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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第一幕 そして不在はいなくなった
13/100

13 今更ながら魔法だよ











 目が覚めればそこは天国でした。


「というわけでもないわけか……」


 普通にギルドの宿泊部屋である。烈火が泊まっている部屋の、ベッドの上での起床である。

 もしやあの荒貝 一人の存在、戦闘、敗北は夢だったのではないだろうか。そう思えるほどに、目覚めは習慣通りのものであった。

 だが、朝の日差しを眩いと手で覆えば、その手は火傷していてため息。着ている学生服も焦げて酷い有り様だ。一張羅だというのに。

 落ち込んでいる場合ではなく、現状の不可解さを一刻も早く理解する必要がある。それを知る相手に問わねばならない。というわけで半身起こし、


「セブーンセブーンセブーンセブーン、セブンセブンセブン! セブンセブンセブン!」

「私は光の巨人ですかっ」

「おお、いたのかセブン」

「七と呼んでください、玖来さん」


 ぷんすかとしながら七は言った。

 変わりないようでなによりだ。烈火は冗談を打ち切って訊ねる。遊ぶ猶予もないくらいには顛末が気になる。どうなった。


「んで、七、あの後どうなったんだ? 炎の魔法を華麗にかわしたけどかわしてもダメージ判定あるとかズルされて気絶したまでは覚えてるんだが」

「えぇとですね、あのあと、【真人】はそのまま去りました」

「は? え、トドメは?」

「有言実行タイプなのでしょう」

「殺しはしないって? あんなブッコロ魔法連発してきたくせに? それ以前に丁々発止の段階で斬り殺されかねなかったんだが」

「いやぁ、殺す気はあったと思いますよ? でも、生き残ったらいいなーって考えてた、らしいです。四兄さん曰く」

「はた迷惑な無茶振りだぜ……」


 殺しはしない。貴様が殺されないだけの実力を持っていればな!

 なんという詐欺。

 烈火じゃなければ殺されていたのではないだろうか。いや、烈火も死にかけたし、他の傀儡どももアイツ並にヤバイという嫌な想像もできるが……考えたくはない想定である。


「傷は? なんでだいたい治ってんだ? 完治してない辺りに杜撰さを感じるんだが……七ちゃんか?」

「杜撰で私を連想しないでください。治したのは【真人】です。治癒種の魔法で」

「そのままだとくたばってたから前言通りにするには回復もってか。律儀というか、自分ルール遵守しすぎだろ」


 だったら端から手加減しろ。無駄に痛い思いと苦い敗北くらったじゃねぇか。へこむだろ。

 これだから完全独立型の精神性を保持する奴は嫌なんだよ。排他的で自己の規律以外を許容しようとしない。自分の流儀に反するなら、他の誰もが否と言っても貫きやがる。迷惑極まりない。他人の価値観の一割でも理解しようと努めて欲しいものである。

 いや、いやまあ。なんであれ怪我を治してくれたのは、助かった。痛いのは嫌だし、死ぬのだって困る。ボコった当人に感謝はしないが、助かったのは事実だ。幸運と思おう。


「といっても、治すだけ治して後は放置でしたけど。あのまま放置されたら野良の魔物に殺されていた可能性が高かったですよ」

「後処理、雑! 治すんだったら安全なトコまで運べよ!」


 手は下さないけど勝手に死んだら知らないってか? なんて奴だよ。実は生かす気、もとからなかったんじゃないの? あいつ生前はやり手の詐欺師だったんじゃないの?

 ってか、それならおかしくないだろうか。


「あれっ、あの馬鹿が運んだんじゃないなら、じゃあどうしておれここにいるんだ?」

「私が顕現して運びました」

「顕現? なに、幽霊状態から実像になれたの? 実体化的な?」

「ええ、人間レベルに身をやつせばなんとか。とはいえ反則スレスレでしたけど。母さんは見逃してくれたようです」

「そりゃ助かった」


 人間に身をやつすという表現が実に神様っぽい。凄い傲慢さが溢れた言葉だ。まあ、そりゃ神から見れば人はちっぽけだろうから、言葉選びとしては正しいのだろうが。


「…………」

「ん、なんだよ」


 お礼言ったのに、なんでそんなどんよりしてんだ。いつもの陽光の如き溌剌さが翳ってしまっては、こっちの調子まで狂ってしまう。

 首を傾げる烈火に、七は顔を俯かせたままに言う。疑問というより、確認作業。


「玖来さん、どうしてあの時『不知』を発動しなかったんですか?」

「使っただろ……って、その前の段階か。斬り合ってる時か?」

「はい。あの時にでも使っていれば、困惑の隙を狙えたのでは?」

「無理だ。あんな命ギリギリの、集中力が欠ければ死ぬって状況下でそんな外付けパワーが使えるかよ。使おうって意識した時点で剣速が緩む、発動のための集中で間隙が空いて首を獲られる。まだまだ使いこなせてねぇ」

「そう、ですか……」


 たぶん、烈火の回答はわかっていた。わかっていて、訊いた。確定しておきたかったのだ。予想でなく、烈火の口から断言してほしかった。だって、ということはやはり悪いのは――七だから。


「では、やはりあの敗北は私のせい、ですね……」


 烈火が『不知』で身を潜めた時に、七が無用心に話して居場所をバラしたりしなければ、或いは決着は変わっていたかもしれない。上手く隠れて、反撃できたかもしれない。それでなくても、逃げ延びるくらいはきっとできたはずなのだ。こうして痛ましい傷を負わずに、済んだのだ。

 割と烈火は瞠目する。はじめて見る落ち込んだ姿、精彩を欠いた表情はいつもの快活さを喪失して、ちょっぴり驚いた。

 驚いて――似合わないなと烈火はため息。俯く七の頭に手を乗せる。


「ばぁか、お前のせいじゃねぇよ。勝手に落ち込むな。負けたのはおれなんだからよ」

「でも、玖来さん、私は……」

「どうせお前が騒がず場所がわからなかったとしても、あいつは適当に広範囲に魔法を連打してただろうぜ。逃げ切れたかは、正直びみょうだった。

 結局はこうして生き残ってるし、それに今回はあいつの方針が本気だったことを確認できた分だけよかったさ」


 ブチのめした烈火を治療し、トドメをささずに放置した。それで、荒貝 一人の発言が、本気の本当であったのだと判断できる。あのまま逃げ帰っていては、断定できなかったことである。


「結果がよけりゃ、別に責めやしねぇよ。まぁ、あの時死んでたら恨みまくってただろうけどな」


 だからそんな落ち込むなよ、烈火はゆっくりと七の頭を撫でてやる。いつか昔、妹にしてやったように。


「子供扱い、しないでください」

「はっは。悪いと思ってるなら罰代わりだ、今回は撫でさせろ。おれ実は髪の毛撫ぜるの好きなんだよ。かっこ可愛い女の子限定でな」

「……ヘンタイですね」

「ヘンタイ言うな、フェチと言え」


 フェチって言うと、割と嫌悪感が薄れる謎。

 そんな言い訳とも知れぬ説明を受けながらも、七はそれ以降文句も失いなすがままに撫でられておくことにした。

 特に望んだわけでもないけど、ないけど罰なら仕方ないから。






 しばらく撫で撫でと髪を梳いて――ふいと烈火は手を止め言う。


「で、魔法について教えてくれ」

「むぅ、唐突ですね」

「なんだ機嫌損ねたか? もっと撫でてほしいのか?」

「別にそんなことは言ってません。けれど魔法は別にいいやって言ってませんでしたか?」

「ばっか、お前、あの理不尽野郎を見ただろうが。魔法ぶっ放してくる奴に、魔法の知識なしじゃやべぇって」


 別に引きずってはいないし、七を恨んでもいない。だが、敗北の苦汁は忘れていない。ノドもと過ぎてもあの熱量は忘れられるはずがない。悔しくて悔しくてたまらない思いは溢れかえっている。

 次は絶対負けてやるものか。

 あまり乗り気でなかった傀儡戦争、烈火は少し認識を改める。そうだ、自分だけを見つめてどうするか。


「魔法を修得できなさそうだからって捨て置いたおれが甘かった。せめて敵が使うことを考慮して知識だけでも入れとくべきだった」

「まあ、わけのわからない力を使われたら、対処もできませんしね」

「それに、アイツを見て思ったが、どんな力も使いようだ。低火力でも小手先の技でも、戦いに組み込んで手札の一枚としてあったほうがいい」


 剣術で勝てないと判断したら、即座に放り投げて魔法に移った荒貝 一人のように。手札が多いに越したことはない。


「ていうか冷静になって考えれば半径百メートルくらいを丸ごと爆撃されたら回避のしようがない。防御するしかなくて、魔法を防御するには魔法だろ」

「あぁ、まぁそうですよね」


 烈火の魔力量が絶大というほどでないなら、魔力障壁はそこそこにしか意味をなさない。中級の魔法で致命に至り、上級の魔法で瞬殺される。

 だからかわせないような魔法を繰り出されたら、それで終わりだ。

『不知』は感知されないだけで攻撃は透過しない。そして『不在(アヴェイン)』はまだまだ使いこなせていない自滅技。ならば他の手立てが必要となる。

 そうして順当な思考の帰結として、魔法には魔法となる。


「おれは正直舐めてた。調子に乗ってた」


 神様スキルが便利過ぎて、この世界がぬるま湯過ぎて。

 警戒しているつもりだった。慎重に動いているつもりだった。だが甘かった。ペロペロキャンディではないだけで、ミルクティーだった。ブラックコーヒーにならねば。子供舌な烈火はブラックは飲めないが。

 世界は厳しい、現実は辛いと知った風な顔をして吹聴しているだけで、烈火はなにも体験していない口だけ小僧だった。ブラックコーヒーもロクに飲めないガキだった。

 この世界の魔法は恐ろしいし、やって来た傀儡どもも思った以上にヤバい。烈火ていどの命なんて、容易く散ってしまう。

 もっと警戒して、もっと慎重になるべきだ。今よりも、もっと精一杯に頑張るべきだ。でなくば次こそ死んで終わる。また無念に死んで死ぬ。


「魔法も実物はじめて見たが滅茶苦茶怖かったし。目の前で手の平から炎が飛んでくるとか、ヤバイだろ。震えて足も動かんわ」

「動いてましたよね」

「動いてたけどさ」


 あそこで腰が抜けて動けませんとはならない。玖来流だし、男だし。決して頭がおかしいからではない。単純に鍛錬の成果と気合と根性だ。烈火は七人傀儡変人衆でも唯一の真っ当人間なのだ。そうに決まっている。

 いや、烈火以外にも真っ当な奴がいないとも限らないけれど。


「ともかく、勝つために魔法っていう手札がいる。別に切り札にならんでもいいが、持っておく必要がある」

「ですか、ですね。玖来さんには勝ってもらわないといけませんので、ええ、説明しましょう」

「あ、でも別に歴史とかうんちくとかはいらんぞ。種類とやり方だけでいい」

「わかってますよ。触りだけ、大枠だけですよね」

「おう」


 烈火は頷くとベッドから起き上がり、一瞬ふらつく。あぁ、怪我したあとだったわ。

 心配そうに七の顔色が曇る。罪悪感を思い出した顔。


「大丈夫ですか?」

「問題ない。苦痛への耐性も鍛えた。痛いが、我慢できる」


 断言してそれ以上言わせない。心配はいいが、過剰は面倒。

 それにしても、ふむ。魔法で癒されたという話だったが、魔法と言えど一発で痛みもなしの全回復とはならんか。それとも荒貝 一人が治癒を得手としてなかったとか、真面目に取り組まなかったとか。前者であればひとつ情報を得たことになるが、どうだろう。

 まあそれは後に回して今は魔法。どっかり椅子に座る。ベッドだと、説明途中で居眠りしそうだと思ったから。

 はい、どうぞ。と烈火は目配せ。七は代わりにベッドにちょこんと座り、口を開く。


「まずこの世界で言う魔法や魔力って言うのは、マナの法、マナの力って意味が省略された形になります。それで当て字がされて魔の法になっちゃったわけです。だから別に悪魔とか魔族とか魔物とは関係ないんですよ」

「へぇ」


 魔族、魔物の魔とは意味合いが違うと。


「厳密に言えば魔族は微妙ですが。

 とかく、人類の扱いうる魔法には三種類ありまして、三大魔法といいます。それぞれ


 宣す魔法――『言声(げんせい)魔法』。

 描く魔法――『紋章魔法』。

 表す魔法――『舞踏(ぶとう)魔法』。


 と言います」

「言葉と文字と動作?」

「音でもあり図形でもあり武具でもありますね」


 成る程、もっと広く定義に含むか。


「その三つがそれぞれさらに三つの流派に分類されます。


『言声魔法:詠唱派』。

『言声魔法:歌唱派』。

『言声魔法:想念派』。


『紋章魔法:文字派』。

『紋章魔法:図形派』。

『紋章魔法:混成派』。


『舞踏魔法:舞踊派』。

『舞踏魔法:印相(いんそう)派』。

『舞踏魔法:舞器(まいき)派』。


 って感じです」

「多いな……覚えられん」


 言声で、詠唱と歌に……思う? だからえっと、他はなんだっけ?

 流れるように説明を滔々述べても脳はそこまでインプットできない。文字にでもしてくれればじっくり読むが、言葉は発せば霧散するのみ。そして続きが垂れ流されて解読に遅れて聞き逃す。

 烈火の頭の回転が遅いだけだろうか。いや、そんなことはないでしょ。おれは馬鹿ではないはずだ。たぶん、きっと。

 今日の七は優しい。いつものように小馬鹿にしたりせず了承。自責の感情があるからか。


「では流派は置いて、三大魔法の大枠だけにしましょう」

「そーしてくれ」

「では軽く。

『言声魔法』は言葉と声を媒介に魔法を発動します。魔力と声があって言葉を理解できれば扱えますね。

 次に『紋章魔法』、これは描いた紋章を媒介に魔法を発動します。どっかに魔力をインクに図か字を書けば使えます。

『舞踏魔法』――身体の動きを媒介に魔法を発動します。身振り手振りに指捌き、身体を動かせれば発動しますよ」

「まあ、言葉通りか」


 なにかと魔力を合わせて、なんやらして魔法になる。

 ……なんで喋ったり字ぃ書いただけであんな不可思議現象起こるんだよ、と思うがここはファンタジー。呑みこもう。受け入れよう。否定したって昨日の炎は襲い掛かってきたし、火傷の痛みはなくならない。いや、ちょっと痒いかも。


「一番ポピュラーなのは言声魔法ですね。誰もが口ずさむため、聞いて覚えられますし。後は発動のやり方と魔法ごとのキーワードさえ学べばそれで使えちゃいますから」

「キーワード?」

「魔法ごとに設定された、詠唱に含めなければならない単語のことです。それを詠唱内に含んでいれば、言声魔法は発動しますよ。キーワードに関しては他のどの流派でも形式は違いますが存在しますので、覚えておいたほうがいい概念でしょう」

「へぇ、キーワードね。それさえ覚えればよくて、あとは適当に言えばいいのか。そりゃ簡単だ、普及もしやすいわな」


 昨日、荒貝 一人が仰々しくなんか言っていたが、あれをそのまま復唱すれば烈火も魔法が使えるのか。あの詠唱からキーワードだけを抽出し、それと適当な文言喋れば魔法が使えるのか。

 簡単だ。その気になればすぐ魔法は広まるな。あれ、もしかしてこの世界、結構魔法が日常的? 魔法使いの専売特許とかではなく? 


「基本の魔法はだいたい誰でも使えますね。その辺の人に金を渡して魔法教えてー、とでも言えば教えてくれるかもしれません」

「マジか。それ、早めに言えよ」

「いや、魔法については別にいいって言ったじゃないですか」

「言ったけどさ」


 過去の己の適当加減が響いてくる。あの時はあれでよしと判じたけど、浅慮が過ぎたか。やはり人生とは本気で生きるべきで、手を抜くとこうしてしっぺ返しが降りかかる。まだ致命の域ではないぶんマシと慰めておこう。

 これを教訓に今後生きていきたいものだが、人間忘れっぽいところあるからなぁ。


「次によく使われるのは紋章魔法ですね。これは技術者が紙にでも紋章描いて配れば、それに魔力を込めて誰でも使えます」

「おお、便利だな」


 魔法道具的なのか。日用品にも使えそうだし、紋章魔法覚えれば儲けられそう。まあ、どうせどこぞの先人が既にとっくの昔に上手い具合にやっているのだろうが。最近おこしの玖来さん程度が思いつくことを、ずっと長くこの世界に住まう人類が発想しないわけがない。地球人だって、二千年もあれば月に行けるのだ。


「で、一番不人気はぶっちぎりで舞踏魔法になりますね。普及しにくい形式ですので仕方ないですか」

「そうなんだ、割となんかちぇー」

「え、なにがですか。なんで落胆してるんです、玖来さん」

「いや、三つ聞いた段階で舞踏魔法が一番、武術と組み合わせられそうだなぁって思ったから。いいかもと思って、こう、おれ見る目ないのかよ的な」

「いえいえ、その考え方は正しいですよ。この世界にも舞踏魔法を前提にして武術が幾つもあります。戦闘に特化しちゃって、逆に一般普及が少ないって感じです」

「やっぱか。殴り合いの最中に駄弁るだ絵描きだ、ムズイだろうしな」


 うんうんと頷くが、ふいと思い出すことがある。


「ん、あれ。そういや荒貝 一人はどれだったんだ? なんか喋りながら指動かしてたぞ」

「あぁ、あれは三つ混合してましたね」

「は?」


 さらっとなんか凄いこと言われた気が……。

 烈火は目を白黒させて意味を噛み砕こうとする。つまりまさか、そういうことなのか?


「えーと。言声、紋章、舞踏の、三つ全部? なんか喋ってたし、指動かしてたのはわかったけど、紋章もあったのか?」

「はい。彼、なんか白い手袋をはめていたでしょう? そして、魔法の発動の瞬間、手の平が光ってたと思いますが、あれは紋章が光ってたんですよ」

「なに、紋章魔法って光るの?」


 ぴかーって? 電気ネズミみたいに?


「光りますね。個人的にはぴかーより、ぴかって感じだと思いますけど」

「どっちにしろ隠密向きではねぇのな。で、三つ混合ってどういうことだ?」

「三つの発動形式、どれであっても執行される魔法は同じです。ただ手順形式が違うだけです。で、じゃあ三つの形式で同じ魔法を同時に扱えばどうなるでしょうか――と、考えた天才魔法使いが過去にいましてね。その比率などを上手い具合、パズルのように組み合わせれば、発動困難な魔法を低位の制御技術でも扱えます。ちなみに技術の名は「三連直列起動」です」

「電池の並びかよ」


 言声魔法、紋章魔法、舞踏魔法でそれぞれ下級魔法しか扱えなくても、それを足し算すれば上級魔法の行使に至る。制御技術という、才能と長い年月をかけて覚えて上達していく項目を、一足飛びでスルーできる。


「しっかし、なにその裏技。なんでこの世界に来たばっかの荒貝 一人がそんなすげぇことできんだよ。てか、それがあんなら普通にひとつの形式で上級魔法使うより楽じゃね?」

「いえ? 正直、普通にひとつのやり方を極めたほうが早いですし、簡単です。なんと言いますかね、野球を極めたければ野球だけやるべきでしょう。サッカーとテニスを同時にやれますか? みっつ全部を同時にやって、野球のプロ選手に対抗するみたいな」

「喩えはよくわからんが、難しいってことだけはわかった」


 つまり努力の方向性が違う。集中力の分散技法、適切な振り分け。

 歌を歌いながら別の文章を達筆に描いて、挙句に踊り舞う。そんな無茶をして、ひとつだけよりも組み合わせて華麗にやってのけるようなもの。

 脳みそが三つあっても困難。三つの脳が独自に活動し、なおかつそれらを統括する四つ目の脳があってなんとか、そういうレベルの至難である。七の説明を汲み取るとだが。


「なので二つ組み合わせくらいならこの世界の上位陣もやってのけますが、三つ組み合わせるのは歴史上の偉人英雄レベルです」

「えっ、なにそれ怖い。荒貝 一人は英雄かなんかですか」

「資質と魂は確実に英雄ですね。あれ本当にこのゲームの主人公かなんかじゃないですか?」

「……逃げていいかな」


 玖来 烈火、渾身の本音である。

 あっさり目を逸らされた。


「がんばりましょう」

「可愛い女の子にがんばれって言われて頑張れない男はいないんだぜ! なんて幻想が砕け散る!」

「本音と建前?」

「……狙ってやったら気に入らないか?」

「ええ、今のはトキメキませんでしたね」

「ちぇ」


 仕切りなおす。


「えぇでは、どうせなので、【真人】が使ったみっつの魔法発動形式をそれぞれ実演してみますね」

「そりゃいい。百聞一見だな。頼むわ」

「なぜ四字熟語っぽく略したのでしょう……。いいですけど。ではいきますよ。まずは言声魔法、その内でもポピュラーな詠唱派です。詠唱派では詠唱の中にキーワードを組み込み、発動の時に魔法名を宣する必要があります。

 ――“〈明〉かり灯して輝きとなれ《明々(メイメイ)》”」


 ふわりと七の手の平から〈明〉かりを照らす丸い球体が現れる。

 なんの種も仕掛けもなく現れ出でた明かりに、烈火は感嘆の声を上げる。物理法則さんはどこへ行かれたと。


「おお、光ってるなー」

「そういう魔法ですから。次が紋章魔法。これはそうですね、【真人】が使った流派がわかりませんので、とりあえず混成派にしましょうか。文字と図形の組み合わせですね」


 魔法の明かりを消して、指先に魔力を集める。なんか指先が光っている。それをインクとして虚空になにやら描き始める。最初に円を、次に内部に文字やら記号やらやら。


「あれ、宙に描けるんだ」

「描けますが、一発限りになります。使うなら紙とか衣類に描いたほうが発動後も残りますので、そっちをお勧めします……っと、できました」


 円とその内側の様々な文字文様――魔法陣である。詳しくない烈火でもわかる、魔法陣というやつだ。その魔法陣は輝き、烈火を淡い光で照らす。


「また《明々》か?」

「いえ、補助系治癒種魔法《復元(フクゲン)》です。ほら」


 おや、烈火の一張羅の学生服が再び〈元〉の姿に修〈復〉されていた。焦げはなくなり、切れ目もボロも直っていた。

 今度こそ真っ当に感嘆。服の袖をぴらぴら振ったりして、その魔法結果に驚く。


「すげぇな魔法。てか、七ちゃん、おれに利のある行為していいのか?」

「まあ、服を直しただけです。別になにか増えたわけでもありませんし、セーフでしょう」

「結構ルーズな裁定なのな」


 まあ助かったわけだが。

 烈火としてはこの学生服がオジャンになったら物凄く困っていた。だってこれなくしたらファンタジー服着るとかいう拷問が待っているのだ。コスプレしたい性癖は烈火にはないので、凄い苦行となってしまう。――決してコスプレを貶しているわけではない。趣味の範囲でやれば傍観者としては楽しいし、コスプレしてる少女とかは大好きだ。だが当事者は困る。なので汚れようとボロボロになろうと、可能な限りは制服を着続ける固い意志が烈火にはあった。

 七のお陰で無駄な決意となったけれども、これ以後はわからない。今後、烈火の服が破かれたりもありえる。あぁ、魔法を使えるようになったら《復元》の魔法って奴は絶対に覚えよう。コスプレ地獄に落ちないために。


「最後に舞踏魔法ですが、【真人】が使っていたのは印相派でしたね。これなら大きく動いたりしませんし、説明には適しています」


 ばばばっと指をしなやか軽やかに動かして――ふと停止。


「って、これじゃわかりませんよね」

「わからん。なんか忍者っぽく指と手を動かしてるだけとしか……」


 荒貝 一人の時もなにやってるのかわけわからんかったし。烈火のことを忍者呼ばわりしやがったが、お前のほうが忍者じゃんと言いたくなった烈火である。

 んー、と少しだけ思案して、七は愛らしく手を打つ。いいことを思いついたという仕草。かわいい。合わせた手を包み込んで頬ずりしたい。


「じゃあ、ゆっくりひとつずつ印を結んで、それと口頭で印相の名を言いますので、それならなんとか実演の意味ありますよね」

「たぶん? やってみないとわからん」

「じゃ、いきますよ。発動するのは先と同じく《明々》です。

無掌(むしょう)・〈刺指(しし)〉・剣指・獣牙指(じゅうがし)の天・弓指(きゅうし)の裏・火霊指(かれいし)の裏・鎚指(ついし)の天・弓指の表・剣指・角鬼指(かっきし)小鎌指(コレンシ)・剣指の天・弓指の裏・槍指(そうし)・獣牙指の表・《火霊指の表・刺指の天・火霊指の表・刺指の天》・祈掌(きしょう)”」


 ぽうと輝く〈明〉るい光。

 烈火はその光の玉を半眼で眺めつつ一言断言斬断。


「わけわからん」

「わかりませんか」

「わからせるつもりないだろ」

「わからせるつもりはありますけど」


 …………。

 と、無言の間が十秒ほど。

 ごほんと烈火が先に口を開く。


「まあ、あれだな、やっぱ口頭説明じゃ限度があるな、教科書の偉大さを思い知った。なので教科書ください、「はじめての魔法」みたいな本ないの?」

「ありますよ」

「あんのかよ、じゃあくれ。おくれ」

「いえ、私は別にショップってわけでもないので、そこら辺の本屋さんを探してくださいよ。まあ、この町にはありませんけど」

「ないのかよ」

「それはそうでしょう。製紙法は伝えましたけど、印刷法はまだ未熟です。まあ魔法で代用してどうにかやりくりしてますけど。本は売るとかあんまりせずに大きな都市に図書館があるんですよ、この世界」

「へぇ、共有にしてるのか、進んでるな。図書館……近くにはないの?」

「一番近いのはこの大陸の首都か、第七大陸ですかねぇ」


 つまり移動せねばならない。この二週間ほど滞在していたこの町を出て、旅に出なければ魔法というカードは手に入らない。

 どうするか。

 玖来 烈火は迷わない。それが彼の生き様で、異常性である故に。


「んん、じゃ、行ってみるかねぇ、第七大陸!」









 印相については剣指以外は勝手に名前をつけだだけ。覚える必要も特にはありません。

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