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ナナは忙しく動き回り、ルリはその後を付いて回る。
次の日の放課後は、メールで麻友に呼び出された。
籠目祭が間近に迫り、生徒達がその準備に駆けずり回っている校内では、ゆっくりと話をできる場所は無かった。学校近くの公園で合流した。
「KGBのことだけど……、」
麻友がすぐに切り出す。彼女も忙しいのだ。
「籠目祭に関する悪い噂だっけ、はなかった。強いて言えば、サボって遊びに行こうって相談ぐらい」
「なら問題ないわね」
「そうでもない。この二、三日はちょっと問題ありね」
険しい顔で言う。
「なにがあったの?」
「ナナが元凶じゃない。あの動画から火がついて、荒れに荒れまくってるわ」
「荒れるような内容か?」ルリが訊く。
「内容じゃない。一年A組は卑怯とかあくどいって言われてる」
「でも、動画は皆真似してるじゃない」
「映画部に頼んだのはずるいってケチをつけてる人もいる。そんなのは大した問題じゃないんだけど、タイミングが悪かったわね。委員会で籠目賞が決まった夜にアップしたじゃん。情報がリークされてたんじゃないかって言ってる奴がいる」
「それは委員会が反論するべきでしょ」
「裏サイトで委員会が公式に発言したりするわけないじゃない。委員会を名乗ってなんか言っている奴もいるけど、本当に委員会のメンバーかなんて分からない」
「なら、放置だな」
「そうだね。もう、誰が誰だか分かんない連中が議論してるし。後は、ミス籠目の候補からナナが外されそうになってたんだけど、実行委員長の一存で……、ミス籠目は知ってる?」
「ええ。その顛末も知ってるわ」
「なんだ、知ってるじゃん。で、実行委員長はナナに誑かされたんじゃないかって、役職を下ろすべきだって言われてる」
「誰なのかも知らないわ」
ナナは面倒くさそうな顔で言う。
「だと思った。とにかく、そんな意見が出る一方で、ナナを擁護する親衛隊みたいな連中もいっぱいいて反撃してるし他の色んなことも巻き込んで、すっごいごちゃごちゃして訳分かんなくなってる」
「分かったわ。ありがとう」
「い、いや別に、大したことじゃないよ……」
ナナの笑みに、麻友は顔を赤くして照れる。
「さて、どうしようかしら」
「さっきも言ったが、放置だ」
ナナの問いにルリが即座に言い切る。
「荒れ始めたらどうにかしようたってどうにもならない。お前が出て行ったら火に油を注ぐようなもんだ。ネット上で騒いでいるだけで実害が無いなら、放っておくしかない。それに、ナナや私達を攻撃しているのは、一部の人間だけだろう」
「そうそう。色んな名前を使ったり、文体を変えたりしてるけど、そんな感じがする。なんか変なのよ」
「そう。……三年の柏木さんに関する書き込みはある?」
「どうかな。見た気もするけど覚えてない。……あの人が黒幕なの?」
麻友は閃いたという表情をする。
「証拠はないわ」
ナナは薄く笑う。
麻友の携帯電話にメールが着信した。困惑しながらその内容を伝える。
「F組に本物のメイドが出たんだって」
「本物のメイドってなんだ?」
「分かんないけど、あそこはメイド喫茶をやるはずだけど……。分かんないけど、とりあえず行ってみる」
「後から行くわ」
二人はパタパタと駆けていく麻友の姿が見えなくなってから、歩き始めた。
「爆破の話はガセだったってことかしら。セイラさんから連絡はあった?」
「ない」
「私達に仕事を頼んでフォローもしないなんて、いい根性しているわ。さすが万年二位刑事ね」
「それは言ってやるな。連絡が無いってことは大きな問題になりそうにもないってことだろう。KGBを荒らしているのは柏木先輩だろうな」
「でしょうね」
ナナはふふんと鼻で笑う。
「それより、メイドが来たということに若干の不安があるんだけど」
「なんだ?」
「カッチンが分からないということは大丈夫なのかしら?とにかく、言ってみればはっきりするわ」
一年F組の前にいる者を見て、ナナは顔をしかめた。予感が的中したのだ。
「あの子、苦手なのよね」
「お前にも苦手なものがあるんだな」
「当たり前でしょ」
一年E組の教室の前の廊下には、色とりどりのメイド服を着た女子が一列に並んでいる。右端にいる黒いメイド服を着た少女の号令に、他のメイド達が続く。
「お帰りなさいませご主人様」
「お帰りなさいませご主人様」
「お帰りなさいませお嬢様」
「お帰りなさいませお嬢様」
一斉に頭を下げる光景はなかなかに圧巻である。しかし黒メイドは気に入らないらしく、大きな声を上げる。
「駄目駄目、頭を下げるんじゃないんだって。腰から上半身を曲げるの。手はおへその下で合わせたまま。はい、お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ」
「いいわよ。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
廊下の前には野次馬が詰めかけ、ひどい混雑になっていた。携帯電話やスマホで撮影しまくっている者もいる。
その場を離れようとした二人だったが、その前に黒メイドに見つかった。
「ちょっと休憩。ルリちゃん、ナナちゃん、やっほー」
ぶんぶんと手を振りながら、小さい身体で野次馬を力強く掻き分けて来るので足を止めた。
「久しぶりだな」
「そうだね。ナナちゃんも元気?」
「お蔭様で。こんなところで何をやってるの?」
黒メイドの正体は蒲谷則子、ルリの小学校時代の友人である。中学校を卒業した後は進学せず、真のメイドになるべく修行にはげんでいる。
夏休みに、渋谷をメイド服でうろうろした挙句にストーカーに追いかけられていたところを、偶然に二人が助けた。
「マキちゃんに頼まれてメイドの特訓をしているの。マキちゃん覚えてる?」
「……ああ」
小さく手を振ってくる赤メイドに、ルリは微妙な表情で手を振り返した。
「部外者がメイド指導なんてして大丈夫なの?」
微妙な顔をしながらナナが尋ねる。
「大丈夫。先生の許可もちゃんともらってるし」
教室のドアから覗いているのっぺりとした顔を見て納得する。
「F組の担任は麿か。だったら、メイド喫茶好きだから仕方ないか」
「あ、そうなの?」
「噂だけどな」
「じゃあ後で宣伝しとかなくっちゃ」
「止めてあげて……。まだメイド喫茶で働いてるの?」
「今度は大丈夫なとこだよ。安心して遊びに来て。ちゃんと家政婦の仕事もしてるし。今はね、家政婦が週三でメイド喫茶が週四なの。それで最近お手伝いに行っている家って言うのが……」
「あなたの近況報告はいいから。特訓の途中なんでしょ」
ナナは則子をぐいと押しやる。
「そうだった。始めるよー」
則子は元気に戻っていく。
「本当に苦手なんだな」
げんなりした表情のナナを見てルリが言う。
「あの子を呼ぶことになったのが、最近の流れからだとすれば、ちょっと頑張り過ぎたというところかしら」
「なにかもうまくいくなんてありえない」
「そうね。でも、思い通りに焦ってくれている人もいるみたい」
ほくそ笑むナナの視線の先には野次馬に加わった柏木と園芸部一行の姿があった。
柏木はナナ達に気がついているようであったが、視線を合わせようとはしなかった。ナナはほくそ笑みながら立ち去る。
「さて、強力なライバルもできたようだし、私達も頑張りましょう。明日の打ち合わせをしなくっちゃ」
明日、土曜日には問屋街に駄菓子の買出しに行くことになっていた。ナナは嬉々として立候補し、必然的にルリもメンバーに加えられている。
「すっごい不安。ちゃんと買ってきてよね」
二人の後を追ってきた麻友が釘を刺す。彼女は家庭の都合で明日は参加しない。
「大丈夫よ。五條君だっているし」
「ナナがいないなら安心して任せられるんだけど」
ナナと麻友がじゃれあっている後ろで、ルリは視線を感じて立ち止まり、振り返った。
じっとこちらを見ていた柏木と目が合ったが、すぐに逸らされた。
「ふん」
ルリは気合を入れ、ある決心を固めた。