二人の質問
「そう言えば鶴ヶ谷さんのことなんて呼んでるの?」
俺は昨日斬ったクラスメイトと一緒に下校している。今、口を開いたのも彼女だ。
「え? 普通に委員長って呼んでるけど、何かあったのか?いきなりそんなこと聞いて」
さっきまで両者とも一言も発しない冷え切った空気で、どうしようと思っいたら唐突にそんなことを口した。
「いえ、でもそれだと鶴ヶ谷さんは可哀想ね。既に委員長キャラが植え付けられているわ。自分で好きなキャラも選べない。あ〜、なんて可哀想な鶴ヶ谷さん」
態とらしい。ミュージカル女優か。それに度々こっちを見てくるのはやめろ。
「好きなキャラ選ぶって、それは完全に作ってるじょないか。キャラってのは自然と出来上がってくもんなんだから関係ないだろ。それに俺が誰を何と呼ぼうと勝手だろ。お前さっきから何が言いたいんだよ」
「何って私たちお互いどう呼ぶか決まってないじゃないって言いたいのよ」
またこうやって平然とした顔で意外なことを言い出す。しかし、この意外は普通とは違う。彼女の場合、意外だということだ。
「別になんでもいいんじゃないか。俺はなんて呼ばれても構わないし、なんだったらあだ名とかでいいしな」
呼び方なんて基本どうでもいい。それで仲良くなれるのならありがたい話だ。
無口というわけではないのだが、話し辛くて仕方なかった。これで改善されるのなら助かる。もうすぐで息が止まりそうになったところだ。
「あら意外ね。そういったのは嫌うタイプだと思っていたのだけれども。でも本人からの推薦があるのなら普通に呼ぶのは駄目よね」
推薦をしたわけではないが文句は言うまい。機嫌を損ねかねない。
「そうね、詳しくは知らないのだけどあだ名はその人の特徴で決めるのが相場なのよね」
いや、そんな本気にならなくてもいいですよ、どうせあだ名なんだし。気楽に、流れで言ってくれれば。
「となると、少しは候補が出てくるわね。でも普通だとつまらないわ。何か特別な感じが欲しいわね。なら……」
出るか? 一人でやたらハードルを上げた俺のあだ名が。
「変態」
何の躊躇なく出されたのはいつもマーライオン並に出している毒だった。
「変態⁉︎ それあだ名じゃなくて俺を貶してるだけだろ。というかいつ俺が変態行動に走った!」
「あら恍けるつもり?私を舐め回すように見ていたじゃない。それに最終的にあんなことを……」
「誤解される言い方はやめてくれ‼︎」
そんなしおらしく顔を俯かせてと俺は騙されんぞ!俺は何もやってない。確かに気になって見てはいたが、嫌らしい気持ちなど一切なかった。
「でも他に思いつかないだから仕方ないことなのよ。分かってちょうだい」
と、涙を流す。
「小芝居はやめろ。俺はそんなのに付き合う気はないからな」
「あらそれは残念ね。これから盛り上がるところだったのに」
さっきの涙は嘘のように消え去った。それもそのはず、あれは嘘泣きだつまたのだから。
これだから女というのは怖い。
「でも、これだと貴方の呼び名が決まらないわ。残りはダークエンジェルとか漆黒の天使ぐらいしかないわよ」
「中二病か俺は。しかも二つとも同んなじ意味だろ。普通に加々良って呼んでくれよ。俺も篝火って呼ぶからさ」
「駄目よ」
普通が一番。そう思って普通の意見を言ったのに問答無用で切り捨てられてしまった。
「それだと在り来たりすぎるじゃない」
と言われても篝火に下の名前を呼ばれるのには抵抗がある。
「それに貴方はキメラになりかけてた私を救ってれた、謂わば恩人よ。それなのに何なのかしら貴方は、まるで私を助けたら関係ないみたいに振る舞って……」
え?もしかして俺が助けたことを感謝してる?いや、それはあり得ない。だって篝火 弥富は傲慢な奴だ。いや……でも彼女はあの霧に悩まされていた。それはもうずっとそれを見続けるほどに。
「そんな事はしてねーよ。ただ叔父さんに頼まれたことがあってそれがちょっとな」
「あの仕事をしないのにやたら偉そうでお喋りなあの人?」
「随分な覚え方だな。でもまあ、そうだ」
「あら、“俺を罵倒するのは構わないが押しさんを罵倒するのは許さないぞ”とか言わないのね。少し期待していたのだけれども」
「残念だがそんなバトル漫画みたいなノリは出来ないな。それに俺は叔父さんをどうとも思ってない。ただ親父の兄貴っていう程度の存在なんだよ。一応仲間ではあるがな」
それでも謎の多い彼を信じることが出来ない。ずっと何かを隠しているようでその姿を見るたび、血が繋がってるんだなと思う。
勘当された叔父でもやはり親父の兄貴なのだなと。
「それで私もその仲間にしてこいとか言われたのね」
「流石だな。俺たちはキメラに立ち向かう為に戦ってきたがやっぱり二人だけじゃあ限度があってな。それでお前も仲間に入れようて話になったんだよ」
世界は広い。あの世界はこの世界の空を赤に染めただけで広さや見た目は殆ど変わってはいない。
つまりはこの世界全てをキメラから守ることなど今のところ不可能。せいぜいこの街ぐらいしか守れない。だが翔はキメラ退治をしている。一人でも多くを救う為に。
「お前って呼ばなくなったらね」
どうやら癪に障ったらしく、眉を顰めて怒っている。
「じゃあ何て呼んだらいいんだよ」
あれだけ口論して結局は何も決まってはいない。しかし、勝手に決めるとまた何か言われてしまいかねない。
「弥富、特別に貴方には下の名前を呼ばせてあげるわ。私は普通に加々良くんと呼ぶわ。鶴ヶ谷さんもそう呼んでいるしね」
「それは光栄の至りだぜ、弥富様」
もしかしたらこいつはツンデレキャラなのかもしれないと考えながらいつもの帰り道を二人で歩いた。
「加々良くん、最近篝火さんと仲良いよね。一緒に帰ってるとことか楽しそうに話してるとこみたことあるし」
「え? ああ、まあちょっとあってな」
テストまであと三日。これまでのおさらいをやりながらいつもように委員長に教えてもらっているといきなりそんは質問をされたので軽く返すと頬を膨らませて不機嫌そうな顔をした。
「加々良くんって意外と女たらしなんだね。そんなのだからこうやって勉強しなくちゃいけないんだよ。授業中も集中出来てないみたいだし、提出物も出し忘れてること多いよね。部活ないんだからやらなきゃ駄目だよ。なんなら提出日の前の日に連絡してあげるし分からなかったら教えたりもするから。あとね…………」
出た。まるで母親かとツッコミたくなるこの長い話。委員長を天使として崇める人たちにとってはまさに天からのお告げのようなのかもしれないが、俺みたいな一般人にはぐちぐちうるさい説教にしか聞こえない。
「そもそも加々良くんは他人に気を遣い過ぎです。篝火さんも私の時みたいに助けたんでしょ」
委員長もなかなか鋭いところがある。
鶴ヶ谷 芽衣。俺が断刀を手に取り、キメラから助けた最初の人物。
だがあの世界のことについては話していない。門を持っていなかったからだ。部外者を巻き込むたくはない。特に彼女ような人には一番教えてはいけない。だからこそ今までもこれからも黙っているつもりでいる。たとえ感謝されなくとも、たとえ何と言われようとも。
「まぁ……そんな感じ。でも俺なんかより委員長の方が優しいだろ。こうやって俺に勉強教えてくれるしさ」
他にも皆が嫌がることを率先してやるとか優等生を現代に蘇らせたそんな感じが彼女だ。自分など足下にも及ばない。
「これは大した事じゃありません。練習と思ってやってるので」
「練習?」
「ええ、実は私先生になりたいんです。安定した職だからとかじゃなくて昔からの夢なんです。その為に勉強頑張ってて、他の人なんて構ってる余裕なんてなかったんですよ」
「だったら何で俺なんかに」
勉強を、数学を教えているんだ?練習と言いながら。
「これは加々良くんの真似をしてみただけです。自分を犠牲にしても他人を助ける。そんな優しい君に」
優しい……、それが自分の個性なのだろうか?この個性的な奴が集まる学校で俺が持つ個性はそれなのだろうか?
自分の事は自分では分かりにくいと聞く。逆に他人からの方が分かりやすいと。
しかし言われても実感は湧かないものだ。それに委員長は少し俺を過大評価し過ぎている気がする。
「兎に角、俺はそんな大層な奴じゃねーよ。ただ俺がこうだと思ったことやってるだけなんだからさ」
「それが凄いんです。意識せずに出来るところが」
ズイズイと顔を近づけてくる。その結果、委員長の上目遣いが見られてたがこの勢いが怖い。
それにそんな事言われてもどう返したらいいか分からない。どうせまた否定してもそれがどうとか言ってくるパターンだ。
「え、ええ……と」
取り敢えずこの状況を打破する為に何か言わなくてはいけない気がするのだが何も浮かんでこない。このループを抜け出す一言など。
「っ‼︎」
その時、背筋が凍った。痛いほどの冷たさ。それは鋭く、ただこちらだけに集中放火しにきている。
こんな事が出来る者など一人しかいない。
「あ、あ〜!か、篝火さんと約束してたんだ。じゃあ俺はこれで」
有無を言わせずスタコラとこの場を去る。少し強引ではあるが致し方ない。
「ちょ、加々良くん⁉︎……もう、明日は逃がさないんだから」
鶴ヶ谷の頭の中では既に明日の放課後、どのように教えるかを考えていた。