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遥に呼び出された二人が生徒指導室に入ると、籠目署の刑事が待っていた。セイラである。
狭い部屋に簡易なテーブルと向かい合わせに置かれたパイプ椅子。そして刑事。
「まるで取調室ね。懐かしいわ」
「もうあんなことは二度とごめんよ」
取り調べた方が顔をしかめる。
「絶好調じゃない。もう九割の票が入るって?」
窓際に立つ遥が苦笑しながら話題を変える。
「九割って数字は始めて聞いたわ。遥ちゃんの票はどこにいったの?」
「誰かが、対象を生徒に限定するよう動いたらしわ」
「それが私に流れたのね。遥ちゃんのおこぼれをもらうなんて、ちょっと嫌だわ」
「贅沢言わないの」
「なんで先生がそこまで知ってるんですか?」
「教師の情報網を舐めないでよ」
「生徒の動きはばっちり監視しているしね」
得意な顔をした遥はすぐにやり込められる。
「それで、セイラさんはなんでこんなところで油を売っているの?忙しい私達に仕事を振るだけ振っておいて何の連絡もしてこないずぼらな刑事さんは」
「いや、それはまぁ……」
「今日はその報告に来たのよ。校長先生への説明は終わったから、あなた達にも説明しておきたいって」
遥がフォローする。
「後回しなの?」ナナは不満そうだ。
「いたずらだったんじゃないですか?」
ルリはある程度の確信を持って訊いた。
「な、なんで分かったの?」
セイラは目を丸くする。
「紙とペンありますか?」
遥から紙とペンを受けとる。
「この間の文書って、本当はこう書いたあったんじゃないですか」
がごめ祭を
爆破する
いさぎ死ぬ
附喪神と共に
闘おー
「ええ、そうよ」
セイラは顔をひくつかせる。
「どういうこと?」
「ひらがなにして、それぞれの行の最初の文字を縦に読むんだ」
「がばいつた……、がばいったーか!」
「そう。パソコンがウイルスに犯されている可能性があるって言ってましたけど、その家には中二の子でもいたんじゃないですか?」
「小五の息子がいたずらで書き込んだらしいわ。いつから分かってたの?」
「あの日の夜、ふと思いついたんです。犯行予告で打ち間違いをするなんて不自然だなって考えてたら、がばいったーかって。連絡があったら話そうと思ってたんですけど」
がっくりと肩を落とすセイラの傍らで、ナナは声を弾ませる。
「とりあえず、これで無事に籠目祭を迎えられるってことね。良かった。セイラさんも絶対遊びに来てね」
心の底からの極上の笑顔に、落ち込んでいたセイラも癒される。
そんな優しい時間を、轟音と振動が打ち壊した。
悲鳴を上げてしゃがみこんだナナをルリがすぐに庇う。セイラが部屋の外に飛び出すと、廊下は右往左往する人達でいっぱいだった。
「校庭へ避難しなさい」
よく通る大きな声で叫ぶ。その言葉に教師達も我に帰り、生徒を誘導し始める。
「あなた達も早く」
言い残して走っていく。
人並みにもまれながら三人が校庭に出ると、モクモクと上がる黒煙が見えた。消防車のサイレンが近づいてくるのが分かる。
「いたずらだったんじゃないの?」
ナナは力なく呟いたが、その時には誰もその疑問に答えられなかった。
消防隊の活躍により、火事は一時間ほどで消し止められた。幸い学校に被害は無かった。セイラからの連絡によれば、学校から一筋向こうの家でガス爆発があったらしい。自宅の一角を改造して工房にしていたとのことだった。
ほどなくして校内放送がかかった。籠目祭は予定通りに行う。火災現場には近づかないようにとのことだった。
胸を撫で下ろしながらクラスメイト達と教室に戻ったナナは、ショッキングな物を発見した。
「なによこれ」
叫ぶ麻友を先頭にクラスメイト達は足早にそれに近づいていったが、ナナは教室の入り口から一歩も動けなかった。みんなに取り囲まれ、それはもう見えない。しかしナナの頭にはくっきり刻み込まれていた。
ボロボロに破壊された井戸の姿が。
「大丈夫か?」
ルリが背後からナナを支える。
「ええ……」
そう答えるが、体は小刻みに震えている。
「ナナ。どうする?」
クラスメイト達の視線がナナに集まっていた。
「……井戸は?」
「応急処置はできるけど、完全に治すのは無理だな」
井戸製作スタッフの一人が答える。
「徹夜すればなんとかなるだろ」
「すればな……、するかっ!」
「するしかないだろ!」
「俺も手伝うぜ」「俺も!」「俺も!」
「もういいわ」
盛り上がる男子達をナナの一言が鎮める。なにかを悟ったような穏やかな表情を見せる。
「これまでありがとう。本当に素敵な井戸だったわ。あの中から出てこられなかったのは残念だけど、私はあの力作の姿は覚えているし、皆が頑張ってくれたことも覚えてる。だからいいの。気持ちは嬉しいけど、今から修理するって言うのは違う気がするの。それに、それじゃ犯人の想定の範囲内よ」
「そうだ、犯人は誰なんだっ!」
「それは分かってるわ。ここまでやる人だとは思わなかったけど、それは私の甘さね。ごめんなさい」
唇を噛んで皆を見回す。
「私は私のやり方で犯人を叩き潰すわ。だからお願い、もう少しだけ力を貸して」
「あったり前でしょ」
麻友がぐっと親指を立てる。クラスメイト達も次々とそれに習う。
「一Aの力を見せ付けるぞ」
野太い声が響く。
「おー」
全員がサムアップした拳を突き上げたところで、声の主に視線が向けられる。荒金勇太郎はやりきった感を放出していた。
「お前は委員長のくせに何にも手伝ってないだろうが!」
男子が勇太郎をボコボコにし始め、女子は周りから声援を送る。一年A組はあっという間に活気を取り戻した。
ナナは電話をかけながらルリに笑顔を見せる。
「さあ、祭を始めるわよ」