ニートの秘密基地
「着いた。ここが俺たちの秘密基地だ」
学校から徒歩五分程度で近くの山の中にポツンと建てられたオンボロ小屋の前に来た。
オンボロ小屋といっても小さいだけで木は古臭いし、屋根はそこら辺で拾ってきたのようなトタン屋根だが、風情があると思えばいい。
ただ、地震や台風なんかが来たら一発でしまう。
そんな建物だ。
「俺たちの秘密基地ってことは貴方以外に誰かいるのよね。まさか女⁉︎」
「ちげーよ。俺の叔父だ。勘当させられてずっと一人で生きてきたんだけど色々とあってこっち来て今では俺が中学の時に使ってたこの小屋に住んでるんだよ」
だから貴方が考えてるようなことは一切ありませんでしたよ篝火さん。だから不機嫌そうに「ふーん」とか言っても何も出てこないってば。
「それにしても叔父さんというのならそれねりの年齢なんだろうけど、ちゃんと仕事しているのかしら」
「してたら俺の秘密基地に居座るわけねーだろ」
何が理由で勘当させられたかは知らないが一応叔父だ。放っておけるわけがなく、お気に入りのこの場所を貸している。
「成る程、今風に言えばニートという奴ね。ろくに仕事もせず親の脛を齧るという」
「何処の妖怪だよ」
言い方があれではあるが確かにそうだ。
しかし、一つ違いをあげるとなると齧っているのは親の脛ではなく甥である俺の脛という点だ。
「まあ、それでも俺の叔父でありお前の助けになってくれる人だ。あまり悪くは言わないでやってくれ」
無言で頷くのを確認して薄っぺらい木の板を押すと小さな部屋が広がっていた。
農具小屋と言われても納得しまいそうなその部屋は何処かで拾って来たらしいボロボロな家具やベッドが並べられている。
中学の時拾い集めて来たものだがまだ使えるので叔父が使っているものだ。
その中でもマシな黄緑色のソファに踏ん反り返っている男。
この小屋とマッチしたボサボサの茶髪、中年らしくさを感じさせる髭、だるそうな目。
彼こそが加々良 翔の叔父であり、篝火にニートと言われ、彼女の助けとなってくれるであろう人物。葉狩 恭輔である。
「やあ、メールで大体のことは分かってるけどまずは座ってよ。立ち話だといくら君たちのような若いお二人さんでも保たないだろうからね」
彼はお喋りが大好きなのだ。
だからこそこの小屋には椅子が幾つか用意されている。立派な椅子が。
「どうも……」
Sっ気の強い篝火でも初めて会った年上に生意気な口は利かないらしく、黙ってその椅子に座った。
この小屋では二番目に良い品である椅子はしっかりとその体重を支え、軋む音がない。
いや、重いとかそういう問題ではなくこの小屋にあるものは殆どが古いものでいつ壊れてもおかしくない物ばかりだからだ。
つまり、この中年叔父さんの話を聴くにはこれだけの用意が必要ということである。
「じゃあ、早速だけどお名前を」
いや、俺たちは面接に来たわけではないのだが。
「篝火 弥富。十七歳です」
言うんかい‼︎
こういうノリ嫌いなのかと思ってたけど言うんかい‼︎しかも何か声が俺と喋ってる時と全然違うんですけど。
あれか? 電話の時に声が変わるあれか?
「ほら、私が言ったんだから次は貴方の番よ」
しかも俺にまでやらせようとするとは、なんという精神力だ。もうその精神力を具現化して自分一人で戦っておくれよ。
「え〜と、加々良 翔です……」
「覇気がない。三点」
「面白くない。不合格」
「お前ら俺に冷たくない⁉︎」
まるで打ち合わせでもしたかのようなコンビプレー。もしかしてこいつら実は相性ピッタリなんじゃないの。
「そんなことないわよ。ただ軽蔑しているだけよ」
「そうそう、コスプレが大好きな翔くんは嫌だよね〜」
おいそこのオッさん。サラッと個人情報をバラしてるんじゃねーよ。
「え⁉︎もしかして貴方そんな見た目でコスプレしてるの?」
「してねーよ。叔父さん変なこと言わないでよ。この人信じちゃってるじゃん」
「でも見る方は好きなんだよね翔くん」
「だから余計なこと言うなって言うとるだろ‼︎」
支離滅裂。
何と無くそんな言葉が頭の中に出てくる。
今というかこの掴み所のない叔父と話しているとだ。甥である俺ですら知らないことが多い。
つまり知っているのは数える程度。
名前、年齢、好きな食べ物、俺の親父とは仲が良かったこと。
たったこれだけだ。
その親父に聞こうにも既に他界している。仕方なく母に聞いたことはあったが大した情報はなかった。
謎なのだ。
何故勘当させられたかだとか、何故この街に来たのかだとか、何故あれを知っているかだとかは。
「そうだね。外も暗くなりそうだし君たちみたいな男女が夜遅くまで一緒にいたら色々まずいだろうから本題に入ろうか」
「賛成だわ。こんなのと変な噂が立ったら私生きていけそうにないもの」
またこいつはこいつで日常会話が人を罵るように設定されている。
だが彼女が急かすのも無理はない。
ずっと鏡の霧のような霧のようなものが気になってしかなったが遂にその正体が分かるかもしれないという目前。
急かさない方がおかしい。
「そんなに慌てなくっても教えてあげるさ。そうだね、翔くんにはどの程度教えてもらった?」
「眼鏡をかけて……私の前で消えて、この鏡を見たらそこいたけど、後ろにはいなかった。透明マジックを見せてくれたわ」
「透明マジックか。まあ、でも翔くんにしては頭のいいやり方をしたと言えるね。君みたいな人は口だけじゃあ理解してくれないからね。実際に目で確かめさせる。うん、実にいいやり方だよ翔くん」
その言い方だとまるで悪い事をした気分になってくるな。
いや、実際悪い事はしてしまったのかもしれない。あんな事したせいで篝火を惑わせてしまった。
出来るだけ早目にと思ったからではあったが結局は強制的に連れて来たのと何ら変わらない。
彼女自身が歩いいたか否かだけの違いだ。
「それで、この鏡の霧はなんなの」
問題。というより悩みの種はそれだ。
何日、何週間経とうが一向に消える気配のないこれは一体何を表しているのか?
何も知らない篝火には理解出来なかった。
だからこそこうして知識あるものに尋ねる。
数学嫌いの加々良が成績優秀な鶴ヶ谷に教えてもらっていたように。
「ん〜、そうだね時間は少しあるから実際に見てもらうとしよう。その方が君も分かりやすいだろ篝火 弥富さん」
現時刻は六時ちょうど。
学校に残っているのは練習が厳しい野球部くらいのものだが高校生にもなっているのだから少しくらい帰りが遅くなったとしても大丈夫だと踏んだ。
「あ、はい」
いきなりフルネームで呼ばれて意表でもつかれたのか返事はらしくないものとなったがそれでも了承を得た葉狩は早速準備を始めた。
といってもそれはもの数分で終わり、すぐに小屋から出ることになった。
「あの、少しいいんですか?」
「なんだい、プライベートなこと以外なら答えてあげられるけど」
俺的にはプライベートに興味はあるが、篝火さんからしたらただのニートで中年のおっさんだ。そんな人のプライベートなんて知りたいはずもなく軽くスルーされる。
「どうして外に出る必要があったんですか?」
「それはすぐに分かるよ。中だと空が見えないからね」
「空……ですか」
説明をするだけだったら小屋の中でも十分だが実際に見せるとなると色んな都合上こちらの方がいい。
それはあれを知っている加々良には分かったが何も知らない篝火にとっては意味不明な行動ではあった。
「じゃあまず門の使い方を教えるから、鏡出して」
「門?」
「そう、その鏡は正確には鏡じゃない。僕たちが門と呼んでいるものだよ。まあ、他にも呼び方はあるけどごっちゃになるといけないからね。とにかく僕の指示に従って動いてくれ」
指示は簡単なもので、それは加々良にしていたものとほぼ同じだった。言い方少し優しいだけで。
集中する。
鏡を見つめて大きな門をイメージしてそれを開ける。
もっともこちらは眼鏡だったが。
「集中……門……」
突飛な話で普通ならすぐにはやらず、確認を取るのだろうが彼女は違った。
言われた通りにジッとその鏡を見つめ、ブツブツと何かを呟きながら目を閉じて自分の世界に入り込んでいた。
「凄いね。翔くんの時とは大違いだよ」
「余計なお世話だ」
あれは今思えばみっともないが普通の対応だったはずだ。こっちの方が異常。
それなのに彼女の方を褒めているのはこれから起こることが異常だから。
異常であれば異常にも対応できる。
正常と異常は水と油のようなもの。決して交わることはない。加々良という正常はただ巻き込まれているだけ。だからこそ最初は上手くいかなかった。
篝火 弥富は溶け込もうとしている分、効果が現れるのは速い。
「っ‼︎」
鏡から赤い光が放出され、それに当たった持ち主は廊下で眼鏡をかけた時の加々良のように忽然と姿を消した。
「成功。いや順調だね今回は。何処かの誰かさんだったらこうはいかなかった。やっぱり僕の指導には問題なかったみたいだね」
嫌味のように、嫌味満載に、天こんもりにそんなことを言われ腹が立つ。
今日で何回目だろう?
このままではストレスで胃に穴があく日は遠くなそうだ。
「黙ってろ‼︎ それよりも俺たちも早く行こう。いくらあいつでも一人だけしとくわけにはいかねーだろ」
「酷いな〜。一応、僕、翔くんの叔父なんだよ。あの娘みたいに敬語使ったらどうなの。ちょっとでもいいからさ」
「俺はあんたみたいな奴に敬語を使う気はない。敬語って敬う為に使うんだろ」
「言うよになっね。叔父さん嬉しいよ。社会に出たら敬語は必須だけど自分の信念を曲げないことの方がよっぽど大事なことだからね〜」
「はいはい。俺は先に行ってるからな」
眼鏡を取り出し、前と同じように姿を消した。
「ふー、せっかちさんだね〜。僕は一服してから行こうかな。説明なら翔くんだけで十分だし」
もうそろそろ日が暮れる。
雲がそのオレンジ色の光に照らさられ、何とも言えないこの景色。
「最近は随分とあっちの方は騒がしくなってきて二人目、いや三人目か。何かの因果関係を感じちゃうね。まあ、いざとなったら若いお二人さんに任せるて僕はバックアップにでも回ろうかな」
何て呑気なことを言いながら煙を吐いて甥の身に何も起こらないことを祈る。
力のないものがやる行為だが彼の場合はこうした方が今後の為になると思ったからこそ祈っている。
祈るのがこれから先に繋がるのではなく、あれを乗り越えることで彼も、また彼女も一歩成長できるはず。
「頼んだよ。僕の甥っ子。押し付けるようで悪いけど、こんな僕の命でよければ懸けるからさ。許してくれよ」
誰いない。
ただ、ただ自分に言い聞かせるようなその誓いはきっと何処かに届くだろう。
タバコの煙は空高く舞い上がる。