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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第一幕 そして不在はいなくなった
11/100

11 苛烈なる到来、なんだそれ








「おい! 六足す一! ヤバイぞ、六足す一ちゃん!」

「七ですが、どうしました玖来さん」

「説明せんでも見てわかれ!」


 なんかいるなんかいる。そこにいる。ヤバイのいる。

 こう、象くらいデカイ、ワニみたいな外見した、脚が蜘蛛みたいに八本くらいあって、その上真っ黒い剛毛に覆われている化け物。

 それがここ最近、狩場にしていた森の外れに歩いてる。うぞうぞウロついてる。

 気持ち悪過ぎる!

 なにあれなにれ、怖い怖い怖い。

 ていうか近づきたくない。気持ち悪い。ここまで臭いのが届いてるよ。臭いしキモいしなにあれ怖い。

 七は冷めた調子で平静に答える。この世界においてあれくらい普通である。


「あぁ、あれはAランクの魔物ですね」

「おい、なんでそんなもんがこんなところにっ」

「稀に現れるんですよねー」

「えー、狩りをはじめてかれこれ二週間ほど、そして狩った魔物の数百二十四のBランク討伐者な玖来さんも初見なんですが」

「そんな時もありますよ、グッドラック!」

「畜生!」


 軽やかな笑顔でさらりとどうしようもないこと言う。見事なサムズアップが輝いてる。人が苦境に陥るのが好きな邪神なんじゃないだろうかと疑わしくなる笑みの輝きだ。可愛い分だけタチが悪い。

 

「ていうか、百歩譲ってAランクの魔物が現れたことには納得しよう。だけどなにアイツ! 刃が通らないんですけど! 刃が通らないんですけど!」


 大事なことなので二回言った。

 既に烈火は『不知』で例の魔物に攻撃していたのだ。一応は試してからの弱音なのである。そして弾かれ、即座に撤退。離れた位置で木を背に弱音。


「ちょ、マジ装甲硬いのは勘弁してくれよ、おれは対人戦主軸なんだよ。火力はねぇんだよ」


 刃が通らない程度の人外加減で、もはやお手上げな烈火である。

 こう、ファンタジー世界において圧倒的な火力不足ではなかろうか? いや、だが烈火の殺すべきは人間で、人間を殺すのにそんな大規模な魔法も巨大な力も必要ない。

 たとえば山ひとつを消し飛ばす火力を保持していたとして、で、使うの? 他の人の被害も気にせず、一人ぶち殺すために爆撃しちゃう? そこまで人非人にはなれない。というかチート持ちの敵なら、それすら防いだり躱したりしそう。そして無意味な大虐殺ですよ。それは精神的に辛いというか、現代人の倫理観的に突き抜けたアウトだろう。生き返った後に罪悪感で自殺とか、一切合財笑えないんだが。

 というわけで烈火に火力はない。できるのは刃物でもって可能な範囲の殺傷のみ。そのため小剣が刺せない、斬れない、通じない相手には勝ち目がない。


「まあ、目ン玉ブッ刺せばとか案が絶無ってわけでもねぇが……逃げるか」

「流石玖来さんはヘタレです」

「慎重なの!」



 ――塵も残さず燃え尽きた。



「は?」


 先から恐怖対象だった魔物が。

 いきなり、突然、唐突に。

 塵も残さず燃え尽きた。


「はぁぁああ!?」


 意味がわからない。ちょっと目を離した瞬間に耳を劈く爆音がして、見れば魔物は消し飛んでいる。

 どこから、どうして、爆発? 炎? 火事? 落雷でも落ちたとか? なにがどうなっている!


「え、っと。あれか、あの怪獣、頭の中に爆弾でも……」

「そんなアホ仕様なわけないです! 魔法です! どこから――」


「――隠れてなぞおらん、ここにいる」


 声が上方から降り注ぐ。

 自信の燃え盛る熱量に鋼の如き質量を宿した声音は、ただの一言で烈火を震わせる。冷や汗が血のように頬を伝う。

 やっばい、振り返りたくねぇ……。

 そんな本音もあったが、視界に収めていないのは危険である。烈火は軋む首をどうにか動かし、ゆっくりと声のほうを見遣る。天を仰げばそこには中空において立つ壮烈なる男の姿がある。

 隠れもせずに堂々と、恥も恐れもなく大胆に、背筋伸ばして雄雄しく潔く姿を晒す。

 ああ、一目でわかる。これは関わってはいけない類の人間だ。全力で逃げるべき手合いだ。メッチャ怖いよ、本当に同じ人間なのか。

 黒衣を纏った長身の男。二十代後半と思われる顔立ちは端整なのに、苛烈なる感情からか恐ろしく強面に見える。眼光は鋭利キレキレすぎて目を合わせただけで目が潰れそうだ。

 空に立つという異常事態すらどうでもいい。先の爆撃すらもはや忘れた。ただ在るだけで、その黒衣の男の存在感によって圧倒される。

 ――なんだこの生物は!

 一瞬、この世界に存在するという魔王という規格外の生命を連想したが――違う。違った。


「黒い髪に、黒い瞳……貴様、おれと同じく異世界からの来訪者だな」

「……」


 急展開についていけず、烈火は男の問いに返答できずに口を閉ざす。

 だが、沈黙していても絶対ロクなことにはなるまい。烈火は一度深呼吸。そして、覚悟を決めて腹を括って、もう死に物狂いの全霊込めて――空っとぼける。


「いや……いや違うよ? なに言ってるのアンタ」

「ほう、それにしては黒髪黒目と珍しい外見に、学生服に酷似した衣装に見えるのだがな」

「違う! 違う。違うって。なに、私は違います。違い違いますます。おれは異世界来訪者じゃないよ。いやいや見当違いも甚だしい、的外れ度外れの名誉毀損だ。全然全くまるでまっ平らに違います」


 言語野の崩壊が疑われる弁明である。いや、精神的なアレかもしれない。多大な恐怖に脳が自壊をはじめた可能性もある。

 黒衣の男は階段を下るような足取りで、ゆっくりと虚空を踏み締め地へと降り立つ。烈火の正面に立つ。


「ほう」

「そうだ、おれだ! おれが玖来 烈火だ!」

「玖来さん……なにがしたいんですか、あなた」


 遂に黙って事を眺めていた七からの突っ込みが入る。なんかもう、ここまで来ると突っ込まざるをえない。

 烈火は本当に瞳に涙を溜めて七に言う。叫ぶ。ヤケッパチ。


「だってこの人、すぅげぇ怖いんだもん! 接近されたらもう泣きそうなくらい怖いんだもん! 威圧感半端なくて嘘つき通せないよ!」

「甘ったれたこと言うな!」


 割といつもの調子を取り戻す烈火と七だが、敵が目の前にいるのは以前変わりなく。

 じりじりと馬鹿話しつつも後退している。

 それに気づいて、男は少し笑う。激烈なる威圧感から、笑みすら魔王の如く恐ろしくて堪らないが。


「なに、そこまで恐れる必要もない。別にすぐに殺しはしない」

「えっ、は? あんた、ゲーム参加者じゃないのか?」

「参加はしている。だが、だからと言って無感情に殺しはせんさ。おれにもおれの考えがありここに生きていて、神の思惑通りに進むにしては自我があるのだ。

 そうさな、まずは自己紹介――おれの名は荒貝(アラガイ) 一人(カズヒト)、荒々しい貝で荒貝。一人(ひとり)と書いて一人(カズヒト)だ。貴様の名は?」


 名乗られて、一瞬名を伏せるかとも考えたが意味はないとすぐに気付く。というかさっき勢いで名乗っている。


「……烈火。玖来、烈火だ」

「漢字はどんなものを使っている」

「なんでそんなの聞くんだよ、姓名占いでもするってか?」

「名は体を表すと言う。その名に恥じぬ己であるか?」


 なにこの面倒臭い人。

 烈火は警戒心は解かないまま、即時対応可能なまま、肩を落とした。微妙に高度な技だが、わかりづらい。


「……漢数字の玖、難しいほうのな。来は来るで、烈火はそのまま烈しい火だ」

「いい名だ。熱く雄雄しい、男らしい。名折れとならぬように生きるがいい」

「へいへい」


 外面上の緊張感をヒョウキンな顔で覆う。内面では、一切の油断なくどうしようかと戦闘思考を回しておく。いつでも逃げ出せるように心構えだけはしておく。

 黒衣の男、荒貝 一人は次いで烈火の隣の少女を見遣る。


「そして、そちらの少女は、何番目の神子だ、グリュン殿」

「あれは末の妹、第七子のリラだ」

「あ、四兄さん」

「久しいな、リラ」


 今まで気付かなかったが、荒貝 一人の圧倒的な存在感に隠れるようにひとりの男が佇んでいた。

 緑の髪を短く切り揃えた鷹のように鋭い目をした若い男。おそらく単体で存在すれば厳格さをもってこちらを圧し、神秘的な雰囲気が心を捉えて感嘆していた。だが、荒貝 一人の膨大な存在感に霞んでしまっている。なんてこった、話の流れではこっちの緑髪が神子だろうに。あ、でも重要なことで、服装は特に現代的ではない! ファンタジーチック! 

 あと、烈火は会話に飛び出た新単語に首を傾げる。七ちゃんに向く。


「リラって、誰」

「私です」

「お前だったのか。七ちゃんじゃなかったの?」

「それは気にいっていて呼んで欲しい名で、まあ、名前が複数あるんですよ。それで言えば彼は私の兄の四兄さん、グリュンという名もありますね」


 緑髪の神子を指して、簡素な説明。


「ふぅん、四番、グリュンね……ってことは」

「はい、四兄さんが見出した彼は第四傀儡――【真人】荒貝 一人、ただ一人神に抗いスキルを拒否した男ですね」

「お前が……」

「そうか、やはり神子の申し出を断ったのはおれだけか。正しくもあるが、少し物悲しいな」


 ふむ。烈火はついつい、気にしていたことを問う。落胆のような声音に、興味をそそられてしまった。


「あー、割とどうでもいいけど気になってたんだが、なんでわざわざくれるって言うモンを拒否るんだ?」

「ふん。神に力を恵んでもらって、超越者に頼って縋って、それで貴様、なにを笑えと言うのだ」


 反応は、思った以上に熱の篭った辛口だった。その圧倒的な人となりに相応しく、過激な言の葉を並べていく。まるで燃え滾るように。


「屈辱ではないのか? 恥辱の至りと思わないのか? 身を掻き毟りたくなるほどの憤怒は感じないのか?

 手を差し出されて、それに頼って、おいおい貴様の足は何処にあるんだ、ふざけるなよ。なにを悦に浸って笑ってやがる、殺すぞ蒙昧どもが」

「……神に縋って生きるなんてアホらしいってか。随分と人間中心な思考回路だな」

「人間こそが至高だよ。他の全ては人類のための試練か道具か、精々が彩りだ。必須ではあれども、主要ではない」


 自然も環境も動物も、無論に神など思想ですらも、究極的には人間のためのものでしかない。生態系の頂点に立つとは他のあらゆる下位どもを踏み締めているということで、礎を踏み潰してでもより高きへと至ろうとする向上心がなければならない。

 それをしない者への憤怒すらも、この男からは感じられる。

 荒貝 一人の価値観からして、傀儡どもは全て等しく愚かな家畜というわけか。

 流石に、烈火も反論を口にする。そうでなければ己はどれほど罵倒を受けねばならないのか。


「だからって神様に力もらったおれら傀儡は全員が家畜のクソ野郎ってのか? 死にたくねぇって当たり前の感情すら否定する気かよ」

「ならば強くなれ。努力しろ、もっともっと生きることに力を費やせ。それができぬから、貴様は傀儡なのだ」

「無茶言うなや! 誰も彼もがお前みたいな精神性じゃねぇんだぞ! 楽ができるなら楽するわ。力をくれるってんなら、そりゃもらっとく」

「はっ。神は友にはなりえない、ならば力を恵むという行為が既に上から目線の嘲笑混じりと何故気付かん。屈辱を受けている身で、なにを楽しげに借り物を振りかざしている。己で作った以外の力なぞ総てまとめてゴミクズだ。おいおい貴様、まさかとは思うが、ゴミクズを恵んでもらった喜んでるわけではあるまいな。随分と便利なゴミ箱なのだな」


 強い非難の宿る言葉に、烈火も思わず全力で応戦。反意を込めて言葉を放つ。


「神の恵みは全否定ってか。そういうのは地球でやれ。おれもだったら賛成してたかもな。けどここは異世界だ、命の軽いファンタジーだぞ。努力どうこうしてる間に死ぬだけだ。おれは死にたくない」

「ふ、確かに、おれの言葉は向こうとこちらで混同してしまいかねないな。地球の頃には宗教は道具であって、神に縋る人間など家畜に等しいと断じたものだが、こちらではそうもいかぬ。そう、おれや貴様は直に神の子と話すなどという稀有な機会に恵まれてしまった。それで各人各々、考え方が変わるやもしれんが――おれは変わることはなかった。やはり神に縋る豚どもは家畜にしか見えんし、故にこの世界は気に入らない。貴様ら傀儡も、大嫌いだ」


 言っても無駄。言葉を重ねてもこの男の思想は些かも崩れない。

 己は正しく、正しいのは自分で、自己の発言は絶対正しい。その他者を寄せ付けぬ自我の強度、凄まじいまでに質量を伴う自我。

 これは確かに、なんとも傲慢なる――真に人だ。


「なあ、おい、玖来 烈火。同胞たる傀儡よ、世界は誰のものだと思う?」

「あ?」


 いきなりなに言ってんだ、こいつ。唐突に意味わからん質問投げてくんな。会話の順序もまともに並べられないのか。

 烈火の非難的な眼差しなんぞ関しない。ただ己を続ける。猛然と。


「創った神のものだろうか。営み住まう人のものだろうか。それとも両者の共有物か? 誰のものでもないというのは、ある種適確ではあれどもつまらぬぞ?」

「知るか、そんなもん! 考えたこともねぇよ!」

「であれば今考えてくれ。参考までに、おれは人のものだと思う」

「その回答は聞かなくてもわかってたよ」


 まだ出会って数分、話した言葉も多くはない。けれども既に荒貝 一人という鮮烈な人格は、およそ掴めてしまっている。否、強引なまでに刷り込まれた。おれはおれだ、これがおれだ、おれなのだ。態度で、発言で、その魂で烈火に叩き込んだのだ。先に結論を考えてるから何言っても無駄なタイプとも言う。

 お近づきになりたくない人種である。


「貴様もこの世界で数日は過ごしただろう、ならば感じはしなかったか? この世界は歪だと。神に頼り、神に縋り、神ありきの堕落した世界。同時に神にとっての遊び場でしかない、人の尊厳を知らぬとばかりに踏みにじり、世界は神のお遊びで蹂躙されている」

「別になんも感じねぇよ。そもそもおれたちは異邦人だ、極力この世界の人間とは関わらないようにすべきだ」

「ふん、成る程、歪を感じることすらないほどに人との交わり避けていたのだな。それは逃げているだけだろうが。目の前の人間が、本当に自身と同じく心と思いをもって毎日を生きていると、それを体感し、この世界のリアルを感じ取るのが怖いのだ。腰抜けが」

「っ」


 烈火はこちらの世界に来てから今日まで、極力この世界の住人とコンタクトをとるようなことはしなかった。七とだけ話し、後はひとりで鍛錬、狩り、生存だけ。

 それはどうせ勝ち抜けば元の世界に戻るからと未練を残さぬため。無意味に人間関係を広めて目立つ黒髪の自分の居場所を悟られぬため。言ったように、異邦人としてできるだけ干渉しないため。

 だが、だが、だが。

 それは全部理屈だ。言葉の上の理性による思考の果てでしかない。

 今この瞬間、荒貝 一人の断言に言い返せなかった一拍が、なにを物語るか。

 一拍もあれば切り込むように言葉を重ねてくる。荒貝 一人は動揺もなくただ邁進する。自分勝手に、我が侭に。


「貴様もわかっていよう。この世界は確かに人の世だ。このくだらぬ争いのために利用され、神に不当に虐げられた現実だ――ゲームでも、架空でも、ファンタジーでもない。

 故に、自身の力で神を捨てないこの世界の住民どもが嫌いで、そこでふざけた力を持ち出す部外者が赦せない」

「あぁ、くっそ、そう行き着くかよ」


 認めているからこそこの世界の有り様が嫌いで、それをよしとする者どもが嫌いで、傀儡どもが嫌い。大嫌いだブチ殺すぞ。

 憎悪も恨みもないが――腹立たしい。怒りが高熱に燃えて、感情が地獄のように熱烈で、故のこの苛烈な存在感が生じているのか。

 荒貝 一人を一言で表現すれば地獄の業火だ。烈火という名の烈火よりも、ああなんて炎のような人間だろうか。

 こんな高熱な炎だ、下手に触れては燃えてしまう。近づくだけで熱くて魂が火傷する。だから距離感を計り、だが問いに真摯さの欠ける返答をすれば爆発しかねない。

 烈火は慎重に、しかして正しく考えた本音を返す。石灼く業火に水をかける。


「世界は誰のものでもねぇってのが本音だが、誰かのものだって言うなら共有物だろうぜ」

「その心は? ただ片方に寄るのが気に入らぬと曖昧に言っているわけではあるまいな」

「ちげぇよ。創った時点で人はいねぇ、だから神のもんだ。住まった時点で神は同居を許したってことだ。どうだよ、最初の住居者とそれが許した第二の住居者、共同生活だろうが」

「成る程、道理だな。この世界ではな」


 含みを持たせつつも納得する荒貝 一人に、烈火は今度はこっちから問い。思想は把握したが、行動方針は聞いていない。その思想を掲げたお前は、この異世界でどうするっていうんだ。


「で、そんな大嫌いな世界に居たくないお前は、そこから抜け出すために大嫌いな傀儡連中をブチ殺そうってか?」

「その通りだが、少し違うな。言ったろう、すぐには殺さんと」

「じゃあ、どういう……」

「おれはな、おれはおれが正しいと思っている。貴様がなにを語ろうと、おれの確信は揺るがない」

「だろうな、タチ悪いぜ」

「だがな、死んだこの身を蘇らせてくれたのは神の子なのだ。散々否定し、要らぬと述べた神に、おれは救われている。つまりおれは一度、神に敗北した」


 そういえばそうだ。

 あれだけ熱弁をふるったこの苛烈なる魂も、一度死んで神子に救われているはずなのだ。それが傀儡たる者のはじまりなのだから。

 強烈さ鮮烈さ故に、死を連想できずについ抜けていた。つまりこいつも立場は変わらない。この場において傀儡でしかない。

 荒貝 一人は続ける。敗北を受け入れ、なお先に進まんとする意志を輝かせる。


「だから、次には神に勝利せねばなるまい。では、どうすれば勝利と言えるか? この戦争ゲームに興じ、最後のひとりとして勝ち抜くことが勝利か? 否だよ、それは盤上の駒として振舞うという意味であり、それを愉しみお膳立てした神は喜ぶだけ、こちらの敗北だ」

「……じゃあゲーム不参加でボイコットして、傍観する神につまらない演劇見せて笑うってか?」

「それも違う。それは勝利ではないし、それ以前に逃避であろう」

「だったらどうすんだよ」



「――神なき世を創る」



「は?」


 なに言ってんだこいつ。

 と、普段なら思うが、いやそうだ、現在おこなっているゲームは、即ちそういうものではなかったか。


「このゲームが神を決めるための闘争ならば、神が不在となる世へと導くことも可能だろう。

 一例としては神の座や人類に興味のない者を新たな神に祭り上げる――そう、このグリュン殿のような」

「マジか……七、本当にあの四番目は――」

「はっ、はい。兄妹の中で一番そういうのに興味がなくて、正直このゲームに参加するというのにも驚きましたから」

「私とて、知らぬ所で神が決まっていては面白いとは思わないからな。参加はするさ。その後は定めてはいなかったがな」


 意外な事実だ。神様候補は皆が神になりたがっているのだとばかり思っていた。七の姿勢は完全に神になりたがっていたし、ならば他もと思考が流れたのだ。

 であるが、やはり先の発言と矛盾する。


「おい、それならやっぱお前が勝たなきゃいけねぇ。ゲームに則っておれを殺しにかからないのはおかしいだろ」

「それに関しては、私事だな。要は負債の返済だ」

「返済だ? 神になにを借りてるってんだよ」

「――命だよ」

「あぁ……そういやおれも借りてるな」

「おれは一度神に負けている。だから、その負債を先に返さねば、おれがおれとして動いても、それは神の手の平の上だ。故にまずは神のルールに従い六名の傀儡と戦う。だが殺さぬ。一度交戦し、こうして言葉を費やして人への回帰を促す」


 傀儡から人間へと戻れと。神の力なぞ頼らずとも生きて立ち向かえるのだと、その身をもって証明する。


「そして、再会した時にその魂の真価を計る。場合によっては殺すし、もしかしたら協力を願うかもしれない――そしてこのくだらないゲームを終わらせる」

「畜生! なんで初っ端からこんなやべぇのと遭遇しちまったんだ! 絶対一番ヤバイ奴だろ、こいつ!」


 玖来 烈火、魂の慟哭である。

 隣の七も深く首肯して頷く。対面のグリュンですらも沈痛な面持ちで同意していた。

 なんてこった、神のお墨付きの最悪な遭遇だよ!


「ではさて、語るべくは存分に語った。後は我が身でその言葉を偽りにせぬだけだな」

「……あー、やっぱやるのか。もうやめようぜ、お前の本気は伝わったしよ」

「無理だな。もはや止まれん! さあ覚悟を決めよ、貴様の全力を見せてみろ!」


 瞬間、荒貝 一人は稲妻のような早さで腰に帯びた刀を握る。叫ぶ。戦意を漲らせて宣する。


「いくぞ、玖来 烈火! 貴様の神へ縋る心を打ち砕いてくれよう、人の力を見るがいい!」












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