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断りのキメラ   作者: 和銅修一
7/26

友人のヘッドホン

 七・六十三秒。

 五十メートルの自己ベストの記録だ。

 男子ならこれが普通ぐらいだろう。陸上部でもない俺だが女子になんぞ負けたことはない。

 走り方はおかしいし、まともにやる奴などいない。やっている方は楽でいいが見ているこっちは何だか腹が立つ。誰かが「なんかああゆうの見てると和むよな〜」と呟いていたがそれは言った本人も同じ種類の人間だからだ。

 俺みたいな奴らは逆も逆。何故本気を出さないのか?あの走り方はふざけてるのか? あいつ胸大きくね? 何カップだよ。

 といった具合だ。

 まあ、何が言いたいかというと俺は男なんだから足の速さで女になんて負けたくないというわけだ。テストの点で勝てないのはそういった風に出来ていると諦めているがこれだけは譲れない。

「あら、意外と速いのね。私の予想でも亀も欠伸(あくび)してしまうほど鈍足なのだとばかり思っていたのだけれどもそれは過小評価し過ぎたみたいね。ついでだから謝っておくわ加々良くん」

 声は隣から聞こえる。俺は自己ベストを上回るんじゃないかというスピードで走っているのにだ。声の主は涼しい顔をしていつものように、吐き捨てるとさらに速度を上げて軽々と俺を抜き去り、正面に立ちはだかり俺は止まることを余儀無くされた。

「ちょ、ちょっと待て!まずは落ち着いて話をしようじゃないか」

 学校からここまで走り続けて体力の限界に近かったが自然と焦りと本音が出た。

「待つって何を? 貴方の体力が回復するのをかしら? 約束を破っておいてこれ以上待たせるなんてレディーに対して失礼だと思わないのかしら」

 足が棒のようだ。立っているのがやっと。顔を伏して息を整えるのを試みるが一向に収まる気配がない。

 それでも篝火の問いに答えないというのはかなりマズイ。特に今は。

「いやそれは悪かったと思ってるよ。時は金なりって言うしな。お前を待たせたのは悪かった。次からはもうこんなことにないようにするから」

 必死に振り絞った言葉だったが響かなかったらしく、首は横に振られた。

「駄目よ。貴方とは違って私の時間は高いのだから許すわけにはいかないわ。何より貴方の顔がムカつくので許さないわ」

「後半殆ど八つ当たりだろ! つーか、なんでお前の時間だけ高いんだよ」

「人類皆平等とゆうわけではないのよ加々良くん。優れた者は優遇され、劣る者は豪華客船でジャンケンをしたり更には大型のパチンコと戦う羽目になるのよ」

「ならねーよ‼︎ 俺がちょっと遅れたからってなんでそんなに怒ってるんだよ。いつものお前らしくもない」

「怒っていないわ。これは正当なる防衛よ」

 やはり意味わからん。篝火 弥富という存在が。

  話しても話しても彼女の真の姿は見えてこない。まるで無理ゲーに出てくるラスボス。勝てる気など一切しない。

 だが一つ、何と無くだが分かったのは怒っているかいないかの区別。

 本の些細な事だが怒ると眉が釣り上がる。凛とした彼女だが本質は同じ。感情など隠しきれるはずもない。

 しかし、それなのに彼女の真意が分からない。まるで俺と篝火の間に透明の壁がある感じ。そんな感じが続く状態だが仲間になった以上これは壊す予定だ。

「すまん。俺が悪かった。何でもするから許してくれ」

「いいわよ。それなら私の時間をお金で返してもらおうかしら」

 まさかの時は金なりのくだりを掘り下げてきやがった。

「か、金か? 一応聞いとくがいくらなんだよ」

「九十五兆八千八百二十三億円よ」

「まさかの国家予算レベルだと……」

 そんな額一生働いても稼げそうにない。

「まあ、冗談よ。それとお前呼ばわりはやめてと言ったはずよ。何度言ったら分かるの。私はそっちの方がイライラしたわ」

 最後の方は口ごもりながらも正直なことを言ってくれた。それが嬉しく少しにやけてしまった。





「ん、あいつは」

 公園に通りかかると見慣れた男子生徒がベンチに座っているのが目に入った。

 薄い茶髪で体が細く、背が低いのが特徴的な彼だが本当に特徴的なのはいつもつけているヘッドホン。全体的に銀色で染められており、他の色はというと赤いマークが申し訳程度にあるだけ。

 それは残念なことに彼に不釣り合いなのだが肌身離さずつけている。授業中は今のように耳につけることはないが、首にぶら下げているという。

「よぉ、久振りだな(まさる)

 出来るだけ声を大きめにすると驚いたようにこちらを見上げた。

「あ……、加々良くん。久振りだね」

 いつも弱々しい。それが簗場(やなば) 優なのだが今日は少し異質だ。ヘッドホンだって前まではしてなかった。それなのに今では我が子のように可愛がっている。

「それ、買ったのか?」

「いや、貰ったんだ。ちょっと……知り合いから」

 ヘッドホンについて少し聞きたかったがまたもや後ろから痛いほどの視線が……。

 そういえば何も言わずにこっちに来てしまったのだった。

「そうか。なら俺は行くぜ」

「うん、ばいばい」

 去り行く背中に手を振るが見えなくなった途端にため息をついた。

 加々良に久振りに会ったからではない。問題はヘッドホン。

「また聞こえる。今度はいつもより大きい。だけど僕には何も……」

 出来ない。

 それは五時を知らせるベルによってかき消されたが本人にだけは聞こえた。

 弱くて惨めで情けない自分が。




「あれは貴方の知り合い?」

「友達だよ。去年はクラスが一緒だった」

 すると篝火は安堵のため息をこぼした。

「そう、良かったわ。てっきり知り合いかと思ってテンション高めに話しかけたらただのソックリさんで気まずい空気になっているのかと思ってたわ」

「大丈夫だ。そんな一生の思い出になるようなミスはしてない」

 そうだったらそうだったで笑い話にはなりそうだ。

「それよりもこれから暇か? 少しでも早くあの世界に慣れてほしい」

「あら、それって私があの怪物と戦う前提じゃない。まさか無理やり自分の仕事を押し付けようとしてないかしら?」

 彼女も帰宅部で、暇ではあるが無駄な時間は過ごしたくない主義であった。それに正体も分からない、ましてや何の得にもならないのに戦う気にはならないらしく、明らかに嫌そうな顔をしていた。

「強制じゃないさ。この世界には人権っていう素晴らしいものがあるからな。別に断ってくれて構わない。俺はただそれを叔父さんに報告して、今まで通りに二人でやっていけばいいだけだ」

 二ヶ月。

 ずっとそれでやってきたのだ。問題はない。(むし)ろ断られるのは想定の範囲内。叔父さんも「あの()は仲間になるか分かんないけど頑張ってね」と弱気の発言をしていた。

 様は俺も叔父さんも諦めている。期待するのはやめて仲間になってくれたらラッキー程度の考え、それなのに答えは意外なものだった。

「何よその言い方。まるで私を仲間にしたくないようね。でも残念ながら私も門を持っているのよ。こんなチャンスなんて二度とないんだから楽しませてもらうわ」

 つまり皆様が分かり易いように訳すと「何よ!私も仲間になるわよ馬鹿!」的な感じだと思います、はい。

 実際のところは本人に聞かないとだが仲間になってくれるのは確からしい。

「そ、そうか……。それは助かる。ていうかチャンスって、お前何を企んでるんだよ」

 怪しい。

 顔から心情を読み取らせないそのポーカーフェイスもあり、若干恐ろしい。

「何も企んでなんかいないわよ。ただ人間って普通じゃない事……というよりも刺激的な事をしたわけよ。それは大半がそうであって私も例外ではないわ。つまりこれは人間としては当たり前の好奇心というものであって何かを企んでるとかじゃないの。ただ今後の役に立つかなと思っただけ」

 いちいち言い訳が長い。いや、言い訳かどうかは微妙なところだが兎に角話が長い。

 ただでさえ委員長の有難いお説教が毎日のようにあるのに俺の気も知らないでいつっともこれだ。少しは人を気遣うというスキルを身につけた方がいいのでは?

「今後? お前一体何するつもりだよ」

 勿論、そんなことは口には出さない。出したら肉の塊にされそう、というかされる。

「小説家になりたいのよ。昔の夢。加々良くんは何か夢とかは無いの?」

 まさかのキラーパス。俺の事なんて興味なそうだったのにそんか質問をしてくるとは思わなかった。

 なので俺はハトが豆鉄砲を食らった顔になってはしまったが難しいものではない。

「無いね。運動とかは好きだけど体力ないし、それで食っていけるほど上手くないから何かのプロ選手とかはなれないし、頭はまあ……篝火も知ってると思うが悲惨だからな。まずは大学に行けるかどうかが問題だ」

 まだ一年ほど猶予があるにしろ、やはり中学の時ようにはいかない。自然と先のことを考えてしまう。

「つまらない男ね。なんたら王に俺はなるとか言ってみたらどうなの」

「仕方ないだろ。高校二年生で夢が決まってる奴の方が少ないんだよ。まあ、俺たちが通ってる高校はそうじゃないけどな」

 個性的な奴が多いのはそのせいだ。

 その夢に全力で突き進んでるが故に普通よりちょっと違う感じになる。まるで専門学校かと疑いたくなるような夢のある生徒の多さ。魅力といえば魅力なのだが加々良達のような夢を持たない生徒にとってはそれが少し苦痛でもあった。

 夢とかカッコ悪いとかぐれてた自分がカッコ悪い。そう後悔するほど彼ら彼女らは強い意志を持っている。

「取り敢えずはキメラファームの事をどうにかしないとな。夢なんて考えて出来るもんじゃねーし」

「それもそうね。私も自然な流れって感じだったわ。頭は悪いのにそうゆうのは分かるのね」

「余計なお世話だ」

 他愛ない会話。

 他人からしたら加々良が一方的にからかわれているだけにしか見えないがこれが二人の会話。篝火と加々良の会話。

 そんな会話をしながらふと、公園で久し振りにあった友人も夢があった事を思い出しつつ葉狩の家であり、三人の為の秘密基地へと向かった。

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