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夜半に降り始めた雨のために、翌日はぐっと気温が下がった。秋の訪れを感じる雨の中を、籠目高校の生徒が登校してくる。すでに小降りになっており、傘を差していない生徒の姿も見られる。
バス通学の湯川麻友は、普段はバスの中で会った友人と話しながら登校するのだが、雨のためか非常に混んでいた車内は、とてもおしゃべりができるような状況ではなかった。バスから吐き出された生徒の波に押されるように歩くと、一分ほどで校門に着く。
一人で校門をくぐるのは彼女にしては珍しいことだ。しかしそのことに特に思い悩むこともなく、校内に入る。
それと同時に携帯電話が震えた。メールではなく電話だ。画面を開くと表示されていたのは意外な名前だった。周囲を見回しながら耳に当てる。
「おはよう。用務員室にいるからすぐに来て」
ナナはそれだけ言うと、一方的に電話を切った。用務員室を見ると窓に人影が映っているが、それが人騒がせな超絶美少女なのかは分からなかった。しかし、行かない、という選択肢はない。
「おはよう」
麻友が用務員室に入ると、挨拶が二人分返ってきた。畳間に座っていたルリは、読んでいた本を鞄に片付ける。一方、窓際にいるナナは麻友を手招きした。
「かわいいカーディガンね。よく似合ってるわ」
麻友は下ろしたての白いカーディガンを制服の白いブラウスの上に着ていた。なお、ナナとルリは黒のベストを着て来ていた。
「あ、あ、ありがと」
麻友は照れるが、ナナはすぐに次の話題に移る。
「あの二人って付き合っているの?」
窓の外の指差された先にいる登校してきた男女は、同じクラスの渡部美優と庄子将治だった。
「そうよ、三日前からだけどね。ミーユは水泳部だからシーズンが終わって練習がなくなって、籠目祭の手伝いに来てくれるようになったんだけど、そうしたらあっという間にくっついちゃった」
「だから初々しいのね」
楽しそうに眺めているナナに麻友はあきれる。
「彼氏が欲しいなら作ればいいじゃない」
「いらないからいないのよ」
さらりと答える。
「まぁ、そうなんでしょうけど」
「麻友はうらやましくないの?」
「うらやましい……かもしれないけど、だからと言って無理に欲しいってこともないな」
「好きな人はいるの?」
「時間はあまりないぞ」
ルリが低い声で指摘する。
「そう言えばナナ達がこんな時間に来ているなんて珍しいわね」
麻友は余裕を持って登校しているが、二人はいつも始業のベルが鳴るギリギリに教室に入ってくる。
「聞きたいことがあるの。好きな人のこと以外にね。そうね……、籠目祭について、噂を聞いてない?」
「噂?どんな?」
「否定的なもの。無ければいいのにとか、面倒くさいとか」
「話としては聞かないけど、KGBではそんなことを呟いている連中もいるね。意味が無いとか、絶対にさぼるとか」
KGBとはいわゆる学校裏サイト、学校の公式サイトとは別に、生徒間の交流や情報交換を目的に立ち上げられた非公式なサイトだ。
籠目高校では、籠目板、通称KGBと呼ばれている。
「ああ、やっぱりKGBではそういう書き込みもあるのね」
「なにか調べてるの?自分で見てみればいいじゃん。まさかパスを知らないの」
「好きじゃないの。できれば見たくないわ」
ナナはつまらなそうに言う。
「確かに見ないほうが良いかもね。今でもナナに関するスレだけで三本ぐらい立ってたんじゃないかな」
麻友は携帯電話を取り出して、キーを叩く。
「私のことは良いのよ。籠目祭のこと」
「籠目祭に関するスレも何本か立ってるみたいだけど……、私もそんなに使っているわけじゃないし、どうせなら詳しい子に聞いたほうがいいんじゃない?」
「詳しいのって、加奈やちなつ?」
「よく知ってるわね」
「いつも携帯見ながらにやにやしているもの。駄目よ、あの手の子には頼れないわ。KGBを見てはいるけど、微妙な距離感を持っている、客観的な視点で見られる人が良いの。麻友なら、その条件に合致していると思うんだけど」
「・・・・・・それって褒めてる?べっつに良いけど、理由ぐらいは教えてよ」
「今はまだ駄目。話すことによって先入観を持って欲しくないの。頼みたいのはKGBに籠目祭に関する否定的な意見が書いていないか。だるいとか、行きたくないとか、腑抜けた書き込みは外していいわ。もっと過激な書き込みがないかを教えて欲しいの」
「過激って、例えばどんなの」
「麻友ならそれぐらい分かるでしょ」
「それってずるいじゃん」
「お願いできないの?」
「できるけどっ」
自棄っぱちに了承する。
「でも、ひとつだけ確認させて。ナナは……」
「籠目祭を成功させるためよ。私は転校が多かったから、中学校の文化祭にまともに参加したことがなかったの。だから始めてまともに参加できる籠目祭がとっても楽しみなの」
「最初っからそう言えば良いのよ」
麻友は顔を真っ赤にさせながら怒って見せる。
「やってあげる。じゃ、もう予鈴なるし、先に教室に行ってるから」
そう言ってバタバタと足音を立てながら、用務員室から出て行った。
「悪い奴め」
ずっと座ったまま黙っていたルリが言う。
「あら、本心よ」
「だからタチが悪い」
二人が廊下へ出ると、背中を壁にもたらせて遥が待っていた。
「あら、おはよう」
ナナがぱっと笑顔を浮かべて挨拶する。
「おはようございます」
「おはよう。さて、湯川さんを連れ込んで何をしていたか教えてもらえるかしら」
ナナはちらっと廊下を観察して、すぐに目的のもの、監視カメラを見つけた。
「見られてたのね。なんでもないわ。籠目祭に向けての打ち合わせよ」
「若いころからそんな物の言い方をするのは止めたほうがいいわよ」
「……注意するわ。ありがとう」
ナナが珍しく神妙に答える。
「何かあるなら先生に相談しなさい。私でも良いし、紅林先生でも良い。阿久津さんも、ちゃんとこの子をコントロールしなさい」
「できるわけないじゃないですか」
珍しくルリが教師に対して反論する。
「あなた以外の誰がするのよ。さて、時間もないし本題に入るわ。盗撮騒ぎの時、更衣室に落ちていたスマホのことを覚えてる?」
先週、女子更衣室にビデオカメラが仕掛けられているのを遥が発見した。一年A組の体育の授業の後に見つかったことから、ナナを狙った盗撮ではないかと三人で捜査した結果、麻友が犯人であることが判明した。ただその目的はナナではなく、お化け屋敷喫茶を盛り上げるために学校七不思議の一つを撮影するためであったため、内々で処理し、大事にはならなかった。
その時、持ち主不明のスマートフォンが更衣室の床に転がっていたのだ。
「持ち主が分かったわ。三年E組の住浅紫音」
二人は知らないと首を振る。
「返却する前に中をちょっと覗いたの。そうしたらなんと、更衣室の様子を録画していた動画が出てきたわ」
「また盗撮?」
「今度は本当の盗撮よ」
「偶然スイッチが入ったんじゃないんですか?」
「セットしているところが写っていたわ。何かを撮影するために置いていったのよ。結局写っていたのは肥川さん達がいちゃつこうとしていたところだけだったけど。床に落とされたところで、録画は止まってたわ」
「何を撮ろうとしていたのか……?」
ルリは答えが分かっていて、あえて声に出して言ってみる。有力候補者は薄く笑う。
「フフフ。ねぇ遥ちゃん、三年の柏木さんもE組かしら?」
「そうよ」
遥は意外そうに答える。
「じゃあ、住浅さんも手芸部?」
「そうよ。知っていたの?」
「いいえ。でも、柏木さんはそういうことをする人じゃないかとは思ってた。遥ちゃんこそ知っていたのね」
「ミス籠目のこと?そりゃ、男子があれだけ騒いでいれば分かるわよ。毎年の恒例行事だし、先生達も見て見ぬふりよ」
「遥ちゃんも去年何かされたの?」
「特に。教師に優勝をさらわれるなんて思っていなかったんじゃない?授業も持っていなかったし。でも、後で教頭には怒られたわ。生徒達の楽しみで教師が優勝するのはいかがなものかって。完全に筋違いよね」
去年の怒りを思い出したのか、口調が荒くなる。
「そんなこともあったから、少し注意して彼女を見ていたのよ。あなたも気がついたように、そういうことをする子よ。しかも自分の手は汚さずに、取り巻きを使うのがうまいわ」
「あっちにこそ、若い時からそういう事するなって注意してきた方が良いんじゃないかしら」
「私だって、相手を選ぶわ」
遥は鼻を鳴らしながら言う。予鈴が鳴った。
「それじゃ、なにかあったら相談しなさいよ」
パタパタと小走りで去って行った。ナナとルリは、人の少なくなった廊下を悠々と歩く。
「どう思う?遥ちゃんは信用できるかしら?」
「どうかな。教師ごっこできる相手を見つけて、テンションがあがっているだけという見方もできるが」
「カッチンは意地悪ね」
「お前に鍛えられたんだ」
「ふふふ、感謝して。ともかく、籠目祭が終わるまでは味方でいてもらった方がいいでしょうね。遥ちゃんはそれで良いとして、柏木先輩に関しては少し牽制しておいた方が良いでしょうね」
「楽しそうだな」
「面倒ごとは嫌いよ。でも、どうせ降りかかってくるなら、楽しまなければ損じゃない」
「一部には同意する」
雨は完全に上がり、日が差してきていた。しかし天気予報によれば、今日は一日気温は上がらないらしい。




