15 迷子の迷子の妹ちゃん
陽光がそのまま具現したような金の髪は眩くさらさら美しい。動きやすさを考慮してか髪は結わわれ二房に揃えていて、烈火からすればツインテール可愛い。瞳も金色で、なんかこうきらきらしてる可愛らしい女の子。歳の頃は烈火より下だろうか。十五、六と推測してみる。中学生には見えないし、高校生くらいじゃないのかと思う。こっちの世界に学校があるのかは知らないが。
髪や目の色は黒じゃないし、服装もファンタジーっぽい。腰元には細身の剣――うん、傀儡ではない。ただ普通に、烈火の依頼を受領しようとする討伐者の少女だ。
烈火はできるだけ友好的に笑う。第一印象が大事なのは既に学んだのだ。
「あぁ、どうも。玖来 烈火です。座ってください」
「うん、ありがと」
キッシュレアと名乗った少女はちょこんと対面の席に座る。にこやかでいて第一印象はばっちりだ。返り討ちにされた感。
七ちゃんとは違ったタイプの美少女である。こう、いい感じに純粋そうだ。少なくとも烈火の拙い観察眼では。
烈火は荒ぶるガン見したい心を抑え付け、とりあえず話をはじめる。切り出す。
「えっと、で、その、おれの依頼を受けてくれるのか?」
「うん。第七大陸まで一緒に行けばいいんだよね」
「そうだ。でも、おれは戦闘以外は基本的に足手まといで、あと男なんだが、いいのか?」
「報酬もらえるんだからそれくらいいいよ。護衛のお仕事は経験あるし、一応Aランク討伐者ってことで信用してほしいかな」
「あー、いや、そうじゃなくてだな。おれ、男。君、女の子。目的地まで二人旅。オーケー?」
「えっ。どういう意味? レッカが夜這いしたいって話?」
「違ぇよ! 誰がそんな下品なマネするか!」
割と初対面からブッパなしてくる少女だ。とっつき易いけどさ。
「まぁ、わたしなんか相手にするくらいなら商売の人を相手しなよ」
「あ?」
え、なにこの子。
もしかして自分の外見が迸るほど美少女だって気付いてない感じ? いやー、そういう無自覚系もいいっすね。ぐへへ。
じゃなくて。
「おれから言うのもアレだけど、こんなよくわからん依頼をよくわからん男がしてるんだぞ? なんか怪しまないの?」
「えー、そんなに怪しい依頼じゃないと思うけどな。というか、そもそもこの依頼、女性限定ってわけじゃないんだし、男の人と二人旅の予定はあったんでしょ?」
「そりゃな。そういうのが来ると思ってた」
だから憂鬱だったのだ。野郎二人旅とか、いや、背に腹だけど。
とか嘆いていたけど、女の子が来たら来たで困る烈火である。どうしろと言うのだ。
「じゃあ、レッカは別にそういういかがわしい人じゃないよね」
「えーと、その理屈で納得なのか? あわよくばの賭けをしてた可能性とか、なったらなったで乗り気になったとかは……」
「納得するよ。わたし人を見る目はあるんだ」
うわー、凄い騙されそうなこと言ってるよ。これだから純粋系少女は。
「疑ってるね、レッカ」
「いえ別に」
「疑ってるでしょ!」
ぷんぷん、と子供っぽい怒りを発露して烈火の嗜虐心をそそる娘である。あと庇護欲もそそるわ。騙されそうな純情少女を是非とも悪の手から守らねば。
いや、守ってくださいと依頼だしたのは烈火のほうなんだけども。
烈火の生暖かい視線が気に食わないのか、キッシュレアはツインテールを振り回して首を振る。絶対疑ってるじゃんと。
「わかった、わかったよ。じゃあ先に理由を説明しとくね」
「ん、やっぱなんか理由があったのか」
可憐な少女が大の男と二人旅を呑み込む理由、面倒事でなければいいが。
キッシュレアはずいと身を乗り出し、ひそひそ話のように声を潜める。少しだけ心配げな色を見せて言う。
「実はね、わたし――妹を探してるの」
「……妹」
その単語は、ああなにか思い出すものがある。烈火は微かに目を伏せ両手を組む。有り体に言ってテンションが下がった。
キッシュレアは烈火の表情変化に疑問を抱きつつも、言葉を続ける。説明を加える。
「キーシャリス・ライロっていう名前の、わたしに良く似た妹なの。その妹とふたりで一緒に討伐者をやってたんだ。だけど、二ヶ月くらい前にちょっと事故があって離れ離れになっちゃってね」
「それであちこち回って探し回ってるってことか」
「うん。だから、依頼を受ける前にちょっとお願い」
「ん?」
キッシュレアはごそごそと懐からなにやら取り出す。紙――地図だ。
だいぶしっかりした地図だ。既にこの世界の形は人類の知るところか。こうして一般に普及するほどに。神のお告げか、それとも人類の頑張りか、どちらかはわからないが。
キッシュレアの地図はただの地図ではないようで、なにやら赤い字で矢印が幾つも書き込んである。細かく見れば町には丸がうってあり、横に数字が記載されている。
地図だけでは意味がわからない。烈火は率直に問う。
「なにこれ」
「妹と離れてからわたしが行く道順を先に決めておいたものだよ。これと同じものを信頼の置ける人に幾つか配ってあるから、もしもキーシャが同じ知り合いに巡り会ったらこの地図を渡してもらえる手筈になってるの」
「成る程な。互いが同じ地図をもって、同じ時期同じ地点にかち合えるようにするためのものか。数字は町の滞在日数か?」
「そう。場所が同じでタイミングがズレることがないようにね」
「それで、この地図の通りのルートと日数で進みたいのか」
「うん、お願い。道は安全とかを一番に考えてあるから旅慣れてなくても大丈夫だから」
「考えてあるなぁ」
つまり旅のスケジュール表だ。
おそらく一年間くらいの行動をあらかじめ計画し、同じ地図さえあればすぐに合流できるようにしてある。妹を探すのと同時に妹に探してもらうための計画であり、地図といったところか。
なかなか賢い。情報流通の遅いであろうファンタジーでは有効そうな手だ。ただ、地図を託せるような共通の知り合いが複数いることが前提になってしまうが。
で、今回の旅路でちょうど進行の方向が第七大陸へ向かいたい烈火とかち合い、どうせなら金稼ぎも兼ねてという意図で依頼を引き受けたということか。ふむ、論理的で、烈火としても問題ない。逆にこういう考え方には好感を持つ。頷く。
「いいぞ。これの通りに行こう」
「いいの? これだと普通より目的地に着くのが時間かかっちゃうよ?」
地図に記載された数字は、移動日数と町の滞在日数である。移動日数のほうはゆっくり進む前提で多めに見積もられ、滞在日数は合流のタイミングを計るためにやはり少なくとも五日以上は予定してある。
すぐに第七大陸にまで突き進みたいのなら移動や滞在に時間を削ったほうがよく、これではロスするだけなのだ。
「ま、焦る旅でもねぇし、妹は兄姉が面倒見てやらなきゃな。それくらい付き合う」
「……レッカ、もしかして妹いるの?」
「あぁ、いるぞ。飛び切り可愛いのがな」
地球の頃の日常が頭を掠める。家族や友人が閃いては消えていく。
今は遠く、届き得ない人たちと風景、暮らし――日常。
別に日常を退屈と思うほど達観してはいなかった。周りの人々を厭うような環境ではなかった。少ないが友人もいたし、家族もいた。
烈火とて、十八年間を過ごした生活に未練はあるのだ。今のイレギュラーを嘆きたくもなる。
嘆きそうになる度、悩みそうになる度に、そんなことをしている暇があったら進めと理性は叫び、それを粛々と受け入れて烈火は前を向くのだが。
呪いに等しい考え方。鍛錬の賜物たる不悩者の精神構造である。
それに、妹はちゃんとしっかり向こうで生きているはずだ。背中を押した感触が、烈火の手の平には残っていたから。
あぁそうか。目の前の少女は、烈火と同じだ。いや、烈火などよりもしっかりとした良い姉なのだろう。妹のために精一杯出来ることを模索して頑張っている、羨ましいほど素晴らしい姉だ。
「だからキッシュレア、お前に協力したい気分が湧いてきた。兄としての共感的な。まあ、おれが依頼してる側の立場だけど」
「……そっか、ありがと。じゃあ、レッカの依頼を受けるね」
「あぁ、よろしく頼むぜキッシュレア。旅の先達として、頼りにしてる」
「キッシュでいいよ、これからしばらく一緒に旅するんだし、仲良くしよう?」
「…………」
小さな手の平が、烈火に向けて差し出される。握手の習慣が、この異世界にもあるらしい。
しかし、地球において人並み程度にしか女子と仲良くしていなかった烈火が、出会ったばかりの少女に花やく笑顔を咲かしてもらえる。
これが異世界トリップのパワーなのか。
いや、命の危機とか考えるとつりあわないけどね?
思わぬ驚愕感嘆になんだかんだと脳内で変な思案してしまったが、キッシュが不思議そうにしだした。やばい、早くしないと。ゆっくりと手を出そうとして――あれ、手汗で湿ってないよな。いやいや考えてる場合か。
ぎこちなく、烈火はキッシュの手を握る。優しく優しく、壊れ物を扱うように、包み込むように。
反して力強く、キッシュがぎゅっと手を握り返す。
「よろしくね」
「おぅ」
「それにしても玖来さんの妹ですか。どうせ中途半端に可愛くて勘違いしちゃってるんですかね」
「遠回しにおれにも攻撃すんな。というか出番なかったからって無意味に毒を吐くなよ……」
「知りません」
拗ねる姿も可愛い七ちゃんでありました。