新たなる戦いの始まり
「ん〜」
目が覚めた時の景色は白であった。辺り一面が白。あとは空の青しかない。
まるでこの二つの色以外は全て無くなってしまったと誤解してしまうほどの、そんな景色。
「ようやくお目覚めか。我が血を与えていなかったら凍死しておったぞ。まあ、その前にここに来る事すら叶わなんだがな」
凍死と聞かされ、白の正体にやっと気づく。
「寒‼︎ 尋常じゃないほど寒いだけどここ何処⁉︎」
日本の北海道の冬でもここまでの寒さは叩き出せないだろう。むしろこんな寒い場所があっていいのか、と言いたくなるくらいの寒さだ。
「知らんのか常識じゃろ。ここは北極じゃ。来た事ないのか?」
いや、知ってるけれども。南極と同じくらいの知名度あるけれども。結構テレビで紹介されてるけれども。
「来た事なんてねーーーよ‼︎」
普通の男子高校生なら海外に行くのだって珍しいのに北の北の北にある地面が氷で、最近温暖化で溶け始めてて、ホッキョクグマとかいそうだけど約六十%はカナダにいるから滅多に見ないけど、こんなに景色が良くて、これだけ寒いのに空気がキレイだから息が白くならない北極になんて来た事ない‼︎
「そう大声を出さんでも……まあ、それだけ元気があれば心配は無用のようじゃな。ついて来い。もう少し歩くぞ」
「まだ歩くのかよ」
翔の限界はこの北極に来る前に超えている。足は棒を通り越してシャーペンの芯のようだが文句ばかりも言ってられない。
「へいへい」
足元はツルツルするし、寒いし、体が悲鳴をあげている。唯一の救いは今が吹雪ではないことだけだ。
歩くと言っても、ものの数分で目的地っぽい氷の裂け目の中に入った。
「なあ、お前はどうやってその問題の解決の仕方を知ったんだ?」
あの物知りで、この世の事ならなんでも知ってそうな葉狩でさえ知らなかった情報を何処で手に入れたのかはどうしても気になってしまう。
「聞いたのじゃよ。我の師匠ともいえる吸血鬼に。お主の親などまだ産まれておらんとうの昔の話じゃがな。いや、もっと前じゃったかのう」
昔すぎて何時かもわからないほど前らしい。そこは少しちゃんとしてもらいたいものだが。
「ふーん、師匠とかいるんだな。お前、一匹狼とか言ってなかったか?」
会ってすぐに、あの廃ビルで悲しそうに。
「とうに死んでおるから結局は一匹狼じゃよ」
「一匹狼じゃないだろ。俺たちがいるって何度言えばわかるんだよ」
狼ではないが、愉快な仲間たちが加わってもう一人ではなくなる。
「ふん、言ってくれるな。しかし、我はただ手助けするだけじゃ勘違いするでないぞ」
「それで十分だ。今もこうして俺たちの為に動いてくれてる。感謝してる」
一度は戦った仲だからわかる。彼女が本当に人間を生かそうとしている事が。そんな奴に、感謝しないほど俺は拈くれてはいない。
「むぅ〜、ほんにお主は我の心を掻き乱すのが得意じゃのう……。いや、我というより女子をか」
「おい、人を勝手に女たらしにするんじゃねーよ」
叔父にも言われた。“君はプレイボーイ”だねと。半分冗談交じりに。
だが今のエリヤの場合は本気だった。特に目が女の敵を見る目だった。
そんなこんなをしながら狭い道を歩き続けていると少し開けた場所に着いた。
「ここじゃ。お主にはその断刀であれを斬ってもらう」
白く鋭い指が差す行き止まりには赤い玉ねぎのような物が上下にあるそれと同じ色の糸の束のような物によって宙に浮かされている。
そんな奇妙な物がそこにはあった。
「断定してるってことは、これがそうなのか」
問題を解決する為の方法。昔、師匠に聞いたという情報は。
「そうじゃ。これが二つの世界を繋ぎとめ、奇怪な事件が起きる事になった原因じゃ」
あの街だけではないだろう。それこそ世界全域にそれは満遍なくばら撒かれ、混乱を招いたことだろう。
その被害はどれだけのものか……。
「だがこの断刀で斬れるんだよな。この胸糞悪いやつを」
「根本はキメラと同じじゃからな。寧ろそれでなくては困る」
キメラ相手なら断刀が一番ということだ。
「そうかよ。だったら簡単な話じゃねーか。これを斬って帰る。何てことない楽な仕事だ」
あんな死亡フラグみたいな台詞を言ったのがこっぱずかしくなるほどに。
「簡単か……。お主は後先の事を考えんのだな。馬鹿というか単純というか、呆れるのう。斬る前に言っておくぞ」
「なんだよ」
既に断刀を手にやる気満々の翔は真剣な顔つきのエリヤを横目で睨み返した。
「それを斬れば確かにお主らの世界かこれ以上妙な事に巻き込まれることはないじゃろう。しかし、お主らは関わり過ぎた。もうそれを斬ったとしても普通には戻れんぞ」
「構わない。俺はとっくに諦めてるんだよ。叔父さんに言われてんだよ。君はもう普通じゃないって」
何もない。ただ金も仕事もないあの駄目な大人に飯を恵んでやったある日、何の前触れもなくそう言われた事があった。
普通だったはずの日常はあの時から壊れていた。じっくりとゆっくりと、音も立てずに。
「だから俺は出来ることをするまでだ」
二つの刀を何の躊躇もなく、ただそこに存在するだけの赤い玉の塊に四方八方から斬りつける。
赤い束はぶつりぶつりと切断され、徐々に減っていくのが良く分かる。それを指し示すように冷たい地面には破片が乱雑に散らばっている。
しかし、翔はそんな事など気にも留めない。腕に全神経を集中させてただ目の前にある邪魔な物を排除する。
ケルベロスの背中にあった“あれ”を斬った時と同じ。今回は反撃がない分かな楽だが見た目より頑丈なそれに顔が自然と険しくなってしまう。
「ウォォォォッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼︎」
自分に言い聞かせる為に雄叫びをあげ、更に断刀を動かすその腕の速度を上げた。
右上から、左上から、時々スライムの力を借りながら動きも、抵抗すらしないそれにこれまで培った全てを取り入れて攻撃を繰り出した。
後ろで見守っていたエリヤは度肝を抜かれた。その変わり果てた姿に。
たった数分程度の出来事なのに今でも空気は張り詰めている。何よりあの顔。
断刀を振るう翔の顔は全くの別人だった。まるで何に取り憑かれたようでもあり、その豹変ぶりを頼もしくも思えた。
「カッくん起きて〜。朝ごはんだよ〜」
聞き慣れた姉の声が何故かかなり近くからする。
それに体が重い。昨日の疲れてがまたっている様だ。更には腹に違和感がある。
「もうちょっと寝かせてくれよ、ひた姉。今日は学校休みだぜ」
しかも今週はいろんな事が一度に起きた。頭を整理をする為にもそっとしてもらいたいものだと目をこする。
そしてすぐに違和感の正体が映った。
「って、ひた姉‼︎ 何で俺の上に……」
下のふくらみがパジャマという薄い壁を伝ってその柔らかさがダイレクトアタックをし続けている。
男にとって恐ろしい凶器であり、ロマンでもあるそれを日田和は何の恥じらいもなく、押し付けてくる。
「だって最近、カッくん冷たいからちょっとお姉ちゃん寂しいな〜って」
「そんな理由で弟の腹に乗っかるな。それでも成人式終えた大人がやることかよ」
もっと残念で酷い大人を知っているが一番身近にいる人には流石にきちんとしてほしい。
「いいじゃ〜ん。それより朝ごはん……の前にそうだった。カッくんにお客さんが来てるよ」
上から降りてカーテンを開けながら思い出したようにそう言った。
「客? こんな朝っぱらにか?」
まだ六時頃、休みにこんなに早く起きたのは久振りかもしれない。
「うん、それが終わったら朝ごはん作ってね」
「それはひた姉がやってよ」
「え〜⁉︎ 今日はカッくんの作る朝ごはん食べないと元気出ない〜」
親が家にいない事が多いのでいつも交代交代でご飯を作っているが今日は当番じゃない。
だが姉はこんなだ。説得が出来たとしてもその頃には昼近くになっている可能性大だ。
「はぁ……。わかったわかった。俺が作るからさっさと部屋から出てけ」
「あ〜ん、カッくんのいけず〜」
嫌がる背中を押して姉は姉の部屋と返す。どうせ台所に来ても邪魔をしてくるだけだからここで待ってもらう。
そして一応、着替えを済まして一階へと降りて玄関で立ち尽くす客らしき者の前へとふらつく足でたどり着く。
「よう、俺になんか用か?」
知り合いではなかった。何故なら白いシルクハットに白いスーツ、白い手袋と白尽くしのファッションをしているからだ。
それに何より目についたのはシルクハットから顔を出す兎のような長い耳だ。
「え〜、朝早くからすいません。お忙しいでしょうから手短に言いますね」
そこで顔を上げて素顔を露わにする。セールスマンみたいな明るい笑顔。
「我々、人型キメラとの決闘をしてください」
口元が釣り上がる。そして先ほどの笑顔から狂気に満ちた笑顔へと豹変した。




