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七と烈火の異世界神楽  作者: ウサ吉
第一幕 そして不在はいなくなった
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10 玖来流刀剣術








 とある郊外の小さな道場にて、ひっそりこっそり受け継がれる謎の武術――その名を玖来流刀剣術と言う。

 玖来流刀剣術での教えは、基本的に身体の精密制御、自己の完全支配に重点を置かれる。機械の精密さで人体を操縦する技法であり、数字の正確さで自己を支配する技能だ。派手な技はなく、奥義や歩法もない。構えすらも特になく、そこらへんは実戦でおのおの勝手にしろと教えている。自由というより投げやりで、大雑把極まるがために各人が己を見つめて考える。およそ同世代ですら戦い方が異なる。まあ、そもそも同じ世代にふたり以上の門下がいたことのほうが少ない零細道場であるが。

 教えが基本のみ。技もない大雑把な投げやり。門下が最も多い時代で四名。だから、本当は流派というにはあまりに薄い。武術と言うのもおこがましい。教えに型がなく、応用がなく、独自性がない。歴史も浅く、なんというかぶっちゃけ「玖来さん家の体の動かし方講座」、「私立身体操縦学校」みたいなものだ。刀剣術と銘打っているが、正直武器の技能はおまけのようなもので、ネーミング的な格好良さから刀剣術としたくらいに適当である。

 しかして身体の精密制御、完全支配――これにだけは、玖来流の粋を極めた教えがある。

 指先足先から眼球や口の閉口まで、神経が通って意識的に動かせるような部位全てを精密自在に、細密適確に動かす。人体という構造を徹底的に操る。自由自在変幻自在、手足のように手足を動かす。精密機械のように身体を駆動させる。

 師範曰く――玖来流とは舞い散る桜の如くに不規則で、羽ばたく鳥のように自由。吹き荒ぶ一陣の風の如く素早く、星の巡りのように精確。花鳥風月の体現たる技法であると言う。

 それが玖来流刀剣術という謎の武術である。





 玖来流刀剣術師範代、玖来 烈火は異世界にて刃を執る。

 右手には小剣。左手にも小剣。足は大地を蹴って、学生服がたなびく。体勢は低い、這うように駆ける。バランスを崩せば即座に転倒する走法。玖来流の名に懸けそんなヘマはしない。

 目前には魔物。猿のような魔物。未だこちらに気付いてない。足音を最小に留める歩法の成果。だが接近すれば気取られる。振り返る猿魔。延髄が遠ざかる。想定内。敵が対応するのは当たり前。

 猿魔は威嚇の咆哮。耳が痛む。足は緩めない。左手が霞む。人体が投擲(とうてき)するに最適の動作。

 飛来する投擲剣。矢の如く額へ一直線。猿魔に知覚はされていない。だが偶然振り上げた野太い腕が運よく防ぐ。落胆はない。不運などありふれている。

 すぐに次手。烈火は腕を捻り引く。投擲小剣に仕込んだワイヤーを引っ張る。ワイヤーを通して波を送る。刺さった腕を揺らす。猿魔は揺るぎバランスを崩す。同時に投擲小剣回収。

 その頃には間合いに踏み込む。急所を狙える。が、退く。何故――眼前を野太い腕が擦過する。殺せても殺されては意味がない。欲をかけば死ぬ。一方的に殺せる状況以外に決断すべきではない。

 体勢の悪い中での無理な反撃。泰然とした姿勢の烈火と比して不様に過ぎる。そしてその不様は――


「致命的だ」


 踏む込むと同時に刺突。滑り込むように猿の首を刺す。いや刺すと言うより嵌め込むような自然な技巧。即座に捻って後退する。

 視界から外さず、だができるだけ離れて消滅を待つ。あれは致命傷のはずだ、間違いなく死ぬ。だが、最後の足掻きに一泡ふかされるなんて笑えない。油断はしない。消滅する瞬間まで、烈火は一切目を離さずに、瞬きすらせず凝視し――魔物は消滅。

 息を吐く。足を折って座り込む。あぁ、なんとか勝って生き抜いた。





 戦場において判断が遅い奴から死ぬのは自明で、行動が遅れる輩から首が飛ぶのは道理。

 故に玖来 烈火は悩まない。悩んでいては死んでしまうから。悩んでる間に致命に至るから。

 彼はそういう状況に幾度も幾度も追い込まれ、死に掛ける経験を繰り返していた。走馬灯に慣れるほどに死に親む、そういう鍛錬を課せられていた。実の祖父に、成せねば死ぬぞと殺されかけた。一応信頼があっての行動だが、過激過ぎるジジイである。信頼はなにをしてもよいという免罪符ではない。烈火が嫌うのも当然だ。

 そうして形成された人格――後天的な異常者。

 それすなわち、悩まないということ。ひとつを定めると、悩まず決意し実行する。まるで機械のように。まるでロボットのように。それが烈火、不悩の者、不悩者。我悩まず。

 七人の異常者がひとり、最後の異常者――玖来 烈火、その異常性は『不悩(フノウ)』。

 迷わず惑わず悩まない。そんな『不悩』の機械である。








「なんかあっさり決着つきましたね」

「ま、殺し合いなんてそんなもんだ。死ねばそこで終わりなんだからよ。特に接近戦はな」

「漫画とかだと長くなったりしません?」

「そりゃ漫画の中だと、なんか命が分厚いんだよ」


 戦闘中は息を呑んで観戦していた七であったが、終わりを見計らって傍に寄る。少しだけ心配そうな目をしつつも、言葉はいつものように遊びに溢れる。悪戯心が光っている。


「そうですか。時に玖来さん」

「なんだよ、割と精神的に疲れてるんだが」

「玖来さんって、実はあんまり強くないですね」

「……あ?」


 座った姿勢から七を見上げる目は、割と真面目に剣呑だ。今直前に殺し合いを生き抜いた人間に弱い発言は聞き捨てならない。結構がんばったんだけど?


「いや、師範代だとかなんとか自慢していた割には、その、普通だなぁって」

「いやいやいや、魔物倒したじゃん。神様スキルもなしで、真正面から、無傷で!」

「相手はCランクの魔物ですし。それくらいベテランの討伐者なら普通です」

「そんな専業さんと比較すんな!」


 突っ込む一方であぁ、そういうことかとも烈火は納得する。

 確かにこの世界で常に魔物と戦う討伐者はもっともっと強いのだろう。強くなければ生き残れない。その基準から見れば、最近やって来た烈火はまだまだ未熟で正しい。『不知』などの神様スキルを使って、ようやく上位陣と戦えるかもしれないレベルではなかろうか。

 また、そもそもそれ以前に魔物との戦いになんて慣れないし、拙くたって当然だ。烈火の修得したのは武術であり、武術とは人を敵と想定して打倒を目的とした技術である。魔物化け物怪物なんて想定外の考慮外、専門外も甚だしい。つまりが、身に着けた技能の適性が外れているのだ、盛大に。

 前提が違う。用途が違う。目的が違う。比較すら本来はおかしなこと。なのに戦闘という行為だけは共通するから、そこで見誤る。誤解する。ジャンルも違うのにできると勘違いされる。

 烈火は武道の輩であり、人を倒すことを根底にした剣士。この世界の、魔物を倒すことを本懐とした討伐者らとは、違うのだ。よって魔物との戦いは容易になせない。狩るだなんて上から目線では言えず、真っ向やりあい辛勝が関の山。今回のように。


「まぁ、言い訳だけど……」


 それでも別に、こうも思う。

 戦闘という分野では一致する。ならば応用してみせろよと、そう言われればその通りだと思う。それができない未熟者であるから、烈火は駄目なのだ。ここで今までの経験値を全て利用し転換し、魔物との戦闘を上手いことこなせる器用さがあれば、七に嘆息されることもなかっただろう。

 ――あれ、おれの全力弱すぎ?

 なんかこう、異世界トリップ話にしては、弱くないか。

 こう、普通もっと圧倒的に強いよね? なんかチートオブチートな感じで最初からそこらの雑魚なんか目じゃないはずだよね。なんでおれは雑魚と命のやり取りをして辛勝してるんだよ。

 七も基準がそれなのか、それともこの世界のトップレベル基準なのか。どちらにしても結構マジで落胆している。


「えー、でも自分はこんな力望んでいなかったんだー、的な中二溢れること言ってたじゃないですか。自分の才能が怖いぜ、的なノリでしたよね、あれ」

「ちがっ、違うわ! 誰がそんな痛々しいことを言うか! 意訳しすぎだろーが!」


 近いことは言ったけど! けど!

 実は玖来 烈火、未だに中二病罹患中なのかもしれない。そう思うと、謎の震えがやってくる。おおう、この先は考えてはいかんな。

 方向修正、路線変更、まったく常識的な風情で言う。


「というかな、七ちゃん。人間ひとりには限度ってものがあるんだよ。どれだけ強くたってそんな凄いことにはならないんだ普通」


 まあ、魔法とかよくわからん要素が混じるとどうなるのかはわからないが。地球人の観点でしか語れないが。

 七は呆れ目で言う。そんなことは神視点の私のほうが知っていますと言わんばかりに。


「だったら仲間でも作ればいいじゃないですか、なんでひとりでいるんですか玖来さん。ボッチですか」

「あー……おれは異邦人だしな、あんまりこっちの世界の人間と関係を持つのってどうなのかなぁ」

「そんなこと気にしてたんですか。よくわからないところで繊細なこと言い出しますね」

「どうせ別れがわかった仲で仲良くするのもアレだし」


 これは言い訳だけど。言い訳と自覚があって言っているけれど。ちょっと落ちこみ風情の烈火である。

 何故にここで落ち込むのでしょう、七はかくんと首を傾げつつもテンション上げろと冗句を続けてみる。


「さよならだけが人生じゃないですか」

「花に嵐のたとえもあるぞ、のがカッコイイと思う」

「私が言いたい意味は同じですので、そちらでもいいですけど」


 話をさりげなく逸らそうとする烈火に、七はふむとそれ以上の追及をやめることにした。なんかこの件に関してはあまり考えたくないらしい。気落ちした烈火など、見ていてなにも面白くない。

 というわけで、話を戻そう。そっちのほうが面白い。

 

「それにしても玖来さん、ワイヤーとか凄い中二っぽいですよね。あ、ワイヤーじゃなくて鋼糸ですか? それとも鋼糸鉄線?」

「なんでもいいわ。あ、いや、けど、後者ふたつだと凄いなんか切断とかしそうで勘違いするな」

「ワイヤーも似たようなものだと思いますけど。というか切断できないんですか?」

「できるかっ! そもそもそんな鋭利なワイヤーあんのか? あったとしても使ったら危ないだろ……」


 フィクションとノンフィクションをゴッチャにしてはいけない。いかにフィクションをノンフィクションに落とし込んでロマンを追求するかが重要で、丸きりフィクションにはなりえない。だからこそ追いかける意義があるのである。

 烈火の理屈は実に意味不明に冷静で、そこはかとなく阿呆だった。

 七はそれを踏まえてじゃあと言う。


「じゃあワイヤー飛ばして首絞めたり、ワイヤー飛ばしてびゅんびゅん移動したりできないんですか?」

「いや、首絞めくらいはできるけど、相手が化け物じゃあなぁ。そんなのするくらいならブッ刺したほうが早いだろ」

「……本当にロマンのない人ですよね、玖来さんって」

「ロマンの定義の問題だっ!」


 ところどころ現実的で、ところどころロマン派とかいう、面倒な烈火である。



 ――その後、昇格の手続きを終え、烈火は滞りなくBランク討伐者になった。











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