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私の記憶  作者: あいら
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生き残り

そこは八畳位の和室で十二人の人間が息を潜めていた。正面には縁側があるのかもしれないが障子は締め切られているから外の景色は伺えない。

入って左側は襖で隣の部屋と続いていそうだけど、今は締め切られてる。右側は壁で出入りはできそうにない。

小さな写りの悪いモニター画面が一台障子の手前に鎮座している。大昔に使われていた箱型のモニター機器だ。骨董品にもほどがある。

と、なぜか私は思った。理由はやっぱりわからない。

そうして、ざっと室内を見回した私に最初に顔をのぞかせた人が話し掛けてきた。

「まったく、どうしてあんな所うろついていたのさ。外にいるのがチラッと見えたから助けたけど。自殺願望者なわけ?」

そういいながら、面倒そうに髪を掻き揚げる女性。

「おい、入れて大丈夫なのか?奴等姿形は変わらないんだぞ。本当に人間かわかったもんじゃない。うまく化けてたらどうする!」

女性の横にいてさっきから私にビシバシと冷たい視線をくれてくれてる男性が言った。

「大丈夫さ。奴等は足音を立てない。それに、驚いた表情をしない。ただ笑って人間を騙して食い散らかす。」

そう言いながら、女性は畳に座った。私が安全圏なのがわかったからかもしれない。女性の横にいた男性も女性の言い分に渋々納得したようで座った。ただ、お前は信用できないと視線で私に訴えかけては来るけど。

「ま、事情はいいさ。おめでとう、生き残れて。自己紹介が遅れたね、私はリンだ。こいつはショウジ。ま、こんな状況だ。警戒するのもしょうがない、許してやって。」

リン、と名乗った女性は人のいい笑顔で挨拶をした後、苦笑いしながら先ほどの男性のことをショウジと紹介した。

「私は…ごめんなさい。何もわからないの。どうして此処にいるかも。自分が誰かも。」

そう言いながら空いているスペースに腰掛ける。警戒し続けるには限界があり精神的にも体力的にも疲れていた。座ったことでふぅとため息が自然に出てしまう。

「…そうかい。相当ショックな出来事があったんだね。それで一時的に記憶喪失になっているんじゃないかい?詳しくは私も医者じゃないからわからないけどさ。」

私の言葉を聴いて周りの人たちは同情の視線を向けてくる。ショウジも先ほどの視線とは打って変わった。

何が原因か皆にはすぐに見当が付いたらしい。わかってないのは自分だけというのが少し気に入らなかったが仕方がない。

「はぁ、何もかもがわからなさ過ぎてとりあえずこの建物に逃げたんです。何となく奴等に見つかるのはまずいと思って。」

感じたことを素直に話すと皆も口々に、逃げ切れてよかっただとか、幸運だったねとか言い出す。

「記憶はなくとも本能で危険を察知したのかね。こんなになってでも生きたい…人間の生存本能には驚かされるね。」

しみじみとリンが言う横でショウジが暗い顔をしていた。

「さ、お終い。嘆いても状況は変わんないからね。話は変わるけど、状況説明しといたほうがいざと言う時あんたも逃げやすいだろ?」

その言葉を待っていましたと言わんばかりに私はぶんぶんと首を立てに振った。

「簡単に説明すると、今この国は二つの生物で争ってる。私達の様な“人間”と、あんたもさっき見たと思うが人間を捕食している“ヘレティック”と呼ばれる他種生命体。こいつ等は本当にずる賢い。見た目も人間と変わらない上に人語を話せる。仲間同士では話さないみたいだけどね。食事をしだしたら本性が現れる。硬化したどす黒い肌に真っ赤な目。人を襲いやすいように爪は鋭く伸びて歯も鋭くなる。見分けは、さっきも言ったけど、足音がしないんだ。歩いているように見えるけどね。何故かは知らない。あと、表情もよく見たらわかる。常に笑ってるんだ。こんな状況で。表情を変えない。笑うしか奴等は出来ないみたいだよ。その似非ら笑いに皆騙されるんだ。奴等は挙って造形美がいいからね。」

ふむふむと私が頭に記憶をしていると、ショウジの後ろにいた男性が話し出した。ショウジより若い男性は見るから頼りなさそう。

「一度表情見ればわかるようになるよ。あんなおぞましい表情人間には出来ないかね。でも、大抵の人間はその場で殺されて食べられちゃうからわからないけど。」

そう締めくくると周りの人間に、ね?と話す。他の皆も頷いているので此処にいる人間は数少ない体験者だろうか。

「あと、あんたが来たのが三階でよかったよ。一回の奥は厨房なんだけど壊されてるから。二階も全滅。物音しなかっただろう?四階は天井がぶっ飛んでてシールドが張れないから隠れられない。此処は唯一シールド機能がまだ残ってた安全地帯なんだよ。この奥の間は話声はするけど、たぶん劣りさ。隠れている人間を炙り出そうとしてるんだろう。」

そう言いながらコンコンと床を叩くリン。シールド機能についてわからなかったがだぶんこの部屋だけに何か仕掛けがあるのだろう。でなければ当の昔に皆全滅しているはずだから。

仕組みについてはよくわからないがとりあえず納得しておいた。どうせ聞いてもわからないし。

「ここが安全なのはわかった。でも、いつまでも持つとは限らないよね?それに、食料だって調達しなきゃだし。」

皆がどのくらい此処にいるかは知らないが食べ物がなければ篭城など到底無理だ。狩られる前に餓死で結局死んでしまう。

そのくらいわかっていると言いたげに少しむっとした表情のショウジを視線で制してリンが答えた。

「いつまで持つかは正直わからない。明日かもしれないし、明後日かもしれない。見つからないのを祈るばかりだよ。それより問題は食料の方さ。向かいの部屋に冷蔵庫があるからそこから拝借してるけど無限にあるわけじゃないからね。この人数を養うには精々数日持てばいい方だろう。」

言いながら障子の向こう側を見つめるリン。

その先に見ているものは皆同じで、きっと張り詰めたい糸の上を目隠しで綱渡りしている様な感覚。いつまで自分の命が続くかわからない不安に押しつぶされないように必死なのが見て取れた。

私だって死にたいわけじゃない。でも、記憶がない分この状況に対してどこか他人事のように感じてしまう。映画を見ているようなそんな感覚。まだ、私自身奴等に直接遭遇していないからかもしれない。

そんなことを考えていると、グゥ~と勢いよく腹の虫が鳴った。一瞬誰かわからなかったがどうやら私の腹の虫らしい。

食事をいつしたのかさえ今の自分にはわからないのだから腹の空き具合なんてわかるはずもないし、考えている余裕がなかったのだから仕方がない。一斉に見られて注目の的になってしまった私は耳が熱くなるのを感じた。

「な、なんかおなか空いてたみたい。いつ食べたとかわかんなくて…。食べ物は向かいの部屋に行けばいいの?」

私にだって一端の羞恥心ぐらいある。鳴ってしまった腹を押さえながら少しでも早くこの場から立ち去りたかった。

「ああ。原則自分が食べる分だけ取ってくるんだよ。後のことを考えて欲張り過ぎないように。」

リンが立ち上がりながら説明する。その後ろに金魚の糞…もとい、護衛の様にショウジが付いてくる。私も二人の横に並び襖の前に立った。

「いいかい?此処から一歩出れば奴等のテリトリーだからね。食料だけとったらすぐ戻ってきな。あんまり長居してるとばれちまうよ。」

その言葉を合図に、襖がさっと開く。三人で廊下をザッと見渡す限り何かがいる気配は感じられない。リンとアイコンタクトをしてから私は部屋から出た。

廊下を横切って台所へ侵入するのは簡単だった。しかし、そこに何もいないとは限らない。私は入ってすぐ物陰に隠れて様子を伺った。

…とりあえず何も気配がないとわかり一目散に冷蔵庫に走る。

業務用の大きな冷蔵庫は上下二段式なのか扉が四つある。これまた旧式だなと思いながら、なぜそんなことがわかるのかは置いといて。

早速上の段から開けていく。その間もチラチラと後ろの確認を忘れない。ざっと見たところ、上の段には加工食品があり、下の段には菓子やパン、飲み物などが入っている。それらの量を見てリンの話を思い出す。なるほど、これでは数日しか持たないだろう。そんなことを思いながら私はチーズに、ハム、パンにジュースを手早く取ると扉を閉め来た道を戻った。

「リン!」

小さな声で襖の前で言うとさっと襖が開き部屋に飛び込んだ。

「ふぅ、大丈夫だった?つけられたりしてないかな。」

私は取って来た食料たちを抱えながら外の様子を警戒するリンとショウジに聞いた。

「…うん、大丈夫そう。ちゃんと取ってこれたかい?」

リンもショウジも安全と判断したのだろう。座っていた位置に戻った。それを見た私もやっと腰をおろし早めの夕食を食べることが出来た。

「皆はこれからどうするつもりなの?」

食事も終え、する事がなくなった私はモニターを弄っているリンとショウジに近寄り話しかけた。ショウジはあからさまに邪魔そうな顔をしてきたがリンは何も言わなかったのでそのまま二人の横にい続けることにする。

「…そろそろ決めないととは思ってる。食料ももたないし。かと言って当てもないからさ。此処から出てどうすればいいかなんて私にもわからないよ。このモニターが映りさえすれば何かわかるんだろうけどさ。」

そう言いながらモニターの裏の配線を弄ってみるが何も変化せず、ただ砂嵐を映すだけだ。

「そか。ごめん、色々あって疲れちゃった。先に寝てもいい?」

どうせ私がいても出来ることはないし、素直に休みたいことを伝えるとショウジがまた睨みつけてきたが、リンが手で制してくれた。

「記憶がないぶん、人より疲れているだろうからね。いつから起きているかわからないし。本当は二人一組で二時間交代で見張りをしているけど、今日は見張りの役は外しておくからゆっくり休めばいいよ。」

おやすみ、とリンが手を上げるのに私も手を上げた。

「ありがとう、助かる。おやすみなさい。」

二人の元を離れて適度に空いた床に転がる。もちろん、毛布や敷物などない。床に雑魚寝だが寝れる環境なだけマシだろう。

まだ誰も横になっている人はいなかったがそんなことはお構いなしだ。以前の記憶がないから程度はわからないが、体は疲れ果てていた。そんな状況で横になればすぐさま睡魔が襲ってくるのはしょうがないだろう。重くなった瞼に抗うことなく私は深く沈んでいく意識を手放した。


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