてあげたくなるくらいに。
けれど、あれだ、真っ直ぐには言いづらい。もう少し厳かだったり、純粋そうなタイプにであればさらっと言えたが、なんでこの神様候補はこうもネジくれているのだ。本当は邪神候補なんじゃないだろうか。
烈火は自分のことを棚に上げて肩を竦めた。七のほうはその所作だけでなにやら感じ取ったが、烈火の挙動にいちいち文句を述べていたら時間が幾らあっても足りはしない。無視して進行進行。今の七はゲームのシステム画面なのだと言い聞かせる。
「まずこの世界について少しだけ説明します」
「なんで少しなんだよ、全部教えろよ。埋蔵金の在処とか、一発で表彰される世界の謎の真相とか、王様脅せる秘密とか」
すぐに茶々をいれてくる。けれども挫けない。七はシステム、七はシステム。
「ルールです。ただし、私は常に玖来さんの傍にいますので、必要に応じて解説をその時々にします。まあ今は基本だけで我慢してください」
「埋蔵金は?」
「教えません」
「ちぇ」
システム。システム。システムはプレイヤーの舌打ちになど関しない。
「で、世界の名はファルベリア。言った通り、剣と魔法のファンタジーです。
人に亜人に精霊、それに竜や鬼や魔族などの幻想生命もいて、あと魔物という生命の敵対者がいます」
「へえ、マジでテンプレか。魔王と勇者とかもいるのか」
「いますよ」
「いるのかよ!」
割と冗談で言ったのに。
七はそこら辺ドライというか簡素。別に興味なさげだ。
「ただしあんまり関係ないんですけどね。それはこの世界でのイザコザで、玖来さんは特に干渉しなくてもいいです。別にしてもいいですけど」
「おお、そうか。よかった、魔王とか絶対ヤバイ奴じゃん、関わらずに過ごそう」
「……非常に前振りっぽい発言ですが、置きまして、ともかく魔王の軍勢と他の種族たちが協力して戦っていた、みたいな世界です。今は休戦状態が久しいですけど」
大雑把だ。まあ、詳しく歴史の講義をされたら寝こける自信があるが。
七の声音の変調、注目しろと言わんばかりにびしりと指を立てる。
「重要な話として、魔法があります」
「おお、魔法! ファンタジーの代名詞! どんなだ?」
「だいたい想像した通りでいいんじゃないですか? なんかこう火を出したり、怪我を癒したり、空飛んだりー」
「ふぅん。物理法則的なのは無視か」
「無視ですね。その代わり魔法には魔法の法則が適用されるのでなんでもできるわけじゃないんですけど。だからこその魔の法ですからね」
「おれは……使えるのか?」
興味本位で訊いてみた。あまり自分がファンタジックな行為をできるとかは想像しづらいけれど、こういう展開ならできるんだろうなとか考える。
いや、もう少しこう、テンション上げたり、わくわくしながら訊けよと七は思う。一応、できないことができるようになるとか楽しい話じゃないのだろうか。魔法にロマンを覚えないのだろうか。それでも少年か。
「ええ。玖来さん、それに他の六名にも魔法の才能が最低限は備わっています。そういう人が選ばれているはずです」
「ふぅん? こっちで勉強したり練習したりすりゃ、扱えるようになるってことか」
「まあ、才能の程は知りませんけど。全く扱えないという悲惨なことにはなりません」
なんでわざわざ自分の昇進がかかったゲームで無才を選ぶんだ、阿呆じゃないか。極力スペックの高そうな奴を選ぶに決まっている。そこからえり好みだろう。
そうだ、七としては烈火に勝ち残って生き残って、自分を神にしてもらわねばならない。そのためここが一番重要な解説となる。
「あと最後に、玖来さんには他六名の神様候補の選抜した人間を狩り尽くしてもらわないといけないので、ここでひとつ能力をさしあげます」
「能力、どんな?」
「なんでもいいですよ。玖来さんと私がここで相談して決めます。どんな能力なら勝ち抜けるか、一緒に考えましょう」
ぐっと握り拳を作ってがんばるぞとポーズをとる。かわい。あざと。
パーカーの袖に拳が半分隠れちゃってるところとかナイスだ。などと邪念に走る烈火であるが、七のほうは真面目極まる。
「あ、ちなみに参考までに他の六人はですね」
「え、なに、教えてくれんの?」
そういうのって探り合っていくもんじゃないの。ババ抜きみたいに。
そうでもないらしい。七はあっさり首肯する。
「はい、私は七番手。最後ですので、他の六人の能力も知っています。代わりに最後なので、進行が若干遅れています。最初のひとりなんかは既に三ヶ月くらいこの世界で暮らしていますので、結構順応しているでしょう。ただし、最初のひとりは他のメンバーの能力をひとつも知りません」
「ああ、成る程な。情報が少ない代わりに先手を打つか、後手に回る代わりに情報を得られるかってことか」
烈火としては最も情報を得られる今の立ち位置がベストだと思う。七もまた、そう考えて最後に回ったようだ。いや、単純にその七だから最後に回されただけかもしれない。
まあ、他の奴らがどれだけ異世界に順応して能力上げたり人脈広げたりしているのかは不明なので余裕はないが。もしかしたら極論、既に世界征服を果たした奴がいるかもしれない。ゲームの方はおそらく烈火が行くまで開始されないだろうけれど、陣地や人材の確保、自己鍛錬をしていない保証はない。というか烈火だったら間違いなくする。
であるからして、この情報取得は大変に重要だ。三ヶ月ぶんの時間に匹敵するだけの情報を搾らねば意味がない。不利に立たされる。
「じゃ、遠慮なく聞こう。他の六人はどんな能力にしたんだ?」
はいはいではでは、と七は解説をはじめる。六名分、ひとりずつ。
「一人目の方は魔道の英知を手にしました。あらゆる魔法に精通し、取り扱える。そういう知識と才能です。神候補のお勧めでこれにしたって聞きましたね。まあ、鍛錬を積んで極めれば最終的に神様魔法と言う、神にも等しき魔法を扱えるようになりますから。
故に彼女は王――【魔道王】」
「二人目の方は洗脳の異能。あらゆる人々に好印象を与え、優しく声をかけると初心な女性ならそれだけで恋に落ちてしまいます。任意に発動というわけではなく、常時発動している形式の魅了でしょうか。任意でさらに強力な力もあるとか。強い絆を持った相手でなければ、すぐに懐柔できてしまいます。
故に彼は誑し――【人誑し】」
「三人目の方は武術の才気。あらゆる武術を覚え、拳を握れば超一流の拳闘士。剣を持てば最強の剣士。銃を選べば百発百中のガンマン。シンプルですね。単純で、でもだから強いですよ。筋力耐久力はもう人間やめているレベルでしょうし、その上で武術技法ですから。
故に彼は鬼――【武闘戦鬼】」
「四人目の方は、ああ、この人は特例で、なにももらっていません」
「はあ? どういう意味だそれ」
「そのままの意味です。彼はなにもいらない、自分の身ひとつで全てを勝ち取ると言って神様候補からの力の譲渡を拒みました。前の三人の力を聞いたというのに、です。逆に怒っていました、人にもらった力で踏ん反り返る馬鹿者がと。彼の恐ろしさは、その精神の強さでしょうね。力を拒み、独力で全てを為そうとする心意気。事実、彼は現在物凄い勢いで魔法を極めようとしています。人に教わり、本から学び、努力を積み重ねて。
故に彼は真なる人――【真人】」
「…………」
「五人目の方は運命の加護です。あらゆる不運から遠ざかり、幸運を得て前進する。運命に愛されて、どんな絶望にも死ぬことはない。説明が難しいですけど、ともかくすごい幸運なんですよ。立って歩けば害は絶え、座って休めばお金持ち、歩く姿はラッキーボーイ。ぶっちゃけ文字通りの主人公補正ですね。
故に彼は愛し子――【運命の愛し子】」
「六人目の方は無効の体質です。あらゆる異能、魔法、特殊な力、全てを無にします。それが先に挙げた四名の能力であっても、これから選ぶ玖来さんのであってもです。六番目という後出しならではのメタな能力ですかね。なんとも、必死に選んだ力を無効っていう中々酷い選択ですよ。
故に彼女は無情――【無情にして無垢】」
「そして七人目はあなた、玖来 烈火さん。
さあ、玖来さん、あなたはどんな力を求めますか? 最強の矛でも無敵の盾でも、神の子たる我が名においていかなる力も授けましょう」
「……」
パーカーでシャツで小娘で、しかしその時、彼女は確かに神威を帯びた神の子だった。
「魔道の英知を持つ【魔道王】。
洗脳の異能を持つ【人誑し】。
武術の才気を持つ【武闘戦鬼】。
己以外に何も持たない【真人】。
運命の加護を持つ【運命の愛し子】。
無効の体質を持つ【無情にして無垢】。
――この六名を打倒し得る能力を選んでください」
ふむ、と聞いて頷く烈火は沈黙。黙って黙考。黙して思考。
流石の烈火もここでは慎重になるかと安堵する七に、だが烈火の思考時間はいかにも短い。すぐにひょいと問いを投げる。
「……空間を操作する的なのは可能か?」
「え、はい。できますよ。まあ強力ですよね」
「じゃあ、その能力で元の世界に戻――」
「なにを根本からぶち壊すようなこと考えてるんですか! できませんよ、そんなズル!」
「なんでだよ、畜生!」
「私のメリットがないですからです。無理です。嫌です。嫌々です」
まあ、そもそも烈火を生き返らせたのもゲームに勝利するため。決して彼を帰還させるためではない。勝手に自分の手駒がなくなっては勝利とか以前に意味がない。
それは烈火もわかっている。駄目でもともと訊いてみただけだ。なので、本命は二言目で。さらりとぬるりと滑り込む。
「じゃ、不在で」
「え」
「七人目は【不在】。存在しない者、超高性能ステルス能力で」
「えっと……」
阿呆な意見から打って変わって真っ当な提言に、七はやや困惑。それがどれほどのものかを即時に理解できない。訊いてみる。
「それで勝ち抜ける算段はあるんですか? なんというか地味、いえ打撃力に欠ける印象のアイディアですけど。あなたが勝ってくれないと、私が困ります。玖来さんも困ります。二人困ってオーマイガーです」
「全員ヤバイのはわかる。強力強大で、マトモにやりあえばおれがどんな力を選んでもリスクが高い。だから真っ向勝負しない方向で行く。暗殺なら強弱は関係ねーのさ」
「うっわ、卑怯、セコイ、最悪!」
こちとら真面目に考えたというのに大バッシング。
なんでだよ、妥当だろうがと言い返す。
「うるせー、楽して勝つにゃこれがたぶん最適だ。だってあれだろ? どうせ問答無用で戦えば勝利する運命獲得とか――」
「無理です」
「思ったことがそのまま実現する能力とか――」
「無理ですねー」
「目を合わせただけで相手が死ぬ魔眼とか――」
「あー、不可能じゃないですけど、駄目ですねー」
「あーもー! なにがチートだ、いかなる力も授けるだ、ボケ! 選択範囲メッチャ狭いじゃねーか! なんでだよ! その願いは私の力を超えているってかっ!?」
どこの全能詐欺の龍だコラ。おれは七つの球を集めた記憶はございませんけど! まあ不思議な旅ははじまりそうですけどね! ハチャメチャが押し寄せて来そうですけどね! 帰りてぇ!
烈火の熱狂的反論に、七は一言簡素冷淡ブッた斬り。
「面白くないからです」
「は?」
「面白くないからです」
沈黙は、実に三秒。
「……それは、あれか。あれなのか。まさかと思うがそういうことなのか。現行の神様が人の争ってる様を高みから見てアハハと笑えるようじゃなきゃ駄目だと? 楽しい余興をさくっと終わらせる即死系スキルはつまらんと?」
「いや、よくわかりますねぇ。母さんと同じく性格が悪い証拠です」
「畜生! 現行の神も性悪かよっ! 死人使って遊ぶとか神も候補も大概趣味悪ィな!」
タライが落ちてきた。
烈火の頭上に。
「がっ!?」
勿論、回避の運命はなく直撃。がこーんと軽快な金属音が響き渡り、烈火は倒れた。
「なっ、七……てめ……」
「いえ、私じゃありませんよ。たぶん母さんです」
「なにィ」
確かに先とは違い、痛みはさほどでもなかった。コントロール抜群。その分、逆に恐ろしいのだが。というかわざわざ悪口に反応して反撃とか、子供かよ――またタライ。
「え」
がこーんと軽快な金属音が響き渡り、烈火はタライと地面に挟まれた。ファーストキスは謎の地面でした。悲しい。痛い。泣きそう。
即座に復活。
「心を読むな!」
「私に言われましても……」
「ああもう! わかった、おれが悪かった! 神様偉い、素晴らしい! だからそろそろやめろください、頭悪くなる!」
「もう手遅れだと思いますけど」
「お前は黙ってろ!」
烈火の猛烈な謝罪を受け取ったのか、三度目のタライは降って来ない。勿論それで油断する烈火ではない、残心は解かない。膝立ちで上空を睨み続ける。
警戒、警戒、警戒……七はそろそろ声をかける。できるだけ刺激しないように、劇物を取扱うように、小さな声でお伺いを立てる。
「あのぅ、話を戻したいんですけど……」
「お前はいつ空襲がやってくるかもしれない状況下でのんびり会話なんてできると思ってんのか」
きっぱりバッサリ切り捨てられた。いや、そりゃそうだろうけども。
七は頭に幻痛を感じて押さえる。これでは話が進まない。掻き乱されてまとまらない。
「わかりました、わかりましたよ。母さんには言っておきます――ましたので、もうこっちの話に集中させてください」
「ほっ、ほんとか」
「ええ、テレパりましたから。もう大丈夫です」
それは動詞として扱っていいのだろうか。というかテレパシーとか目に見えない、耳に聞こえないやり取りされても信用できないのだが。ただ黙っただけの可能性を烈火は捨てきれない。
であるがまあ、確かにここで延々と白い空に警戒だけ向けて時間を無駄にするのも賢くはなかろう。どこかで見切りをつけねばならない。
ということで烈火は何事もなかったように立ち上がる。頭をさすりつつ、気を取り直す。七に向き直る。
「じゃあ、話を戻すか」
「……そういうところはあっさりしてますねー。助かりますけど」
「切り替えが早いんだよ。で、他の六人の感じを聞いて色々と無理なこともあると思ったんで、落とし所としてステルスくらいかな、と思いました」
「そのようですねー」
七のほうもなんか面倒になってきた。
というか、ふと思う。これからこの玖来 烈火と付き合って六名を殺して回るのか。長い長い異世界旅行に赴くのか。ああ、それは、想像するだけで――
「メンドグゼェ」
「おい、口調口調。可愛い女の子」
「はっ。そっ、そうですね。私は七ちゃん、可愛い女の子です」
一瞬剥がれ掛けた心の仮面を付け直し、七はにこっと笑顔を見せる。可愛い、あざとい。腹黒い。でも可愛い。理不尽だ。
烈火の絶望を些細と切り捨て、七は笑顔のままで結論を下す。
「まあ、わかりました不在の能力でいきましょう。そこに私がちょっとだけ改良とバリエーションを加えますので、いいですか?」
「おー、頼んだー」
「人任せでいいんですかね。いえ、なんでもないです、これ以上の会話は面倒なのでやめます。
はい、ともあれ、じゃあそろそろ行きますか――異世界に」
そして再び烈火は光に呑まれる。
演出同じかよ、と思いながら。
さてこれよりいよいよ開幕開始はじまりだ。
七人の神子が選びし七人の異常者。
魔道の英知を持つ【魔道王】。
洗脳の異能を持つ【人誑し】。
武術の才気を持つ【武闘戦鬼】。
己以外何も持たない【真人】。
運命の加護を持つ【運命の愛し子】。
無効の体質を持つ【無情にして無垢】。
そして、隠蔽の術理を持つ【不在】――玖来 烈火。
彼ら彼女ら七人の殺し合いが、七番目の登壇によってとうとう遂にようやくはじまる。
果たして生き残る異常は、誰のどれになるのやら。
「あぁ、愉しみ……」