17 中二じゃないです、本当です
鬱蒼と茂る木々が溢れるとある森。
整備もなにもない、人工的な香りの一切ない自然そのまま緑の楽園である。そのため獣は潜み、魔物が蔓延り、横断には危険が伴う。
とはいえ、この世どこでも魔物が跋扈しているのだから、町の外、結界の外に出た時点で危険である。旅人は、いつだって危険の中を歩むものなのだ。
「レッカ! 右の四はわたしがやるから、猿みたいな二匹はお願いっ!」
「了解!」
町から旅立ち、結界を抜け、森に差し掛かり――当然のように魔物が襲い掛かってきた。
森の木々の狭間のささやかな隙間。何度も多くの人々に踏み均されたがために、なんとか道とも呼べる獣道。
故に狭くて襲撃されると分が悪い。足場もやや頼りなくて、ぬかるんでいる。ただ考えなしに向かって行っては危うく死。実力以前に地の不利があってはまずいのだ。
だから頼れる先達に指示を請う。素人は黙って従うのが賢明だ。左へ向く。右袖から小剣を落とす。握る。構える。
――魔物百殺しの成果。猿のような魔物は既知だ。似た外見の魔物は多いらしい。そして似た魔物は行動パターンもまた似る。
思慮もなく二匹の魔物は烈火を襲う。下卑た叫びで威嚇して、野太い腕を振り上げる。振りかぶる。
薙ぎ払い。殴打。二撃が一挙にか弱い人の身に降りかかる。だが。
お前の速度は知っている――烈火は焦りもせずに、攻撃の繰り出されるのと同じタイミングで既に避ける。一度見た拳だ、初動で判断できるというもの。
考えなしの大振りの代償。猿の魔物はあっさり回避されてはバランスを崩す。互いに一点を狙ったせいでもつれ合う。互いにぶつかって困惑する。
その間にすぱっと感慨なく。二匹同時に斬り裂いた。呆気なく魔物は消滅した。
「……ふむ」
烈火は勝利したというのに少しだけ肩を落とす。またこの世界の悲しみを知る。
魔物の動作が完全に同じだった。同じ外見の魔物は、動きも速度もおそらく腕力筋力あらゆる諸々同一なのだろう。パターンは、まだ二度目の遭遇でしかないので不明。だが、ああ、やっぱり魔物は命じゃなくてプログラムっぽいなと思うのだ。神に創られた試練用プログラムというか、障害物競走の障害というか。なんというかコピペした感。一度攻略法を見つければ、割と苦もなく倒せる存在。
気付いてしまったからこそ、現実なのにゲームっぽいなぁ、なんて物悲しくなるのだ。
――ひとつ、弁明しておこう。神子兄妹への擁護をしておきたい。
確かに魔物は量産品で、オリジナルをプログラムしたら後はそれをコピーして増殖させている。この異世界で魔物の種類は百五十種類ほどで、数は数え切れないほどという状況だ。
しかし、普通、それを二戦目で看破するなどありえない。殴りかかった拳速が前と完全に同じだなどと、それを理解できる目と観察力を持つ人間なんて想定外過ぎる。横を通り過ぎる車の時速を、一桁単位まで見ただけで判断するようなもの。一級の戦士なら経験的にそれを身体で覚えることもあるが、確信はしていないし、頭で理解してもいない。
同じ種類の魔物は動作速度筋力が全て同一である。烈火の下した結論は正しい。だが、この世界の歴史上でも未だに半信半疑の研究中の項目だ。まあ、この世界の人類は魔物を生物として捉えてしまうミスをしているからこそだが。機械的プログラム的な一定存在であるとは、まだ発見していないのだ。
要するに、玖来 烈火はやはり異常者に相応しい人物であるということだ。
悲しみを乗り越えて、烈火ははたと思い出す。
あ、キッシュのほうは無事なのか――慌てて右側に振り返る。なにをのんびり思案に耽っているのだ。すぐ戦況を確認。
杞憂だった。
こうした獣道を使っていつも旅する少女は、ぬかるみも気にしない。狭い場での戦闘に慣れている。踊るように舞うように立ち回る。
烈火はぬかるみを気にしてあまりその場から動かない戦い方を選択した。キッシュは正反対。小刻みに足を踏み鳴らし、舞踊する如く流麗に動き回る。ツインテールも跳ね踊る。
それでも姿勢は整い、身体はブレない。素晴らしい体幹とバランス感覚、そして舞いだ。
その戦い振りは艶やかなほどに美しく、流れる水のように滑らか。烈火の精密精確な理詰めの動作とはまた違う、魅せる踊りの剣術と言えた。
一頭身の魔物が無粋に牙を向ける。汚い口を開けて噛み砕きにかかる。キッシュは軽やかに身を翻す。髪すら触れさせぬ。回り込んで頭を撫でてやる代わりに刃の洗礼を馳走。一匹消滅。
その頃には残る三匹が一斉に襲うが、あくまで自然な立ち居振る舞いで、キッシュは後退。百年前から決めていたような淀みない動作だ。魔物の追撃にも、キッシュはやはり演舞にも似た動きで避ける。避ける。避ける。ただ、流石に三体同時に牙を向けられては反撃は厳しい。回避一辺倒。
――ではない。
「“リックロックラック♪ リックロックラック――♪”」
「?」
なにかキッシュが口ずさんでいる。まるで己が舞いに添える歌曲のように。踊りに合わせた舞曲のように。囁く透き通った歌声を奏でている。
楽しげな歌。リズムを刻み、音が跳ね、世界が応える。魔なる法則が動き出す。
「“〈風〉風〈切〉れ切れ♪ リックロックラック♪”」
瞬間、魔物の一匹が首を失くした。
刎ねられたのだ。斬首されたのだ。なにに? キッシュの剣は振るわれていないのに。なにも視認できなかったのに。
正体は風。悪意〈切〉り裂く一陣の〈風〉の攻撃系自然種魔法《風切》だ。
烈火はそんな魔法は知らない。わからないが――キッシュがなにか魔法を使ったのだろうとだけは推測できた。
魔物が一匹減る。手数が減る。反撃の隙間ができる。
後は語るまでもない。キッシュの斬撃は、容易く華麗に二匹の魔物を消滅させた。
戦闘が終われば少し急ぐ。
戦いで音や声、匂いが発生しては他の魔物を呼び寄せるからだ。それでなくとも一所に留まっていたのだ、できる限り素早くこの場を離れるべき。連戦など勘弁だ。
しばらく駆け足で、少しして早足になり、ぼちぼちで息を吐いて通常の歩行に戻す。
一段落。キッシュは朗らかに話し掛ける。いつまでも緊張感に落ち込んでいても気が滅入る。切り替えて笑顔を振り撒けるのは流石にベテランである。
「レッカの武器って、なんか独特だよね」
「……ん? まあ、そうかもな」
別世界のものも使っているし、そりゃ異質だろう。
いや、もしかしたら似た発想で似た武器がこちらにも存在するかもしれないが、烈火は知らない。
どっちにしても珍しくはあるか。少なくともキッシュは物珍しそうに目を輝かせる。金の結い髪がひょこひょこ動いて犬の尻尾みたいだった。
「ちょっと興味あるな、なんかしゅぱって剣が袖から出てくるのってカッコいいし。そっちのベルトにつけてるのはブラフなんだね」
「はっはっは、だろう、カッコいいだろう」
カッコいいから頑張って修得しました。割と安直で勢いで生きている烈火である。
「あ、私も聞きたいです、その謎の装備が気になってました」
(……いきなり話に乗っかってくるな、ビックリする)
黙る約束をあっさり破って七ちゃんまでもが声を上げる。
とはいえ、可愛らしい女の子に詰め寄られていい気にならない男は少ない。変な調子に乗ってしまいそう。
とか、七の対応と思考で止まった間に、キッシュは声をしぼませる。いい子なのだ。
「あ、でも商売道具だもんね。教えたくないよね」
「いや、別にいいぞ」
教えてどうにかなるものでもなし。
それに、ちょっとこちらから訊きたいこともある。それを問う前にこちらがなんぞ教えておけば、後で色よく教えてもらえるかもしれない。
打算を交えつつも、烈火は袖から小剣を落とす。握る。ちょっと柄尻のワイヤーを伸ばして、そちらも見せる。
「まず、おれが使ってるのは三種類、小剣とワイヤーと、あとこれ」
制服の袖をまくる。肘辺りまでまくり右腕を見せる。正確には、肘もとに装着した腕輪を見せる。
「腕輪、だね」
「腕輪ですね」
声を揃えてステレオ音声である。見えないのに仲良いな。
烈火は鷹揚に頷く。
「腕輪だ。これが両腕につけてあって、肝だ。
この腕輪にはワイヤーの端を接続するような口がある。で、接続して、ワイヤーを巻いておくことができるんだ」
くるくると糸巻のように、腕輪を芯にして綺麗に巻きつけてある。長い長いワイヤーを、コンパクトにまとめてあるのだ。
「で、ロック機能もあって、特定の動きをするとワイヤーを固定できるわけだ。釣具のリールみたいなもんって言ってわかる、のか……?」
異世界にも釣具くらいはあるだろうが、リールってあるのか。なんか結構、文明の利器っぽいんだけど。新しい感じの雰囲気あるんだけど。
「わかります」
七ちゃんには聞いてないから。キッシュは?
「わかるよ」
わかんのかよっ!
この世界マジで偏向進化してんなっ!
いやっ、いや違う。違うに違いないない。釣具ってのはメシの種だ、命の元の一種だ。であればきっと発展も早いに違いない。地球の歴史でもきっと近世頃にはリールくらいあったよ。知らんけど。
なにもおかしくないんじゃないかと、そういうことにしておこう。
説明続行。玖来 烈火は歴史についてなにも気にしません。
「まあ、それで袖から小剣が出てくるのは、このリールの固定を一瞬だけ外して、すぐにロックを掛け直す。そうすると僅かにワイヤーが伸びて小剣が出てくるわけだ」
練習しないと短すぎたり長すぎたりしてすぐ怪我するけれど。これのせいで、烈火の手首は切り傷だらけでリストカット常習者みたいなことになっていたり、いなかったり。まあ、当時の烈火は必ずこれをものにするのだと鋭意努力に勤しんでいたので、そんなことを気にはしなかったが。別に精神を病んだりしてないよ? 包帯巻いて格好つけたりもしてないよ?
そんなんより、ほら。袖からしゃー、って小剣が飛び出るギミックって、超カッコいいじゃん。一瞬の美学があるじゃん。素敵じゃん。
「うっわ、中二ですねぇ」
(うるせぇ、昔の話だ)
というか心を読んで突っ込んでくるなよ。ほら、キッシュが口を開くぞ、七ちゃんは黙ってなさい。
「えっと、小剣が飛び出るのはわかったけど、どうやってロックを外すの? さっきは咄嗟に袖から出してたけど、なにかスイッチみたいなのがあるの?」
「え? 肘の付け根、動かしてるじゃん」
「え?」
「はぁ?」
七ちゃんは黙ってろって。いや、驚きの声が漏れたくらいは勘弁するか。
ともあれ、言ってわからないなら実践しよう。百聞一見だ。
「いや、ほら、こう――」
袖をめくっていない左手を少し前にだす――微震――手品のように小剣が握られていた。
「――やってさ」
「え? え? いま、なにかしたの?」
「…………」
困惑顔がキッシュで、絶句が七ちゃん。
今は七は放置でキッシュに答える。見づらかったかね。
「一応、肘の付け根を上下に動かしたんだが。で、そのすぐ直後に同じ動きで再ロックしたぞ?」
「もっ、もう一回! もう一回見せてっ!」
「別にいいけど」
烈火はもう一度肘を微震。ロックを解除。ワイヤーを伸ばしてそれをアピールしつつ、窺うようにキッシュに問う。
「わかったか?」
「んっんー、びっ、びみょうに、かな」
だいぶ真剣に見つめていたキッシュは、半ば引きつった表情で答えた。
何故そんな表情がそんななんだ。
烈火は首を捻りつつも、左の腕輪の中心あたりについた歯車をくるくると回転させる。それに連動してワイヤーも回転、腕輪に巻きついていく。腕輪の内部に収納される。小剣が引っ張られる。電動ではないので、割と指で回すのは面倒だ。まあやるしかないのだが。左を終えて右をくるくる。当たり前みたいに歩きながらできるのは、器用であり慣れてもいるから。
すぐにかちりと小さく音がして、固定がされる。まくった袖を戻せば、腕輪は隠れ、ちょうど小剣も覆われる。暗器である。
ちゃんと隠れたことを確認し終えると、そこでキッシュが色めきだす。呆けから復帰して、一挙に感情が膨れ上がる。
「でも、すごいねレッカ! すごいよ! なんか魔法みたいだった!」
「おっ、おう?」
キッシュの勢いのほうが凄くてついていけない烈火。これくらい練習すれば誰でもできると思っている人間の反応である。というかさっき魔法使ってたのはそっちだよね。
キッシュ側からすれば、ここまで精密に自身を操作できる技術は驚嘆に値する。尊敬に値する。テンションも上がる。
「あ、じゃあその服も暗器隠しやすいから着てるんだ。なんか珍しい服だなぁって思ってたんだよね」
「……うん、まあ、うん、そんな感じ」
一応、特別製、防刃仕様ではある。重さとか長時間着用も考慮して、強度はそこそこだけど。再構成したんなら、たぶん耐久度も変わってないよな?
本当、当然のようにこんなもの渡されたら、年頃男子なら誰でも中二病にもなるよ。ちょっと自分の中二時代の痛々しさを他人のせいにして自分を慰める。
一方できゃっきゃきゃっきゃとキッシュが嬉しそうに楽しそうに真っ直ぐ褒めるもんだから、烈火としては流石に照れる。思わず話を逸らそうと強引に声を上げる。
「あー、キッシュのほうはどうなんだ」
「え、なにが?」
「えーと、武器……はいいから、魔法かな。どんな感じなの使ってるんだ? なんか歌ってなかったか?」
言うと、途端に元気だったキッシュが口ごもる。なんだか顔を俯かせて目を逸らす。
「あっ、ぅー。聞こえてた?」
「小さかったけど、まあ、少しは」
「あっ、はは。ちょっと恥ずかしいね」
まあ、年頃の少女だ、照れや恥ずかしさもあろう。烈火からすれば、美少女の歌声なんてのは場合が場合なら耳をかっぽじって傾聴したいところ。戦闘中にそんな猶予はなかったけれど。
しかし魔法か。やはり魔法……ちょっと気になる。
「歌う魔法ってことは、言声魔法だっけ」
「うん、わたしが使ってる魔法は言声魔法:歌唱派だからね、歌うようなリズムが必要なんだよ」
「へぇ、歌唱派かぁ」
言声魔法は言葉を媒介にする魔法だったはず。歌唱派は、その中でも歌のリズムや旋律が必要な魔法である。
一般的な詠唱派とは違い、リズムが必要で、歌っている途中リズムが崩れると魔法が失敗するらしい。それ以外はキーワードが必須な点など詠唱派に近いが、魔法名の宣言はいらないのが特徴。
「えぇと、キーワードって奴は風とか切るとかだよな。あとのは……なんだ?」
「あれは水増し詠唱って技法だよ」
三大魔法九流派全てに共通する事項だが、詠唱や文章、動作が長ければ長いだけ魔力を込められる。威力を伸ばせる。そのため、詠唱を適当な単語で水増しして伸ばす技法が水増し詠唱と呼ばれている。格好つけて詠唱を考えなくても、キーワードさえ言っておけば後は同じ文章の連呼でも言声魔法は発動するのである。単語単位の連呼では何故かできないらしいが。
とか、そういう方向性の問いではなくて。
「いや、そうじゃなくて歌の内容の話だ」
「……あー、えへへ」
「笑って誤魔化さないでいいから」
「うん、その、私の故郷に伝わる童謡……です」
「へぇ」
素っ気無く頷いたら、なんか途端にキッシュが弾けて喋りだす。早口でのべつ幕なしに喋り倒す。
「いや、だってほら、歌唱派はリズムを崩しちゃダメだからさ。慣れた拍子で口ずさみやすい、ずっと昔から親しんだ旋律がいいて教わったんだもん! 子供っぽいのはわかってるけど、それが一番ずっと耳に残ってて忘れないんだもん! 揺るがないんだもん!」
「あ、いや、そんな勢いよく言い訳しなくても、別にいいと思うぞ?」
慌てて諌め諭す。優しく大丈夫だと伝える。
だが聞かない。癇癪を起こしてしまっている。はじめて見せる子供っぽい姿に、烈火はやや気圧される。
「うわーん! そんな慰めなんかいらないよぉ! どうせわたしは子供だよ! この歳で童謡とか歌っちゃうお子様だよ! 悪いかこのやろー!」
「いやいや、だから悪くないって! 綺麗な歌声だったよ! なにも悪くないし、恥ずかしくないぞ!」
「ぅぅ……」
マジでへこんで俯いてしまった。
そんなに恥ずかしがることだろうか。ていうか、だったらなんで歌唱派の魔法をわざわざ使ってるんだよ。と、これは突っ込んだらまた面倒なことになりそうなので、胸に仕舞っておくとして。
どうしよう――と数秒黙考している間に、キッシュは突如顔を上げる。
「感情的になってごめん、レッカ。この話はもうやめよう」
「あっはい」
自力で荒れ狂う感情の波を抑え込んだ模様。流石である。叫ぶだけ叫んですっきりしたのかもしれない。
若干、顔に朱色がさしているが、突っ込むまい。ここでこれ以上、騒がしくして魔物に襲われたら目もあてられない。
なんだか微妙な雰囲気のまま、ふたりはその日、口数少なく歩き続けたのだった。
烈火は密かに決意した――もう二度と、キッシュに唄について言及すまいと。
「玖来さん……」
(お、どうした七ちゃん。そういえばさっきからずっと黙ってたけど)
「言うか言うまいかずっと悩んでましたが、ぶっちゃけましょう――技能がヘンタイ的過ぎてキモイです」
(うるせぇ!)
*神子様からのありがたい注意
腕輪は玖来流特注特製の品です。一般的なものとは少々の差異があります。
また、玖来流の方々は特別な訓練を受けております。